お見舞いには花束を

「1ヶ月ぶりの2階層の居心地はどうだ?」

「いきなり嫌みか、りー。見ての通り最悪だ」

 李外苑りー がいえん。生身の頃からの知り合いであり、今は5階層で7人の職員を擁する探偵事務所『ピーキー・ゴールドマン』の所長である。

「嫌みぐらい言わせてくれ。折角、君の昇格を祝いに4層へ降りたのに、またこれだ」

「頼んでない。勝手にたくらんでおいて、八つ当たりもいいとこだ」

至極尤しごくもっともな意見だな。これ以上君の機嫌を損ねないように仕事の話に移ろうか?」

「最初からそうしてくれ」

「今回の依頼は、君の後ろで寝ている彼女を4階層から6階層へ復帰するまで保護、で良いのかな?」

「それと、今3階層で迷夢が面倒を見てる2人。こっちが重要だ」

「ああ、例の医者とエンジニアか。凄いな、レポートで見たがあのレベルの悪食ウイルス相手に3人全員を救うなんて」

「お世辞はいい。この子だけ、保護者が6日以内に見つかって代金の支払いが滞りなく完了した場合――」

「4階層まで自分で面倒を見ると言うんだろう? 分かっているよ」

 したり顔の李に対して、頷くに留める。

 彼からすれば美味しくない話だ。直前まで話がまとまらないのは確定で、しかも聖彦が4層でも警護をするとなれば、手配した人員が無駄になる。

「殊勝な顔はらしくないぞ。迷惑をかけられるのは今に始まった事じゃ無い」

「不本意ながら、そう言って貰えると助かる」

「しかし困った。君のように優秀な探偵が3階層から居なくなるのは」

「どのみち、すぐに堕ちると思っているんだろう?」

「君はオールラウンダーだからね。そして1層の地獄を知り、そこから這い出してきた実績もある」

「昔の話だ」

「君がどの階層に居るにせよ、引き続き懇意こんいに頼みたい」

「こちらこそ」

「ではまた。同じ階層で会える日を楽しみにしている」

 李はおどけたように、手でグラスを揺らすジェスチャーをする。

 私もそれに答え、同じ手ぶりを返した。

「ああ。上の階層で飲む酒は美味いだろうな」

 通信が切れ、これでひとまずは安心だと胸を撫で下ろす。

「……酒か。長らく飲んでないな」

 現実に居た頃は、ほぼ毎日飲んでいたものだが、此方に来てからは付き合いの席以外では飲まない。3層で楽しめる酒の味は良くない。

 それに酒はいい思い出ばかりでもない。

 額に手をあてる。現実での私の記憶は、バーで酒を飲んでいる時に襲われて鈍器のようなもので頭をカチ割られた所で終わっている。

 そして気が付けばこの世界に居た。後で聞いた話によると、李が瀕死の私を此方の世界に移す手続きをしてくれたという。

 よりにもよって、この宇宙船なのかとは思うが仕方ない。

 特別地球に思い入れや未練があったわけではない。

 向こうでは独身だったし、恋人もいなかった。

 処分に困る物もなかったので、ある意味で良いきっかけだったのかもしれない、と最近は思うようにしている……のだが。



 2階層滞在2日目。

 全く部屋から出ない生活も悪くない。

 働かなくて済むならそれに越したことは無いのだが、残念ながら永劫都市ここのシステムはそう甘くない。皆、誰もが必要不必要に関わらず何かしらの作業や仕事に携わっている。

