第3話 面接

 春の日差しが眩い四月三日。今日は募集をかけた仲居さん候補三人の面接日。余程のことが無い限り採用する予定だ。普段面接などがある時には智恵子、則男、そして伊藤が立ち会い、客室の一室を使ってチェックイン前の午後一時頃に行う。


「専務、今日来る子達はみんな若いっていうじゃないっスか」

 と厨房へお茶のセットを取りに来た則男に声を掛けたのは、武井航太郎。板長の下に付いている二人の若い板前の一人だ。年齢は二十六歳、則男より二つ若い。航太郎はモデルのような長身のイケメンで、本心は何を考えているか分からないところがあり、則男は警戒をしている。人を小馬鹿にしたようなダレた目つきも則男の気に触れるところだ。その眼差しに危険な匂いを感じるのだろうか、航太郎は女性にモテる。それも則男の気に触る。そんな航太郎が時々女性客と怪しい動きをすることには、智恵子も目を光らせていた。

「ああ、そうだよ」

 ぶっきら棒に答える則男。

「採用が決まったら、彼女たちを連れて飲みに行きましょうよ」

「コータ。お前、手ぇ出すなよ。大事な戦力になる子たちなんだから」

「出すわけないじゃないっスか。そういう専務こそ花嫁候補を探しているんじゃないの?」

 ニヤける航太郎。

「まだ会ってもいないだろ」

「履歴書の写真は見ているでしょ? 可愛い子いました?」

「え? まぁ・・・」

 素直な反応をしてしまうのが則男のいいところであり悪いところだ。

「えー? もうチェックしてる!」

 笑う航太郎。またいつもの航太郎のペースに乗せられていた。

「そんなことねぇよ」

(生意気に無精ひげなんか生やしやがって)

 ムッとして厨房を出る則男。


 午後一時前だが既に三人は揃っていた。

「それではこの椅子に掛けて、呼ばれた方からお部屋に入ってください」

 伊藤が客室入口前の廊下に並べられた三脚の椅子を指して言った。

 少しすると、

「井上さん」

 と則男がドアの向こうから呼んだ。

「失礼します」

 入ってきたのは女子学生のような黒いセミロングで、見るからに真面目そうな女だ。純白のシャツと紺のスーツもいい印象だ。

「ハイ、じゃあそこに座ってください」

 智恵子が促す。

戸惑いながら座布団の上に正座をする女。

「まずは自己紹介をして下さい」

 進行は智恵子がするようだ。則男と伊藤はその両袖に座っている。

「はい。井上雅美です。年齢は二十三歳で神奈川県の厚木市から来ました」

 緊張気味に答える雅美。

「それだけ?」

 緊張した空気を更に高めるような言い方をする智恵子。

「あっ、その・・・」

「自己PRの場なのですから、思いつくことをこちらにPRして下さい」

「あ、スイマセン。え・・・趣味は音楽を聴くことで、す。特技は特にありませんが、あ、料理が好きです・・・」

 緊張して言葉に詰まる雅美。

「得意料理は?」

「あ、コロッケや鳥のから揚げです」

「普通じゃないの」

「あ、スミマセン・・・」

「謝ることは無いわよ」

 微笑む智恵子だが、冷たい微笑である。

「厚木市は暖かいところですけど草津の寒さは大丈夫?」

 覗くような視線で雅美を見る。

 則男も注意深く雅美を見る。

「はい、私は温泉や雪景色の情緒が好きで、今回の募集に惹かれました。そして働くならそんな風情のある旅館がいいと思っていました。邂逅屋旅館さんはそのイメージ通りの素晴らしいお宿だと思います。ぜひ、よろしくお願いいたします」

 と今までのオドオドした雰囲気など見せず堂々とした態度で熱意を伝えた雅美に智恵子は、

「あれ? そこはしっかり練習していたようですね」

 と嫌味とも取れる言葉を返す。

 その智恵子に目配せをして伊藤が苦笑いを浮かべた。

 則男は終始その様子を伺っていただけだ。

「あ・・・スイマセン」

 困ってしまう雅美。

「だから謝ることは無いわよ。もっと堂々としていて下さいね。それにあなた、話す前に〝あ〟という癖は直した方がいいですよ」

「ハイ・・・」

「面接は以上です。ご苦労様」

 そう言うと次の履歴書をめくる智恵子。

「それでは廊下の椅子でお待ち下さい」

 則男が告げる。

「失礼します」

 席を立ってペコリと挨拶をする雅美は自信なく俯いたまま席を離れた。


「佐山さん」

 則男が呼ぶと

「失礼します」

 とスタスタと部屋に入ってくる次の女。ストレートの黒髪を後ろにキュッと束ね、グレーのパンツスーツが似合っている。タイトなスーツは体のラインがはっきりと分かりグラマーな体だ。

