第3話 ナルゴルの幹部達(イラストあり)

 魔王宮の中枢である玉座にモデスは座り、その目の前には重臣達が集まっている。

 この魔王宮はモデスの親友であるヴォルガスとヘイボスにより建造された。

 黒大理石と魔法の宝石をふんだんに使った宮殿は、エリオスの天宮にも負けないだろう。

 その魔王宮の玉座の間は広く壮麗である。

 ブラックダイヤモンドの玉座に座るたびにモデスは親友達に感謝をしている。

 そして、玉座に座るモデスの前にはクロキが臣下の礼を取っている。

 クロキは正確にはモデスの配下ではない。

 だが、他の者との立場上、モデスを陛下と呼び臣下の礼を取るのである。

 モデスはクロキならばヘイボスと同じように陛下と呼ばずに、名前を呼び捨てでも構わないと思っている。

 しかし、配下の者達の中にはそれを良く思わない者もいる。

 下手をすると無用な争いを招きかねない。

 だから、余計な争いをしたくないというクロキの気遣いにモデスは感謝をする。


「ナットがレイジ達に捕らえられたのですか?」


 クロキの言葉にモデスは頷く。

 ナットは勇者達に捕らえられて数日が経過している。

 クロキに伝えるまでに報告が遅れたのは、ナットの状態を探るためだ。

 既に殺されていたのでは救いに行く意味はない。

 幸いな事にナットは殺されず、捕らえられただけだ。

 今は勇者達は捕らえたナットを連れて大陸の西側へと向かっている。

 モデスはその事をクロキに伝える。


「クロキ殿。助けに行ってもらえないだろうか?」

「もちろんです。ナットには自分もお世話になりました。陛下の命令がなくても助けに行きます」


 モデスはクロキの言葉に笑う。

 予想通りの答えだからだ。

 モデスは自身の為に働いてくれた者を見殺しにはしたくない。

 しかし、配下の者達の大半は、ネズミ1匹なんか見捨てよと言う。

 モーナも役立たずはいらないと言う。

 だけどクロキは違う。


(モーナは裏切るかもしれないと言うが、クロキからは野心が感じられない。信義に厚く、誰にでも分け隔てなく優しく接するクロキは信頼に値する)


 モデスはクロキが仲間なのを嬉しく思う


「クロキよ。大陸の西側は遠い。だから、一度ヘイボスの所に行くが良いぞ。あそこからならドワーフの連絡通路で早く行けるはずだ」

「承りました陛下。必ずやナットを助けてご覧にいれましょう」

「ありがとうクロキ殿。それから余はそなたも大事に思っている。無理はしないでくれ」

「はい、陛下。それでは行ってまいります」


 そう言ってクロキは退出する。

 後にはモデスと重臣達が残される。


「よろしいのですか、陛下? 閣下を失う事になりかねませんか? さすがに閣下でも勇者とその仲間全員を相手にするのは厳しいのでは?」


 黒い翼を持つミュレナスが進言。

 ミュレナスは元天使である。

 エリオスを離反しナルゴルに亡命した。

 今では白い翼を黒く染めてナルゴルの将となっている。

 ミュレナスはシロネに敗れ、今まで療養中であったが、最近復帰した。


「良いではないですか、ミュレナス卿。うまくすれば勇者共々死んでくれるのだからね」

「ウルバルド卿! どういう意味だ! 閣下は陛下を守った方だぞ!!」

「何を言っているんだい、ミュレナス卿。クロキ閣下は強すぎる。あの力は危険だ。それに閣下は魔族ではない。陛下に忠誠を誓っているとは思えないな。死んでもらった方が陛下のためになるかもしれないよ」

