第31話 キシュ河クルージング

「本当にこんな事をしてて良いのかな……」


 シロネは思わず声に出してしまう。


「どうかしましたの、シロネさん?」


 横にいるキョウカが聞く。

 キョウカは水着で船のデッキにあるビーチチェアに寝そべっている。

 その姿はまるでバカンス中のお嬢様だ。

 かく言うシロネも水着を着てビーチチェアに寝ているのだが、こんな事をしてて良いのだろうかと思う。

 シロネ達は今、キシュ河に来ている。

 キシュ河に来たのは迷宮の結界を解除するためだ。

 祠は河と繋がっていて河から入らないと結界の解除が難しい部分があるようであった。

 そこで蜥蜴人リザードマン達に協力してもらう事になったのである。

 そのため、シロネ達は船を手に入れて祠の近くまで来た。 

 しかし、このキシュ河に来たが実際する事がない。

 蜥蜴人リザードマン達にはリジェナが指示を出している。

 その蜥蜴人リザードマン達は何故か、リジェナを竜司祭様と呼び従う。

 シロネの言う事は全く聞いてくれないのにだ。そのため、調査はリジェナにまかせっきりになってしまった。

 その事をシロネは不思議に思うが、蜥蜴人リザードマンを従える事に成功したクロキが何かしたのだと推測して無理やり納得する事にした。

 少なくとも人間に敵対する事はないようだからだ。

 しかし、はっきり言ってシロネはする事がなくなってしまった。

 それでも、付いて来たのは邪神が邪魔をするかもしれないからだ。

 もっとも、ほとんどの作業はリジェナがするので、シロネ達はする事がない。

 だから、こうしてキシュ河クルージングをしているのだ。

 ちなみにクロキは来ていない。

 レーナが2人きりで話したい事があると言って、クロキを連れて行ってしまった。

 キシュ河は大河であり、大きな船が行き交う、ミノン平野にある国々の大動脈だ。

 このキシュ河の河口にアリアディア共和国がある。

 カヤが調達した船は大きくて快適だ。

 以前乗せてもらったレイジの家のクルーザーよりも大きいかもしれない。

 船は迷宮の近くの河岸で停泊中だ。

 シロネ達は寝そべりながら対岸の景色を楽しむ。

 キシュ河が流れるミノン平野は自然が豊かで中々綺麗だ。この世界はシロネ達が生まれ育った日本よりも遥かに自然が豊かである。


「お嬢様。シロネ様。お飲み物をお持ちしました」


 カヤが船の厨房から飲み物を持って来る。

 カヤは水着ではなくメイド服だ。

 彼女は少しはめをはずした方が良いとシロネは思うが、聞く事はないだろう。


「ありがとう、カヤさん」


 シロネは飲み物の入った陶器で出来た杯を受け取る。

 この世界ではガラスが一般的ではない。

 杯は陶器か金属か木製だったりする。一般的に使われているのは木製で、地域によっては陶器か金属が多い場所もある。


「いえ」


 シロネが礼を言うとカヤは頭を下げる。

 カヤが持って来たのはザクロのジュースで爽やかな風味で喉越しが良いものだ。

 陶器を受け取るとシロネは喉を潤す。


「カヤ。調査はどうなっていますの? 退屈ですわ……。折角の水着も見せる人がいませんし」


 キョウカがつまらなそうに言う。

 シロネ達はどちらも同じ形のビキニの水着を着ている。

 だけど、キョウカはシロネよりもスタイルがかなり良く、同じ水着でも醸し出す色気が違う。

 男性だったらすごく見たいはずであった。


(クロキが来なくて良かったかも……。絶対にキョウカさんをいやらしい目で見てたよね)


