第12章-5 結界攻防戦

 翔太が偵察機チェーロ全6機を撃墜した後、統合オペレーター席に座っているアキトが翔太に指示をだす。

「弁才天を空へ、派手にブッ飛ばせ、翔太っ! 七福神一の凶暴な破壊の力を解放するんだ」

 アキトのいる統合オペレーター席は、オペレーションの全てを実行できるよう汎用性を重視した設計になっている。情報分析に特化している情報統括オペレーター席とは、設計思想が真逆なのだ。

 宝船の統合オペレーター席は、汎用なのにアキト専用の場所である。なにせ、事実上アキトにしか使いこなせない。お宝屋の3人は、それぞれ操縦、射撃指揮システム、情報分析オペレーターの専用席と決まっている。

 そして翔太のもう一つの専用席・・・翔太専用七福神リモートコントロール機から、お気楽で陽気な声が、オペレーションルーム届く。

『僕とアキトの2人なら、TheWOCの1個即応機動戦闘団を撃退するぐらい訳ないさ』

「目標は殲滅だ。ゴウ、風姫、そっちはサポートできない。頼むぜっ!」

 千沙の座っている情報統括オペレーター席と横並びに、統合オペレーター席がある。

「こっちは気にするな。アキトは、アキトにしかできことに集中すれば良いぞ」

「私は問題ないわ。私は、ね」

 風姫は蔑みの目をゴウに向け、断言する。

「このぐらい簡単だわ。まあ、任せなさい」

 ゴウは風姫の視線を受け止め、小馬鹿にした口調で揶揄する。

「ふっはっはっははーーー。俺の方は、まーったく問題ないぞ。破壊するしか脳のない、何処かの王女様に実力を見せつけてやろう」

「無精ヒゲの筋肉ダルマに、如何ほどの実力があるのかしら?」

「んっ? 無精ヒゲだと? ふっはっはっははーーー。相変わらず貴様は、見る目がない愚か者だな。いいか俺の・・・」

 統合オペレーター席にいるアキトは、一瞬だけ千沙に視線を向けた。視線を感じた千沙が軽く頷き、仲裁のため口を開く。

「ゴウにぃっ! ゴウにぃは風姫さんに気を遣わなすぎっ! 円滑に戦闘を進めてTheWOCを排除するには、人間関係は重要なの。ゴウにぃは、あたし達のリーダーなんだよっ!」

 降参とばかりに、ゴウは両手を挙げた。

「うむ、千沙の言う通りだな」

「謝罪はないのかしら?」

「ないっ! ただ、一言だけ貴様に伝えよう」

 風姫をゴウは瞳に蔑みの色を浮かべ、自信満々に言葉を継ぐ。

「俺は毎朝ヒゲの手入れをしているぞ」

 千沙の台詞はゴウを一方的に責めたような内容だったが、仲裁のため口を開いた。そう、ゴウが風姫に謝罪することはないと千沙は知っていたのだ。

 ゴウは千沙たちに、前以って言い含めていた。

 ゴウをリーダーとして認識するまで、風姫と徹底的に戦うから邪魔をするなと・・・。

 サバイバルやトレジャーハンティングで、個々人が好き勝手したら生き残れない。ヘルはマッドサイエンティストだが、生存に対して理性が働く。風姫は若さ故の過信か、それともジンという護衛としては過剰な戦力の傍にいた所為か、生存本能で動いている。

 風姫とヘルを含め全員無事に、惑星ヒメシロへと帰還させる為、ゴウはリーダーシップを発揮せねばならない。

 しかし、ゴウの狙いを知っているアキトが言い争いの停止を千沙に求めた。それだけTheWOC即応機動戦闘団と真剣に対峙せねばならない場面なのだ。

「千沙、戦闘機の数は?」

 統合オペレーター席の簡易戦術ディスプレイに、戦闘機の集団が2手に分かれたのが映し出されていた。アキトは、それぞれの集団の戦闘機数が知りたかった。千沙はアキトの質問の意図を正しく受け取った上、有用な情報を渡す。

