第26話 白馬の王子

 JR奥羽本線に乗り換えて弘前駅に着いたのは午前十時半過ぎだった。

(前橋駅くらいだなぁ)

 改札を抜けた風景と規模に親しみを覚える則男。

 早速タクシー乗り場へ向かった。

「すいません。五代ってところまでいいですか?」

 運転手に尋ねる則男。

「五代? すぐだげどいが?」

「ハイ。お願いします」

 車を走らせる運転手。六十代前半ほどの愛嬌のある男。

 樹里もここに着いて、同じ景色を見たのかと思うと胸が熱くなった。

「お兄さん、どじから?」

「は? あ、群馬県です」

「ほ~群馬っ。なすて弘前さ来だ?」

「は? あ、知人がいまして、会いに来ました」

「ほ~」

 車は徐々に住宅街へと進む。

「桜はまだなんですね」

「弘前さくら祭は二十二日からだ。まんずキレイだぞ」

「でしょうね」

 話しているうちに周辺に来たようだ。

「五代のどさいぐんず?」

「は?」

「だがらどさ? あ、どこ?」

「ああ、ここです」

 と樹里の自宅の地番を書いたメモを見せた。

 しばらく車を走らせると、大きな工場に着いた。

「ここだ」

 と運転手は言うが、イメージと違い過ぎて戸惑う則男。

「ええ? 何ここ」

 キョロキョロして、

「リンゴ農園は近くにありますか?」

 と聞く。

「りんご農園? もっと先だ」

「そっちへ向かってもらいます?」

 車を出す運転手。

 十分ほど走るとのどかな風景になってくる。

「ここらが農園だ」

 道路を挟んで一面がリンゴの木で埋め尽くされた広大なリンゴ農園だ。

「あのぅ、一ノ瀬リンゴ農園って知っています?」

 申し訳なさそうに聞いてみる則男。

「一ノ瀬農園はここだ」

 と返す運転手。

「え? ここ全部?」

「んだ、全部一ノ瀬さんだ。ここらで一番の農園だ」

「ええ?」

 見渡す限りのリンゴの木。家など見当たらない。

 困ってしまう則男。

「どんでら?」

「あ、近くに何か施設みたいなものありますかね。そこで考えます」

「あ~、弥生いこいの広場ってある」

「すみません。そこでお願いします」


 キャンプ、動物園、ピクニックなどを楽しめるレジャー施設、弥生いこいの広場。シーズンオープンして間もない時だったようで学校行事の小学生たちや家族連れが多くいた。入場料を払って施設内に入る則男。とりあえずジュースを買って外のベンチに腰掛ける。

(弱ったな。どうしよう)

 途方に暮れる。

 おもむろに携帯電話を取り出す。

『樹里』

 一か八か掛けてみる則男。

〝電源が入っていないため・・・〟にならず、呼び出している。

「・・・」

(ジュリ、出てくれ! 頼む!)



 樹里は日課の朝の散歩をしていた。農園をてくてくと歩くいつもの日課。昔から考え事をする時、嬉しい時、悩んだ時、リンゴの木の間を歩いていると心が安らいだ。


 楽しかった草津での思い出、

 職場のみんな、

 栄子の結婚式のこと、

 安藤家族、

 則男・・・、

 大好きだった則男、

 みんなに何も言わず帰ってしまった、

 今更合わす顔がない、後悔でいっぱいだった


 その時、携帯電話が鳴った。

「!」

 則男からだった。

(ダメ。出ちゃダメ・・・)

