第27話 ふたりの運命

「お父さんは夜帰って来る。お母さんはもうすぐ来ると思う」

 二人はリビングにいた。


 二十畳はあるだろうか、外観からは想像がつかないヨーロピアン調の豪華な造り。壁には備え付けの飾り収納があり、様々なグラスや置物が並んでいる。ダイニングテーブルは八人ほど座れる豪華な輸入物。きっと聞いたことの無い希少な木で出来ているのだろう。椅子は六脚用意されていた。リビングのソファーはこれも輸入物であろうと想像の付く、彫刻が施されたスウェード皮の木製家具。そのソファーのひとつに腰を掛けて姿勢を崩さない則男。暖炉型のストーブが雰囲気を醸し出す。


「ノリ君、泊まって行ってね。ホテル予約してたらキャンセルして」

「いや、泊まるも何も、何の予定も・・・」

「フフ、やったぁ・・・」

 樹里はニコニコして則男の横に座って腕にしがみ付く。

「ジュリの家はス、スゴイところだったんだね。どうして黙っていたの?」

 固くなって尋ねる則男。

「それで私を判断されちゃうのが嫌なの。言う必要なんて無いじゃない」

 真面目に答える樹里。

「女将さんが、そんな目で私を見たら嫌だと思ったの。素の私を認めてもらいたかったんだけど・・・もう駄目なんだけど・・・」

 下を向く樹里。

「そんなこと無いよジュリ。これを読んで欲しい」

 則男はバックパックから智恵子の手紙を取り出した。

「知らないうちに俺のリュックに入れたみたい。俺も今朝、新幹線の中で読んだんだけど・・・」

 と樹里にそれを手渡す。

「え? 女将さんから?」

「うん、俺とジュリ宛だ」

 中身を取り出すと読み始める樹里。

「・・・」

 小刻みに震え出す。

 読み終えた樹里の目は充血して、涙で濡れていた。ティッシュを取りに立ち、しばらく目を拭って、もう一度読んでいた。

「ノリ君・・・どうしよう私・・・」

「お父さんと話をしよう。それはジュリが持っていて。君が持っているべきだよ」

 その時、

「ただいま~。樹里お昼作るの手伝って、」

 母親の絵里が帰ってきた。

「お母さん! 草津の則男さん!」

 樹里が立ち上がって則男を両手で指す。

「えぇ?!」


 樹里の理解者である母絵里。草津での出来事、則男のこと、智恵子のことみんな知っていた。それでも樹里が草津に戻りたいのなら応援すると言っていた。ただ女将の態度は母親として許せないものがあった。


「すごいね則男君。立派な行動力だね」

 ダイニングテーブルでお昼をご馳走になる則男。

 きのこうどんと、野菜の天ぷらだ。

「いやぁ樹里さんに比べたらこんなの・・・」

「樹里は変わっているでしょ? 人と視点が違うのよ」

「それがスゴイんです。僕も驚かされることばかりで。うちの職員みんなが樹里さんのファンなんです」

「何よ~ファンって・・・」

 顔を赤くする樹里。

「ジュリ、夜中の三時に大宮までコータが送ってくれた」

 対面に絵里と並ぶ樹里を見て言う則男。

「航太郎さんが?」

「うん」

「・・・」

「ジュリを連れ戻してくれ、だって」

「え・・・」

 その樹里の表情を見て絵里が、

「いい人たちに恵まれたね樹里。感謝だね」

 と微笑む。


 食後は樹里に工場案内をしてもらった。様々なリンゴ菓子を作っているのを目の当たりにして終始驚きっぱなしの則男。この工場だけで従業員は五十人以上いる。まるやき☆アポーの製造過程も門外不出という条件で見させてもらった。シロップの中に微量に醤油と様々な香辛料を入れていたのには意表を突かれた。特権で出来立てを食べさせてもらう則男。ほっぺたが落ちるとはまさにこれだった。


 絵里と樹里が夕食の用意をしている間に、則男は客用の八畳間で電話をしていた。座卓に青森のガイドブックや手帳やらが無造作に置かれている。


 客間は和室で十六畳ある。大勢が来ても雑魚寝出来るようにとのことだ。立派な床の間が威風堂々と存在感を放つ。八畳で仕切れるように襖があり、その上には見事な欄間があった。よく見るとそれはリンゴの木の彫刻だった。そんなものに注意が行くようになったのも樹里の影響だった。