「8機ずつ。2分でレーザービームの射程内なの。TheWOCのカヴァリエーレより射程距離が長いから先制攻撃可能だよ~」

 福禄寿の杖型レーザービームは、超長距離ライフルである。しかし、弁才天のレーザービームは福禄寿と比べ、射手距離が圧倒的に短い。

「翔太。ミサイルは上方向からの集団へ。残りは下方向からの集団だ。レーザービームの射程距離に入った瞬間、攻撃開始だぜ」

『了解さぁ』

 照準補助と戦術、琵琶による防御をアキトが受け持つ。翔太は七福神ロボの操縦に集中する。2人は役割を分担しているが、互いに阿吽の呼吸でフォローし合う。確かな信頼関係がアキトと翔太の間には存在するのだ。信頼の源は性格でなく、技量に対してだが・・・。

「10秒前・・・」

 千沙がカウントを始めた。

 アキトはレーザービームとレールガンによる照準をカヴァリエーレへと定め。

 翔太は弁才天を回避運動させ、弧の軌道を描く。

「2、1、今」

『「発射」』

 レーザービームがカヴァリエーレを両断し、レールガンの弾がカヴァリエーレを破壊する。矢型誘導ミサイルは、有効射程外であるにも関わらず発射した。

 結界内にはアキトが改造したモニタリング端末が展開してある。端末からのデータをオテギヌがリアルタイムに収集して、オリハルコン通信で宝船に情報提供している。矢型誘導ミサイルは、発射後に敵機をロックオンする仕組みに変更したのだ。しかも、様々な方向からのリアルタイムデータを利用するため、ほぼ100パーセントの命中率となっていた。

 翔太は矢形誘導ミサイルを発射するだけでよく、後はアキトが担当しているのだ。

 矢型誘導ミサイルがカヴァリエーレ3機を撃墜した時には既に、もう3本の矢型誘導ミサイルが弓に番えていた。弁才天の正面を回避する軌道を描き、機体の後部を見せたカヴァリエーレは絶好の的になる。

 アキトは七福神ロボそれぞれに、数多くの戦闘パターンを予め用意していた。当然、弁才天の戦闘パターンも複数準備している。

 戦闘パターンの一つをアキトは選択、追加した。

「翔太、今」

 弁才天は無限可変式合金を巧みに操り、刀と矛、長杵でカヴァリエーレ2機の動きを制限する。高速で飛行するカヴァリエーレには、大きさのある刀と矛、長杵、それに無限可変式合金が脅威に映ったのだろう。アキトの予想通りの軌道を描いたカヴァリエーレは、突如として死角から出現した斧と鉄輪に、それぞれ1機ずつ激突、墜落していった。

「上手に敵機を引き込んだわね。戦闘では役立つけど、性格の歪みが良く分かる戦法だわ」

『いやいや、そう褒めなくても良いさ。何せ、この僕が相当に練習したからねー。それとさぁあ・・・この戦法と、練習用メニューは・・・アキトの考案さ』

「そうだ」

 アキトは短く応じた。

 今、アキトには全く余裕がなかったからだ。

 レーザービームとレールガン、矢型誘導ミサイルの照準、それに戦闘パターンの選択と攻撃指示はアキトの担当なのだ。つまり攻撃する際、翔太はタイミングを計れば良いだけなのである。

 翔太は被弾しないよう弧の軌道に緩急をつけつつ弁財天を動かし、敵に的を絞らせない。その上、アキトが琵琶の盾の斥力でカヴァリエーレのレーザービームを逸らし、弁才天への攻撃を遮っている。

「そうね・・・アキトの性格は歪んでないようだけど、思考内容は常軌を逸しているわ」

 風姫は少し考えてから、微妙に表現を変更したのだ。

 その表現に対して、千沙がディスプレイから視線を外さず反論する。

「風姫さんは勘違いしてるよ。だって・・・アキトは頭が良すぎるんだもん。だから普通の人には理解できないの」

 反射的に千沙は言い返したが、説得力に欠ける言葉にしかならなかった。千沙もアキト同様、集中しているのだ。ただ千沙の主戦場は弁才天のいる所ではなく、結界内全体なのだが・・・。