 唇をかみ締める樹里。音が止むのを待った。

 向こうに駐車してある車に向かう樹里。



『ポニー乗り場』とあった。

 途方に暮れてその看板に吸い込まれるようにトボトボと進む則男。

「お客さん乗るの?」

 と若い係員に聞かれる。

「はい。お願いします・・・」

「軽そうだから大丈夫だな」

「ええ、チビですから・・・」

 白いポニーに跨る則男。

 ポニー用の馬車もあり、子供たちで賑わう。

「お兄さん、一人で大丈夫ですよ」

 手綱を持つ係員に言う則男。

「そうですか? じゃあやってみて下さい」

 笑う係員。それでも横に一緒に歩く。

 ポクポクとポニーと歩く則男の視界の奥に一台の白い車が見えた。


 その車は車道から敷地の近くまで来ると徐行した。左ハンドルの運転席から見える女性が微笑んで子供たちを眺めている。


「ああぁっ!!」

 突然則男が叫んだ。

〝ヒヒーーーンッ!〟

 その声に驚いてポニーが雄叫びを上げる。そして、

「ジュリ~~~ッ!!」

 と叫ぶ則男の声にポニーが走り出した。

 その車に乗っていたのは樹里だった。則男の声に気が付かず進み出す。

「あああっ! 待って!」

 係員が制止させようとするが、ポニーは柵を開けて丁度入ってきた別のポニーの隙間をすり抜けた。

「うあっ!」

 則男はよろめいたが、両手で手綱を握り締め体勢を低く構え、ポニーの走る振動に体を合わせる。スキーでギャップに乗って振動を吸収する要領と同じように。その様子を目撃した園内は騒然としていた。

「ジュリ~~ッ!!」

 叫びながらポニーの則男が車を追い駆ける。

 車はメルセデス・ベンツA170ミニバンタイプ。何でこんな車に乗っているのかなんて考えなかった。ただひたすらベンツのロゴマークを目標点にして走る則男。

「ジュリ~~ッ!!」

「ジュリ~~~ッ!!」

「ジュリ~~~~ッ!!」

 大声が通じたのか、偶然か、運転席の樹里は室内のバックミラーを覗く。

「ああっ!」

 馬に乗った男が追い駆けて来ると思った樹里。

 左にウィンカーを出すとスピードを落として停車した。

 するとその横を走り抜けていくポニーの男。

「え? 何?!」

 意味が分からない樹里。

 しばらく向こうでポニーが止まる。なかなかUターンしないでウロウロとしている。上の男は腕を上下左右に振って何とかコントロールしようと必死だ。車から降りてその男を眺めている樹里。

「降りればいいのに・・・」

 と呟く。するとポニーがボトボトと糞をした。

「は?」

 ますます意味が分からない。

 ようやくこちらにポニーを向けるとポクポクと進んで来る男。

「ジュリ!」

「?・・・」

 目を見開く樹里。

「ノリ君?!・・・どうしてここに?!」

 白いポニーに跨った則男が微笑む。

「ジュリ、迎えに来た」


(( ジュリのえ(家)に白馬さ乗った王子さまが迎えにくんの ))


「ノリ君・・・」

 気が動転して頭の整理がつかない樹里。

「ノリ君! ノリ君! ノリくぅーん!」

 涙が溢れる樹里。

 ポニーから降り、歩いて前に来る則男に飛び付く樹里。

 その樹里を優しく受け止める則男。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 則男の胸に顔を埋めて謝る樹里。

「ごめんねジュリ、悲しませてばかりでごめんね!」

 二人で抱き合って泣きじゃくる。


「スイマセーン! 大丈夫でしたかぁ~!」

 遠くで係員四人が叫びながら走ってきた。



「やっぱり、ここで良かったんだぁ」

 助手席に乗って樹里とやって来た自宅とは、やはり最初に来た工場だった。門扉に警備小屋があり、その警備員にペコリと挨拶をすると敷地奥へ徐行しながら車を進める樹里。工員の女性や男性が行き来する。

「うちはあれなんだよ」

 と樹里が指差す先は立派な三階建て自社ビルだった。外壁がシルバーメタリックで覆われ、近未来的なデザインだ。

「・・・」

 圧倒されてキョロキョロと敷地内を見渡す則男。

「何なの、ここ・・・」

「スイーツ工場。まるやき☆アポーはここで作っているんだよ」

「え? どういうこと?」

「あれはうちの商品なの」

 ニコリと微笑む樹里。

「・・・」

 言葉を失う則男。

 オートシャッターが開き、建物に併設されたガレージに車を納める樹里。そのガレージの奥にエレベーターがある。三階の自宅直通の私用のもの。そこから樹里の自宅へ案内された。

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