 シロネはクロキがいなくてほっとする。

 今はレーナという絶世の美女と一緒にいるが、レーナがクロキとどうにかなるとはこれっぽちもシロネは思っていなかったりする。

 ちなみに、水着の材質は特殊な絹で出来ている。この絹は水を吸わない優れものだ。

 海で仕事をする者はこの絹で出来た水着を着るそうだ。

 大陸の西側は東側に比べてかなり温暖で、女性が普段から着ている服もフェリア信徒を除けば肌がかなり露出が多い。

 女神フェリアの教義では、夫以外の男性に肌を見せるのはあまり良くないとされている。

 そのため、女神フェリアを信仰する女性の肌の露出具合は東側と同じである。

 そんなフェリア信徒からしたら、今のシロネ達の格好はかなりとんでもないだろう。

 しかし、シロネ達は女神フェリアを信仰していないので、こんな格好をしても宗教的には問題はない。

 もっとも、シロネは誰かに見せたいとは思わない。


「それでしたら、あちらにいる殿方に見ていただいたらどうでしょうか?」


 カヤが船の後部を見て言う。

 船の後部にはノヴィス達がいる。

 殿方というのはノヴィスと水の勇者ネフィムと風の勇者ゼファの事だ。


「あの方達に見せる? 意味が分かりませんわ」


 キョウカは不思議そうに言う。

 ノヴィス達になぜ見せなければいけないのか本当にわからないみたいだ。

 キョウカにとってノヴィス達はどうでもいい存在なのだろうとシロネは思う。


「では、どのような方に見せたいのですか? お嬢様」


 カヤがあきれたように言う。


「ええと、それは……。良く考えて見たら、すごく恥ずかしい気がしますわね」


 キョウカは頬を赤らめる。

 誰に見せる事を想像したのだろう。

 シロネは少し気になる。


「はあ、まあ良いです。ですが、くれぐれも変な殿方に見せようとは思わないで下さいね」


 そう言うとカヤは遠くを見る。

 その方角にはクロキがいるアリアディア共和国がある。

 カヤはカヤで誰を想像したのだろうとシロネは思う。


「それにしてもクロキはどうしているかな? レーナと何をしているのだろう」


 シロネもアリアディア共和国の方を見る。

 クロキとレーナは一応敵対関係にあるはずだった。

 だから、色っぽい事柄は起こる事はないが、争いになる可能性はある。

 その事をシロネは心配するのだった。











「糞! なんで向こうにいけねえんだよ!!」


 シズフェの横で風の勇者ゼファが文句を言う。

 船の前部には水着姿のシロネとキョウカがいる。

 ゼファはその2人を見に行きたいのだ。


「何また馬鹿な事を言っているんだお前は……。そんな事をしたらカヤ様に殺されるぜ」


 ケイナがあきれてゼファを窘める。

 カヤは怖い人だ。

 そして強さは他の光の勇者の仲間達と同等だとシズフェは聞いている。

 そんな人を怒らせたらただではすまないだろう。

 あちらにいる人達は雲の上のごとき人達なのだ。

 変な事をすべきではない。


(なにしろ、私を助けたついでにシロネ様は蜥蜴人リザードマン達を手懐けてしまった。何てすごい人達なのだろう

 

 シズフェは心の中で賞賛する。

 あの蜥蜴人リザードマン達を手枷や足枷を付けずに操るなんて普通は出来ない。

 そんな人をいやらしい目で見ようとするとはゼファは命知らずなのである。


「でもよう、あんな美女2人があんな格好をしてるんだぜ。見るのがむしろ礼儀じゃねえかな?なあ、そう思うだろ、火の勇者よ?」


 ゼファが隣のノヴィスに話しかける。


「いやまあ……確かに……」


 ノヴィスが頷く。

 明らかにノヴィスも見に行きたそうだ。


「あきれた……ノヴィス。シロネ様に迷惑をかけないでよね。私の命の恩人なのだから」

「でもなあ、シズフェ……。キョウカ様やシロネ様のあの姿を見ないのは人生の損失というか、何というか……」


 ノヴィスは鼻の下をのばしながら答える。


「何を言っているの、あなたは……」


 シズフェは頭を押さえる。


(全くこの馬鹿は学習すると言う事を知らないみたい)


 確かにその気持ちはシズフェにもわかる。

 キョウカは胸が大きく、腰が細く素晴らしい体型だ。

 そしてシロネは胸がキョウカより一回り小さいが、世間一般的には充分に大きい。

 そして、足がすらりとしている。キョウカに負けず劣らず素晴らしい体型だ。

 2人共同じ女性のシズフェが見ても羨ましい体型である。

 だから、見たくなる気持ちはわかる。


(だけど、この馬鹿達をシロネ様の方に行かせるわけにはいかない。恩人に迷惑はかけられない)


 シズフェはこの馬鹿達をシロネの方に行かないように見張るつもりだ。

 助けてもらったと言ってもシズフェは祠の敷地で倒れていただけで、あの暗黒騎士とは出会わなかったそうだ。

 だけど、それでも助けられるのが遅かったらどうなっていたのかわからない。

 それに女神様に直接治癒してもらえたのもシロネのお陰である。


(あんな美しい女神様に治癒してもらえるなんて、なんて運が良いのだろう)


