第151話 愛しいひと(2)

「あ~~~。 バカ二人のせいで寝不足、」


斯波はだるそうに出かける支度をした。


「まあまあ。」


萌香はそれを収めるように、電気を消して玄関を出る。


すると同時に出てきた高宮と夏希に遭遇してしまった。


「あっ・・」


何とも気まずい空気が流れる。


「あのっ、」


高宮がゆうべのことを謝ろうとすると、夏希がずいっと前に出て、



「おっはよーございまーっす! 今日もめちゃくちゃ暑いですねっ!!」



ムカつくほどの満面の笑みで言った。


「もう、これ見てくださいよぉ。 すんごいアザ。 カッコ悪いけどバンソコウで貼っちゃった。」


オデコのバンソウコウをむしろ自慢げに見せた。



ほんっと・・


殴りてぇ



斯波は心からそう思った。



「ね、スカートどうですかぁ? 会社にスカートなんか初めてかも!」


歩きながら夏希は高宮に言う。


「うん、いいんじゃない? これから私服もスカートにしてみたら?」


「え~、そうかなあ、」



「ほんっと! 腹立つ! なんなんだ、アレ!!」


後ろから歩く斯波は萌香に言い放った。


「まあまあ、」


萌香はまた同じセリフで収める。


「勝手に大騒ぎしてケンカして、こっちは巻き込まれるだけ巻き込まれて! 勝手に仲直りしやがって!」


「仲直りしたんやから。 ええやん。 ほんまにあの二人、傍からみたらアンバランスに見えるけど、けっこうお似合いですよね。」


「そうかあ?」


斯波はまだ不機嫌だった。


「こんなこと言ったら、あなたはまた怒るかもしれへんけど。 高宮さん、加瀬さんのことめっちゃ本気で考えてるみたい。」


萌香は斯波を見上げた。


「え?」


「結婚とか考えてる感じ、」


「なっ…」


斯波は驚いて前を歩く二人を見た。


萌香は高宮が夏希に指輪をプレゼントしたい、と相談された時のことを思い出していた。


あの時の彼は


本当に夏希のことを真剣に考えている、と


間違いなく


そう思えた。



「バカ言うなっつーの! あいつなんか! まだまだ、」


斯波は動揺しつつそう言った。


「だから、落ち着いて。 もちろん高宮さんの胸の中にしまっているだけの話やけど。 加瀬さんは全然気づいてないと思う。 つきあってる今がすごく楽しくて仕方なくて。 高宮さんは家のこととかいろいろ複雑だし。自分の居場所が欲しいんやなあって。」



「居場所?」


「自分だけの・・家族。」



『おれはあの子と家族になりたいんだ。』


そう言ったときの彼は


本当に


願いが叶えられない少年のように


ちょっと切なく


寂しそうな


そんな顔だった。




斯波は黙りこくって


ふと自分のことを思う。


確かに。


おれも両親の不幸を目の当たりにして育ち。


父親からは理不尽な暴力を受け


離婚する時に自分の親権を押し付けあう親を見て。


ひとりで生きていこうって決めた。


誰の力も借りず


誰と寄り添うこともなく。


だけど


萌香と出会って


生まれて初めて


誰かと一緒にいることを望んだ。


彼女と


自分だけの幸せな空間が欲しかった。





「でも、やっぱり加瀬には早すぎる・・」


斯波は小さな声で言った。


「うん、あたしも高宮さんに焦らないでって言った。 今度は、焦って失敗しないように。」


萌香は優しく微笑んだ。



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