第168話 ピュア(1)

「今日は南さんはずっといたはずだから。 聞いてみましょう、」


萌香は南に電話をした。



「加瀬?」


「ええ、まだ連絡もなくて帰ってないみたいなんです。」


「加瀬は・・ええっと、今日は八神とずっと仕事で・・」


南は記憶を手繰り寄せた。


「二人で地下の資料室に行ったよ。」


「八神さんと?」


萌香の言葉に思わず高宮は彼女の携帯に耳を近づけた。


「でも、あたし8時過ぎまでいたけど、戻ってけえへんかったなあ・・。」


南のひとことで、


「じゃ、じゃあ、会社にいるのかしら、」


萌香がそう答えると、横で高宮が


「会社にも電話したけど誰も出ませんでしたよ、」


と言う。


「高宮、いるの?」


南が言った。


「ええ。 心配して。 え~? じゃあ、どこに。 というか、二人、一緒なんでしょうか。」


ナゾがナゾを呼んだ。



斯波は八神の携帯に電話をしたが、まったく繋がらなかった。


「う~~~ん、」


さすがに


どうしたのかと思い始めた。




「ね、お誕生日のプレゼント、なんか買ってあったんですかぁ?」


夏希はこの状況でもいつもと同じようにテンションを上げてきた。


「え? まあ・・」


八神はちょっと照れながら頷いた。


「あたしも! この間の誕生日の時にコレっ!」


と嬉しそうに左手薬指の指輪をどーんと手を広げて見せた。


「かわいー指輪でしょ? 人生初の指輪で。 ほんと嬉しかったあ。」


夏希はまた思い起こしていたが、八神はソレをジーっと見て、


「・・でっけえ手!」


思いっきり言い放った。


「はあ? そこですかぁ?」


「ほんっと、怒ってんだろーなあ。」


八神は悲しそうに言ってため息をついた。


夏希はちょっとかわいそうになってしまった。



「ね、どーやって幼なじみから恋人に変わっていったんですか?」


話をちょこっと逸らすように聞いてみた。


「え? あ~、もうなんか家も隣同士だし、保育園からずうっと一緒で。 ウチはぶどう園やってんだけど、あいつん家は勝沼でも有名なワイナリーを経営してて。 オヤジ同士ももちろん幼なじみだし、お互いのオフクロたちだって、高校の同級生で。 もう、なんっかね、家族みたいなもんなんだよ。 おれのふとんまであったもんなあ、隣に。」


八神は遠くを見るように頬杖をついて言った。


「へええ。 なんかマンガみたいで憧れる~。」


夏希は無邪気にそう言った。


「だから。 家族みたいだったし。 ずうっと。 恋愛の対象とか全く考えられなくて。 お互い、別につきあってる人だっていて。 そーだよなあ。なんでこんなになっちゃったんだろ。」


「今さらそこが疑問??」


夏希はおかしくなって笑ってしまう。



「結婚とかは?」


さらに夏希はつっこんだ。


「結婚ねえ。 ま、この先。 あいつ以外に結婚する女はいないんだろうなあって。 そこだけは想像つく。でもさ。 おれの稼ぎじゃまだまだ。 養っていけそうもないし。」


なんだかテンションが下がってしまった。


「え、そんなに貧乏なんですか、」


デリカシーのないことを言ってしまい、


「ほんっと、おまえはいいよなっ! 高宮は社長秘書だし! オヤジは偉い政治家さんだしさ!」


ムッとして言い返された。


「え、別に。 あたしはそんなの関係ないって、思うし。 お金持ちとか、そんなの、」


夏希は口を尖らせた。



そんな彼女の顔を見て


普通なら、


『うそつけ!』


って


つっこみたくなるけど。


ま、


こいつは本気でそう思ってるんだろーな。


お金なんかに


興味なさそうだし。


八神はぼんやりそんなことを考えてしまった。


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