第30話 女神様にお願い

 シズフェの前に漆黒の鎧を着た者が立っている。

 対峙するシズフェ達はその者から目が離せないでいた。


「何なのだ、あれは? 空気がぴりぴりする」


 ノーラが首を振って答える。

 心なしか顔色が悪い。

 それはシズフェも同じだ。漆黒の騎士を見た時から体の震えが止まらない。

 周囲を見ると全員が同じようだ。

 漆黒の騎士は黒い炎を纏い、その体から放たれる気配がシズフェ達を捕える。


「確かに嫌な気配。何よ、この感じ……」


 シズフェは呟く。

 嫌な気配だった。暗く重い気配、世界を闇に包みこむような感じがする。

 目の前の騎士は光の勇者と真逆の存在に思えた。出会った瞬間に世界を暗黒へと変えてしまう。そんな存在だ。


「何者だよ? リザードマンじゃないみたいだ」


 ケイナが騎士を睨む。

 リザードマンは鎧を着ない。鎧を着れば擬態の能力を使えなくなるからだ。


(本当に何者だろう?)


 シズフェは騎士を見る。

 頭をすっぽりと覆う兜を身に付けているため顔が見えない。そして兜の目の部分には赤い宝石のようなものがはめ込まれているのか、赤く輝く視線がシズフェ達の方へと向けられている。。

 しかし、その気配から人間とは思えなかった。


「おい、風の勇者よ! 奴の首元にある紋章を見ろ!!」


 ノーラが漆黒の騎士を指差す。

 少し遠いので、シズフェの目では見る事が出来ない。。


「おいありゃ……。魔王の紋章じゃねえか?」


 ゼファが呻く。

 魔王の紋章である八芒星。それが描かれた鎧を身に付けていると言う事は魔王崇拝者と言う事だろうか?