「ウルバルド卿! 貴公は魔族でない者は疑うと言うのか!!」


 ミュレナスとウルバルドが言い争いを始める。

 ウルバルドは魔族の中で最強の魔術師だ。

 しかし、少し性格に難があった。

 ウルバルドも勇者の仲間である黒髪の賢者チユキに魔法戦で負けて瀕死の重傷を負った。

 なんとか回復したが、まだ体がふらついている。


「両名ともやめなさい!! 陛下の御前よ!!」


 魔族の女性の騎士であるジヴリュスがとめる。

 魔族の女性騎士で構成された近衛騎士団の団長を勤める彼女はモーナの側近でもある。

 魔王宮が陥落する時は、彼女がモーナを連れて逃げる事になっている。

 また、光の勇者が魔王宮に入る前に勇者はクロキに倒されたので彼女は勇者達と戦ってはいなかったりする。


「すまない、ジヴリュス卿」

「ごめんよ、ジヴ卿」


 2名が謝る。

 だが、ウルバルドは本当の意味で謝っていない様子であった。


「そうだ。陛下の御前だ、ミュレナス卿にウルバルド卿。これ以上見苦しい姿を見せるならこのランフェルドが卿らを討つぞ」


 ランフェルドがそう言うと、ミュレナスとウルバルドが恐怖で顔を歪ませる。

 両名が束になってもランフェルドには敵わない。

 そして、ランフェルドは言った事を必ずやる者だとモデスは知っている。

 上からランフェルド、ジヴリュス、ミュレナス、ウルバルドの序列である。この4名が四天王と呼ばれ魔王軍の頂点に君臨する。

 そして、四天王の下には八魔将軍がいる。

 この場にはその内の六将軍がいたが、四天王達に遠慮してか何も喋らなかった。


「ウルバルド卿よ。クロキ殿は陛下が認められたお方だ。失礼な事を言うべきではないぞ」


 横にいる宰相のルーガスがウルバルドを窘める。


「わかりましたよ、宰相閣下。クロキ閣下にこれ以上無礼な事は言いません」


 そう言うとウルバルドは頭を下げる。

 ウルバルドには本当に口を慎んでもらいたいモデスは思う。

 クロキが本気になればウルバルド卿を一撃で葬る事ができるだろう。

 ウルバルド自身の命ためにも何もするべきではない。

 そう言いたいが、それでは上からの命令で押さえ付けるみたいでモデスは嫌だった。母のようにはなりたくない。

 モデスは母ナルゴルの事を思い出す。

 全員が母の顔色を窺っていた。

 喜んで従っていたのはディアドナとザルキシスぐらいだろう。

 母に従わなかった中立の神々は、破壊神となった母に関わりたくなくて、距離を取った。

 母を倒した時もむしろ安堵した声ばかりであった。

 母に従っていた者のほとんどが、母を怖れて従っていた者ばかりだったのである。

 ルーガスもその1柱であった。

 母が死んだ事で多くの神が喜んだ。

 だけど、モデスの心は暗かった。

 そして、母を裏切る程の大罪を犯したにも関わらず、何も得られなかった。

 ミナの血を引く女神達は誰も愛してはくれなかった。

 それどころか危険視され、敵意を持たれたあげくに追放される始末である。

 そして、クロキの今の境遇はエリオスに居た頃のモデスと同じである。

 クロキのおかげで助かったにも関わらず、誰もが彼を危険視する。

 そんな事はすべきではないとモデスは思う。

 だが言っても聞かないだろう。

 しかし、モデスは母と同じように力で皆の行動を押さえる事もできなかった。

 目の前では配下の者達が議論をしている。

 モデスはその様子を見守るのであった。




 クロキは魔王宮の廊下を歩く。

 廊下は広く、黒大理石の壁や床には美しい装飾が施され、それを数多の輝く魔宝石が美しく照らしている。

 まるで星が輝く銀河の中を歩いているみたいだとクロキは思う。

 魔王宮が別名で星の宮殿と呼ばれるのも納得であった。

 この城を歩いていると先ほどの少し嫌な事も忘れさせてくれる。

 クロキは謁見の間での事を思い出す。

 ウルバルドは敵意を隠そうともしなかった。

 ランフェルドやジヴリュスは、ウルバルド程あからさまではないが敵意があった。