「天地人!」

 いきなりゴウが大きな声を出した。

「どうしたの、ゴウにぃ?」

 芯は強いが普段は比較的大人しい千沙だが、アキト絡みになると沸騰しやすくなる。風姫は根っからの王女様で周囲との接し方が自己中心的になりやすい。

 さっき千沙から注意された不快感から、ゴウは仲裁に入ったのではない。少しはあるかも知れないが・・・。

「うむ、大昔の孟子とかいう人の書に記載された戦略が成功する条件でな。天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」

 ゴウには余裕があった。

「俗に、天の時・地の利・人の和と言うのだ。機を見て、地の利を活かし、全員が一致団結して戦うことだな。その中でも、人の和が一番重要なんだぞ」

「西暦二千年前後で、軍隊として編成される以前の考え方だわ。でも・・・そうね。今の状況では必要な考え方なのかしら」

「そうなの?」

「いいわ、アキトの話題は戦闘の後にしましょう」

「う~ん・・・そうよね」

「史帆、作業中に悪いんだけどコーヒーを淹れてくれないかしら? 豆はアキトの部屋の冷蔵棚の”喫茶サラ”ブランドのコーヒー専用容器(完全気密容器)に入っているわ」

「ちょーっとぉ、待ったぁああーーー」

 流石にアキトが口を挟んだ。

 弁才天の琵琶の動きが微妙に変化し始めた。

「なんで知ってる? どうして知ってる? あれはオレんだぜ」

 澄まし顔で、風姫は跳ねるような声を出す。

「人の和の為に提供するのは、チームメンバー義務だわ」

「ありがとう、アキトくん。史帆さん、あたしにはミルクも入れて欲しいな」

 紅茶党の千沙が風姫の話の流れにのった。そうなると、アキトに否やはない。

「わかった。淹れてくる」

 史帆は素直に返答した。

『僕も飲みたいなぁ。史帆ちゃん、ブラックで持ってきてくれないかな?』

「うん、いいよ」

 史帆は明るい声で返事をした。

「史帆、オレもブラックだぜ」

「・・・ついでに」

 史帆は嫌そうな口調で了承した。

 弁才天の琵琶がTheWOCの人型兵器”バイオネッタ”のレーザービームをまともに受ける。琵琶を持つ弁才天の腕にかかった負荷の所為で、関節部が軽微な損傷をする。レーザービームの威力を逃がせなかったので、弁才天が態勢を崩す。

『さあさあアキト。集中だよ、集中』

 アキトに注意を促しながら、態勢を崩した弁才天を翔太は即座に立て直した。

 刹那でアキトは集中力を取り戻し、バイオネッタ大隊を迎え撃つ態勢を整えた。そして、自らの境遇に対して文句を吐く。

「・・・全くもって納得いかねぇーぜ」

「あ、あのゴウさんは?」

「うん?」

「コーヒーはブラックで・・・?」

「そうだな・・・俺は少しで構わんぞ。その代わりという訳でもないが、水を1杯頼もうかな」

 千沙の結界内の情報から、ゴウは長期戦を覚悟した。そこでコーヒーブレイクによる緊張感の緩和と、水分不足による血栓を防ぐためのオーダーを史帆に依頼したのだ。

「ハイ、分かりました」

 史帆の声色は、何故か輝いていた。その史帆の声色の変化に、いつもの千沙なら気づけるはずだった。しかし、バイオネッタ大隊の接近が、それを許さない。

「TheWOCバイオネッタが8隊に。それぞれ4機なの」

『どうするアキト』

「中央突破だ」

 バイオネッタ大隊を迎え撃つ弁才天の姿は、実に奇妙だった。

 5本の手からは太い糸が重力を無視して、うねうねと曲がっている。その糸の先には、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が繋がっている。2本の腕は、弓を持ち矢を番えている。それと、琵琶を持っている手が1本。

 2本の脚は膝を折り曲げて、正座で空を翔ているよう見える。その姿は可笑しくもあるが、膝から覗かせている砲身が、非常に凶悪であった。弁才天は、右脚にレーザービーム、左脚にレールガンを装備しているのだ。

 サムライとしては不思議な姿勢で、コウゲイシとしては奇抜なシルエットで、敵を無慈悲に葬り去る準備が完了していた。

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