第22話 出した答え

 お出迎えから案内までして長谷川には会った。七時までの勤務後、七時半を目途に来てくれと告げられたのは、町内でも指折りの料亭「しぐれ」だった。栄子は行ったことがない高級店。

(シブいところ選んだなぁ)

 詰所に急ぐ栄子。

 お出掛け着に着替える。

 黒とグレーのシックなワンピース。

(ちょっと地味過ぎたかな?)

 胸元にワンポイントでブローチを着ける。

 クリスマスを意識した赤い花をかたどったものだ。

(よしっ)

 先程、仲居の斉藤が〝クリスマスプレゼント〟とみんなに買ってきてくれたコンビニの抹茶ラテを一口飲むと、物思いに耽った。

(もう時に身を委ねるしかないよね。運命がどうにでもするよね)

 栄子は掛けてあったオレンジ色のコートと白いマフラーを手に持った。


「どうぞこちらになります」

「ありがとうございます」

 料亭の仲居に案内されて奥の座敷の前に立つ栄子。

「失礼しまーす」

 と襖を開けて顔を覗かせると、はにかんだ長谷川の笑顔があった。

「おつかれ様。どうぞ」

 そこは座敷ではあるが和風テーブルと椅子が置かれた六畳間だった。

 雪見障子からは丁寧に造作された坪庭が見え、実際に降る雪が見えた。

「お待たせしました、時間過ぎちゃったかな?」

 慌ててコートを脱ぐ栄子。

「大丈夫だよ、会議じゃないんだから」

 微笑む長谷川。

「外は雪が降ってきましたよ」

「まさにホワイトクリスマスだね。でもここはそんなムードもないよね」

「政治家が密談を始めるみたい」

 二人で笑う。


 旬菜、汁椀、造里、洋菜、変わり鉢、台の物、温物、食事、と出される品は邂逅屋とは全く異を放つものだった。虎河豚ちり鍋なんて草津で食べられるとは思ってもいなかった。

「スゴイ料理! うちでは出せないわ~」

 と喜ぶ栄子。

「邂逅屋さんも料理は美味しいよ。でも草津にもこんな本格的な料亭があるんだね。僕は和食派なんだ」

「でしょうね、クリスマスに和食屋さんに来る程ですもん」

 と松茸ご飯を食べながら栄子が言うと、

「佐山さんは楽しい人だね」

 と栄子の目を見つめる長谷川。

「よく言われます、ハハ」

「これまで結婚とか考えなかったの」

 と大胆に話題を結婚に振る長谷川。

「あ・・・」

 と口ごもる栄子。

「ごめん、失礼な質問だったね」

「いえ、そんなことないです。でも・・・ねぇ。色々ありますよ」

「色々あったんだ」

「そりゃあ、ありますよぉ」

 とグラスビールを一口飲む栄子。

「それは過去形なの? 現在進行形なの?」

 さりげなく追求してくる長谷川に、栄子はどう答えていいものか迷った。

「・・・その中間・・・」

 と微妙な返事をした。

「中間? どういう意味?」

「だから、過去でも現在でもなく・・・宙ぶらりんの時空の隙間に居るみたいな話です。・・・相手次第です」

 下を見たまま話す栄子。

 結局栄子は長谷川の前で好意を示すことは出来なかった。自然と祐介のことを悟ってもらうように、曖昧に話している自分に気が付いた。

「何となく状況が分かるような、分からないような・・・」

 長谷川も掴みどころの無い言葉に戸惑っている様子。


 その時だった、

「こちらになります」

 と仲居の声がしたと同時に、

「失礼します!」

 と襖が開いた。

 目を開く長谷川に、振り返る栄子。

「あ! 祐ちゃん?」

「お、栄子」

 祐介だ。散髪してスーツで決めている祐介だった。

「何してんの、祐ちゃん!」

「お知り合いの方?」

 状況が掴めない長谷川。

「お食事中に突然申し訳ございません。僕は本多祐介と申します。地元草津町出身で現在町役場に勤務しております。長谷川様には婚約者の栄子が大変お世話になっております。また今夜は大変なご馳走をありがとうございました」