 則男は栄子、祐介、安藤夫婦、航太郎、そして良作に無事に着いたこと、樹里に会えたことを連絡した。四月の中旬、丁度客の少ない時期で良かったと思った。荷物の整理をしていると、

「あ、おかえり~」

 と絵里の声がした。

 樹里の父、耕作が帰ってきたようだ。

 何やら話し声が聞こえる。行くべきか悩んでいる時、

「ノリくーん!」

 と樹里の声がした。

「はーい!」

 大きな声で返事をした。緊張が走る。

 部屋を出てリビングに向かうと、ダイニングテーブルの傍に気難しそうなスーツ姿の男が立ってこちらを見ていた。


「初めまして、こんばんは。群馬県は草津温泉から来ました高杉則男と申します。樹里さんには、」

「もう分かってる。いい。父の耕作だ」

 と、スーツの上着を脱ぐと目の前の椅子の背もたれに掛けて座る耕作。

「よろしくお願いしますっ」

「ああ、よろしく。まぁ掛けてくれ」

 早くも変な空気だ。恐る恐る則男は向かいの椅子に掛ける。

 絵里はキッチンに戻り、樹里は立ったまま見ている。

「で、今日突然来たのは?」

 とするどい眼光で則男を見た。

「あ、その樹里さんと連絡が取れなくなって心配で・・・来ました」

 かしこまっておずおずと話す則男。

「樹里がなすて、何も言わずに青森までけって来だのか分がってる?」

「あ、ハイ・・・」

「それなのに迎えに来だのか?」

「はい」

「なすて? 俺としては君達が樹里を追い出してくれて感謝しているんだけどな。よほどのことをしなければ、きかんじな樹里が青森さ、けって来ることなど無い。そのよほどのことをしてくれていがったよ」

「・・・」

「父っちゃ、そすもんでねっ。ノリ君は関係ない。いつもオラのこと守ってくれた!」

 たまらず樹里が口を挟む。

「すみませんでした。結果的に樹里さんを傷付けてしまい、こんなことになってしまったのは僕の責任です」

 謝罪する則男。

「ノリ君・・・」

「でも樹里は、けって来でくれた。俺はうちの農園も、この工場もなもかも樹里と婿さんになる男にやろうと思っている。則男君にその気があるのなら構わないろ」

 則男を見据える耕作。感情が高ぶると津軽弁が混ざって来るようだ。

 一瞬則男は目を大きくするが落ち着いて話し始めた。

「それは願ってもいない話です。だけど同じように僕にも引き継がなければならない旅館があります。そんな中、樹里さんに出会いました。樹里さんは本気で旅館を良くしようと仕事以外に様々なことをしてくれました。ここまで話した以上、お父さんの前で言わせていただきたいと思います・・・」

「何を改まって」

「僕は樹里さんほどの素晴らしい人と会ったことがありません。こんな出会いを諦めることなど出来ません。樹里さんと一緒に旅館を経営していきたいと思っています。結婚したいと思っています。樹里さんとの結婚を許してください」

「駄目だ。それは駄目だ。則男君がこっちさ来なさい」

「父っちゃ!」

「樹里は黙ってへ」

 それを聞いて絵里がダイニングにやって来て、

「ご飯にしましょ」

 唐突に言った。

「はぁ?」

 絵里を見上げる耕作。

「会ってそうそう何を深刻な話をしてるの? せっかく青森まで来てくれたんだからまずは則男君を歓迎しなきゃ。ねぇ樹里」

「う、うん」

 樹里もポカンとして頷く。

「樹里、じゃあ料理を運んで」

「はい」

 それを見て口を尖らす耕作。

「お父さんも、スーツ着替えてきて」

「ああ」

 立ち上がる耕作。


「お母さんの、けの汁は美味しいよ」

 弘前の郷土料理けの汁を勧める樹里。さいの目に細かく刻んだ野菜や山菜、豆腐などをだしと一緒に大鍋で煮込んだ味噌仕立ての汁物だ。

「シーズンじゃないけどうちは関係なく作るよね」

 絵里が言う。

「美味いです。いいなぁ郷土料理って感じで」

「則男君。すじこ、け」

「け?」

「食え。食べてって意味」

 笑う樹里。

 豪華な刺身の盛り合わせに、てんこ盛りのすじこ。大きめのホタテの貝殻にだし汁や味噌、ネギとホタテの身を入れて焼く「貝焼き味噌」や、イカのゲソを小麦粉と混ぜて揚げた「弘前いがめんち」などが並ぶ。どれも弘前市民自慢の郷土料理だ。

