20151218:キミのラブストーリー

 ずっとそんな存在になりたかったと言ったら、キミは信じますか?


 僕はきっと文具店の片隅にいるのでしょう。少しばかり埃を乗せた棚の上、定番の地元の柄はよくよく見れば合成なのかも知れません。それでも十分に綺麗だし、合成だとか、生だとかとやかく言う人なんてほとんど居ません。キミが気まぐれに手を伸ばすまで。時折店員にはたきをかけてもらいながら。ペンをノートを文具店での花形商品を求めて訪れる人々を眺めていることでしょう。

 もしくは、季節物かも知れません。深い緑の針葉樹に、赤と金のリボンを乗せた見事なツリーか。薄青くさえ見える透明な雪をたたえた山々を背景に、橇を駆るサンタクロースの勇姿か。バレンタインならチョコレートの。春先なら見事な桜の。夏の海か、秋の紅葉か、いずれか、どれでも無いのか。入荷され、華々しい場所を与えられ、賑やかなディスプレイの中で負けじと主張するのです。

 キミは僕を求めにやってきたのかも知れません。たまたま通りかかっただけなのかも知れません。何枚も並ぶ中から僕を選ぶのは単なる気まぐれなのかも知れません。それでも。

 キミは僕を選ぶのです。いえ、キミに選ばれたのが僕なのです。

 250円の価格に少し目を見張りながら、それでもレジへと持ち込んで。紙袋に包まれた僕を丁寧に鞄に仕舞うのです。

 キミのプライベートな部屋に着くまで。


 僕を取り出すキミはきっと化粧を落とした部屋着姿なのでしょう。余所行きの隙の無いキミも、少し背伸びした年相応の笑顔も嫌いではないけれど、楽そうな様子のキミもきっと僕は好きだと思う。母親譲りの猫っ毛を長く伸ばして高い位置で一つに結び、動くたびにきっと邪魔そうにするのでしょう。

 キミは僕の『裏』をじっと見つめるでしょう。僕の絵柄、華やかな、もしかしたら、繊細なグラデーションの、その細部を。そしてひとしきり眺めた後で、僕の『表』に対するのです。

 最初はシャープペンシルなのかも知れません。思うままに綴られる文字は、愛しさと憎しみと寂しさとそれでも許すと続きます。彼へのメッセージなのでしょうか。シャープペンシルで綴られた愛憎は、しかし、最後まで書かれることはないのです。

 キミは消しゴムを取り出して、ためらうこと無く消し去るでしょう。シャープペンシルなのです。最初から消すつもりがあったとしても、僕は少しも驚きません。

 消し終わってしまったならば。キミはきっと、僕の上に被さるようにじっと考え込むのでしょう。感情のまま書き連ねた文字を消した後、書くべきことを、書こうと思った本当の気持ちを、書かなくてはならないその理由を、自身のうちで確認し、間違いの無いただ一つの言葉にするために。そして、一つ目を閉じた後。迷いのない顔で起き上がるのです。

 構えるのはシャープペンシルをしまった筆立て、その中の。綺麗な柄の万年筆。

『I like candies. But...』

 深い空色のインクが、消し去ったその凹凸をものともせずに跡を残す。跡は線へ線は文字へ文字は文章へ、文章は。

 ――キャンディーは好き。でも、それだけではいられないの。

 表面の下部半分。広くもない記載面に、ただそれだけを。

 そして上部のもう半分に僕を届ける、その、住所を。

 書き上げた僕を手に持って、キミはそっと口づけをくれるのかもしません。キミの柔らかい唇は、僕がかつて欲しいと思ったものでした。でも。

 きっとそれは苦いのでしょう。苦くてくるしいものなのでしょう。インクの色の通りにBLUEな味がするのでしょう。……そうして、キミは薄く笑うのです。薄く寂しくあきらめを乗せて笑うのです。


 僕はキミの『お兄ちゃん』でいられましたか? 血縁という関係でもって、姉の代わりに訪れるキミが暇つぶしのように、もしくは、電話の先の見知らぬカウンセラーに話すように呟き続けたストーリーの中で、僕はキミの『お兄ちゃん』で有りましたか?

 キミの言葉を聞かされるばかりで、年長者らしい助言も、友人のような共感も、何一つも出来ない僕は、キミの作り上げた話を聞いてあげる優しい『お兄ちゃん』で居られましたか?

 せめてと、何度思ったことでしょう。叔父としてキミに会えていたら。叔父としてキミと話すことが許されたなら。それが叶わないとしたら。

 広大な知識と情報の海に繋がった端末であったなら。人工無能を備えたインターフェースであったなら。スタンドアロンの筐体に、うなずく機能だけを乗せた、アンドロイドであったなら。

 ……そんな高級な物でなくても良いのです。

 吐露し続ける先を探し見つけられたアンネ・フランクのノートだったとしても。テキストを保存するしか脳のないワープロだったとしても。きっと、今の僕よりずっと優秀だったでしょう。

 全部受け取ることが出来ないとしても。せめて、絵葉書であったなら。

 呼吸器に繋がれ、ただ眠ることしか出来ずにいる僕より、ずっと。


 私の代わりに居てあげて、と。

 母親に置いて行かれたキミが始めた一人語りのその中で、キミは恋をし、恋に浸り、今、恋を卒業しようとし。

 僕には苦笑いすら、出来ないけれど。


 ――そうして投函される絵葉書たる僕は、きっと煌めく夜空を映し込んだ絵柄でしょう。こぼれるキミの一滴の涙を流れ星に変えてこの身に受けた。


 そしてキミの物語は……。

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