第15話 決意

 樹里が休みだったその日、それは突然来た。

「もしもし?」

『色々考えました。今から行っていいですか?』

「え、あハイ」

『夕食まだだよね?』

「ハイ」

『こもれびでも行こうか』

「いいですね」

 則男からだった。最後に会話をしたのは一週間以上前だ。二人の会話はぎこちなかった。


〝カランコロンカラーン〟

「いらっしゃいませ~」

 いつものママの澄んだ声が耳に飛び込む。

 先に入る樹里。樹里はここが気に入って休憩時間に何度も来ていた。

「おば様こんばんは。今日は夕食で来ました」

 ニコリと話し掛ける樹里の後ろの則男を見たママ。

「あら、高杉さんちの。珍しいわねぇ」

「今晩は。ご無沙汰しています」

 ペコリと頭を下げる則男。

 店内は先客が三人、食後であろうか、コーヒーを飲みながら奥の四人席で寛いでいた。次に来る客を考え、もう一方の四人席でなく二人席に座る則男と樹里。

「いらっしゃい。邂逅屋さん忙しいそうね」

「いや~まだ今の時期はノンビリですよ」

 グラスを置くママに言う則男。

「ビール飲もっか?」

「ハイ」

「ママ、とりあえずグラスビール二つ下さい」

「かしこまりました」


 お疲れ様と乾杯をして一口飲んだあと、一呼吸置いた二人は、

「ごめんね」「ごめんなさい」

 と同時に言った。

「かぶっちゃった」

 二人で笑う。すぐに真顔になった樹里は、

「本当にすみませんでした。従業員が専務に言うことじゃなかったです。反省しています」

 と膝に両手を添えて真っ直ぐに則男を見て謝罪した。

「いえ、俺こそ馬鹿みたいにそれを真摯に受け止められなくて、樹里ちゃんの気持ちも理解してあげられず、心も体も小さい男でごめんね」

 口を一文字に結び、一言一言、言葉を選びながら謝る則男。

「とんでもないです。申し訳ありませんでした」

「俺もホントにごめんね・・・」

 しばらく無言の二人。

 則男が口火を切る。

「もういいね。お互い謝るのはこれで終わりねっ」

「ハイ」

 といつもの無邪気な笑顔を見せる樹里。

「それじゃなくちゃジュリちゃんじゃない」

 その笑顔を見て言う則男。

「ここよく来るの?」

「はい。引越しした日からですよぉ」

「そうなんだ。ママがいい味出しているよねー」

「ですよね。お店も可愛いし私サイズです」

「俺サイズでもあるよ」

「ハハハッ」

 樹里はビールをコクリと飲むと、

「専務、体のサイズ気にしているんですか?」

 と、よくそれを言う則男に聞いてみた。

「今更いいけどね。昔は気にしたよねぇ」

 懐かしむような顔で言う則男。

「私はスゴク専務のキャラに似合っていて、いいと思いますよ」

「ピエロのキャラに?」

「もう。そう言わないで下さい。そうじゃないんです」

「え?」

「ごめんなさい。また生意気言っちゃいそうでした・・・」

 下を向く樹里。

「だから、いいんだよ。ジュリちゃんらしくいてよ、いつもっ」

 優しく樹里を見つめる則男。

「専務のお父様に会ったとき思ったんです・・・」

 樹里はその空気に安堵感を覚えたのか、告白するように話し始めた。

「すごく暖かくて、カッコよくて、何でも聞いてくれるような優しい空気に包まれていたんです。それだからベラベラとお話しちゃって・・・」

「それで?・・・」

 遠くを見るような眼差しを樹里に向ける則男。

「その空気感というか、オーラというか、雰囲気が専務と同じだったんです。私、あぁ専務はお父様に似たんだなぁって思いました」

 微笑んでそれを聞いている則男。

「あまりに女将さんと対照的で、どうして二人は夫婦なのかなぁなんて思ったんです。・・・あ、ごめんなさい! 駄目ですねぇ私、」

 あわてて口をつぐむ樹里に、

「だからぁいいんだよ。それがジュリちゃんなの。それでいいのっ」

 とフォローを入れる則男。

「ごめんなさい」

「もう謝らない!」

「ハイ」


 則男はしょうが焼き定食を、樹里はカルボナーラを食べていた。

「一通り食べてみて、これが一番絶品です」

 ニコニコと食べる樹里。

「そう? 頼んだこと無かったな」

 と則男。

「ジュリちゃん」

「はい?」

 改まった風に話し始める則男。

「例の厨房工事の件なんだけど、それやろうと思う。銀行に融資の相談に行くんで図面を貸してもらいたいんだ。コピー取って、あと工事の見積りを作りたいんで、メーカーやら色々教えてもらいたい。今頃になって何言ってんの? だけど・・・」

「あぁ、それなら全部出来てますよ。図面のコピーも、エレベーターのメーカーさんの見積りも。ただ外壁工事は、どこの会社に頼むのか知りませんので、項目と数量が拾ってあるだけです。専務のところで使っている建設屋さんにそれを持って行って下さい」