「それで妹さんは長野県なんだぁ」

「はい。それこそ旦那さんは信州りんご農家だったんです。何かリンゴに縁があるなぁって思って」

「〝だった〟ってどゆことだ?」

「大変で農家は辞めてサラリーマンになったんですよ」

「信州りんごだって名品だべ?」

「ですよね。だけど設備投資が色々上手く行かなかったみたいです。その後勤めた会社も運悪く倒産しちゃって、今妹夫婦は大変みたいです。うちに住み込みで五月からはバイトに来るらしいですよ」

「そうか・・・どこも大変なんだな・・・」

 眉をしかめる耕作。


「弘前は僕にとっては因縁の地でもあるんですよ」

 話題を変える則男。

「なすて?」

「インターハイで敗れた相手が弘前出身で、準々決勝に本当は行けたんですけど彼に当たってしまいベスト16で終わってしまいました。結局その彼が優勝したんですけどね」

「何すてたんだ?」

「柔道です。最軽量ですけど、ハハ」

「ノリ君、お父さん柔道の先生なんだよ」

「マジに?」

「んだ。もう忙すくて後輩に指導は譲ったけんどな。それ弘前の誰だ?」

「弘前商大付属の飯山君と言うんですけど・・・」

「は? 飯山康利か?!」

「そうです、」

「おんろ~! それ俺の教え子だ! その場に俺も樹里もいたぞ!」

「えええ?!」

「会場は仙台だべ? 中学生の樹里連れて行ったんだ」

「そうです、宮城県武道館!」

「ビックリ! 不思議な縁だね則男君。二人は既に則男君に会っていたんだねっ」

 驚いて樹里と顔を見合わせる則男。

 樹里がニコリと微笑んだ。


 酒も交えて、食後も話は尽きない。

「だけどね則男君、私達も樹里の親。やっぱり遠く草津温泉に樹里をやっても、お母さんがあのような態度ではどうぞとは言えないわ」

「・・・」

「樹里はなぁ手塩さ掛けて育てた一人娘。則男君はいい人間だと思うぞ。だばってな幸せな結婚を望むのはどんな親でも同じだ。あきらがに不幸になるって分がっているところに樹里を放り出せね」

 酒が入ったからか、耕作は落ち着いた様子で本音を話した。

「則男君、弘前さ来ねが? 道場もある。子供たちに柔道教えるのもいがべ。農園も工場も従業員がうって(大勢)いる。管理するだげでい」

「・・・」

 樹里は黙って則男の言葉を待っている。

 則男が口を開く。

「・・・ありがとうございます。そう言っていただけて本当に嬉しいです。僕は先程電話をしました。従業員や友人たちにです。みんな樹里さんの帰りを待っていました。樹里さんはもう旅館や周囲の人間にとって、かけがえのない存在なんです。僕だけの問題では無いんです」

「・・・」

 黙って則男を見る耕作と絵里。

「女将は、」

 と則男が言った時、

「これ、見せていい? ノリ君・・・」

 樹里は智恵子からの手紙を出した。

「あ、それは・・・」

 考え込む則男。そしてコクリと頷いた。

「父っちゃ、読んでけろ」

 手紙を手に取ると中身を出す耕作。

 絵里にも見えるように二人の間にそれを広げた。

 しばらく真剣に見入る二人。

 絵里が目を瞬かせて口を押さえた。

 口を一文字に閉めて涙を堪える耕作。

 肩を震わせる二人の目に大粒の涙が溢れる。


 読み終えた耕作は肘を付いた手で目頭を押さえ、歯を食い縛って泣いた。絵里はその場から立って洗面所の方へ向かった。

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