第13話 提案

 梅雨入りをしたものの雨も少ない六月の中旬を過ぎた頃、布団敷きを終わらせて旅館一階にある自室でテレビを観ている則男。

 観ていたのは毎週楽しみにしているドラマだ。女子高生に人気のあるドラマであったが、たまたま観た第一話から気になって観始めたもの。


 携帯電話が鳴った。表示を見ると樹里からだ。これまで個人的に樹里と話すことはほとんど無かった。則男の携帯には従業員全員の番号が入っているが、あくまでも緊急用であるため当然樹里の番号もある。

(何だろう? 風邪でも引いたのかな?)

「もしもしジュリちゃん?」

『あ、専務。夜分にすみません。今大丈夫ですか?』

「大丈夫。どうしたの?」

『今、電話じゃなく、時間ありますか?』

「どういうこと?」

『寮に来れますか?』

「え? 行けるけど、何か部屋で不具合があった?」

『違います、違います。前に言った厨房の昇降機の件で』

「あ~ハイハイ。じゃあ行くけど・・・いいの?」

『ええ、もちろん。どうして?』

「や、だってこんな時間に女の子一人の部屋に・・・」

『やだ~。専務ですもん、安心ですからぁ』

「あ、そう・・・。じゃ行くね」

 自分のポジションを認識してしまう則男。だが樹里の部屋に誘われるなんて願ってもいなかったことだ。そこは素直に嬉しくてドキドキしてきた。



〝ピンポーン〟

「どうぞ、どうぞっ」

 すぐに樹里がドアを開けて則男を迎え入れた。カチューシャで髪を上げて風呂上りのようだった。

「おじゃましまーす」

 オドオドしながら靴を脱ぐ則男。

 隅にたたんである布団。三段積まれたアクリルボックスに入った服。こたつテーブルとその上にノートパソコン。そしてドラフターと呼ばれる製図台。それだけのシンプル過ぎる部屋。

「何も無い部屋だね~」

 思わず呟く則男。

「寝るだけですもん。これでじゅうぶんです」

 微笑む樹里。ノーメイクだとあどけない少女のようだった。黄色とオレンジのチェックのパジャマもまた可愛かった。則男に対して何の警戒心も無いことは、喜ぶべきことなのだろうかと則男は戸惑った。

「専務、これを見てください」

 と樹里はドラフターに貼られた図面を指差した。

「え? 何これ?」

 そこには厨房の平面図を新たに起こした図面があった。

「これジュリちゃんが描いたの?」

「ハイ」

「すげ~!」

「ここです。ここを見てください」

 と樹里が指を差したのは一角に描かれた小荷物用昇降機の部分だった。

「ここがシンクの横のステンレス食器棚があるところです。この棚をこっちの入口の脇に移動すると、ここに昇降機を設置できます」

「ほうほう。でもその上の階はどうなっているの? 部屋でしょ?」

「ハイ。内部に設置をするのは確かに無理なんです。よく見てください。これ外部に設置するんです」

「あぁー」

「昇降機の扉部分だけ壁を抜くんですよ。しかもこれ扉が二方向タイプなんです。下からはこっち面が開いて、上の階はこっちが開くんですよ。こっち面は二階三階ともに廊下なんです」

「ホントだ!」

「外から見ると、ここのコーナーに納まるんです。裏手の灯油タンクの近くです」

「はいはい、あそこね」

 覗き込む則男の顔に樹里の顔が寄る。

 樹里の吐息を、図面を指差す手に感じる則男。

「出っ張るけど、敷地境界線からは六十センチ以上確保できているので民法上も問題ありませんし、通行の妨げにもなりません。外壁は鉄のCチャンという不燃材で下地をして、一般的な不燃の外壁材で仕上げれば建築基準法上も問題ありません。そもそもこの規模のエレベーターなら確認申請も要らないんですよ」