 と直立不動で言うと、頭を深く下げた。

「!・・・」

 目を見開いている栄子。

 長谷川は最初驚いていたが、事態を察して、

「こう言うことだったんだね、佐山さん。良かったじゃないかぁ」

 と微笑んだ。

「スミマセン・・・」

 と声を震わす栄子。

「行ってやりなよ。おめでとう。楽しかったよ」

 と栄子を促す長谷川に、

「ありがとうございます!」

 と再び頭を下げる祐介。

 椅子から立ち上がり、小刻みに震えながらコートを着る栄子。

長谷川に詰め寄って挨拶しようとした時、

「佐山さん、マフラー」

 と栄子が忘れているマフラーを指差す。

 そのマフラーを手に取ると、

「長谷川さん・・・ごめんなさい・・・」

 と動揺しながらも深くお辞儀をする栄子。

「どうして謝るの。佐山さんも、ホンダさんも、そして僕も、誰も悪くない。一期一会だよ。お二人で幸せになるんだよ」

 と立ち上がり、軽く頭を下げる長谷川。

「ハイ。ありがとうございました」

 真っ直ぐに長谷川を見る祐介。


 帰り際、長谷川に気付かれないように祐介が会計を済ませた。

 仲居が小走りに「お客様」と祐介と栄子を呼び止めた。

「これ本日の甘味です。お連れ様が持たせてくれと」

「は?」

 袋に入ったそれを覗くと、パックに詰められたカットケーキが二個入っていた。和風アレンジを効かせた洒落たクリスマスケーキ。

「えらいブッ高いケーキになったな」

 と玄関を出て祐介が言うと、

「だね。祐ちゃん太っ腹!」

と微笑む栄子。

「行こう栄子」

 と栄子の手を握る祐介。

「え? どこへ?」

「俺んち。家族を紹介する」

「あ・・・ハイ」

 栄子の手を引いて駐車場に停めてある車へ向かう祐介。


「いらっしゃい。はじめまして栄子さん」

 祐介の父、義和が栄子を迎え入れてくれた。

 祐介とは違った顔立ちの見るからに穏やかな人物だった。

「はじめまして、兄の義彦です」

 義彦を見て思わず、

「わぁ、お兄さん、祐ちゃんソックリ!」

 と声を上げる栄子。

 微笑む義彦と祐介。

「はじめまして、佐山栄子です。邂逅屋旅館さんで、」

 と言い掛けたとき義彦が、

「栄子さんのことは全部祐介から聞いていますよ。三年前からね。祐介はそれはそれは喜んでいてね、栄子さんの素晴らしいところを僕と親父に自慢するんだよ」

 と栄子に言った。

「そ、そうだったんですか・・・」

 口ごもる栄子。

 三人で食べていたと思われる食卓には出前寿司やサラダ、フライドチキンなどが並んでいた。

「栄子はもう食事を済ませているんで、また今度みんなでやろう」

 と言うと二階の自室へ栄子を連れて行く祐介。


「・・・」

 座椅子の上に胡坐を書く祐介と、クッションの上に正座をしている栄子。二人きりになるとお互いが言葉に詰まる。

「栄子、今までの俺を許してくれ。すまなかった!」

 と口を開くと膝を立てて両手を付く祐介。

「いいの祐ちゃん。謝らないで。祐ちゃんが悪いんじゃないの」

 落ち着いた口調で答える栄子。

「それでも、今頃になって・・・」

「さっき、お兄さんが言ったじゃない。私嬉しかったよ」

「ああ。実は親父にも兄貴にも話していた。決してお前のこと隠していたわけじゃないんだ・・・」

「ありがとう祐ちゃん。それでいいの。気が済んだ」

 微笑む栄子。

「俺な、ある人の助言でトラウマに縛られていたことに気付いた」

「PTSDね。知っていたわ」

「そうなのか?」

 驚いて栄子をじっと見る祐介。

「祐ちゃん、辛かったよね。私は何もできなくて・・・」

「そうじゃないんだ。お前だから良かったんだ」

「え?・・・」

 潤んだ目で祐介を見る栄子。

「呪縛みたいなものに取り付かれていた俺を解放してくれたのが栄子だったんだ。俺はそのことに気が付かなかった。馬鹿だった。栄子は最初からそのために居たのに、無駄に三年も付き合わせてしまった・・・」

「・・・」

 俯く栄子。

「栄子、待たせてしまってゴメン」

 祐介は立ち上がると本棚へ向かう。引き出しを開けると慎重に何かを取り出す。それを両手で包み込んで栄子の前に膝を付いた。


「俺と結婚しよう。栄子が大好きだ」


「祐ちゃん・・・」


 わなわなと震える栄子。

 目に涙が滲む。

 その涙がツーと頬を伝った。

 祐介はおもむろに手に包んだ純白の指輪ケースを開けた。

 ダイヤモンドが輝いている。

「俺の限界は、こんなもんだけど受け取って欲しい」

「・・・そんなにしてくれなくても・・・」

「ダメなのか?」

「そんなわけないでしょっ」

「じゃあ・・・」

「私は祐ちゃんのお嫁さん」

「ハハ、良かった・・・!」

「ありがとう祐ちゃん・・・」


「はめてみてっ」

「いいの?」

「当たり前だろ、お前の指輪だもん」

「・・・ピッタリ、どうして?」

「むかーしにアメ横で俺がシルバーアクセ買う時に色々試着してさ、栄子もはめていたじゃん。あん時に何気に見ていて覚えておいたんだ・・・」

「スゴーイ祐ちゃん。太っていなくて良かったぁ」

「俺はさっきの〝しぐれ〟で栄子が酒飲み過ぎてムクんでなきゃいいけどなって心配だったんだぜ」

「何よ、もう!」

「・・・長谷川さん、どうしたかな?」

「え・・・」

「俺、喧嘩するつもりで行った。でも全然違う空気でさ、色男だったけどそれ以上にいい人だったな・・・。いいのか、俺で」

「当たり前でしょ。祐ちゃんしかヤダ」

「ホントはもっとロマンチックな場所でプロポーズするべきかも知れないけど、俺達はここからスタートっていう意味で俺の部屋にしたんだ」

「祐ちゃんらしくていいじゃん」

 祐介はそのまま栄子を抱き寄せると、頬に手を添えてキスをした。

 栄子もその祐介の力強い腕に身を任せた。

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