「魔王の紋章を身に付けた騎士って……。まるで伝説に出て来るナルゴルの暗黒騎士みたい……」


 マディが不安そうな声で言う。

 ナルゴルの暗黒騎士は伝説に謳われる存在だ。

 その暗黒騎士が現れた時、災厄が起こると言われている。


「暗黒騎士だか何だか知らねえが、俺が倒してやる!!!!」


 そう言うとノヴィスが飛び出す。


「馬鹿野郎! 早まるな!!」


 ゼファが止めるが聞かず、ノヴィスは瞬く間に暗黒騎士へと迫る。


「くらえ! 火弾!!」


 ノヴィスがそう叫ぶと体の刺青が赤く光る。

そして、その手のひらに炎が生まれそれを暗黒騎士へと放つ。

ノヴィスが使う火弾の魔法は魔術師が本業のマディよりも高い威力がある。

実は魔法戦士であるノヴィスは魔術においてもかなり優れているのだ。

 しかし、ノヴィスから放たれた火弾は暗黒騎士にぶつかる直前で消えてしまう。

ノヴィスは立て続けに火弾を放つ。

 そのどれもが直前で消える。


「ならこれならどうだ! 火刃!」


 最大の魔法が防がれたにも関わらず、ノヴィスが火の魔力を帯びた剣を暗黒騎士へと振るう。

 ノヴィスの持つ大剣は皮鎧並みの皮膚を持つオークですらたやすく斬り裂く程の威力がある。

 その大剣に火の力を帯びさせる事で更に威力を高めているため、鋼の鎧でも容易く斬り裂けるだろう。

 しかし、暗黒騎士はその一撃を指でたやすく弾く。


「くそう!!」


 ノヴィスは立て続けに剣を振るう。

 しかし、その攻撃は簡単に弾かれる。

 それでもノヴィスは諦めずに何度も剣を振るう。

 その怒涛の攻撃は凄まじく剣圧の余波で周囲に熱風が吹き荒れる。

 だが、その全てが暗黒騎士には届かない。


「何!!」


 ノヴィスの驚く声。

 後ろからだけど、暗黒騎士がノヴィスの剣を右の人差し指と親指でつまんでいるのが見える。


「くそう!!」


 ノヴィスは剣を引き戻そうとするがびくともしない。


「剣の振りがめちゃくちゃだよ……。偉そうな事は言えないけど、少し基礎からやり直した方が良いと思うよ」


 暗黒騎士はそういうと左腕を振るいノヴィスを叩く。


「がっ!!!」


 ノヴィスは変な声を出して吹っ飛ぶ。

 吹っ飛ばされたノヴィスはシズフェ達を飛び越えた後、地面に叩きつけられると2度跳ねて転がり、そのまま動かなくなる。


「ノヴィス!!」


 シズフェの横にいたジャスティがノヴィスへと駆け寄る。


「レイリアさん! ノヴィスをお願い!!」

「はい! シズフェさん」


 レイリアは頷くとノヴィスの方へと行く。


「どうする? このまま立ち去るのなら追わないけど」


 暗黒騎士は摘んでいたノヴィスの剣をこちらに放り投げて言う。

その声は静かなのにシズフェの耳にはっきりと聞こえた。


「くそ、何者だよ手前! えれえ強えじゃねえか? 本当に伝説のナルゴルの暗黒騎士かよ?!!」


 ゼファの声がその場に木霊する。

 そのゼファの言葉にシズフェは心の中で同意する。


(ノヴィスは強い。前のコカトリスの時は相性が悪かったけど、本来ならコカトリスと同等の強さの魔物だって相手にできるはずなのに・・・。そのノヴィスが全く敵わない。一体どれくらいの強さなの?)


 シズフェは暗黒騎士を見て考える。

 強いノヴィスが全く敵わない。

 このまま挑むのは危険に思えた。

 

