第153話 愛しいひと(4)

約束どおり


この日は会社帰りに、指輪を買ったショップに行き、サイズを直してもらう手はずをする。


「ええっと、じゃあ、13号ですね。」


店員は夏希の指のサイズを測って言う。


「13号? デカっ!」


夏希は自分の指の太さに驚く。


「え、普通はどのくらいなの?」


高宮は言う。


「え、友達は9号とか言ってたような。」


「ハハ、そりゃデカいな。」


高宮は笑った。


「関節が太いんですよ。ほんっと野球やってたから・・」


夏希は膨れた。


「でも、すっごーい。 かわいいの、いっぱい。」


夏希は他のアクセサリーのウインドウにへばりつく。


「もう1個買う?」


「え、いいですよ、もう。」


「ピアスとか、しないの?」


「ピアス?? 耳に穴あけるの? やですよ。痛そう。 だって、ずうっと注射してるようなもんじゃないですか。」


夏希は思わず両耳を手で押さえた。


「注射って・・」


笑ってしまった。


「ほんとスポーツしてると、いろいろつけるのがやになっちゃうんですよ。 かろうじて腕時計だけで、」


「じゃあ、ほんと人生初の指輪なんだ、」


高宮は少しだけ胸がいっぱいになってそう言った。



しかし


「人生初って、オーバーじゃないですかぁ?」


夏希が思いっきり疑うようにそう言ったので、


「ゆうべ、自分で言ってただろーが!」


思わずつっこんだ。


「え? あたし? そんなこと言ってました?」


全く記憶にないようだった。


「全くもう、」


高宮はそれでもまたツボにはまり、笑いが止まらない。




その後は、赤坂にあるノースキャピタルホテルの最上階のレストランに行く。


「きれ~」


夜景の美しさに夏希はうっとりとした。


そして、ハッと気づいたように


「あのっ」


「なに?」


「ほんとちゃんとお礼を言っていなくて。 指輪、買ってもらって、こんなトコで食事も。 ありがとうございました。」


ペコリと頭を下げた。


「ううん。おれがそうしたかったから。」


高宮はニッコリ笑う。


「自分の誕生日なんか大人になるとどーでもよくなるけど。 でも、好きな人の誕生日はね。 あ~、よく生まれてきてくれたねって。 感謝したい気持ちだから。」


「え?」


「てことは。 夏希のお父さんとお母さんに感謝をしないといけない日なのかもしれないけど。」


そんな風に言われて


夏希は何だかジンとした。


「・・隆ちゃんだって。 お父さんとお母さんがいなかったらこの世にいなかったんだよ。」


ポツリと言う。


高宮は少し胸が痛かった。


「あたしは。 隆ちゃんのお父さんとお母さんに感謝する。」


白いきれいな歯をみせて微笑み、黒いビー玉みたいな光を放つ彼女の瞳がまぶしかった。



食事を終えて、高宮は夏希の手を取り、


「今日、ここに泊まっていこう。」


と言った。


「え・・」


夏希は少し赤面して、


「も・・十分ですから。」


と言った。


「すっごい、嬉しかったから。 もう十分。」


にっこりと笑う。


「でも、」


「贅沢しちゃったし。 もー、いい。」



贅沢なんて。


「なんっか貧乏性なんですかね。こういう雰囲気もいいですけど、部屋でのんびりするのが楽しいかなって。てゆーか、あたし裸足が好きなんで。」


また突拍子もないことを言い出した。


「は・・??」


「もう家帰ったら靴脱いだ後に必ずストッキングとか靴下、脱いじゃうんですよ。 冬場も! 冷えるからってお母さんによく怒られるんですけど、」


と屈託なく笑う。


高宮はおかしそうに笑う。



「なんか・・らしいエピソードだね。 うん、裸足って感じするよ。」


「サルっぽいってことですか?」


「自分で言うなよ、」


高宮は夏希がかわいくて、彼女の頭を自分に引き寄せるように歩いた。





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