第6話 祐介

 同じ木曜日。草津町役場土木課のデスクに本多祐介がいた。町道の舗装工事の積算をまとめていた。キリリと上がった目尻はその顔を精かんに見せる。短い髪をシュッと立てたヘアスタイルも祐介らしい。

「本多、一服しに行こうぜ」

 上司である岸田が祐介を誘う。

「スンマセン、俺止めたんスよ」

 申し訳なさそうに返す祐介。

「は? マジに? 何で!」

 驚く岸田。

「何か、みんな止めちゃっているじゃないっスか。俺も便乗して禁煙してみようかな? なんて思って」

 頭を小刻みにペコペコして答える。

「いいよ、んなことしなくて」

「いやっ何とか一週間クリアしたんで、いけそうな気が」

「一週間休んだんだから吸えよ」

「あ、でも付き合いますよ。コーヒーもらいますっ」


 今のご時勢、喫煙者は肩身の狭い思いをしている。公共の場である役場などはその最たる場所だ。四階建て庁舎の三階にだけ喫煙室があった。その唯一の喫煙所で祐介はコーヒーを片手に談笑していた。

 その時祐介のメールが鳴った。

「お?」

 表示は栄子だった。

《今、草津。お昼休みに会える?》

「は?」

 意味が分からない祐介。すぐさま返信した。

《来るなら言えよ。何でこんな平日の昼なんだ? 会えるけど》

 しばらくすると栄子から返信が来た。

《ごめんね急に。色々話すことがあって。「喫茶こもれび」でお昼どう?》

《よくわかんないけど了解!》


 喫茶こもれびは外れの路地裏に位置していた。小道を散歩している観光客が一休みをするのに丁度よく、それなりに流行っていた。しかし町の人間が利用することはあまり無く、お忍びで込み入った話をするには丁度いい。それを見込んで栄子はここを指定した。それに小さな店舗だから大きな声を出せないので、もし祐介が怒っても大丈夫だろうと踏んでいた。