「どうするんだ、風の勇者? ここは撤退するか?」

「冗談を言うなよ、地の勇者の旦那! このまま逃げ帰れるかよ! ネフィム!!」

「わかってます! 水泡ウォーター散弾スプラッシュ!!」


 ネフィムが左の掌を前に出し魔法を放つ


「俺も行くぜ! 風よ舞い踊れ!!」


 ゼファが5本の矢を同時に弓に番え放つ。

 いくつもの水泡が暗黒騎士に向かう。

 そして矢は不規則な軌道を描きながら暗黒騎士に向かう。

 しかし、全ての矢は暗黒騎士に当たる寸前で黒い炎によって消されてしまう。

 そして水泡散弾は暗黒騎士にあたる寸前で急に方向を変えてネフィムへと戻っていく。


「嘘!? 魔法反射カウンターマジック!!!?」


 マディの驚く声。


「危ねえ!!」


 ゴーダンは急いで盾を構えるとネフィムを庇う。

 水泡はゴーダンの魔法の盾にあたると消える。


「助かりましたよ、地の勇者……」


 ネフィムがゴーダンに礼を言う。


「構わねえよ」


 ゴーダンが不機嫌そうに答える。


「おい、ゼファどうするんだ! 全く敵わねえじゃねえか!!」


 ケイナが叫ぶ。


「いや、まだだ、ケイナ! まだ……ぐえっ……」


 喋っている途中でゼファが首を押さえて苦しみだす。

 そして、そのまま空中へと浮かび上がる。


魔法の手 マジックハンド! あの距離から使えるの?!!」


 マディは信じられない表情で首を振ると叫ぶ。

 魔法の手 マジックハンドは魔力で作った透明な手である。

 強い魔力を持つ者なら遠くの物を持ちあげたり、直接心臓を握り潰す事もできるらしい。

 マディも魔法の手 マジックハンドを作れるがすぐ近くまでしか伸ばせず、重い物は持ちあげられない。

 当然、人を持ちあげたりなんてできない。

 しかし、目の前の暗黒騎士はそれをやってのけたのである。


「ぐああああああ!!」


 ゼファは振り回され、最後に地面に叩きつけられる。


「撤退だ! お前ら逃げるぞ! おらあああ!!」


 ゴーダンが叫ぶと右手に持つ大金槌を地面に叩きつける。

 本来は両手で使うべき武器であるが、ゴーダンはそれを片手で使う。

 地面が砕かれ土煙が舞う。

 ゴーダンの行動は相手の視界を防ぐためだ。シズフェ達はそれに合わせて逃げ出す。

 ゴーダンがゼファを抱え。ノヴィスはジャスティが抱える。


「ケイナ姉! マディをお願い!!」

「わかった!!」


 運動神経が鈍いマディがケイナに引っ張られて逃げる。

 シズフェはそれを見て、一緒に逃げ出そうとする。

 その時だった。


 ゴン。


 突然、シズフェの後ろ頭に何かがあたる。


「何……」


 シズフェの頭にあたった何かが地面に落ちる。

 大きな石だ。

 どうやらゴーダンが地面を砕いた時に飛んで来た石がシズフェにあたったようである。

 その事に気付いた瞬間、シズフェの目の前の景色がぐにゃりと歪み、頭がくらくらし、視界がゆっくりと動き、地面が近づいて来る。

 そして、シズフェの意識が闇に飲まれるのだった。






「ふう、逃げたか……」


 クロキの目の前で自由戦士達が逃げていく。

 元々殺すつもりはなく、追い払うつもりだったのでこれで良いはずであった。

 土煙が消える。


「えっ?」


 そこで、クロキは気付く。

 1人の女性が倒れている。

 クロキは女性の側に行く。

 そして、地面に膝を付き女性の顔を覗き見る。

 綺麗な顔立ちの女性だ。

 正直に言うと自由戦士をするようには見えない。


(この子は確かノヴィスからシズフェと呼ばれていたはずだ)


 どうやら地の勇者と呼ばれていた大男が地面を砕いた時に、飛ばされた石にあたって気を失ったらしい。そして、そのまま置いて行かれた。

 頭から血を流しているが、医療の知識がないクロキには女性がどのような状態かわからない。


「まずいな……」


 当たり所が悪ければこの女性は死ぬだろう。

 クロキは治癒魔法が使えない。

 こんな時にクーナがいれば治癒する事ができるのだが、今はいない。

 シロネならある程度は治癒魔法が使えるらしいが、この女性を治癒できる程かどうかわからない。


「どうすれば良いのやら……」


 リジェナのように使い魔にする事は出来れば避けたい。


「やっぱり、連れ帰って彼女に頼むしかないか。あまり頼み事はしたくないのだけど……」


 クロキはそう思いクーナの元になった美女を思い浮かべる。

 クーナのオリジナルである彼女ならば、治癒魔法を使う事ができるだろう。

 クロキはシズフェを抱えると移動するのだった。




「おい! シズフェはどうしたんだ!」


 祠から離れた場所で目を覚ましたノヴィスは大声を出す。

 逃げた仲間達の中にシズフェがいない。

 その事に気付いたのは祠から離れて大分時間が経過した後だった。

 

「まずいな、助けに行かないと……」


 ケイナが焦った表情で祠を見るとノヴィスも頷く。


「待て! ケイナ! 今行くとお前も危ねえ!」


 ゼファが止める。

 しかし、ゼファとネフィムを除く全員がシズフェを助けに行こうとする。


「確かに危ないかもしれないけど、シズちゃんがいないのは嫌だな」


 マディは首を振る。

 魔術師は冷静で理性的な判断をしなければならないと言われている。

 しかし、そのマディもシズフェを救うために無謀な事をしようとしていた。

 