 あの中で敵意がなかったのはミュレナスだけだ。

 ミュレナスは魔族ではない。

 エリオスを裏切った堕天使で、ナルゴルの支配階級である魔族とは違う。

 だから同じように魔族ではないクロキに敵意を持たないのである。

 ミュレナスを除く四天王は、上級魔族であるデイモン族出身だ。

 このデイモン族はクロキに対して敵意を持っている。

 新参者であるクロキが魔族よりも高い地位にあり、モデスの信頼を得ている事が我慢できないようだ。

 クロキの配下となった女騎士達も最初は敵意を向けていた。

 その女騎士達は元々モーナの配下である。

 モーナはクロキを嫌っている。

 その彼女の影響のためか、魔族の女騎士達もまたクロキを嫌う傾向にある。

 クロキの配下になった女騎士のグゥノはモーナからスパイするように命令されていた。

 もっとも、それはクロキが暴走した事で失敗した。

 おかげでモーナやジヴリュスからさらに嫌われたようであった。


「お待ちくださいな、クロキ閣下!!」


 後ろから声を掛けられる。

 クロキが振り向くと1人の少女がこちらに来る。


「これは、プチナ将軍。どうかなされましたか?」


 クロキは近づく少女を見る

 彼女の名はプチナ。

 今の姿は10歳前後の人間の女の子だが、その正体は人熊ワーベアである。

 クロキは彼女の真の姿を見た事はないが、熊の姿になると10メートルを超える巨体となると聞いている。

 プチナは言葉を話さない魔獣と意志疎通することができる魔獣使いである。

 また、魔獣の軍団を操る所から獣魔将軍プチナと呼ばれる。

 そしてモデスの直属の配下である八魔将軍の1将だ。

 ちなみに魔王軍はモデス直属の軍とモデスに服属する諸王国の軍で構成される。

 諸王国の軍があるとおり、魔王モデスが支配するナルゴルの体制は封建制であった。

 魔王・領主・家臣の間の緩やかな主従関係により形成されている。

 例えば、カロン王国が良い例だ。

 カロン王国の領主ダティエはモデスに従っているが、カロン王国に所属するゴブリン達は直接にモデスに仕えていない。

 つまり、臣下の臣下は臣下でないのである。

 カロン王国は完全に独立した政治機構を持っている。

 王国内で何が起こっても内部問題に留まるかぎり、モデスは干渉はする事はない。

 それは、他の諸王国においても同じである。広大なナルゴルにはオーク族の諸王国やトロールの諸部族等があり、それぞれ独立した政治機構を持つ上に独自の軍団を持っている。

 モデスの直轄地はナルゴルの3割程度である。

 しかし、中央集権体制でないからと言ってモデスの権力が弱いわけではない。

 魔王であるモデスの力は絶大で、反乱を起こす事は出来ない。

 そして、モデス直属の軍は他の領主の軍を合わせた以上の力がある。

 それが上級の魔族のデイモン族で構成された四つの軍団であり、下位の種族で構成された八つの軍団である。

 そして下位の種族で構成された軍団を率いるのは、八魔将軍と呼ばれる様々な種族の出身の将軍である。

 プチナもその八魔将軍の1将であった。

 元々は彼女の母親が獣魔将軍だったが、レイジとの戦いによって死んだために娘である彼女が将軍となったのである。

 クロキが見た所、まだ幼いが何とか軍団をまとめているように思えた。


「いやね、閣下にお菓子のお礼を言いたくてね」

「ああ、その事ですか。気にしないで下さい、プチナ将軍。あれはお礼ですよ」


 リジェナ達の食料を求めているときにプチナから、蜂蜜と女王鮭の提供があった。

 おかげでリジェナ達の食事が助かったのである。

 そのお礼にリジェナ達がシロネの所に行った後で、残った蜂蜜を使いお菓子を作ってプチナの所に送った。どうやらプチナはそのお礼を言いたいようである。


「また蜂蜜をあげたら作って欲しいのさ、閣下 ?」

「もちろんですよ、プチナ将軍」

「わーい! ありがとうなのさ、閣下!!」


 そう言ってプチナは抱き着いてくる。

 クロキはプチナの頭をなでる。

 プチナは人熊なので本当の年齢はわからない。