 直接的に宇宙船の航海を手助けするものから、最新の航行計画の調整や最短ルートの算出、検証など、やるべき仕事は多種多様にある。

 それらの活動をすることで貢献度を稼ぎ、居住資格や対価を得るのだ。

 ベッドに横たわる紬は今日も船体掃除に出かけている。

 余程気に入ったのだろうか。

 稼いだ額は3日分の滞在費に手をかけようというところ。普通の作業員の2倍に迫るペースだ。

「やっぱり、6階層の自我データとなると出来が違うのか?」

玖島くしま局長、起きてる?」

「ッ!? 迷夢か。一度ぐらいはコールを入れろ」

 突然の通信に驚かされながらも、端末を手元へ引き寄せる。

「ごめん。急いで伝えなきゃと思って」

「どうした。何処かの事務所に救助者を横取りされたか? それとも示談金じだんきんで揉めたか?」

「お久しぶりです、玖島聖彦さん」

 通信の画面内から迷夢を押しのけるように、女性の顔が1人分割り込んできた。

 一瞬、「誰だ」と出かけた言葉を飲み込んだ。

 今週はやけに昔の助手と会う。

「久しぶり。2年ぶりかな、前川内琴美まえかわうち ことみさん」

 フルネームで呼ばれたのでフルネームで返したというのに、彼女は露骨に嫌そうな表情を作った。

「見ての通り、今私は下の階層に居る。再雇用の話なら――」

「違います!」

 話の途中だというのに、彼女はモニター越しに1枚の名刺を突きつけてきた。

 読め、という事らしい。

「クロック・ヴァリスタ探偵事務所? あの7階層の」

「そうです。最上位階層かつ最大手の探偵事務所、クロック・ヴァリスタです」

 ネームバリューだけで言えば、その辺りの底辺探偵が竦み上がるビッグネームだ。

 しかし、最上階の大手という事も手伝ってか黒い噂も少なからずある。加えて、そういった都市伝説とは別に確固とした規則ルールが存在することでも有名だ。

「その最大手様が、寂れた個人探偵事務所に何用かな。言っておくが、迷夢は引き抜かせないぞ」

 所属可能な職員は女性のみ。それがクロック・ヴァリスタ探偵事務所の規則だ。

 誤解の無いよう注釈しておくが、トップも女性である。

 となれば、出張ってくる理由は迷夢のスカウトくらいしか考えられないのだが――。

「違うわ。少なくとも今日は」

 突き出していた名刺を引っ込め、とある書面を入れ替わりに突き出す。

 再びモニターに顔を近づけ、文字を目で追った。

「複製しなさいよ。2階層でも出来るでしょ」

「金がかかるから嫌だね」

 言葉通り、全く同じものを此方こちらに複製可能なのだが、その場合は実体化のコスト分の金額が必要になる。

 書面程度のデータ量なら値段は安価だが気が乗らない。

守銭奴しゅせんど。要約すると、現実時間で24日後に別の移民船と最接近。争奪戦ハッキングバトルが起こる」

「まどろっこしいな。こっちの時間で言ってくれ」

「4日後よ。計算ぐらい出来るでしょう」

情報圧縮ダウングレードの影響かな。計算式が頭から飛んでた」

 まあ、嘘だが。

「にしても、タイミングが悪すぎる」

「明日には階層の移動が出来なくなるでしょうね。ご愁傷様しゅうしょうさま

 悪いことは重なる。よりによってこの階層で、このタイミングとは。

「私、アレ好きじゃない」

 迷夢が顔を顰める。

「好きな奴なんていないさ」

 新天地を目指しているのは、この宇宙船だけではない。新天地を求めて地球から打ち上げられた船の数は数百。

 全ての船が同じ場所を目指している訳ではないのだが、この広い宇宙で地球に近い環境の星は多くない。当然、同じ航路を辿る船と船の間で競争が起こる。

 ただでさえ同じ船の中で階層格差があるというのに。人は肉体を失っても争いを止める気は無いらしい。

 というより船団のシステムがそれを促している節がある。

 争いと言っても、命を賭けたやり取りではない。互いに生身の人間が乗船していないので、物理的で血生臭い衝突は起こりえないからだ。

 互いが賭けるのは新天地での土地の優先権、エネルギー譲渡、船内にストックされている擬体の所有権等だ。

「俺を笑う為にわざわざ来たのか?」

「もしそうならすごくすっきりしたんだけど、今回は仕事の話」

「仕事の話なら大いに聞こう。見ての通り、2階層に居ても出来る事なら」

「変わらないわね。でもその返事で安心した。簡単な仕事よ。今いる階層に出現しているエラーやバグを片っ端から潰して」

「それを争奪戦までに1人でやるのか?」

「貴方だって、他の船の奴隷にはなりたくないでしょ?」

「勝利のための布石か。好戦的で結構な事だ」

「今のは冗談。複数の業者に声をかけてる。でも、報酬は破格よ」

 彼女に提示された金額に思わず目を疑った。

「おいおい、2階層で1事象に対して2万?」

「規模を問わずね」

「レートの3倍以上だぞ。正気か?」

「正気かつ本気。それほど相手の船は手ごわいの」

「格上の相手に喧嘩を売ろうって事か」

 沈黙が答えだった。宇宙船にも性能差は確実に存在する。規模であったり、搭載されている人工知能であったり差異は様々だが。

「今回『こばると』と接触するのは3年後に地球を旅立った宇宙船『あいぼりぃ』よ」

「同郷同士の接触か。痺れるね。しかも3年の航行アドバンテージを詰められてるときた。戦力差は?」

「4対6」

「コメントに困る数字だ」

「予定外の接近で此方は準備不足。状況はかなり悪いわ」

「普段は予測できてるみたいな言い方だ」

「この衝突は仕組まれていた節がある。此方の船の航路が1カ月前から逸れてたのが確認されてるわ。何者かが意図的に航路を動かした可能性も」

「上層の連中は本当に好きだな、陰謀論いんぼうろん。そもそも、中の人間で船の航路を変えるなんて芸当が出来るのは7階層の――」

「理論上は6階層、5階層の人にも可能」

「……仮に出来たとしても、そんな馬鹿を実行に起こすのは自殺志願者だけだろう。犯人の狙いは宇宙船同士の物理的な衝突による破壊か? それとも、この生活に嫌気がさしたとか?」