「ちょっと、展開が速すぎて意味が分からなかったんだけど、要するに法規上問題は無いし、手続きも要らないってことね」

「そうそう」

 間近に樹里の笑顔がある。こんなに近くに樹里を見たことがない則男は冷静さを保つのに必死だ。

「すごいなジュリちゃん。これならみんな喜ぶよ。念願だったから」

 満足そうに穏やかな眼差しを向ける樹里。



「何か隣のジュリの部屋、声が聞こえない?」

 栄子が祐介に囁いた。小さな木製テーブルを挟んで二人は一杯やっていた。卓上には空の発泡酒缶が転がっていて、イカの乾き物やらもあった。

「ちょっとテレビ消してみ」

 祐介に従ってリモコンをテレビに向ける栄子。

「・・・」

 黙って眉をしかめる二人。

「でしょ?」

「ホントだ。男の声だな」

 普段樹里の部屋は居るのか居ないのか分からないほど静かだった。

「ちゃっかりしてるね~ジュリ~。男っ気なんて無いかと思った」

 ほくそ笑む栄子に、

「そりゃあ年頃の女だもん。男の一人や二人連れ込むこともあるべ」

「まあね・・・って誰だ?」

 宙を仰ぐ栄子。

「例のアイツじゃね?」

「コータ?」

「そう、そいつ」

「あり得る。ってかあいつしか考えられないんだけど」

「でもジュリちゃんはタイプじゃないって言っていたんだろ?」

「うーん。こりゃついにコータに口説かれたかな・・・」

 心配そうに呟く栄子。


 栄子と祐介は何だかんだ言って二人で会っていた。休みが合わない二人のデートは、栄子の早番の日に夕食に出掛けるか、栄子の遅番の日に祐介が部屋に飲み物を持ってやって来ることが多かった。

 結局栄子は核心に触れることは出来ないまま、このように祐介と会っていた。毎回毎回切り出すタイミングを掴めない栄子だった。

(そうやって三年も過ぎちゃった・・・)

 栄子は何とかこの不毛な時間を打破したかった。



「どうぞ専務」

 と樹里はマグカップにお茶を入れてくれた。

「ありがとう。ところでジュリちゃん、冷蔵庫は?」

 とあたりを見回す則男。

「これです」

 と指を刺したのは赤い扉の五十センチのサイコロのようなもの。アクリルケースの横にあったので何かの収納箱かと思っていた則男。

「あ、これ? 旅館のやつより小さいね」

 と笑う則男。

「じゅうぶんですよぉ」

「新品だね。買って持ってきたんだぁ」

「これは先月に航太郎さんと買いに行ったんです」

 ドキッとする則男。

「コータと?」

「ええ。皆さん航太郎さんのこと良く言わないけど、私スゴク助かっているんです。色々不自由な部分を面倒見てくれて」

「へぇ、そうなんだぁ・・・」

 冷静を装う則男だが動揺が見て取れる。それを察した樹里が、

「あ、でも私、航太郎さんとどうとかって気は無いですから」

 と微笑んだ。

「好きだったんじゃないの?」

 思わず口が滑った。

「好きですけど、違う意味ですっ。もう」

「・・・」

 目の前がパッと明るくなった則男。口が滑って良かったと思った。樹里の航太郎に対する意思が今分かったのだ。

「ジュリちゃん、困っていることがあれば俺にも言ってよ。そのための専務なんだから頼むよぉ。何でもいいからさっ」

 と勢いで言ってみた。

「いいんですか?」

 と改めて聞くような顔をする樹里。

「当たり前や~ん」

「じゃあ、生意気を言わせてもらっていいですか?」

「う、うん。何?」

 すると樹里はテーブルに移動し座布団に座ると、「専務も」ともう一方の座布団を手で差した。それに従い座布団に正座する則男。


「あのう、まず私がここに来るときに思ったんですけど、たぶんみんな思ったはずですけど『邂逅屋』って誰も読めないです」

「え?」

 突然のテーマに面を食らう則男。

「それに書けないです」

「・・・そう」

「ハイ」

「じゃあ、どうしろと?」

「名前を変えるわけにはいきませんから、正式名という形で残しておいて『かいこう屋旅館』と表記してその脇に『邂逅屋旅館』とするか、サブタイトル的に『KAIKOYA』と必ず表記するんです。近い将来は外国人観光客も多く訪れる時代が来ますからそれに備える意味もかねて」

 真面目に真っ直ぐ則男を見て説く樹里。

「・・・うん」

「あとホームページです。あれダサいです。あれは伊藤さんか誰かが作ったのですか?」

「いや、地元のパソコン扱える人に作ってもらったんだけど・・・安かったんだよ」

「そんな安易な考えで作っては駄目ですよ。今やホームページはその会社の顔です。玄関と同じです。ホームページだけでお客さんを引き寄せられるんですよ。お金をかければいいってものではありませんが、一つの投資事業として捉えるべきです。予約のメールフォームも分かり辛いです」

「・・・」

 しんみりする則男に対し、

「専務、一口お茶を飲んでください。今夜は生意気を言いますよ」

「ハイ」

 と怒られている子供のように小さな体を更に小さくする則男。

「これを見てください」

 と則男がお茶をすすっている間に脇のノートパソコンで何やら検索する樹里。しばらくして見せた画面に則男は「おお」と感嘆の声を上げた。

「この旅館、すごいと思うでしょ? 見せ方とホームページのセンスの例です。更にこんなページもあるんです。従業員の紹介です。各自の一言が添えられています。お風呂にしても、ほら、こんな掃除風景の紹介と担当者本人の一言です。一生懸命な熱意が伝わって、泊まりたくなるでしょ?」

「うん、なるなる」

「でもこんな旅館なんですよ」

 とまた検索をする樹里。

「ほら、どうです?」

 見せた画面は先程の旅館とは思えないほど、普通過ぎる旅館だった。

「へ~。これはギャップあり過ぎだな」

 と笑う則男。

「でも評価は高いんですよ。それはサービスがいいからなんです」

「・・・」

「邂逅屋さんはどちらもいいんです。建物も素晴らしいし、接客は専務分かりますよね? つまり邂逅屋さんのホームページを見て誤解されちゃうのが残念なんです。私はそれが歯痒いんですよぉ」

「そうかぁ・・・」

「専務、大手旅行社の口コミ評価をちゃんとチェックしてます?」

 樹里が顔を近づける。

「いや、前に酷いこと書かれて、凹むからもう見ていないんだ・・・」

 しょんぼりする則男。

「何言っているんですか。そんなの一部のへそ曲がりの嫌がらせですよ。邂逅屋さんはすごい評価高いんですよ。見てくださいっ」

 とまた別の検索をかける樹里。

「ホラ。しっかりして下さい、専務」

 そのページを覗く則男。

しばらくそれを読んでいる。

「あ・・・」

「これ専務のことですよ。ちゃんと見てくれている人もいるんです。その下の下の記事も読んでください」

「はっ・・・」

「それも専務のことです。こんなお褒めの言葉をいただいているんです」

「ジュリちゃん・・・」

 そう呟くと下を見たまま動かない則男。

「総合評価点見てください。大手の梅木ホテルより邂逅屋さんの方が今や高いんですよ」

「えぇ?」

 驚く則男。

「本当に申し訳ありませんが、生意気を言わせてもらいます。専務はオカシイです。自分を分かっていません。何でそんなに自信が無いのですか? 私は専務をスゴイ人だと思っています。みんなが専務を舐めているとか思っているかも知れませんが、それは違います。みんな分かっています。だからあんな風にみんな専務に話し掛けるんです。その持ち味を専務自身が分かっていないんじゃないですか? もったいないです。邂逅屋さんは地域ナンバー1にだってなれる要素をたくさん持っているんですよ。そのために遠慮しないで私や栄子さんや優子さんを最大限に利用してください」

 真剣な眼差しで訴える樹里。

「・・・」

 樹里を直視できない則男だった。

「こんなこと女将さんには口が裂けても言えません・・・。でも旦那さんなら分かると思います。そんな雰囲気を持っていました。専務に似ています。いや、専務がお父様に似たんですね・・・」

「え、親父に会ったの?」

 顔を上げる則男。

「ハイ」

「・・・」

「今もそうですけど、専務はそうやってすぐに黙ってしまいます。きっといい考えや、いいことを言おうと思っているはずです。無理して話せとはいいませんけど、自分の意思を相手に明確に伝えることで開けることも多くあると思います。反対に失敗もあると思いますが、それでも恐れずに専務らしさをアピールすることで邂逅屋さんはもっと大きくなれると私は思います」

 下を見たまま考え込む則男。ショックだった。情けなかった。

 ふと立ち上がると樹里の顔も見ないままフラッと玄関に行く則男。

「専務、」

 引き止める樹里に対し、

「ありがとう」

 と一言呟くと出て行ってしまった。



 則男が部屋から出ると、その音を聞いてのことなのか、隣の三〇一号室から祐介が出てきた。

「へ? ノミオだったの?!」

「あ、本多さん今晩は」

 その声に振り返り挨拶する則男に、

「お前~やるなぁ! やっちゃったのか?」

 と興味津々に聞く祐介。

「は? そんなわけないでしょ。撃沈されましたよ、木っ端微塵です」

 と力なく応じる則男。

「まぁ最初はそんなもんだ。諦めずに攻めて攻めまくれよ」

 則男の肩に腕を回す祐介に、

「逆です・・・。攻めまくられました。もう立てません・・・」

 と、しょんぼり顔の則男。

「え? ジュリちゃんって、そっち側だったのか?」

 何か勘違いしている祐介の視界から則男がトボトボと消えて行った。

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