 美しい女神レーナは清純で可憐、そして心は優しく慈愛に満ちているとシズフェは聞いている。。

 あの美しさを見たらその噂は真実に違いないと思う。

 その女神様に直接会えたのはすごい事なのだ。

 だから、シズフェはシロネに感謝をしている。

 そもそも、シズフェがここにいるのもその事で恩返しがしたいと思ったからだ。

 それに、ノヴィスがシロネに迷惑をかけるかもしれない。ノヴィスが馬鹿な事をしたら止めなくてはならない。

 シズフェは1人で来る予定だったのだが、ケイナも付き合ってくれた。

 ただ、誤算だったのは風の勇者ゼファと水の勇者ネフィムまでも付いて来るとは思わなかった事だ。彼らは彼らなりに何か思惑があって来たのだろう。

 だけど、何だかノヴィスが増えたみたいでシズフェは嫌だったりする。


「はっ!!」


 突然水しぶきがあがる。

 水しぶきと共に1人の男性が船の甲板へと降り立つ。

 河から上がって来たのは水の勇者ネフィムだ。

 彼は水の中でも行動できる。だから蜥蜴人リザードマン達と共に水に潜っていた。

 ネフィムは気障な仕草で髪の水を落す。

 ネフィムの水色の髪が揺れ水しぶきが舞い散る。

 均整な体つきで、レイジ程ではないが彼も中々の美男子である。

 少なくともノヴィスやゼファよりも顔が良いとシズフェは思う。


「ふう……」


 ネフィムは息を吐くと船べりへと行き膝を付く。ネフィムが膝を付いた場所は河へ降りる梯子が付いている場所だ。

 すると、梯子の近くの水面から1人の女性が顔を出す。

 キョウカとシロネの従者の1人であるリジェナである。

 彼女はシロネに代わって蜥蜴人リザードマン達を指揮するために河に潜っていた。

 リジェナは聞くところによるとどこかの国のお姫様だったらしい。

 それが、なぜ従者になっているのだろうかとシズフェは疑問に思うが、他者の過去を詮索する事は失礼なので聞く事はしない。

 きっと色々あったのだろうと思う事にしている。

 しかし、蜥蜴人リザードマンの指揮を任されるあたり、かなり信頼されているのだろう。

 現に彼女はネフィムと同じように水の中で行動ができるようだ。

 リジェナは手を伸ばし梯子を掴むとゆっくりと上がって来る。


「リジェナ、どうぞ御手を」


 そう言ってネフィムが手を伸ばす。

 しかし、リジェナは無視して船へと上がる。

 無視されたネフィムが苦笑する。

 その様子を見てノヴィスとゼファが笑う。


(全くあなた達は……)


 シズフェはノヴィス達の様子を見て頭が痛くなる。


「あの、どうぞ……」


 シズフェは体を拭くための布を差し出す。


「ありがとうございます……」


 リジェナはシズフェに頭を下げる。ネフィムと違い柔らかい表情だ。

 リジェナは布を受け取ると体を拭く。


(この人もかなり綺麗な人だ)


 シズフェはリジェナの全身を見る。

 栗色の髪に白い肌。キョウカやシロネ程ではないが出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。

 水着を着ている為、彼女の体型の良さが目に見えてわかる。


(レイジ様に仕える女性は綺麗どころしかいないのだろうか? こうも綺麗な女性に出会うと正直に言って女性として自信がなくなるわ)


 この船に乗っている女性で一番胸が小さいのがシズフェだ。フェリア信徒じゃなかったとしても水着になる自信はない。


「これはなかなか……」

「ああ」


 水着姿のリジェナが体を拭いているのを見てゼファとノヴィスが鼻の下を伸ばす。

 シズフェはこいつらを河に叩き込んでやりたいと思うが我慢する。


「君達。私のリジェナをいやらしい目で見るのは止めたまえ」


 ネフィムがリジェナの前に立ちノヴィス達の視界を遮る。


「あっ! ずりいぞ、ネフィム! 1人だけ良いかっこしやがって!!」

「そもそも! いつからリジェナさんがお前の物になったんだよ!!」


 2人が文句を言う。

 ネフィムはそんな2人を見てふふんと笑う。


「ところで、リジェナ。今夜一緒に食事でもどうです?」


 ネフィムが真面目な顔で言う。

 どうやら河の中でもネフィムはリジェナさんを口説いていたようであった。

 リジェナがネフィムに冷たいのはそれが理由のようだ。


「あの……。申し訳ございません、私にはもう大切な旦那様がいます。ですから、あなたの申し出は受けられません」


 リジェナは困った顔をしてネフィムに言う。

 その言葉にノヴィスとゼファはもちろん、ケイナからも驚きの声が出る。

 当然シズフェも驚く。


「ほえ~、旦那がいたのか。こいつはびっくりだ」


 ケイナは目を開いてリジェナを見る。


「リジェナさん! 旦那様がいたのですね! どんな人なのですか!!?」


 シズフェは思わず聞いてしまう。


(キョウカ様に仕えているのだから、旦那様というのがレイジ様の事ではないはずだし。一体どんな人なのかな? 結婚の女神の信徒としてはすごく気になる)


 シズフェは身を乗り出すようにしてリジェナに聞く


「とても暖かくて、優しい人です……」


 リジェナはふふっと笑いながら答える。

 その笑顔はとても素敵であった。

 シズフェは思わず唸ってしまう。正直、羨ましい。

 ちらりと横を見るとネフィムが落ち込んでいる。


(少し可哀そうかなと思うけど、これで大人しくなるだろう。それにしてもリジェナさんにこんな表情をさせる旦那様ってどんな人なのだろう?)


 シズフェはその旦那様の事が気になるのだった。



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