「はあ、全くシズフェさんも世話が焼けますわね」


 ジャスティは溜息を吐く。 

 彼女とシズフェはよく喧嘩をするが、決して仲が悪いわけではない。

 一緒に助けにいくつもりだ。

 そして、ジャスティが行くのなら兄のゴーダンも行く。

 もちろん、レイリアもノーラも行くつもりだ。


「お待ちなさい。皆さん冷静さを失っています。今行けば全滅です」


 ネフィムはゼファと同じように止める。


「おい! お前! シズフェを見捨てるつもりかよ!」


 ノヴィスがネフィムに詰め寄る。


「そうは言っていません……。ですが、私達では敵わないのは事実です」


 ネフィムは悔しそうに言う。

 ネフィムの言う事は正しい。ノヴィスもそれはわかっている。

 相手がシズフェでなければ見捨てていただろう。


「あれ? 貴方達そこで何をしているの?」


 ノヴィスとネフィムが言い争いをしている時だった。

 突然声を掛けられる。

 振り向くとそこには光の勇者の仲間であるシロネとキョウカとカヤがいた。

 ノヴィスはシロネを見て天の助けだと思う。


「シロネ様! シズフェを助けて下さい!!」


 ノヴィスはシロネに土下座をする。


「えっ? 何? どうしたの?」


 それを見たシロネは首を傾げる。

 後ろにいたキョウカとカヤも顔を見合わせる。

 ノヴィス達は知らない事だがシロネ達はクロキの様子が気になって様子を見に来たのである。


「何があったのですの? 事情をお話しなさい」


 キョウカが事情を聞く。

 そして、ノヴィス達は祠であった事を話すのだった。






「あら、目が覚めたようですね……」


 シズフェが目を覚ますとそこにはすごく綺麗な人がいた。

 美しい白磁の肌に光り輝く髪。怖ろしいほどに整った顔立ち。

 光の勇者の仲間の女性達を見た時もすごい衝撃だったが、この目の前の女性はそれを上回る。

 まるで女神のようであった。

 誰なのだろうとシズフェは疑問に思う。


「あの、あなたは……?」


 シズフェが尋ねるとその綺麗な人は優しく微笑む。

 その微笑みにドキリとする。


「良いのですよ、人の子よ。貴方には感謝しなければなりません」

「感謝?」

「ええ、だって彼が私に頭を下げたのだもの。とても良い気分です」


 女神はふふふと笑う。とても嬉しそうだ。

 だけどシズフェには意味がわからない。


「だから貴方には少し恩寵を与えましょう」


 女神がシズフェの額に触る。何だか力が湧いて来る。


「ふふ。それでは後は任せましたよ、使徒レイリア」


 そう言うと女神は立ち上がりフードを被る。


「シズフェさん!!」


 フードを被った女神がシズフェが寝かされた部屋から出て行くと代わりにレイリアが入って来る。

 レイリアはシズフェが寝かされている寝台へと来る。

 その様子はただ事ではない。


「レ……レイリアさん?」

「シズフェさん! なんて羨ましい! あの御方に手を取ってもらえるだなんて!!」


 羨ましそうにレイリアはシズフェの手を取る。

 いつものレイリアは落ち着いているのに様子が変だ。


「どうしたの、レイリアさん? 私は一体どうなったの?」

「シズフェさん……。あなたは祠の近くで遭遇したあの漆黒の騎士から逃げる途中ではぐれて死にそうになっていたのですよ。それをシロネ様に助けていただいたのです」

「そうなんだ……」


 シズフェはシロネ様に感謝する。


「でも無事で良かったです」


 レイリアは少し笑う。


「そう言えばさっきの綺麗な人は誰なの?」


 シズフェは気になっている事を聞く。


「あの人は……。いえ、あの御方は女神レーナ様です。シズフェさんはあの御方に直接治癒してもらったのですよ……。なんて羨ましい」


 レイリアが首を振りながら答える。

 そして、レイリアさんの言葉に耳を疑う。


「嘘……。あの御方が女神様……?」


 シズフェは自らの幸運に驚愕するのだった。




「どうして、こうなったのだろう?」

 

 クロキは悩む。

 シズフェを助けるためにクロキはレーナに頭を下げた。

 クロキの立場なら見捨てても構わないはずだ。

 しかし、傷ついて倒れたシズフェを見捨てる気になれず、助けたのだった。 


(そもそも、レーナは人間を守る女神なのだから進んで傷ついた人を助けるべきではないだろうか?)


 クロキはそんな事を考える。

 だけど、レーナ達エリオスの神々はそんな事はしない。

 神が人々を救う、それは人間の作り出した幻想だ。

 神は基本的に人を救わない。

 そもそも、人間が作られた経緯を考えたら、人間のために神が存在するのではなく、神のために人間が存在するのだ。

 だからレーナが死にそうな人間を助けなくても当たり前の事であった。

 シズフェを助けて欲しいとクロキが言ったら、レーナは何で私がそんな事をしなければいけないのだろうと言う顔をした。

 そのため、クロキは頭を下げてお願いしたのである。

 その時のレーナのにんまり笑った勝ち誇った顔は忘れられない。


「普通逆だろ。全く、何をやってるんだろう……」


 クロキは自然と溜息が出てくるのだった。



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