〝カランコロンカラーン〟

 扉に付けてあるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ~」

 奥の四人席に背を向けて座っている栄子が見えた。

「オス! 元気か?」

 と、栄子の肩を後ろからポンと叩く祐介。

「あ」

 見上げる栄子の目がうつろだ。

 ドンと反対側へ座ると開口一番、

「何考えてんだ、お前」

 と不機嫌に言い放つ祐介。

「ごめんね」

「宿は取ってあるんか? 一郎の家か?」

「いや、それがね・・・。とりあえず注文しちゃおうよ」

「俺ハンバーグ定食」

 栄子は体を反転すると、

「ママ、ハンバーグ定食とミートソース。あ、飲み物は?」

「これでいい」

 既に置いてあったコップの水を見る祐介。

「あとアイスコーヒーひとつ。食後で」

「ハーイ。かしこまりました」

 背もたれに寄りかかって腕組みをする祐介。

 何か構えられているようで、話し辛い栄子。

「それで何だよ」

「あのさぁ、私、就職決まったんだ」

「え? 良かったじゃん。どこにした?」

 身を乗り出す祐介。

「え~、それがぁ・・・草津なんだ・・・」

「へ?」

 シャープな目を丸くする祐介。

「草津で就職するんか?」

「うん・・・」

「マジで言ってんのか?」

 眉をしかめる祐介。

「うん、大マジメ」

 上目遣いに祐介を見る栄子。

「どこにしようと思っているんだ?」

「もう決まった」

「だからどこ?」

「違う。もう土曜日から入ることに決まってるの」

「!・・・」

 ため息を付いて首を振る祐介。

「邂逅屋旅館・・・」

「ハ? ノミオんとこ?!」

「ノミオ?」

「あー則男だよ。一郎の同級だ。お前と同い年ってことか」

「そうなんだ・・・」

 祐介は怒鳴りたいのを我慢しているのが分かった。栄子はここで会って正解だったと思った。それからは下を向いてずっと黙っている祐介。


〝カランコロンカラーン〟

 別の客が入ってくる音がした。

 ママと談笑している。

『出身は青森なんですけどね』

 何やら青森県がどうとか話しているみたいだが耳に入って来ない。


「怒っているの?」

 チラリと祐介に目をやってボソリと聞く栄子。

「あたりめーだろ・・・」

「迷惑ってこと? 私が来ると都合が悪いの?」

「そうじゃねーよ」

「じゃあ、これからはいつでも会えるじゃない。嬉しくないの?」

「・・・」

「帰れって言いたいの? もう引越しも済ませちゃったよ」

「だからよー。何で黙って来たんだよ。サプライズのつもりか?」

 再び腕を組む祐介。

「じゃあ聞きますけど、もし私が〝草津で就職したい、どこか紹介して〟なんて言ったら〝うん。来なよ、来なよ、紹介するよ!〟なんて言う?」

 栄子の目に涙が溜まっていた。

 めったに泣かない栄子の涙に少し動揺する祐介。

「・・・分かんねーな。どう言うか分かんねぇ」

 栄子から目を逸らし、ボソッと自信無く言う祐介。

「それが祐ちゃんの答えなの? 彼女が意を決して彼氏の町に引っ越してきたら、どう言うか分からないの?」

「だから、そう問い詰めるのやめてくれよ。お前の行動はいつも突発的過ぎて、頭ん中が整理つかねぇんだよ」

「・・・」

 俯いて鼻をすする栄子。

「お待たせしました。ハンバーグ定食はどちら?」

「あ、俺です」

 その後二人は無言で食事を済ませた。



「珍しいですね、本多さんが俺を誘うなんて」

「オメーと飲んでもつまんねぇけど、ちょっと話があってな。一郎も呼んでおいた。もう来ると思うよ」

「つまんないは無いじゃないですか~」

 祐介はニヤリとして生ビールをゴクッと飲むと、前に座る則男に言った。


 ここは栄子が草津に来た時に、安藤夫婦と四人でよく集まる居酒屋だ。お座敷に四人掛け座卓が四台、六人掛けカウンター席の奥には六畳の個室がある。料理は全て手作りで冷凍の業務用食品など出さない。それでいて値段はリーズナブルで地元にも観光客にも人気のある店だ。祐介と則男は座敷席で胡坐をかいて酒を交わしていた。


