第77話 雨(4)

たまらずに彼女に近づいて、


「あ・・ごめ・・」


と声をかけた。



「えっ・・」


夏希は驚いて振り向く。


「ご、ごめん・・ごめん、」


高宮は彼女を抱きしめようと、体に触れたとたん、夏希は無意識に体を引いてしまった。



え・・。



高宮はその彼女の瞬間の行動に驚く。


大きな目から涙がどんどん溢れてきている。



なにやってんだ、おれ。


なんてことしてしまったんだろう・・。



後悔の念だけが渦巻いて


「あ・・あたし・・帰ります、」


夏希は慌てて立ち上がった。



彼女の服を見て驚く。


シャツのボタンが上から2つくらいが弾けてなくなっている。


その箇所を押さえながらバッグを手にする彼女に、


「お・・送る、」


呆然としつつそう言ったが、


「いえ・・」


夏希は振り向きもせず、そう言って部屋を出る。


ドアの閉まる音だけが部屋に響いた。




なにやってんだ・・おれは。


高宮は寝室にフラフラと戻り、ベッドの端に腰掛けた。



ふと、そのベッドに目をやると


握りつぶされた形のシーツが破れていた。


胸が押しつぶされそうだった。


シーツをぎゅっと掴んで、いったい彼女がどんな気持ちだったかを思った。



大事に


大事にしたかったのに・・。




大きなため息をついたら涙がこぼれてしまった。


そして、自分の二の腕を見てまた呆然とする。


両方の腕に紫色になった爪あとがついていた。



彼女が


どれだけつらかったか。


自分の腕に残されていた。


初めてだったのに。


自分の欲望のままに


彼女を抱いてしまった。




夏希の母のことも思い出してしまった。



彼女の


お母さんも心配していたのに。


避妊もしないで。


おれのしたことは


『愛の行為』でもなんでもない


ただの


レイプだ。




夏希は自分の部屋に戻り、熱いシャワーを頭から浴びた。


怖かった・・。


すっごい。




体の痛みだけじゃなくって。


心が潰されそうで。



あんなに優しかったのに・・


なんで?


涙が止まらない。



「おはよう・・ございます、」


高宮は重苦しい気持ちで出社し、北都社長に一礼した。


「うむ・・」


社長はいつものように新聞を目に通していた。


「ああ、急だけど、明日からNYに出張に行くことになったから、」


と告げられ、


「え・・」


「今度、むこうのSeagal Gr.と提携すること本決まりになったから。 その契約で。 舞台のライセンスも取れるし。パスポートは大丈夫だよな?」


「はい、」


心ここにあらずの彼を見て、


「具合でも悪いのか?」


と言った。


「えっ・・」


高宮はハッとした。


「ぼうっとしてる、」


「いえ。 パスポートは・・大丈夫です。 ホテルなどの予約もすぐに、」


一礼して彼の前から去った。




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