第12章-4 結界攻防戦

 TheWOCの即応機動戦闘団には、移動司令部として機能する指揮専用オリビーが1台以上配備される。第1、3即応機動戦闘団には指揮専用オリビーが2台ずつ配備されている。それは、2個即応機動戦闘団を指揮するためだ。

 今、結界内に侵入したのは第4即応機動戦闘団で、指揮専用オリビーが1台のみである。第4即応機動戦闘団は、偵察機チェーロを全機撃墜されていた。この状況で指揮専用オリビーが破壊されれば、現場での指揮命令系統が完全に寸断される。

 逆に言うと、現状は指揮命令系統が寸断されていない。そう、まったくジャミングがされていないのだ。本隊とも通信衛星を介して連絡が取れるので、戦闘継続には支障ない。

 それでも、第4即応機動戦闘団の司令官”ガートルード・ベル・エリオン”少佐は表情を曇らせていた。彼女のヘーゼルの瞳は、大型3Dホログラムに釘付けになっている。3Dホログラムには第4即応機動戦闘団の配置が表示されているのだ。

 ボブカットにしたブルネットの髪を左手の指ですいたり、毛先を弄んだりしている。エリオン少佐が考えている時の癖である。彼女は民主主義国連合軍の参謀実務研修を修了していて、戦局に理論を求めるタイプなのだ。

「これは宜しくないですね」

 温和な口調だが、訝しげな声色でエリオン少佐は独り言を吐いた。

「一時撤退しますか?」

 傍らに控えている副官”ロジャー・ウォルコット・スペリー”少尉が尋ねた。

 彼は、良くも悪くも副官だった。上司に敬意を払い職務に実直、司令官の欲しいデータを予め準備しておく。しかし、戦場をデザインできないのだ。

 戦局を見極め、戦術を選択し、適時に適所へと手札の戦力を投入して勝利を手繰り寄せる。経験だけでなくセンスが要求されるが、スペリー少尉には双方とも欠けているのだ。

「それとも、防衛陣地を構築しますか?」

 質問内容からもスペリー少尉の経験とセンスの無さが窺える。

 偵察機全機を撃墜されたのは、捜索を継続する上で不十分であり、戦闘を受けて立つには不利である。しかし一時撤退したら、レーダーで捉えた敵の攻撃位置が意味を為さなくなる。撤退しながら移動する敵をレーダーで捕捉し続けることは不可能だ。

 敵の攻撃を防ぎながら防衛陣地を構築するとなると、第4即応機動戦闘団への損害がどのくらいになるか・・・。敵はTheWOCの偵察機が発見するより前に、長遠距離から全機を撃墜したのだ。

 それ以上にエリオン少佐の頭の中では、デスホワイトの情報が不気味に蠢いていた。TheWOCの3個分艦隊が、ルリタテハ王国の宇宙船1隻によって、1個分艦隊へと再編成を余儀なくされた。戦場で際立つ白い機体のサムライが確認され、尋常でない攻撃力で何隻もの宇宙戦艦を沈めたのだ。

 デスホワイトが戦場伝説でないのは周知の事実だが、白いサムライの姿が10年以上も戦場に現れていなかった。民主主義国連合ではパイロットが現役を引退したか、死亡したとの説が有力であった。

 戦場に、再び死の使者が舞い降りた。

 その使者は、以前の死神ではなく、デスホワイトの技術を受け継いだ別のパイロットだろう、とTheWOCでは推察している。

 その疑いが、さっきの攻撃で確信に変わった。

 エリオン少佐は、デスホワイトの後継パイロットが最低3名以上いるとして対処せねばならない、と決心する。

「ミサイル発射位置へ戦闘団の全戦力であたります。ただし、フォーメーション”2A”陣形で防御優先。第3即応機動戦闘団との合流まで敵を釘付けにします。今回の敵には、巧遅こそ効果的であり、勝利の近道になります」

 司令官の言葉に、第4即応機動戦闘団の指揮専用オリビー内の全将兵が、素早く指示に従った。次にレーダー索敵オペレーターとデータ分析官を統括する情報統括長”ロナルド・ロス”中尉へと指示を飛ばす。