 だが、プチナの今の姿は人間の少女である。

 お菓子をねだるその姿は無邪気な子供だ。

 なので、中々可愛らしかった。

 これで少しは敵対的な人達が減ったかなとクロキは思う。

 下位の種族はそこまで自分を嫌ってはいない。

 むしろ上級種族である魔族を怖がっている。

 だからだろうか、クロキが優しくすると簡単に心を開いてくれた。


「そうだ!! あたいも一緒に行って良いかなさ? 閣下を手伝いたいのさ!!」


 プチナは笑いながら言う。


「よろしいのですか? あなたは魔王軍の将軍。ナルゴルを離れるのは問題なのでは?」


 プチナはランフェルド等の四天王よりは下位ではあるが幹部である。

 勝手にナルゴルを離れるのはまずいはずであった。


「まあ良いじゃないさ。固い事は言いっこなしだよさ~」


 笑いながらプチナは言う。

 しかし、クロキとしてはモデスの許可がない以上は同行させるわけにはいかない。

 どうやって断ろうかと考えている時だった。

 誰かが近づいてくるのに気付く。


「お待ちください、プチナ将軍。閣下が困っているではないですか」


 そう言って現れたのはダークエルフの女性だ。

 黒いビキニアーマー姿のためにクロキは目のやり場に困る。

 彼女の名は妖魔将軍シャーリ。

 ダークエルフ族出身の八魔将軍の1将だ。

 ダークエルフは別名でランパスと呼ばれ、魔族の男性に魅せられたエルフを祖とする種族だ。

 好きになった魔族を追いかけてナルゴルに住み着き種族を増やした。

 そして、ダークエルフ族は魔族の血を引いているためか肌が褐色である。

 彼女達は元はエルフ族であるため、精霊を操る事ができる。

 また、彼女もプチナと同じく食料を融通してくれた事をクロキは思い出す。

 ダークエルフ族は魔王直轄の果樹菜園の管理者だ。

 シャーリからは沢山の果実や野菜をもらっている。

 その野菜を使い料理を作ってお返しに行ったら大層喜ばれた。

 ダークエルフが知らない料理で美味しかったそうで、クロキはおかげで仲良くなれたのである。


「シャーリ! あんさんはあたいと閣下の仲を邪魔する気かえ?」


 プチナはクロキから離れるとシャーリを威嚇する。

 個の戦闘能力ではプチナの方が強い。威嚇されたシャーリの顔が引きつっている。


「いえ、プチナ将軍……。私達は陛下直属の将軍。ご命令無しで勝手な事をなさればランフェルド様よりきつい御咎めがあるかもしれませんよ」


 ランフェルドの名前を出されプチナが威嚇するのをやめる。


「うう……確かに。ラン様は怖い」


 ランフェルドの事を考えプチナは怯える。

 プチナが怯える姿を見てクロキはランフェルドが少し可哀そうになった。

 ランフェルドは魔王軍の規律を高めるために必要な事をしているだけであり。

 クロキはランフェルドが悪い者には見えない。

 敵意はあるが、根は良い者なのだろうと思っている。


「ですからどうでしょう、閣下。我が配下の娘達を連れて行くというのは。我が娘達は必ずや閣下の夜の役に立つと思います」


 シャーリが頭を下げる。


(なんで夜限定なの?)


 クロキは心の中でつっこむ。

 そして、困った事になったと思う。

 将軍が勝手な事をしたらまずい事は確かだが、その部下を連れて行く事も問題があった。

 なぜなら、グゥノ達が黙っていないだろうからだ。

 直属の配下となった彼女達を連れて行かず、ダークエルフを連れて行けば争いになりかねない。


「ねえ、良いでしょ、閣下?」


 クロキがどうやって断ろうかと考えているとシャーリが身を寄せてくる。


「ちょ! シャーリ将軍!!」

「こりゃー! シャーリ!!あんさんが閣下を困らせてどないすんねん!!」


 プチナも抱き着いて来る。

 これはまずい状況であった。

 プチナから抱き着かれても微笑ましいだけだが。

 しかし、シャーリは胸や太ももが魅力的であり、暴竜が目覚めそうであった。


(鎮まれ――!! 鎮まれ――!! 自分の中の暴竜よ鎮まれ―!!)


