キーパーさんに見つかっちゃった!

 章吾さんを見送って自宅に帰ってくると、お店が少し混んでいた。そんなのを見たらアクセ作りなどできないので、お店の手伝いをすることに。


「お父さん、どうして混んでるの? いつもより多いよね?」

「ああ、藤田くんが来てただろ? 自衛官すら滅多に来ない店だから、それを見た人が拡散したんじゃないか?」

「ああ……なるほど」


 こそこそと父に話を聞く。ある意味店の宣伝になってしまった章吾さんに申し訳なく思いつつ、中にはモスグリーンのツナギを着た人や青い迷彩服を着た人もいたから、ちょっと驚いた。

 あれって入間基地の人だよね? 誰に聞いたんだろう?

 そしてある程度たつと人がはけて来たので、少なくなって来ている商品を棚に補充しているうちに、今度は美沙枝が来た。


「いらっしゃいませ」

「ひばり、誕プレになんかオススメない?」

「いきなりそんなことを言われても……誰にあげるの? 男性? 女性?」

「会社の人で女性、飛行機マニアというか、私以上の飛行機オタクの人」

「あはは……。なら、ぬいぐるみやバッグチャーム、マグカップはどう?」


 商品の場所に案内したりオススメしたりしてたら、それを聞いていたのかいつの間にか周囲には人だかりがいた。それに驚いたけど、バッグチャームやぬいぐるみなど、他にもいろいろと買ってくれたのでよしとする。


「じゃあ、C-1のぬいぐるみとマグカップにする。誕生日プレゼントだから包んでほしいな」

「まいど~。いいよ」


 美沙枝をレジまで連れて行くと、お金と商品を預かる。お釣りを返し、商品をプレゼント用に包装すると美沙枝に渡した。


「ありがと! 今度、その人を連れて来てもいい?」

「もちろん!」


 美沙枝ともっと話していたかったけどレジにお客様が並んでいたので、美沙枝も空気を読んでそれだけ言うと帰って行った。

 並んでいるお客様を次々に捌き、プレゼント包装をしたりする。納品されて来た商品の検品をしていた兄が途中でレジを変わってくれたので、商品を見ながら補充したり聞かれた商品の案内をしたり。

 そして閉店時間となり、三人で在庫のチェックをする。


「今日はバカ売れだったな……」

「だな。藤田さん効果?」

「制服でいたからな……もしかしたら、入間基地の自衛官だと思われたのかもな」


 父と兄がそんなことを言いながら売上を計算したりしていて、私は倉庫に行って在庫の確認をしていた。


「お兄ちゃん、ブルーインパルスのぬいぐるみの一番、三番、四番機の在庫が残り五個だよ。あとC-1も」

「おー。昨日は十個だったのに、今日は結構売れたな」

「だよね」


 他にも在庫が少なくなりつつあるものがあったのでそれを二人に報告し、閉店作業を終わらせた。



 ***



 いつも通りにすごしていると九月も終わり、十月になった。というかブルーインパルスの九月のスケジュールを見て思ったんだけど、よくこっちに帰ってこれたなあって思う。

 八王子でリモート展示があるからと一度入間基地に帰って(?)来てたんだけど、忙しかったみたいでその時は会えなかったんだよね。まあ、お仕事で来てただけだからね……そこは仕方がない。

 で、浜松には夜行バスで行くつもりで準備してたんだけど、三日前になって美沙枝が風邪を引き、ダウンしてしまった。


「大丈夫?」

『無理してでも行きたいんだけど、さすがに親に怒られるから今回は止めとく。ごめんね、ひばり』

「いいよ、気にしないで。何とか一人で行ってみるから。写真のお土産、楽しみにしてて」

『ホントにごめん!』


 お大事にね、と言って電話を切り、用意をしておく。今回は高速バスの夜行バスを使うつもりでいたから、宿や新幹線の予約とかはしていない。


(今から予約して間に合うかな……)