「ロス中尉、他の2ヶ所の敵を絶対ロストせぬように注力しなさい」

「アイマム」

 ロス中尉は最低限の返答のみだった。

 彼が無口な訳ではなく、すでに口を開く余裕がなくなっていたのだ。

 レーザービームとレールガンを放った敵をロストしそうになっている。かたや渓谷の間、かたや森の中、縦横無尽に移動する敵を追跡するのは難しい。

 敵を過小評価するのは愚の骨頂だが、過大評価は勝機を逃す。TheWOCの第4即応機動戦闘団は、お宝屋の策略に嵌まっていたのだ。


 情報統括長のロス中尉は、様々なデータから次々と情報を整理整頓していった。情報統括長として余計な感情を排し、客観的な情報を積み上げていく。彼に司令官としての素質があれば、1番冷静な戦局判断できる立場にある。

 ただ戦術眼がないため、司令官エリオン少佐の額から滲み出る汗の理由を共有できないでいた。

 TheWOCの即応機動戦闘団が1隻を相手にする戦訓は存在しても、1機を相手にする戦訓なんて存在しない。たった1機のサムライの相手など作戦や戦術を検討するまでもなく、1個即応機動戦闘団の数の力で一気に撃破できる。その疑いようもなかった常識が、エリオン少佐の中で音を立てて崩れ落ちていた。

 まず第4即応機動戦闘団は、フォーメーション”2A”陣形で防御を固めながら接近し、攻撃のチャンスながら窺った。そして、数の暴力で押し潰せると確信する陣取りが完成した直後、一気呵成の総攻撃に仕掛けた。

 カヴァリエーレ2個小隊16機が2手に分かれ、十字砲火の要領で攻撃するのだ。攻撃パターンは、遠距離からレーザービームで、近距離になると誘導ミサイルで攻撃する。そして空中を飛翔しているサムライの上を1個小隊が、もう1個小隊が下を最高速度で駆け抜ける。

 バイオネッタ大隊32機が敵に纏わりつくよう陣取りし、1編隊4機が上下前後左右から次々と接近戦を仕掛ける。接近戦を仕掛けていないバイオネッタはフレンドリーファイアに気を付けながら、レーザービームで敵の行動を制限しつつ削るのだ。

 カヴァリエーレとバイオネッタが戦闘している間に、機動歩兵科は地上から地上設置型レールガンを準備する。2名1組で行動し、1組当たり4ヶ所、合計400ヶ所に設置するのだ。

 この数の暴力を高効率で敵に叩きつける攻撃が、全く機能しなかった。

 カヴァリエーレのスコープで視認できる距離にルリタテハ王国軍のサムライを捉えた刹那、パイロットは一様に驚きを隠せなかった。新型と思われるサムライは8本腕の異様な姿だった。

 TheWOCは、たった1機の弁才天を相手するのに、即応機動戦闘団の全戦力を投入したのだ。

『なんなんだ・・・』

『あれは・・・ルリタテハのサムライ・・・?』

『知らんぞな』

『サムライはサムライだろ』

 無線から無秩序な音声が流れた。どの声色にも、驚愕の色はあっても恐怖の色はない。自分たちが死ぬとは、微塵も想像していないのだ。

『ガタつくなっ!』

 カヴァリエーレ2個小隊の隊長2人の内、先任将校にあたるブーニン大尉が一喝すると、無駄口を叩くパイロットはいなくなった。

『タイミング合わせぇー』

 カヴァリエーレのレーザービームの有効射程まで数秒の距離になり、ブーニン大尉がカウントを始める。

『・・・スリー』

 弁才天の持つ羂索は、青/黄/赤/白/黒の五色の糸を縒り合わせ縄状としている。ただ、新開グループ製のコウゲイシ”弁才天”が持っている羂索は、五色の無限可変式合金で作成されているのだ。合金にはミスリルとヒヒイロカネが大量に使用されていて、羂索1つで小型の恒星間宇宙船が購入できるぐらいなのだ。

 羂索が色毎に5本の無限可変式合金へと分割される。それぞれの無限可変式合金の先端に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が繋がる。羂索を持っている左側の手から、5臂が無限可変式合金の終端を掴む。そして、何故か空いた手を背中に回したのだ。

 TheWOCの一斉射撃開始まで、弁才天が攻撃するのを禁止されている訳でない。翔太は先制攻撃する予定であり、予定通りブーニン大尉のカウント終了前に弁才天が攻撃を始める。

 弁才天の右下から迫るカヴァリエーレ小隊に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪が襲い掛かる。