 則男は目のやり場に困って思わず視線を逸らした。

女は(早く!)と言わんばかりに座布団の横で立っている。

「どうぞ座ってください」

 という智恵子の言葉が言い終わる前に座る体制に入る。

 智恵子の眉が動いた。

「お名前と自己紹介をお願いします」

「ハイ。佐山栄子と申します。年齢は二八歳、東京都杉並区出身です。これまでお酒の卸し会社や派遣会社の仕事をしていました。もともと草津温泉に友人がおりまして月に一、二度は来ていました。温泉も好きで、必ず入って帰りました。特に千代の湯が好きでして、そこから出るといつも邂逅屋旅館さんが目に入りまして、いい雰囲気だなぁ宿泊してみたいなぁなんて思っていました。たまたま求人サイトを見ていた時に募集を知りまして、いっそ働いてしまおうかという衝動に駆られまして、申し込んだ次第です」

 早口に一気に話した栄子にあっけに取られる三人。

「衝動的に申し込んだのですか?」

 怪訝な顔をして聞く智恵子。

「そんな訳ではありませんが、私は自分の行動に直感を信じて選択する気質がありまして、これまでもそのようにしてきました。あと草津温泉で寮生活をしながら働けるというのも魅力でした」

 はっきりと答える栄子。

「はぁ、分かりました。ちなみにご友人と言うのはどちらの方? 草津に長くいる方?」

「ハイ。安藤商店さんです。酒屋さんの」

 と栄子が答えると、

「え~? 安藤?!」

 と驚きの声をあげる則男。

「そうです。ご存知なんですか?」

 目を丸くする栄子。

「ご存知も何も、安藤一郎は親友だよ!」

「え~? 一郎君も由美も最初の会社の同期だったんですよぉ!」

「マジに~?! じゃあ二人の結婚式にも来ていたりしたの?」

「もちろんっ。友人代表のスピーチもしましたよ」

「あっ! 何となく覚えてる。立ち位置がスターウォーズのヨーダとか何とか言っていたよね?」

「そうそう、あ、そうです」

 二人のやり取りを見ていた智恵子が、

「ちょっとノリちゃん、面接ですよ」

 と遮った。

 クスリと笑う栄子。

 そんな感じで栄子の面接は世間話のような感じで終わってしまった。


 最後の女が入ってきた。前の二人がスーツ姿だったのに対してオフホワイトのロングスカートとモスグリーンのカーディガン姿に違和感を覚えた三人。軽く脱色した栗色の長い髪。そこから覗かせる顔も体も全てのパーツが華奢な少女のような趣き。独特の雰囲気がまるで妖精のようだと則男は思った。

「はじめまして。一ノ瀬樹里と申します。年齢は二十五歳です。青森県の弘前市出身です」

 落ち着いた口調で話す樹里は声もどこか幼い。

「青森県からどうしてまた群馬県まで来たのですか? 東北にもたくさん温泉地はあるでしょうに」

 不思議な顔をして覗き込むように樹里を見る智恵子。

「はい。そうですが、関東に来たかったんです。だけど東京のようにあまりに人が多いところは苦手でして・・・」

 背筋をピンと伸ばしてゆっくりと話す樹里。

「でも履歴書を見ますと大学は東京ですよね。凄いんですけど、明治大学の理工学部、建築学科って・・・」

 まじまじと履歴書を読む智恵子。

「あ、生田キャンパスです。神奈川県の川崎です」

「そうじゃなくて、建築の勉強をしていた訳でしょ?」

 則男も宇宙人でも見るような目で樹里を見ている。

「ここに来る前に就職もされているんですね、それも大手の和泉設計コーポレーションですよね? 何かあったのですか?」

「・・・」

 黙り込む樹里。

「言えない事情なら言う必要もありませんが・・・」

 則男も伊藤も次の言葉を待って見守っている。

「・・・自分で向いていないなって思ったんです。そんな時に草津温泉のお仕事を見つけまして、気持ちを改めて、違う分野に飛び込んでみようと思ったんです」

 言葉を選びながら話す樹里。

「それにしても、あなたみたいな方には物足りない仕事なのではと思うんですが」

「そんなことないと思います」

「仲居さんの仕事をご存知で?」

「はい。重労働ですが、やりがいのある仕事だと思います」

 まっすぐに智恵子を見据えて言う。

「わかりました。これで終わりにします」

「ありがとうございました」

 頭を下げて席を立とうとする樹里に、

「あ、このまま居てください」

 と言う智恵子。続けて、

「ノリちゃん、廊下の二人もこっちに呼んで」

 と則男に告げる。


 樹里、栄子、雅美と並んで座布団に正座し、お茶を貰いながら智恵子の説明を聞いている。三人とも採用となったようだ。

「それでは来週まで一週間ありますから、その間に皆さん引越しを済ませてください。同じ日や時間になると大変ですので、三人で相談してそれぞれの引越しの日取りを決めてこちらに連絡を下さい。寮はここから徒歩で五分ほどの場所にあります」

「はい」

 答える三人。

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