 行き方をいろいろ調べたけど、夜行バスを使ったほうがバスの中で眠れるからと美沙枝が言っていたのを思い出しながら、高速バスの予約サイトを開く。予約がいっぱいだったら行くことを諦めようと思ってたんだけど、空きがあったようですぐに取れた。

 充電できるバスみたいなので、充電器と念のため電池式の充電器も入れ、用意は万端。前日までバイトやアクセの製作や店の手伝いをし、章吾さんに【浜松基地に行けることになった】とメールをすると、【気をつけておいで】と返してくれた。

 そして当日、ギリギリまでアクセを作り、もう一度持って行く荷物を確かめ、電車が遅れると困るからと早めに出た。


 電車を乗り継いで夜行バスが出ている東京駅に着く。私の席の近くには女性もいたから助かった。

 充電しながらスマホを見てたんだけど、遅い時間だったせいか周囲はもう寝ていて、それにつられるようにいつの間にか寝ていた。

 そして目が覚めるとちょうど着いたようで、バスのアナウンスが入る。忘れ物や盗られたものはないか確かめ、荷物を持ってバスから降りる。帰りは新幹線で帰ってくるつもりでいたので、高速バスの予約はしていない。

 空は雲ひとつない快晴だし、ブルーインパルスがとても映えそうな空でウキウキしてくる。

 そこから別のバスに乗って最寄のバス停で降りると、基地の方向に向かってぞろぞろ歩いている人がいた。それにくっついて行く形でしばらく歩くとゲートが見えて来た。そのことにホッとしつつ、中へと入る。


(ここも大きな基地だなあ)


 そんなことを考えながら、途中にあったお店で食べ物や飲み物を買う。今回は美沙枝がいないから、移動できないのだ。一応自宅から朝食用におにぎりを握ってきたし、お茶や水も持って来ている。

 まずは場所の確保! と四番機の前まで行く。今回も一番前を取れたのはいいんだけど、おじさんやお兄さんたちしかいなかった。ちょっと離れたところに家族連れやカップルらしき人もいるけど、私の周囲は男性ばかり。

 内心それに溜息をつきつつ、持って来た椅子を出して座る。

 中には立っている人もいるけど、椅子を持っている人はみんな座っているようだったから、私もそれに従う。お腹が空いたからと買って来たものを食べたり飲んだりしながら、オープニングで飛んで来た戦闘機を見たりする。

 ブルーインパルスが飛ぶまでの時間が長く感じたけど、美沙枝に画像を添付してメールを送ったり、返って来た説明に「なるほど~」と頷いたりしながら、目の前の光景を見ていた。


 ブルーインパルスが飛ぶ時間になると、アナウンスが入る。前回聞いた人とは違う声で、とても聞きやすい声だ。キーパーさんたちが来てブルーインパルスを点検したりしてるんだけど、なぜか以前写真を撮ってくれた人――小島さんと目があってしまった。


「あ」

「あ、ジッタの……」


 そんな声が聞こえたあと、四番機のキーパーさんたちが一斉に私を見た。


(ひいぃぃぃっ!)


 内心悲鳴をあげつつ立って頭を下げると、キーパーさんたちはニカッと笑って手を上げてくれる。しかも、その様子に気づいたらしい三番機と五番機のキーパーさんたちまでこっちを見てるし、周囲にいたおじさんやお兄さんはシャーターを切ったりしながらキーパーさんたちと私をガン見するしで、非常に居た堪れない。

 恥ずかしくて俯き加減で見ていたら、時間になったのかブルーインパルスのパイロット――ドルフィンライダーたちが来る。そしていつものようにしてるんだけど、小島さんに何か言われたようで、章吾さんがこっちを見た。しかも口パクで「ひばり」って言ってるし……。


(ぜったいにわざとでしょ!)