 8臂を持つ弁才天の攻撃は、無論それだけでない。

『ツー、ワン、ファイア』

 弁才天の左上から突撃するカヴァリエーレ小隊へは、3本の矢型誘導ミサイルが弓より発射された。ブーニン大尉のファイアの台詞が言い終わる時点で、カヴァリエーレは5機が撃墜されたのだ。そのうち1機は誘導ミサイルによるもので、辛うじて回避運動していたカヴァリエーレ2機も誘導ミサイルによって、すぐに撃墜マークへと変換されたのだった。

 ブーニン大尉のファイアの台詞が言い終わってから2秒ほどで、カヴァリエーレ2個小隊16機は9機となったのだ。

 カヴァリエーレ2個小隊の放ったレーザービームの十字砲火は、弁才天の一瞬前の姿を貫いていた。

 2次元なら2方向からの十字砲火が有効だが、弁才天がいるのは空中なのだ。精確なレーザービームの一斉射撃は、タイミングさえ計れれば簡単に躱されてしまう。空中という3次元が戦闘場所ならば、せめて3方向から一斉射撃すべきだったのだ。

 しかし、カヴァリエーレは空中で停止もできるが、本質は戦闘機である。戦闘機としての速度・・・突進力を活かすためには、3次元の戦闘は難しい。宇宙を活動場所として開発されているサムライ・・・弁才天はコウゲイシだが・・・は、上下前後左右関係なく機動が可能なのだ。

「カヴァリエーレ2個小隊が敵サムライと交錯。全機離脱。続いてバイオネッタ大隊が交戦に入ります」

 指揮専用オリビーにいるスペリー少尉が、司令官に状況報告と必要な情報を告げる。

 カヴァリエーレは弁才天へ少しでもダメージを与えるため、レーザービームを連射モードに変更していた。弁才天を屠るに充分な時間、レーザービームを命中させるのは無理と判断したようだ。

 連射モードに変更したのは成功だった。弁才天に命中したのだから・・・。正確には、弁才天が持つ琵琶にだが・・・。

 弁才天は左側の腕を背中へと回し琵琶を握った。その琵琶にはヒヒイロカネ合金が潤沢に使用されていて、斥力でレーザービームを逸らし、威力を減じていた。

 弁才天の重要な箇所は、分厚いヒヒイロカネ合金装甲に護られている。そのため、琵琶の盾を抜けたレーザービームもあったが、弁才天の継戦能力に影響を与える程でなかった。3本の矢型誘導ミサイルを弓に番え、離れていくカヴァリエーレへと向け発射する。

 3機のカヴァリエーレは爆炎と共に、惑星ヒメジャノメの地へと墜落していく。

 無限可変式合金の最大距離の半分の位置に、刀/矛/斧/長杵/鉄輪を空中に展開する。

「バイオネッタ大隊32・・・27機が交戦開始。離脱したカヴァリエーレで戦闘継続可能なのは6機」

 必要な情報であるが、本音のところエリオン少佐は、欲しくも知りたくもないだろう。

 そこにロス中尉が、エリオン少佐の欲しくも知りたくもない情報を重ねる。

「敵の位置をロスト」

「・・・1つですか?」

 エリオン少佐が冷静を装って報告を求めた。

「いえ、2つともです」

 冷静な声色になりそうもなかったのでエリオン少佐は、ロス中尉に返事はしなかった。口を開いたら罵詈雑言が出ていただろう。彼女は、いつでも沈着冷静、苛烈で勇猛果敢だが、品のある司令官というブランド維持を優先した。

 弁才天を操縦する翔太の実力をエリオン少佐は高く評価した。

「どうやら敵のパイロットの実力は、デスホワイトに匹敵するのでしょう」

 翔太がデスホワイトこと現ロボ神”ジン”の指導を受けたのは1日に満たない。そして、どんな戦闘シチュエーションでも翔太はジンの足下にも及ばない。ジンが活躍していた時を知らないエリオン少佐が、翔太の実力を測れるはずないのだ。

「1個即応機動戦闘団だけで、無理に戦線を維持すべき時ではないです」

 無理にでも維持すれば、結界からの脱出路を確保できたのだが・・・。

 それに、弁才天のパイロット・・・翔太の実力評価が高すぎた。翔太は、1人で戦っている訳ではない。

「バイオネッタとカヴァリエーレは本司令部の上空まで転進せよ。機動歩兵科は移動を中止し、レールガンの設置を急げ」

 迎撃態勢を整えるための命令だったが、結果として翔太に挟撃を許してしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る