第42話 恋するふたり(1)

高宮が東京に戻ってきたら

一気に距離が縮まってしまうのではないかと、密かに心配(?)していた夏希だったが。


それは

無用であった。


高宮はこちらに戻ってきてからというものの、毎日外出続きで、戻ってきても社長室か秘書課にずうっと詰めている状態で、夜遅くまで仕事をしていた。


新しいマンションを探しに不動産屋さえも行けないほどだった。


「ほんっと、このままマンスリーマンション住まいになっちゃいそうだな、」

たまに夜に電話ができるくらいで。


「体は大丈夫ですか?」

夏希は心配した。


「え? ああ。 ま、忙しいけどね。 大阪に行った当初よりは自分的に落ち着いてるっていうか。 余裕あるって言うか。 北都社長は忙しい人だから。前より格段におれも忙しくなってけど充実してるって感じで、」


そう

こうして

きみがいるところに帰ってこれたってだけでも

力がわいてくる。



高宮は携帯を握り締めた。


「でも、こうしてると。 まだ高宮さんが大阪にいるみたいですね、」

夏希は少し寂しそうにそう言った。


「連休明けくらいには落ち着くから。 そしたら丸一日休み取って。 どっか行こう。」

いつものように優しくそう言ってくれる高宮に、


「はい、」

夏希は満面の笑みを浮かべて頷いた。



休みの日も

特にデートをするわけでもなく。


夏希はまた大学の後輩の練習に顔を出した。


「先輩! 勝負してください!」

現チームの4番打者がヘルメットを被って、夏希にボールを手渡す。


「え、なに? あたしと勝負? ちょっと10年早くない?」

夏希は嬉しそうに笑った。


なんかマウンドで投げるのも久しぶりだな~。


「シート打撃じゃないのか?」

監督に言われたが、


「え、マジ勝負ですよ。」


夏希は練習用の金網を取っ払った。

そして慣れた手つきでロージンバッグを右手の上で躍らせた。




斯波は出勤だったので、夜7時ごろ帰宅した。


エレベーターを待っていると、後ろに気配を感じて振り向いた。


「あっ!!」

夏希だったが、慌てて彼に背を向けた。


「加瀬?」

大きなバッグにジャージ姿ですぐわかる。


「こっ・・こんばんわ、」

背を向けたまま壁のほうにお辞儀をした。


「なにやってんの?」


彼女の顔を覗き込もうとすると、バッグで顔を隠して見せようとしない。

斯波は何だかムキになって


「なんなんだよっ! 気になるだろ!」

と彼女の手を無理やり押さえつけて、顔を見てびっくりした。


「な、なんじゃ、そら・・」


左の頬骨のところが紫色の大アザになっている。


「は・・」

夏希はひきつった顔で笑った。

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