第130話 帰省(3)

「そう、」


「もう、悔しいなんてもんじゃなくって。 最後の挨拶の時にね、相手チームのヤツに『やっぱ女はダメだよな。』って言われたんです。 ほんっと、もう悔しさ倍増ですよ。 家に帰って、号泣して。 この悔しさをどこにぶつけていいかわかんなくって。 髪の毛をね、切っちゃったんですよ。 裁ちバサミでバッサリと、」


夏希は高宮を見て笑った。


「自分で?」


「そう。 もう、すんごいアタマになっちゃって。 お母さんにはめちゃくちゃ怒られて、アタマにほっかむりされて床屋に連れて行かれて。 男の子みたいな頭になっちゃって。」


思い出して笑った。


「すごいな、それは。」


高宮も笑う。


「お父さんは。 そんなあたしを怒るわけでもなく、優しく頭を撫でてくれて、キャッチボールの相手を黙ってしてくれて。」



優しく、頭を。



彼女が何度も


何度も


頭を撫でられるとすっごく気持ちいいって。


言っていたっけ。


「絶対に甲子園に出る!って密かに誓ったんです。 子供でしたからね、なんでも叶うと思ってた。」


なんだか目に浮かぶようだった。


「もう、そっからは、野球ひとすじでしたよ。 野球、学校、家。ずっとその繰り返し。 ほかの事は一切考えられなくて。」


それなら


彼氏ができないのも


当たり前か。


高宮は何だかホッとしてしまう。



「お母さん、無理して大学まで野球やらせてくれたから。 最後までやらせてくれたし。 ほんとはずうっとずうっとやっていきたかったのに。 そんな気持ちのまま社会人になって。だから、いつまでたってもダメなんですよね。 気持ちは学生のまんまってゆーか。 先がないから諦めたってことに甘えてたって感じで。 でもね、今は、この状況に納得して、生きられるかなって。」


「深いこと、言うね、」


「あたしだってたまには語りますよ~。」


夏希は高宮の背中をバシっと叩く。




その後、市街地を通って少し買い物をして帰ろうとすると、


「ね、」


高宮は彼女の腕を引っ張った。


「え?」


そこはラブホの前だった。


「ちょっと、寄って行かない?」


「えっ」


夏希は激しくおののいた。



いつもいつもこの前を通っていたけど


自分には絶対に無縁なトコだと思ってた



「だって、家でってわけにいかないじゃん、」


高宮は彼女に近づいて小声で言う。


「ま、そうですけど・・」


高宮は半ば強引に彼女の腕を取る。



中・・


こんななんだ


薄暗くて淫靡な雰囲気が漂っている。


「フロントとかないんですかね。」


夏希はキョロキョロしてしまった。


「おれも、初めてだ、」


「え? ほんとに?」


ちょっと驚いた。




「こういうところは、」


その言葉になぜか胸がズキンとした。



そっか


そーだよね。


隆ちゃんは


きっと、何人も・・




部屋の中は思ったより明るかった。


「え、シティホテルみたい。」


夏希は中の様子に驚いた。


「ほんとだ。」


高宮も珍しそうにクローゼットなどを開けてしまった。


「軽く、シャワー浴びてきなよ。」


とにっこり笑いかけた。




「・・んー」


何度も


キスをしながら


体を絡ませ。


彼の苦しそうな声や


自分の口から漏れる喘ぎ声。



シーツの擦れる音や


ベッドの軋む音。


あれから


何度も


彼と体を重ねて。




正直


愉快とは程遠い行為だと思っていた。


彼の気持ちに応えようって


それだけで。


どうしていいのかもわからず、なすがままで。


でも


彼が体中で愛してくれることが


嬉しい。


自分の欲望を満たすその行為の間も


優しく優しく唇にキスをしてくれたり


頭を撫でてくれたり。


「あ・・」


夏希は体が宙に浮いてしまいそうな感覚にとらわれた。



き・・


気持ち・・いい。


どうにか、なりそう。



初めてそう思えた。


そっか


キモチいいことなんだ。


そうだよね。


そうじゃなかったら


人間、こんなに増えてないもんね。



そんなことを考えてしまった。

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