第80話 暗雲(3)

「加瀬さん・・いるの?」


彼の声だった。



また


体中がゾクっとした。


動悸がしてくる。



「ごめん・・ほんっと・・ごめん! おれ・・」


高宮はドアに額をくっつけて、ただただ詫びるだけだった。




萌香はこの日一日中外出で、直帰させてもらったのだがさっき斯波から夏希の具合が悪いことを聞き、ちょっとしたゴハンを作ってやっていた。



その時、


外の様子に気づく。



ん・・?


この階は自分たちと夏希だけなので、いつもと違う気配はすぐに気づいた。


玄関に歩いていき、耳をそばだてる。



「謝っても許されないと思うけど。  ほんっと、どうかしてたから・・おれ・・」



高宮さん?


萌香は何だかドアを開けられずにそのままドアに耳を押し当てて聞き入ってしまった。


「きみを傷つける気持ちなんかなくって。 いや・・もう・・どうしていいかわかんないよ、」


高宮の泣きそうな声が聞こえる。




夏希はそっと起き上がって玄関までは出てきたが、どうしてもドアを開けられなかった。



「・・話を・・したいんだ、」


懇願する高宮に


「すみません・・」


ドアの内側から消え入りそうな声が聞こえた。


「加瀬さん、」


高宮はハッとした。



「なんか・・体・・動かなくって。 自分でも・・わかんなくって、」


夏希も涙をこぼした。


「おれがバカだったから! 自分のことでおかしくなって・・きみに、あんなこと、」



いつもの彼だ。



でも


ゆうべの彼も


同じ人なんだ・・。



夏希はその場にしゃがみこんでしまった。



「今日は・・会えません。 ごめんなさい、」


そう言うのが精一杯だった。



なんか


ただごとじゃない?



萌香は二人の会話を耳を澄まして聞いてしまい、ドキドキした。



清四郎さんがいなくてよかった。


また、ややこしいことになりそう。



直感でそこだけホッとした。




二人の間に


何かがあった。



本人に聞いていいのか、憚れるほど、デリケートな問題のような気がした。



高宮が帰った後、萌香は彼女のところに行くのを遠慮して電話をした。



「栗栖・・さん・・?」


「具合、どう? ゴハン、食べられそう?」


夏希はみんなに心配をかけて申し訳ない気持ちで、ぐっとみぞおちに力を入れて、


「だいじょうぶです。 ちょっと・・気分が悪かっただけです。 もう、ゴハンも食べられますから、」


精一杯の元気な声を出した。


「・・そう?」


彼女がどういう気持ちでいるのか、萌香は考えを巡らせた。


「はい。 ほんっと、大丈夫です、」


声だけはいつもの彼女のような気がした。




高宮はどうしていいのかわからないまま、翌朝早くに社長と共にNYへと行くことになってしまった。


夏希は朝になってもベッドから起き上がれない。


あたし


どうしちゃったんだろ・・。


気がつくと


涙が出ている。



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