第129話 帰省(2)
「ね、明日、海に行ってみましょうよ、」
夏希が帰りの車の中で言った。
「海?」
「車で10分くらいだし。 夏休みは必ず海に毎日のように行って、チャリンコで。 真っ黒になって戻ってきてって、」
夏希は笑う。
「あんた、ほんっと毎年おんなじことしてるね。 成長してないね。」
母は呆れたように言う。
「あと! 温泉もあるんですよ。 そこも行きたいな、」
高宮はすごくすごくこの空間が優しい空気に包まれていることを思う。
思えば
家族でプライベートな旅行なんてしたことがあっただろうか。
あったのかもしれないけど
記憶はない。
全員の家族写真だって
あるのかどうか。
高宮はぼんやりと考えた。
「ついたよ。」
夏希の母は敷地内に車を停めた。
少し高台にある一軒家だった。
「いいとこですね。」
海が少しだけ木の間から見える。
「でしょ~? 二階から海に沈む夕陽も見えるんです。」
夏希は自慢げに言った。
家の中も
母がひとりで住むには広すぎるほどだった。
高宮は最初に仏間に行き、線香を手向け手を合わせる。
写真の中の夏希の父は優しそうに微笑んでいる。
「優しそうなお父さんだね、」
と彼女に言うと、
「うん、すっごく優しかった。 お母さんは、まあ、鬼ババみたいだけどね。」
笑って夏希も手を合わせる。
「でもね。 男の子が欲しかったんだって。 だから、あたしに男の子みたいに野球をさせたり、元気に暗くなるまで外で遊んだりしてるの見るのも嬉しそうだったし。」
「そっか。」
「荷物、二階に持っていきますから。」
「あ、おれが。」
二人は二階に上がった。
「ここは西日がきついけど、絶景なんですよぉ、」
夏希は高宮のために母が仕度をしてくれた部屋の窓をガラっと開けた。
「わ・・」
高宮はそこから見える景色に目を見開いた。
海が見える。
「花火大会の花火もよく見えるんです。 ここは東京と違って高い建物がないから。いつまでもかわんない風景ですね。」
夏希は懐かしそうに言った。
「田舎があるって、いいね。」
「え、そーですか? あたしは、もっともっと都会に生まれたかったってずうっと思ってましたよ。」
「ううん。 なんか、ホッとできる帰る場所があるって、いいじゃない。」
「まあ。」
夏希もにっこり微笑んで頷いた。
夏希は遠くに見える懐かしい風景を見ながら、
「ちょっと散歩しましょうか。」
夏希はにっこり笑う。
歩いて20分くらいのところの河川敷に行った。
草野球がいくつもできるくらい広い。
「ここがあたしのホームグラウンドだったんです。」
「ホームグラウンド?」
「小学校1年生の時から。 ずうっとここで野球をしてました。」
「そっか・・」
夏希はふっと黙りこくってしまった。
「どしたの?」
「思い出しちゃって、」
「え?」
「小学校4年生の頃。 あたし、これでも男の子とチームのエースを争うくらいだったんです。」
と笑う。
「え、女の子なのに?」
「もう背も155cmくらいあって。 大きかったし。 自分で言うのもなんですけど、運動神経は男の子に負けなかったし。 けっこう球も速くて。」
「へえ、」
「市の大会があって。 決勝戦で。これに勝てば県の大会に行けるって試合。 勝ってたんです。 6対4で。 でも、最終回で。 あたし、投げてたんですけど、フォアボール連発しちゃって。 最後はワイルドピッチして。 逆転サヨナラ負け。」
夏希は遠くを見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます