第11話 訪問者

「ジュリちゃん、今日は早番だよね」

 則男がお膳を運ぶ樹里に聞いた。

「はい、そうです。七時には上がらせてもらいますけど」

「そしたら着替えてからでもいいんで、仕事が終わったら駒草の間に顔を出してもらいたいんだけど」

「え? どうしてですか?」

 目を見開く樹里。何のことだか分からない。

「ご指名ですよ。お客様がジュリちゃんを呼んでくれっていうんだ」

 それを告げる則男自身が不安な表情で気になっている。

「だって、呼ばれたって何をしたらいいんですか?」

 樹里も不安だ。こんな前例はない。

「だよねぇ。キャバクラじゃないんだからねぇ・・・」

「女将さんは何て?」

「いや、女将が俺に言ってきたんだよ。それとそのお客さんから手土産をもらってさぁ、それがあの有名な〝まるやきアポー〟なんだ」

「あ・・・」

 何か思い当たる節がある様子の樹里。

「青森の代表的スイーツじゃん。ジュリちゃんの親戚か誰かかな?」

「そこまでは名乗っていないんですよね?」

「うん。飛び込みのお客様だよ。でも紳士的なおじ様って感じだった」

「・・・」

 一点を見つめ考え込む樹里。



 着替えて帰り支度をした樹里は「駒草の間」の前でフーと息を吐いた。時刻は午後七時十五分を過ぎた頃だった。


「失礼します」

 とノックして扉を開いた。

 スリッパを脱いで前室に上がり引き戸を引いた。

「失礼します。一ノ瀬です」

 と顔を覗かせると、

「樹里さん、めんずらすなぁ(久しぶりですね)」

 と食事中の箸を休め、お膳の箸置きに置く浴衣姿の紳士がいた。

「わいは~(あらまぁ)山根さんか~」

 とニッコリする樹里。

「探すたよ。まさか本当に温泉地さ潜り込んでるとは、笑っちゃうべさ」

「めぐせぇ~なぁ(はずかしいなぁ)」


 その紳士は山根といい、樹里の実家の会社の常務だった。五十五歳になる白髪頭は洗髪した為にフワッとしているが、普段は整髪料でオールバックにまとめている。丸い金縁メガネと口髭が山根のトレードマークで、樹里は幼少期からよく面倒をみてもらっていた。


「どやって探すたの?」

 山根のお膳の前にとんび座りで腰を降ろす樹里。

「探偵さ雇った。したっきゃ三週間かがったわ」

「そんで? 父っちゃがけって(帰って)来いと?」

「んだ」

「青森さ、けって嫁こ行げと?」

「んだ」

「・・・」

「社長はそった約束で東京の大学さ樹里さんを出すたはずだ。建築しても構わねけんど、婿さんば連れでけって来る約束の二十五歳だべと」

「・・・」

 山根のお膳を見つめて押し黙る樹里。

「樹里さんも、く?(食べるかい?)注文すっか?」

「いらね。わんどのままは、めっか?(私達の料理は美味しい?)」

「たげめっけな(すごく美味しいよね)」

「湯は良がったべ?」

「ん。ずんぶあずましいな(うん。すごく気持ちいいな)」

 それを聞いて誇らしげに微笑む樹里。



 厨房では洗い物を終わらせた仲居たちと航太郎ら板前が、配膳台に集まって何やら盛り上がっていた。

「これあの幻のスイーツだよ!」

 航太郎が言う。

「知らない。何ていうの?」

 優子が周りをキョロキョロして聞く。

「青森を代表する全国区スイーツ〝まるやきアポー〟だよ! お取り寄せさえも予約制でいつ手元に届くか分からないんだよ」

 栄子が渋い顔をして言う。

「意外に小さいんだな。デカ過ぎると取り扱いしづらいから小振りのリンゴで統一してあるんだね。この桐の箱にも収まるし」

 と向井が品評をする。

「おお? なかなか的を射たこと言うじゃんか向井~」

 珍しく栄子が向井を褒める。

「収穫漏れした商品にならないリンゴを上手く利用しているのかもですね。でもそれが高価な品になるんだから金の卵ってやつですよね」

 と雅美が言うと、

「すごいな、お前ら評論家か?」

 香川が笑う。

「六個入りが二箱だから、一人ひとつ貰えるぞ!」

 栄子が言うと、

「食おうぜ、食おうぜ!」

 航太郎が目を大きくして言った。


 その商品「まるやき☆アポー」は焼きリンゴなのだが、その名の通りリンゴ丸一つをそのまま焼いてあるものだ。皮を剥いたリンゴを絶妙な味のシロップに漬け込み、芯までその旨味が染み渡った状態で焼き上げる。するとおこげがまるで皮を剥く前のように赤褐色となり表面はパリッとなる。噛り付くとジューシーな蜜が溢れ出し、同時に津軽リンゴの風味が鼻を抜け、何とも言えない未体験の味を楽しめる。一つ一つを丁寧に油紙で包んで桐の箱に収められた高級感溢れる体裁とキャッチーなネーミングで国民のハートを射止め、全国スイーツ大賞を何度か受賞していた。


「うめ~! 何だこりゃ~」

 最初に噛り付いた航太郎が声を上げる。

 その航太郎の表情に一同が手を伸ばした。

「美味しい~!」

「わぁホント! 何これ~」

 皆で感嘆の声を上げた。

「このシロップが味の秘密だね。ケンタッキーみたいなもんで門外不出なんだろねぇ。焼き方も特殊製法なのかもっ」

 ニコニコと噛り付く栄子も品評する。

「このシロップ、微量に醤油が入っているな・・・」

 航太郎が呟くと、

「すげーコータ、分かるの?」

 栄子が目を見開いて航太郎を見る。

「料理人なら分かるよ」

 真剣に食べながら頷く航太郎。栄子が、

「向井、分かった?」

 と向井に聞く。

「うん、」

「うそつけっ」

 栄子のツッコミに一同がドッと笑った。品評会は尽きなかった。


 この「まるやき☆アポー」、何とも覚えやすく変テコな名前を考案したのは樹里だった。「まるやき」と「アポー」の間に☆が入るのが正式らしい。樹里の実家である一ノ瀬農園は地元でも指折りの広大なリンゴ農園。父である耕作がリンゴ栽培で得た利益を資産運用として考案したのが土産店の経営だった。フランスから職人を招いてまでここで売る看板商品の研究開発をした結果、誕生したのがこの「まるやき☆アポー」だった。当初は「津軽焼きりんご」の名前で販売したが、売れ行きはサッパリだった。商品は美味しいのに何で売れないのかと悩んでいた耕作に改名を促したのは当時高校生の樹里だった。そしてその場で樹里が考えて決まったのが「まるやき☆アポー」だった。「アポー」は英語の発音での「アップル」が聞こえるそのままをカタカナにしたもの。これが大当たりをした。


 現在は青森県内に工場三軒を構え、大手百貨店、東北エリアのメイン駅構内を中心に販売している。しかしネット販売が普及した現在、生産が追いつかない状況が続き頭を悩ましている。冷凍技術の発達で季節問わず製造は可能だが、小振りなリンゴを使用しているため、その確保に苦労をしていた。近年ではこの「まるごと☆アポー」用にミニリンゴを栽培している。そんな一ノ瀬農園には後継者は一粒種の樹里しかいなかった。耕作は昔から農園に婿さんを連れて来るようにと、まるで洗脳のように樹里に言っていたが、当の樹里は一切関心を示さず、幼い頃から好きだった理数の分野に進学し、建築家への道を志した。


 耕作が樹里に提案した条件は以下である。

一、好きな大学への進学、就職をしてもよい

二、結婚は二十五歳までにすること(二十五歳は範囲内とする)

三、婿になる者はリンゴ農園を継ぐことが前提である

 これらの条件を守れば金銭面では苦労はさせないというものだった。


 樹里は大学を卒業した二十三歳で東京の大手設計会社に就職した。在学中も社会人になってからも、その愛らしい容姿もあり彼氏は何人か出来た。しかし全員が理数系の人間。青森県で農園を継ぐなどと言う者はおらず、そんなことが原因で辛い思いをし、涙を流して来た。

 気がつけば約束の二十五歳。結局婚約者を連れて青森に帰ることに望みが無くなった時、耕作の方から見合い話をいくつも突き付けて来た。そんな結婚はしたくないと頑なに拒む樹里。樹里は本当に好きな人と自然な形で結婚したかった。結婚とは後継者を探すためのものでは無いと。

 追い込まれた樹里は意を決し会社を退職して失踪した。そしてここ草津温泉に流れ着いたのだった。


「専務はどこ行ったんだよ」

 航太郎が周りを見渡す。

「いいよ、みんなで食べちゃおうよ」

 栄子が悪戯に言うと、

「ダメですよ~栄子さん!」

 と本気になる雅美。


 その頃則男は樹里が入ったまま出てこない駒草の間の前でウロウロしていた。入口の扉を開けて聞き耳を立てているのだが、暗号のような津軽弁で話していて、何を言っているのかさっぱり分からなかった。他の客が廊下に出てくるとクイックルワイパーで掃除している振りをした。


「父っちゃはオラの幸せなんでどうでもいいんだべ。ただ農園継ぐ男手が欲しいだけだべ? オラを只のきかんじ(言うことを聞かない人)だと思ってるだけだべ?」

「そすもんでね(そんなこと言うもんじゃないよ)。いつも樹里さんのこど心配すとる」

「心配なら何で山根さんが来だんだ? 自分で来だらいいべ?」

 泣き出す樹里。

「社長は忙しい人だがら・・・。でも樹里さんいねばすげねすてな(居ないと寂しくてね)」

「ばがだけんた(バカみたい)」

「とにかく、えさ帰るが(家に帰ろうか)」

「やだ」

 と、その時、

「失礼いたしまーす。お食事はお済でしょうか? 空いた器をお下げいたします」

 と則男が入ってきた。山根の前に座り泣いている樹里を見て驚く。

「は!」

「専務っ」

 と樹里はその涙をすぐに手で拭うと、

「こちらこの旅館の若旦那の高杉則男さんです」

 と山根に則男を紹介した。

「こんばんは。この度はありがとうございます」

 ペコリと頭を下げる則男。

「こちら山根さん。青森でお世話になっているご近所さん」

「こんばんは、山根です。一ノ瀬がお世話になっております」

 にこやかに挨拶をする山根。

「あ、いえ。お飲み物のお代わりは大丈夫でしょうか?」

「もう大丈夫です」

「では、ごゆっくり・・・」

 と幾つかの皿を持つと樹里に目配せをして部屋を出る則男。樹里もその則男の目を見てニコッと微笑んだ。

 則男は聞き耳を立てていた時、樹里の泣き声がしたので慌てて飛び込んだのだった。山根という男、帳簿を見ると確かに青森県弘前市だった。



 あくる日の朝、樹里は何事も無かったように山根の朝食担当に付いた。則男はさりげなくその様子を伺っていたが、その視線に気が付いたのか、樹里と目が合った。樹里は黙々と時に微笑んで会話をしながら、もう一つの席と掛け持ちで接待をしていた。


 バスと電車を乗り継いで来たという山根は午前中少し観光をして帰るという。見送りには樹里が立ち会った。

「せばね(それじゃあね)樹里さん。たげへわになったげの(ずいぶんとお世話になりました)。たまには弘前ば顔を出しでけろ」

「ん。父っちゃには、わ(私は)まむしいて(元気だって)伝えでな」

 じっと山根の目を見て言う樹里。

「遠いところから本当にありがとうございました。また美味しいお土産をありがとうございました。みんな大喜びでした」

 智恵子が横に来て深々とお辞儀をした。

「うちの工場の品ですので、食べたかったら樹里さんにでも伝えて下さい。そうしましたら女将さん、一ノ瀬をよろしく頼みます」

 山根も深々とお辞儀をすると手提げバッグを片手に湯畑の方へ向かった。その後姿に手を振る智恵子と樹里。

「一ノ瀬さん、あの方はどなたなの? 親戚の方?」

 傍らの樹里に聞く智恵子。

「ご近所様なんです。小さな頃からお世話になっていまして、私の職場を見させてもらいたかったそうです」

「そう。お上品な方ね」

 智恵子は山根の落ち着いた紳士的な振る舞いから、樹里の家系にも何かあるのかと思い始めていた。

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