 モグモグしながら言う樹里。

「あ、そうなんだ・・・」

 ポカンとする則男。

 ニコッとする樹里。

 クルクルとフォークを回す。

「あとホームページも一新しようと思って。この間、組合に相談したら会社を紹介してくれるそうなんで、」

「あ、それも出来ていますよ。友達のウェブデザイナーにコンセプトを全部伝えて、とりあえずデモですけどウェブ上で閲覧できるようになっています。まだ金額は発生していません。サービスですっ」

「あ、そうなんだ・・・」

 ポカンとする則男。

 ニコッとする樹里。

唇についたカルボナーラソースをペロッとなめた。

「この後、私の部屋に来てください。見せますね」

「え? いいの?」

「もちろん! ビックリしますよ~」

 

 樹里の部屋で二人はホームページのデモを見ていた。

「すげ~! こんなのうちじゃないよ~!」

 喜ぶ則男。

「実際はちゃんと改めてプロが撮影した画像が入ります。そのプロカメラマンも友達です。とりあえずイメージを当て込んでみました。あと、この歴史の欄を見てください。この〝せがい出し造り〟の彫刻。彫刻は草津では邂逅屋さんしかないんですよ。ちゃんとこの部分の〝売り〟を紹介するんです。それにお部屋の欄間もこうやって紹介枠を設けるんです。この画像は私が撮影したんですよっ」

「へぇ~、スゴイスゴイ!」

「あと専務のページ『若旦那のひとりごと』があるんです。ホラ。何でもいいので思ったことを書き込んで下さいね。季節の情報。旬な見どころ。お出掛けした所の紹介。町のお店の紹介。何でもいいです。あと私達スタッフの紹介ページもあります。みんなにひと言もらいます」

「どうです? これ見て泊まりたくなったでしょ?」

 首を傾けて微笑む樹里。

「なった、なった」

 満面の笑みの則男。

「でもこれで仕上げてもらったとして幾らかかるんだろ?」

「見積りありますよ。これです」

 と手元のA4サイズの用紙を渡す樹里。

「ん? これ1ページの単価?」

「違いますよ。全部です」

「安すぎない?」

「そこが友達なんですよっ」

「申し訳ないよ~、そんなの!」

「その分、取材に来た時に泊めてやって下さい」

「そんなんでいいの?」

「喜びますよ。あ、お茶入れますね」

 と立ち上がる樹里。


 お茶を飲んで一息入れる二人。

「ジュリちゃん、本当にありがとう。優秀なんだね・・・」

「そんなことないです。好きなだけなんです」

「そうは言ってもここまでしてもらって、掛かった費用を払うよ」

「じゃあ、専務が今後は私のお買い物に付き合って下さい」

「え? もちろん。前も言ったじゃん、頼んでって」

「・・・」

 一点を見つめ考え込む樹里。

「どうしたの?」

「私、栄子さんに言われたんです。航太郎さんや専務に思わせぶりな態度をするなって・・・。私、全然そんなつもりは無かったんです。航太郎さんが色々連れて行ってくれるのは本当に助かっていたんです」

「・・・」

「でも栄子さんに、男はそんなつもりで見てないよって言われて、今日その意味が分かりました」

「今日? コータとどっか行ったの?」

「ハイ、軽井沢に。夏物の布団カバーが必要で・・・」

「・・・それで?」

「帰り際に、キスされたんです・・・」

「え・・・」

 鼓動が高鳴るのが分かった則男。

「もちろん私はそんな気はありません」

 黙り込む二人。

 少し経って則男は樹里の目をスッと見つめ、

「どうしてそれを俺に話したの?」

 とハッキリとした口調で聞いた。

「・・・」

 下を見て黙っている樹里。そして、

「わかりません」

 とひと言呟いた。

「ずっと専務と話していなかったから、何か・・・でもわかりません」

 と続けさらに話し出す。

「今日、今、専務を部屋に上げたことを栄子さんに怒られるかも知れません。だけど私は航太郎さんを部屋に上げたことはありません。専務にはこれを早く見せたくて、専務に喜んでもらいたくて、これで旅館が良くなって、お客さんが喜んでくれたら専務も顔が立つというか・・・」

「・・・」

 重い空気が流れる。

「ごめんなさい」

 謝る樹里。

「だからぁ謝らない約束でしょ?」

 ニコリとする則男。

 樹里もニコリとする。

「ジュリちゃん、ありがとう。早速明日これを女将さんに見せて、建築屋に見積りも作成させて、準備が整ったら銀行に行ってくるよ」

 立ち上がる則男。

「ハイ。でも専務、女将さんには私が進めたことは内緒にしておいて下さい。専務が独自に業者と進めたことで通さないと意味がないです」

 樹里も立ち上がる。

「う~ん。それも気が引けるけど、とりあえずね。いずれは分かるよ」

 則男は手に持った資料をテーブルに置くと、樹里に右手を差し出した。

 その手に両手で握手をする樹里。

「本当にありがとう、ジュリちゃん」

 則男も残りの手を結んだ。

 帰り際に、

「コータがあんまりなことしたら俺に言ってよね。話を付ける」

「ありがとうございます」

 と話して二人は分かれた。

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