第110話 責任(1)

「な・・どーしたんですか?」


勢いよくドアを開けてすばやく中に入り、カギをしっかりと閉めた高宮に夏希は驚いた。


「はああああああ。 ったく、もう。あの人はいちいちうるさいっていうか、」


「斯波さんと何かあったんですか?」


「知らないよ。んっとに、いっつもつっかかられて。」


と言ったあとハッとした。




「で! どうなの、いったい!」


夏希の両腕を掴んだ。


「は?」


「だから! 昼間のメール!」


「あ・・ああ、ええっと、」


夏希は戸惑ったようにうつむく。


「まだ、なの?」


おそるおそる聞くと、彼女は黙ってうなずいた。


「もう、3週間くらい・・」


「3週間??」



女性の体には詳しくないが。 それが尋常でないことは薄々わかった。


「栗栖さんが妊娠検査薬を買ってきて。 一緒に見てみたんですけど。 なんとも言えない結果が出てしまって。2回も、」


「なんとも言えない結果?」


「陽性とも陰性ともつかない判定が。 で、病院行ったほうがいいよって。」



高宮はガーンと頭をハンマーでひっぱたかれたようなショックが襲い。


ふらっとそこにあった椅子に手をかけた。


「おれの、せいだ、」


「え、」


「ほんっと、おれの責任だぁ・・」


「そんなに自分を責めないで、」


夏希は逆に彼を励ます。


「おれの愚かな行動で、」


自分に腹が立ってしょうがなかった。


「栗栖さんはタイミングが合えば、たとえ1回きりでも可能性あるよって言ってたけど。 でも! そんな、すぐそんなことになんか、ならないですよね??」


夏希はまだどこかで能天気だった。


「・・いや、人間の生殖のしくみからいくとあり得るよ、十分。」


高宮が暗い声で言ったので、


「え~?? でも! 高校生の時~。 みんなでそういうエロ話してたとき、1回じゃできないよって友達が、」


「根拠ねえし、」


「ほんとにそうなんですか??」


夏希はちょっと焦り始めた。



そんな


高校生の意味ない話を、信じちゃって。


どこまで


子供なんだ。


この子は。



高宮はチラっと夏希を見た。



でも


そういう、バカなとこが


かわいいんだけど。


思わず彼女の肩を引き寄せてキスをした。


「おれ、ほんっと、どんなことになっても責任取るから。」


意を決してそう言った。


「え?」


「ほんと責任取るし。 月曜日、一緒に病院行くよ、」


「でも仕事、」


「なんとか社長にお願いして。」


「そんな! あたしのために!」


「こんな大事なこと、正直、仕事より大事だよ。」


彼女の背中に手をやる。


「え、」


ドキンとした。


「きみのことが大事だ。 しかも、ほんっと、どう考えてもおれの責任だし、」


「高宮さん、」


夏希は胸がきゅんとなった。


「ごめん、ごめんな・・」


彼女を抱きしめた。



なんでだろ


こんな状況になてるのに


あたし、すっごい暢気だし。


やっぱり


高宮さんのことが好きだからかなぁ。


彼と一緒にいると


何にも怖くない気がする。



「で、明日、後輩の練習の手伝いに行こうかなって思ってたんですけど。 なんかテンション下がってやめちゃって、」


「はあああ、おれのせいで、」


高宮はまたも落ち込んだ。


「そ、そりゃ、あたしだって心配ですけど。 でも」


「でも?」


「高宮さんのことが好きだから。 なんかちょっと安心できるってゆーか。」


夏希はモジモジしながら言う。


「はあああああ、うれしい、」


高宮は落ち込んだり、萌えたりと忙しかった。



「でも。」


「え?」


「会社、辞めちゃだめですよ、」


いきなりとんちんかんなことを言い出す彼女に、気が抜ける。


「いっくら責任取るって言っても。 ほんっと高宮さん、社長や専務にも買われてるし。 英語もペラペラで頭もいいし。 あたしのことなんかで、ダメです。」


彼女の言っている意味を理解するのに数十秒かかってしまった。



「会社は、辞めないよ・・」


「え、ほんとに? よかったァ。」


夏希は心からホッとしているようだった。



責任って


そうじゃないんだけど。


この場合


責任取るって言ったらさあ。



とはとっても言えず。

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