第2章-6 エレメンツハンター学の教授は常に忙しい

 シミュレーターから降りた選抜軍人は、ネルソン、ハリーと共に扇形の講義スペースへと向かっていた。歩きながら、敵パイロットがアキトと翔太の2人だけだったと聞き、選抜軍人たちは憤慨し、次々と文句を口にしている。

「設定した性能が違うからだ」

「操縦してた・・・2人で8機を?」

「汚い真似を」

「シミュレーターが自分たちと異なっているのは何でだ?」

「小狡いな」

 殆どが自らの現状を認識しようとするでなく、敗北したのはシミュレーターの所為にしているのだ。

 それも仕方ない。

 なにせ素人相手に軍事的な全滅判定でなく、文字通りの全滅となったのだ。

 士官学校のパイロットコースを成績上位で卒業した彼らには、到底信じられない結果である。自己正当化を図らずにはいられない心境なのだろう。

 しかし、常識的に考えるならあり得ないが、常識で計れないからアキトは教授であり、翔太は人外君なのだ。

 選抜軍人たちの声は、扇要の位置にいるアキトと翔太に聞こえていた。

「なるほど、道理だ。シミュレーターとしての性能も違い、コンセプトも違う。だから、シミュレーターを交代して戦ってやるぜ」

 当然そういう意見が出ると予想していたので、アキトは冷静に受け止め、提案というか挑発をした。

 それだけでも充分だろうに、翔太は微笑を浮かべながら、軽薄な口調でアキトに言う。

「いやいや、アキト。誰もボクのシミュレーターを使えないさ」

 翔太は事実を述べただけのつもりだが、プライドを痛く刺激された選抜軍人たちが、怒りの顔を2人に向ける。

「宝翔太講師。一応今は、公的な場所なんだから・・・まあ、新開教授と呼べや」

「ムリムリ、アキトはアキトさ。それにアキトだって、最近は言葉遣いがなってないかな」

「まあーなー」

 いつもの軽口を叩きあった後、翔太は更に選抜軍人を挑発する。

「さあさあ、ボクのシミュレーターを使用するのは、誰になるのかなぁー。7機どころか最大32機体が稼働可能さ。ただ、7機までにしてもらうけどね。32機を稼働させた所為で負けた、なんて言われるのは不本意だからさ」

「オレのシミュレーターのコンセプトは、実機に近づけ、その結果を他のシミュレーターに反映させること。あーっと、戦闘には関係ないけど、設計資料や実験データが閲覧できるようになってる。一時的にこのシミュレーターを貸してやっけど、そこは見るな。機密資料なんだぜ。まあ、戦闘中にそんな余裕は与えてやんねぇーけどな」

 選抜軍人を完全に格下だとの前提で、2人は軽快に話したのだ。

 選抜軍人の半分は驚愕の表情を浮かべ、もう半分は目を細め胡散臭いもの見るような表情をしていた。

「さて、誰がオレと宝翔太講師のシミュレーターに乗るんだ?」

 オレのシミュレーターは、実機に近い設定のため乗りこなすのが難しい。翔太のシミュレーターに至っては、サムライをまともに動かせないだろうな。

「いやいや、アキト。今更ながらに恥の上塗りって理解できたんじゃないかな。そんなに追い込んだらダメさ。無かったことにするのが、大人の対応だね。ボク専用シミュレーターに搭乗するのは出来ても、操縦できる訳ないんだからさ。それに、アキトのシミュレーターもピーキー過ぎるよね」