 そう思いながら小さく手を振れば、歯を見せる満面の笑顔とウィンク付きで返してくる章吾さんに、またもや周囲からガン見された。


「まさか……塩対応の藤田が!?」

「満面の笑顔……だと⁉」

「しかもウィンク付き!?」

「お嬢ちゃん何者!?」


 などなど、周囲がどよめいていた。もちろんシャッター音もすごかったけどね。

 当然のことながらシカトしましたとも。


 そして時間となり、ブルーインパルスが大空へと飛び立つ。アナウンスされている声は最初に思った通りとても聞きやすくていい声で、あちこちから女性の黄色い悲鳴があがっている。


(あ……もしかして、章吾さんが言ってた新人さんってこの声の人かな?)


 遠目で見ただけだけど、確かに顔はカッコいいと思ったし、声も声優さんみたいで素敵な声だ。章吾さんが「人気がすごい」って言ってたのはわかる気がする。


(好みの問題なんだろうなあ……)


 耳に心地のいい、爽やかで素敵な声だけど、私は章吾さんの声のほうが好きだと思った。

 アナウンスしてくれている人にごめんなさいと心の中で謝り、展示飛行を撮ったり動画を撮ったりする。


 ――目の前に全機のキーパーさんたちがいて、私のほうをチラチラと見ているのを気づかないフリをして。


 女性キーパーの浜路さんまでニヤニヤというかニコニコしてるんだもん……すっごく恥ずかしい!

 内心悶えつつも珍しいからとキーパーさんたちの集合写真(?)を何枚か撮り、美沙枝にメールする。

 そして展示飛行を終えたブルーインパルスが戻って来る。観客の前を通り過ぎながら手を振ってくれたんだけど、章吾さんは相変わらず塩対応でニコリともしない。

 それでもキャーキャー言われてるんだからすごい。

 だけど私の前に来た時だけは超絶イイ笑顔で頭まで撫でていったもんだから、周囲はまさに阿鼻叫喚。


「バカッ!」

「サインしてやるから来い」


 早口でそんなやり取りをして頷くと章吾さんはまた私の頭を撫で、通り過ぎると何事もなかったかのように塩対応していて……。嬉しい反面、頭を抱えた。

 前回と同じようにさっさと荷物を片付けると、先にトイレに行く。そのあと四番機のサインをもらうべく、列に並ぶ。

 といっても人が少なくなってから並んだんだけどね。サインをもらい、一緒に写真を撮ってもらう。


「ひばり、あとでその写真をメールして」

「うん」


 こっそり囁かれたから頷く。

 そして帰りが遅くなるからと、ゲートに向かう途中にあった地上展示の写真を少しだけ撮り、浜松駅まで向かう。予約もしてなかったし高速バスはいっぱいで乗れなかったこともあり、新幹線に乗ってしまえば終点まで眠れるからと切符を買った。

 たまたま空いていた自由席に座る。章吾さんや美沙枝にメールしようと思ってたんだけど、あまり寝ていないこともあってすぐに寝てしまった。

 東京駅に着いて電車を乗り換え、電車の中で章吾さんと美沙枝にメールを打つ。章吾さんは時間的に見られないだろうから自宅に着いたらまたメールすることだけを書いて送り、美沙枝に撮った写真を送った。

 今朝になって熱が下がったと美沙枝は悔しがったけど、人混みに紛れて疲れ、またぶり返したら元も子もない。なので、入間基地の航空祭は一緒に行く約束と、章吾さんが招待状をくれるということを話すと、とても喜んでくれた。

 そんなことをしているうちにあっという間に稲荷山公園駅に着いたので、自転車に乗って帰宅。すぐに章吾さんに【着いたよ】とメールを送り、一緒に撮った写真を送るとお風呂に入る。

 上がってからすぐにパソコンを開いてメールを確認し、返事を返したり発送準備をしながら章吾さんとメールをしていたんだけど……。


 疲れていたからなのか、いつの間にか寝落ちていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る