 クロキは必至に素数を数える事で自身を押えようとする。


「何をなさっているのですかな、あなた方は?」


 クロキが困っていると誰かが近づいて来る。


「フェルトン! ゲウーデ!!」

「フェルトン将軍! ゲウーデ将軍!!」


 プチナとシャーリが近づいて来た者達を見てクロキから離れる。

 現れたのは天魔将軍フェルトンと冥魔将軍ゲウーデという名の2将軍である。


「中々色っぽい話しをなされているようですね。私も混ぜていただけませんか?」


 フェルトンが笑いながらプチナとシャーリに言う。

 しかし、笑ってはいるが目が笑っていない。

 クロキの知るフェルトンは大体いつもそうである。

 常に笑みを浮かべているが本当は笑っていない。

 フェルトンはケール族の将軍である。

 ケール族は下級魔族であり、黒い肌に巨大な蝙蝠の羽が背中から生えて、頭には2本の角を持つ種族だ。

 その姿はクロキの元の世界で知る悪魔の姿にもっとも近い。

 フェルトンは魔法にも精通した戦士である。上等な赤と黒のローブを着て、腰には炎を発する鞭をぶら下げている。

 またフェルトンの配下は下級魔族で構成されていて、そしてフェルトンは八魔将軍筆頭でもあった。

 レイジ達と戦った時は、ランフェルドの副将として出陣した。

 その戦いで重傷を負ったランフェルドを担いで魔王宮まで撤退させた功績がある。

 その時、彼の配下の軍団はレイジ達を足止めするために壊滅したらしい。もっともそのおかげで暗黒騎士団は全滅を免れた。

 一緒に来たゲウーデはアンデッドの将軍である。

 死霊魔術に長けている彼はその力を高めるために自らアンデッドとなった。

 ローブで姿を完全に隠しているが、その下には靄のような黒い影があるだけである。

 物理攻撃が完全に無効らしいが、その分不安定で脆い所もあるらしい。

 そして、彼は八魔将軍の軍の中で最大規模の100万を超えるアンデッド軍団を率いていた。

 ただし、その軍団はレイジによって一瞬で消滅させられた。

 自身もレイジによって消滅させられかけたらしく、モデスが魔法で回復させなければ完全に消えていたとクロキは聞いている。

 ゲウーデは同じ種族の出身のためか、フェルトンと行動を共にする事が多いようである。


「プチナ将軍にシャーリ将軍。閣下が困っているではありませんか。ここは退き下がってはいかがですかな」


 フェルトンは笑いながら言う。


「もしどうしても閣下に用があるのでしたら、私が変わって貴方達のお相手をしますよ、どうですかな?」


 フェルトンがプチナとシャーリに詰め寄ると2名は嫌そうな顔をする。


「ぐぐぐ、わかりましたのさ。また今度お話しをするのさ」

「……私も。また今度」


 そう言ってプチナとシャーリは逃げるように去っていく。

 フェルトンはいつも悪巧みをしていそうな風貌であり、笑い方も厭らしい。

 そのため彼を苦手とする者は多い。

 しかし、クロキが実際に話して見ると常識的な考え方をしている上に思いやりもあったりする。

 そのため、わざと憎まれ役を買って出て組織の規律を守っているような気がしていた。


「助かりました、フェルトン将軍」


 フェルトンに頭を下げる。


「いえいえ、滅相もない。それにしても大変ですな、閣下も」

「はい、好意を持ってくれるのはありがたいのですが……」


 そもそも、クロキが彼女達と仲良くしようと思ったのは、敵意に囲まれて生きるのは嫌だと思ったからだ。

 彼女達が自分のためにしてくれるのは嬉しいが、そのために余計な争い事を増やす事になったら意味がない。

 自身が原因で争いになれば敵意を持つ者はさらに増えるだろう。

 全ての者と仲良くできるとはクロキも思わないが、争いはなるだけ避けるべきであった。

 だから、フェルトンが助けてくれた事は素直にありがたかった。


「また何かありましたら、このフェルトンをお頼り下され、閣下」

「ありがとうございますフェルトン将軍。ではこれで」


 そう言ってクロキはフェルトンに頭を下げ背を向けて歩き出す。

 魔王軍には色々な者がいる。


(自分は万人に好かれる程、魅力的な人間ではない。それでも好意を持ってくれる者を裏切りたくはないし、力になりたい。だからこそナットを助けたいのだ)


 そう思いながらクロキは魔王宮を後にした。





「お主にしては珍しいではないか、フェルトンよ?」

「何がですか、ゲウーデ?」

「もちろん、クロキ閣下の事よ、フェルトン。我らの中で、お主が一番閣下を危険視しそうではないか?だがお主は閣下を気に掛けておる。何故じゃ?」


 ゲウーデの言葉を聞いてフェルトンは笑う。


「閣下は私達が勝てなかった光の勇者を倒したお方です。そして陛下に信頼されておられる方ですよ。気に掛けるのは当然です」

「本当にそうか? 他に理由がありそうに感じるのじゃが……」

「はあ、どうやらごまかせないみたいですね。本当の事を言いましょう。……陛下の境遇と同じだからですよ、ゲウーデ」


 フェルトンの言葉にゲウーデが首を傾げる。


「陛下と同じ……。どういう意味じゃ?」

「良く考えてごらんなさい、ゲウーデ。かつて陛下もエリオスに居た時に、エリオスの神々のから危険視されていました。陛下のおかげで助かったにも関わらず、です。その時の陛下の状況と閣下の状況は似ていると思いませんか?」


