第137話 クリスタル・サマー(3)

翌日は温泉に行った。


は~~、


ひとりで温泉もいいなあ。


高宮は露天風呂で景色を見ながらゆったりとした気持ちになっていた。


すると


「にーちゃん、よく灼けてんな、」


知らないおじさんにまで言われた。


「そ、そうですか?」


「顔も背中も真っ赤だんべ~。」


と笑われた。



そんな灼けてっかな。


心配になってきた。



一方。


「あ~、ほんっと、生き返る~。」


夏希は母とのんびり湯につかっていた。



『おれは夏希以外なにもいらないんです。』


母はそう言った高宮のことを思い出す。


たぶん。


彼は本気で夏希のことを考えてくれているんだろう。


それが


ひしひしと伝わってきた。


いくら家とは関係ないって言っても、結婚ってそんな簡単なものじゃないってわかってる。


本当にいつまでたっても精神年齢が低くて


常識知らずなこの子では


とてもとても。


実際


つきあってるったって、友達のつきあいとそうそう変わらないような付き合いなんだろうし。



まあ


ちょっとは進んだのかもしれないけど。



なんだか娘の体つきがすごく女性っぽくなったような気がしていた。


「なに? 黙っちゃって。」


夏希は言う。


「え? あんたたちさあ、つきあってて会社の人になんか言われない?」


「え、まあ・・言われなくもないけど、」


夏希は口ごもった。


「そりゃそーだよね。 高宮さんってエリートで、いい男だし。 優しいし。 そんな人とあんたがねえって、」


「別に。 あたしは平気。 誰に何を言われても。 わかってくれる人がいれば、」


ちょっとうつむいた。


「お母さんは賛成なの? 反対なの?」


「なにが?」


「あたしと高宮さんがつきあってるってこと、」


「え、反対なんかしてないよ。 むしろ、あんたが東京で仕事して自活していけてるのか心配だし。ああいう人がそばにいてくれたら、まあ安心かなって思ったり。」


「だったら、そんなネガティブなこと言わないで。」


夏希はしょぼんとした。


「ネガティブって、なに?」


母は真面目に言った。


「え、そんなことも知らないの?? ええっと、なんてゆーか・・」


うまく説明できない。


「へ、わかってないくせに、えらそーに言っちゃって。」


「どっ、ど忘れしたんだよっ!」


ムキになって怒った。



「とにかくさあ・・お母さんにはなるべく心配かけないようにするから、」


そう言うのが精一杯で。



この子は絶対に


高宮さんほど彼との将来を考えたりしていない。


それだけはわかる。



母の直感でこれからの二人が少し心配でもあった。




家に戻ったあと、近所を二人で散歩した。


「あ!」


田んぼの近くを歩いていたら、夏希がいきなり走り出した。


「なに?」


地面にぱっと手を出して、なにかを捕まえて戻ってきた。


「見て! かわいーっ!」


その手の中にはアマガエルが。


「うっ・・」


高宮は一瞬後ずさりした。


「え、カエルだめですか?」


「さ、触ったことない、」


首をぶんぶんと振った。


「だいじょうぶですよぉ。こんなちっさいし、。 さすがにあたしもヒキガエルは触れないけど、アマガエルはかわいいでしょ~?」


と指でつるつるの背中を撫でる。


するとアマガエルがひょいっと手の中から逃げ出した。


「わ、逃げられた、」


「カエルも必死だからね。」


高宮は笑う。



青い空


白い入道雲


セミの声



夏休みの田舎の典型的な風景だった。


彼女はこんな場所で生まれて育った。


ここへ来て


もっともっと彼女のことを


好きになれた気がする。



もう明日には東京へ帰る。


あっという間の3日間だった。


高宮は夏希の手をつないだ。


「もっと、ちゃんと帰ってあげないといけないよ。」


「え?」


「お母さん、やっぱり待ってると思うし。 こんなにいいトコなんだし、」



優しい


優しい言葉。



「うん・・」



夏希は彼の笑顔が


本当に嬉しかった。

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