「何かあったんですか?」

 則男がお通しのほうれん草のおひたしを口に入れて言った。

「あのよ。お前んとこに今度入った子が、実は俺の彼女なんだ」

「え?!」

 ドキッとする則男。樹里がそうなのかと恐れつつ、

「どの子ですか?」

 聞いた。

「あん? 何人か入ったのか? 佐山って奴だよ。佐山栄子」

「あぁ、佐山さん。一郎と知り合いって子ですよね」

「そうそう」

「彼女だったんですか、驚きですよ。だって彼女東京から来たんですよ。遠距離恋愛だったんですか?」

「そうだな。かれこれ三年位になる。一郎の結婚式の時に知り合ってな、それからだよ」

「へぇ~、じゃ俺もその場にいた訳ですよね。全然気が付かなかった」

「あん時の二次会で俺も初めて話したんだよ」

「さすがですね。それでそのままゲットしたんですねっ。あ~、だから草津に来たんだぁ。ってことはもうそろそろって意味ですか?」

 いきなり核心に触れる則男。

「いや違うんだ」

「違うんですか?」

「勝手に来たんだよ。それも俺に何も告げず、いきなり決まってから事後報告さ。それがノミオんちって言うからまたお笑いさ」

 苦笑いをする祐介。

「でも佐山さんはそういうつもりで来たんじゃないですか? 本多さんのプロポーズを待っているんでしょ?」

 眉をしかめて祐介に説く則男。羨ましいと思った。

「生意気言うなよ。何でお前に後押しされてんだよ俺」

「ハァ、すみません」

 祐介は則男や栄子の二歳年上の三十歳。もう結婚してもいい頃だろうと則男は思ったが、祐介の心情は何か違うようだと察しがついた。

「いらっしゃい!」

 大将の粋な声を背に一郎が座敷に上がってきた。

「すいません、遅くなって」

「おう一郎、何か飲み物頼めよ」

「ビール頼んでおきました」

「じゃ俺のも一杯頼んでおいて。ノミオは?」

「まだ大丈夫です」


 話は当然栄子のことになった。

「何だよ、お前も知らなかったんか?」

「マジっすよ。由美にだって言っていなかったんスから」

「・・・そうかぁ」

 やはり祐介は安藤夫婦が知っていたのか確認をしたかったようだ。

「一郎。お前、俺にも栄子にも結婚のことは言うなよ。それを煽るようなこともやめろよな。これだけは最初に言っておく」

「え? あ、ハイ」

「これは俺達の問題だから、外野がとやかく言うもんじゃねぇぞ」

「分かりました・・・」

 一郎は祐介と栄子の間には一筋縄ではいかない大きな問題があることを知った。栄子の気持ちを知っているだけに複雑な心境だった。

(お似合いの夫婦になれるのに)

 残念にも思った。しかし祐介なりに色々と段取りを考えて、栄子を喜ばそうとしているのかも知れないとも思った。釘を刺された以上、先輩である祐介の言い付けは破れない。とりあえず触れないでおこうと思った。


「そんなんでノミオ、あいつを頼んだぜ。働き者だからビシバシ使ってやってくれ。でも飲んだくれだから、たまには飲ましてやってくれよな」

 ほどよく酒も入って陽気に言う祐介。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 焼き鳥を頬張りながらニヤける則男。

「絶対ノミオのほうがエイちゃんに使われると思う」

 一郎が則男をチラリと見て言った。

「俺もそう思う」

 祐介もチラリと則男を見て笑った。

「何ですかそれ~」

 二人の顔を交互に見て困った顔をする則男。

「まぁ、あいつの使い方は、褒めて使うより叱って使うだな。んで褒美に酒をやる。それだけでご機嫌になるよ」

「それ当たっているかもです」

 一郎が微笑みながら大きく頷く。

「そんなに恐い子なんですか? やだなぁ・・・」

「よしっ、この続きはカラオケでやるか?」

 祐介が音頭を取ると、

「たまにはいいですね」

 一郎が言う。

「行きましょ、行きましょ」

 則男も続いた。

 その時、入り口扉が開く音がした。

「いらっしゃい!」

 ガヤガヤとまとまった客の声がした。

「奥の座敷予約しておいた武井ですけど」

 航太郎の声だ。

「どうぞー、お待ちしていました」

 その声に続いてぞろぞろと航太郎の後ろに同じ年ほどの男が二人、その後ろに栄子と樹里がいた。

「あれ、専務」

 目を見開く航太郎。

「あ、コータ。何? 今日は・・・」

 口を尖らして聞く則男。

「歓迎会っスよ」

「え? 専務さん?」

 樹里が目を丸くしてヒョコっと顔を出した。

「こんばんは。土曜日からよろしくお願いします」

 ニコリとして行儀よく頭を下げる樹里。

「あ、専務だ。何よ、安藤一等兵も一緒だったの?!」

 祐介に目もくれず、

「よろしくです専務!」

 と敬礼を投げる栄子。

 そのままスタスタと列に続く。

「おい!」

 祐介が膝を立てて栄子を呼び止める。

「何?」

 祐介を見下ろしてキッと睨む栄子。そのまま行ってしまった。


「チッ、ノミオ、誰だあいつ」

 明らかに不機嫌な祐介が則男に聞いた。

「武井航太郎。うちの板前です。ナンパ野郎です」

「ナメた野郎だな。ノミオに挨拶がねぇ」

「いつもあんな感じですよ」

「お前ビシッとやれよ。付け上がるぞ」

「ハァ・・・」

 その空気を変えようと、

「ノミオ、もう一人の子誰? あの子も今度入ったの? メッチャ可愛かったよね!」

 一郎が話題を樹里に振った。しかしそれは則男にとって重い話だ。

「そうだね。かわいいね。でも駄目だね。終わったね」

 事務的に返す則男。

「何だよノミオ。どうしたんだよ」

「いい。何でもない」

 不機嫌になる則男。

「あー気分ワリぃわ! カラオケ中止な。また今度やるべぇ」

 祐介の一声で、結局今日はこのまま解散となってしまった。


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