「ピーキー? そんなことないぜ。ちょーっとだけ、マニュアル操作が多いだけだ」

 選抜軍人たちが相談を始めた。

 聞こえてくる会話から察するに、戦闘シミュレーションを受けるのは決定事項のようだ。

 恥の上塗りになると想像していないらしく、堂々とした態度で選抜軍人の2人がアキトの前に進み出た。

「自分が宝翔太講師のシミュレーターに乗る」

 01に搭乗していた玲於奈の発言に続き、03に搭乗していたクロードが宣言する。

「新開教授のシミュレーターは俺が乗る」

 玲於奈とクロードは、士官学校時代に戦闘訓練でペアを組んでいた。単純な操縦技能での人選でなく、チームワークを重視したのだ。

「じゃあ、3時間後に戦闘シミュレーションを開始する。まずはオレ達のシミュレーターを使って練習するといい」

「なんとなんと・・・アキトは優しいよねー。3時間も練習の時間を与えるなんてさ。実戦じゃあ、あり得ない贅沢だよねー」

 クロードが、翔太に挑戦的な視線を向ける。

「実戦を経験したとでも?」

 アキトは端的に答え、翔太は更に煽る。

「あるぜ」

「いやいや、あるけどさ。どうせ信用しないよね? まあ、実力で分からせてあげるさ」

「実戦経験ね・・・どうでもいい」

 玲於奈は疑いの表情に浮かべ、捨て台詞を残して踵を返す。

 アキトは玲於奈とクロードがシミュレーターに向かう後姿に見て、不敵な笑みを浮かべる。

 士官学校卒の実力とはどのくらいのもんか分からせて、嫌というほど屈辱を味わせてやるぜ。

 無論、全員にだ。

「さて、あまりの軍人は集合」

 次にアキトは、扇要の位置に残りの選抜軍人を呼んだ。

「2人が練習している時間は暇になるから、オレと翔太の2人対そっちの8人チームで、2機対8機の戦闘シミュレーションでもしようか。他の人は見学で」

 舐められすぎと感じた選抜軍人たちが激昂する。

「ふざけてますか?」

「舐めすぎだ」

「絶対勝つ」

「後悔させてやる」

 その熱い言葉に、アキトは惚けた口調で返答する。

「別にオレ達が勝つとは言ってないけど。どうしたのかな」

 翔太が煽るように、アキトの話にのっかる。

「そうそう。キミたちは口じゃなく実力で示せば良いだけだよね」

「挑発するなよ、翔太。2対8ぐらいが丁度いいんじゃないかと考えただけだ。他意はないぜ。まあ、さっきシミュレーションじゃあ、まーったく実力を計れなかったけどな」

「いやいや。挑発って言うけどさ。2対8でもボク達が楽々勝つけだろ?」

 アキトは呆れた顔を翔太に向け、選抜軍人を更に煽る。

「今度はシミュレーター外の心理戦で負けたと言われるぜ」

 しかしネルソンとハリーは、選抜軍人の中でも冷静だった。

 さっきの戦闘シミュレーションで、アキトと翔太の実力を見せつけられた。実戦経験があろうが、なかろうが、選抜軍人の誰よりも強いのは事実なのだ。

 それゆえ、ネルソンに油断はない。隙もない。気の緩みもない。

 全身全霊を傾けるのみとの決意を胸に秘め、作戦を検討するために戦闘シミュレーションの勝利について質問する。

「勝利条件はどうしますか?」

「戦闘開始2時間後に、多くのサムライが残っていた方の勝ち。それがシンプルでいいんじゃないかな?」

「問題ありません。お前ら、それでいいな」

 ネルソンは全員を見て、OKだと判断した。そしてアキトに戦闘シミュレーションで重大な要素を確認する。

「シミュレーターは自分たちと同じものを使用する、で構いませんか? 新開教授」

「もちろんだとも! オレと翔太含め全員同一シミュレーターを使用するぜ。30分後に戦闘開始としようか。ああ、そうだ。ルーラーリングの適合率調整は、15分以内が条件とする。ただ、エンジニアからの支援は可とするしよう。近くのエンジニアに依頼していいぜ。オレと翔太には必要ないけどな」

 挑発するなと言っておきながら、アキトも選抜軍人を挑発する。アキト本人には煽ったり挑発している自覚はない。

 しかし選抜軍人達はバカにされていると感じたようで、憤りの声が上がった。それをネルソンが抑え、前提条件をまとめる。

「ルーラーリングの適合率調整処理に、15分以内でエンジニアの支援可ですね。30分後に戦闘開始、了解しました」

 ネルソンは全員を引き連れ、いち早くシミュレーターへと向かった。

 その様子を見て、アキトと翔太は互いに顔を合わせ、ほくそ笑む。

 千沙に生意気できないように、アキト達は選抜軍人のプライドを圧し折り、圧し潰し、粉砕するつもりなのだ。

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