「茶化さないで。真面目に話してるの」

 その真面目さこそ冗談であってほしいと思いつつ、表面上は素直に聞いたふりをして頷く。

「すまない。陰謀論も結構だが、普通は航路を変えた犯人は宇宙船自身だと考える」

「その意見には同意する。どちらにせよ真相は遠からず明らかになるわ。その為にはまず、争奪戦を乗り切らないと」

「手助けが必要なら言ってくれ。調べ物は得意な方だ」

「忘れてた。元は本物の探偵だったのよね」

「今でもそのつもりだ。誰が調べるにしろ期待を裏切る内容であることを祈るよ」

 真相を知りたいとは思わないが、金になるなら何でもやる。

「依頼はバグ潰しだけでいいんだな? 防壁やカウンターの構築は他の仕事か?」

「ご明察。各階層の建築家プログラマーに声をかけてる」

「5階層の建築家が1人堕ちたのは痛いな」

 防衛戦。今回の戦いは残念ながらそうなるだろう。

 平時の争奪戦は、かつて運動会等の競技大会で行われていた『棒倒し』という種目に似ている。天に向かって立てられた相手陣のポールを倒す、もしくは頂上に設置されたシンボルを奪うと勝利だ。

 試合は1チーム対1チームで行われ、チーム内で相手の棒を倒しに行く攻撃組と、ポールが倒されないように支えたり邪魔をする防御組に別れる。割り振る人数に制限は無いが、攻撃に特化し過ぎれば守りが手薄に、防御に人員を割きすぎれば相手の棒を倒し辛くなる。

 競技としての棒倒しは両チームの人数がおおよそ同数で均衡が取れているが、移民船間の争奪戦は船の能力や人数がそのまま反映される。

 争奪戦では事前の準備として相手のハッキングを遅延妨害する防壁の構築や各種トラップの敷設が鍵だ。逆に虚弱性セキュリティーホールがあろうものなら、たちまちそこから攻め込まれる。

 争奪戦の最中に中規模以上のバグが発生すると目も当てられない。対処出来ないのは勿論、バグを空間ごと隔離する際に発生する欠損部は攻め手にとって格好の侵入経路となる。

 対処法は、戦いが始まる前に小さなバグを虱潰しらみつぶしにするしかない。

「報酬の支払い方法は?」

「専用のアプリでデータを計測するから、そのデータを元に一日単位で」

 モニター脇に表示されたフォルダに指で触れると、コンマ5秒でアプリが立ち上がる。

「過小にカウントされないだろうな」

「探偵間の連携を切るような不正はしません。常にオンラインで状況を記録するから改竄すれば直ちに分かります」

「各階の探偵の動向を把握する目的もあるのか」

 それならば高額な報酬額にも頷ける。

「嫌ならやめても良いのよ。金の亡者の貴方が断る筈ないでしょうけど」

「どいつもこいつも人を化け物みたいに。世の為、人の為に粉骨砕身ふんこつさいしんでやってきたのにこの仕打ちか」

「笑えない冗談を言う暇があるならバグを潰しだらどうかしら? 宜しくお願いしますね、玖島探偵」

「その名前で――」

 呼ばれたのは久しぶりだと続けようとしたのだが、彼女は出て来た時と同様に、唐突に画面外へと消えた。

 残されたのは何とも気まずい沈黙。迷夢も罰の悪そうな表情だ。

「まっ、今の会話の通りだ。迷夢も無理しない範囲で駆除作業に当たってくれ。救助者はまだ事務所に居るか?」

 頷く迷夢。

「今の聞かれてないな?」

 続けて頷く迷夢。

「よし、まずは二人をホテルに隔離しろ。争奪戦の最中でも比較的安全マシだ。情報屋から万が一の場合の避難先を聞いてアクセス権を押さえておくこと。それと5層の建築家は使える。高額報酬をちらつかせて遠隔でエラー処理を手伝わせろ。彼にはギリギリまで争奪戦の事は伝えるな。上がれないと知ったら、きっと喚き散らして面倒だ」

「うん」

「医者にはすぐ伝える事。貯蓄に問題は無いと思うが、1日以上の滞在延長は大きい。心構えはさせておくべきだろう」

「なんだか胃がキリキリしそう」

「損な役回りをさせて悪い。無事に4層に上がったら、何か欲しいものをプレゼントしてやる」

「本当?」

「ああ。またとない臨時ボーナスタイムだ。たっぷり稼げば一気に5層昇格も夢じゃない」

「おおっ! 俄然やる気出てきたかも」

「無理だけはするなよ。次は定時連絡で会おう」

 モニター越しに敬礼する迷夢との通信を終え、狩りの準備を始める。

 ベストを羽織り、ホルスターを腰に装着。

 まだ宇宙遊泳中の唯川紬に宛てて、『私は仕事で外へ出る。ホテルの中に居るように』と置手紙を残すのも忘れない。

「沈黙は金にならないからな。さぁ、稼ぐとしよう」

 口元に隠しきれない笑みを浮かべ、我が麗しき2階層ホームへと繰り出した。

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