 その事を考えフェルトンは腸が煮えくりかえる。

 助けてもらいながら、フェルトンが敬愛するモデスを邪魔者扱いしたのである。

 しかも、さらに追放した。

 フェルトンからしたら、許せる事ではなかった。

 いつか、奴らを痛い目に会わせてやるとフェルトンは思っている。

 その時にクロキの力は必要になるはずだった。

 だから、クロキには味方であってもらわねばならないのである。

 つまらない嫉妬で敵に回すなど愚の骨頂であった。

 フェルトンはその事をゲウーデに説明する。


「なるほどな……」

「そうですよ、ゲウーデ。さらに言えば、奴らはあの忌々しい勇者を送り込んで来ました。陛下が一体何をしたのでしょう?ただ危険だというだけで……。そして、閣下のおかげで陛下を危険に晒さずに済んだのです。また、閣下は陛下に対して友好的です。みすみす敵に回す愚は避けるべきですよ」

「そうか、だから閣下を気に掛けているのか……」


 ゲウーデの言葉にフェルトンは頷く。


「おそらく陛下も同じ事を考えているのでしょう。陛下はどこか、閣下と自身を重ね合わせています。だからこそ、同じ目に会わせる事はしてはならないのです。あのエリオスの下劣な奴らと同じ事をしてはいけません」

「ふむ、お主の考えはわかった。ところでフェルトンよ、お主はまた人間達にちょっかいをかけるつもりか?」

「もちろんですよ、ゲウーデ。陛下はエリオスの奴らに何もしないつもりですが、私は違います。奴らの愛している人間共を苦しめねば気が済みません」


 フェルトンはゲウーデに言う。

 実はフェルトンはモデスに隠れて配下の者達を人間達の元に送っている。

 理由はもちろん苦しめるためだ。

 人間の王を操り、そこに住む人間を苦しめたり、人間の国に毒をばらまいたりしている。

 モデスの命令に反しているので大っぴらにはできないが、それぐらいは良いだろうとフェルトンは思っている。

 エリオスの連中は人間の繁栄を願っているから、それを邪魔してやりたいのである。


(この世界は魔王陛下の物だ。いずれ時が来たらエリオスの連中を滅ぼしてやる)


 フェルトンはその未来を考えると自然と笑いが込み上げてきた。





 闇の女王モーナは浴室でジヴリュスの報告を受ける。


「そうですか、ジヴ。グゥノは失敗したのですね……」

「申し訳ございません、モーナ様。グゥノは閣下の虜になったようです。もはやモーナ様のお役には立ちません。これは私の失態です。いかような罰も受ける所存でございます」


 ジヴリュスが頭を下げて報告する。


「どうやら私の考えはお見通しだったようですね」


 モーナは奥歯を噛み締める。

 モーナはグゥノ達にはクロキの弱点を探るように命令していた。

 どんなに強い者でも何か弱みがあるはずだからだ。

 そして、もし敵になるようなら速やかに排除するつもりだった。

 だが、それもできなくなった。


「所詮は女ですか……。役に立たないわね」


 モーナは冷めた目でジヴリュスを見やる。

 役立たずは死ねば良いとモーナは思う。

 正直に言えば罰を与えてやりたい。

 しかし、ジヴリュスはモデスがモーナを守るために与えた部下だ。

 罰を与えるにはモデスに了解を得なければならない。

 また、理由が理由なだけにそんな事はできなかった。


「もう良いわ。下がりなさい、ジヴ」


 モーナは追い払うようにジヴリュスに言うと、申し訳なさそうに退出した。


「全く役に立たない」


 ジヴリュスが退出した扉を見てモーナはそう呟く。

 そして、どうすれば良いか考える。

 もし、クロキが敵になったらと思うとモーナはぞっとする。

 そうなれば、モーナの愛するモデスの命が危ない。

 今はまだ大丈夫かもしれないが、先の事はわからない。

 だが、どんな事になっても必ずモデスは守る。

 モーナは浴槽の中でモデスを想うのだった。


★★★★★★★★後書き★★★★★★★★

それぞれのイラスト

フェルトンとシャーリとゲウーデは後日。


ウルバルド

https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16818023213499681692

ジヴリュス

https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16818023213499839082

ミュレナス

https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16818023213500095082

プチナ

https://kakuyomu.jp/users/nezaki-take6/news/16818023212415749843

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