第11章-4 日常時々トレジャーハンティング

「ひゃあぁあぁああ・・・」

 宝船のオペレーションルームに史帆の悲鳴が響いた。

 史帆がエラブウミヘビの亜種に咬まれた翌日。

 ゴウたちが今日のトレジャーハンティングの計画を再確認するためオペレーションルームに入ってきた時、彼女は運悪く扉の近くにいた。扉が開いた瞬間、ゴウとバッタリ鉢合わせになったのだ。

 史帆は真っ赤になり、両手で顔を隠し蹲る。

 昨日はゴウに太腿を吸われ、お姫様抱っこで簡易メディカロイドまで運ばれたのだ。

 悲鳴を聞きつた風姫は、オペレーションルームのメインディスプレイ前から素早く史帆の傍まできた。そして、彼女の肩に手を置き、落ち着かせようと声をかける。

「大丈夫?」

 蹲ったまま史帆は肯いたが、立ち上がったのはゴウと遭遇して、1分以上が経過してからだった。下を向いたまま深呼吸を繰り返し、漸く落ち着いてきたらしく呟くような小さな声でゴウに謝罪する。

「ごっ、ごめんなさぃぃ・・・」

 言葉の最後の方は、隣にいた風姫でさえ殆ど聞き取れなかった。史帆の頬は未だ朱に染まり、顔を上げられないでいる。

 ゴウはオペレーションルームに踏み入れ史帆の肩をポンと軽く叩き、大型メインディスプレイに向かう途中で背中越しに声をかける。

「うむ、大丈夫だ。俺は全く気にしてないぞ。慣れてるからな」

 悲しい内容をサラリと口にしたゴウに、弟妹が2人してツッコむ。

「そうそう。でもさ、ゴウにぃ。最後のセリフは必要ないよね」

「う~ん・・・妹としてはね。女性に好かれる兄が良いかなぁあ」

「諦めろ。女にモテる為に俺自身を変える気は、更々ないぞ」

「知ってる知ってる」

「少しは気にして欲しいのっ!」

 千沙は真剣な表情で、ゴウの台詞を責め立てた。しかしゴウの心と肉体は、微動だにしない。

「会った時から、ゴウは全くブレてねぇーのな。ある意味スゴイぜ。尊敬はしないけどな」

「女は現実的なのよ。あまり夢を見ていると、結婚なんてできないわ」

 船長席まで歩を進めたゴウは足を止め、振り向いて風姫に答える。

「ん? ありのままの俺に惚れて欲しいと夢見るほど、現実が見えてない訳ではない。それにな・・・俺は結婚よりも、お宝屋としてトレジャーハンティングを続ける道を歩むぞ」

「言い訳かしら? それとも自虐?」

 風姫の揶揄を無視し、ゴウはアキトに視線を合わせてから力強く宣言する。

「それが、俺の生き様だ。一緒に旅ができない相手は、寧ろ邪魔な存在だと言っても過言ではない。なあ、アキト?」

「何故そこでオレに振るのか分かんねぇーけど、ゴウの生き様は否定しない。ゴウの人生はゴウのものだし、オレの人生はオレのもんだ。だからオレの生き様は、オレが自分で決める。結論として、お宝屋に戻る気はない。ゴウの生き様は、オレの趣味じゃねぇーぜ」

 アキトの台詞の途中で、ゴウは史帆に視線を向け声をかける。

「痺れや痛みはないか?」

「はい・・・。それと、昨日はありがとうございました」

 最後は消え入るような声だったが、史帆はゴウにしっかりと謝意を伝えた。

「感謝を言葉にするのは重要だが、過剰に畏まる必要はないぞ。俺たちはチームお宝屋だ」

 マイペースかつ、自分に都合の良くない話題には興味を示さないないゴウの態度にイラつき、アキトは即座に反論する。

「違う。オレはお宝屋じゃない」

 アキトの言葉を無視して、ゴウは話を続ける。

「チーム内で助け合うのは当然で、リーダーが先頭に立ってチームメンバーを導くのは当然のこと」

 オレは、お宝屋のメンバーじゃない。

「前提が間違っていぜ、ゴウ」

「大船に乗ったつもりで・・・」

「あれあれ、ゴウ兄。そこは宝船だよね」

「うむ。宝船ならば決して沈まぬ」

「この宝船、以前の船とは別じゃないかしら」

「前の宝船は寿命を迎えたのだ。断じて沈没したのではない」

「後10年は、船体寿命があったはずだぜ」

「いやいや、寿命だったのさ、アキト。船体ではなく性能的な方のね」

「翔太の言う通りだ。何せ新造宝船は、レーザービームを8門装備したんだぞ」

「それにね、2種類のミサイルを搭載したの。あたしは反対したのに・・・」

「一体何処を目指してんだか・・・」

「お宝屋って、本当にトレジャーハンティングユニットなのかしら? 普通の船にはレーザービーム砲なんて必要ないわ」

「トレジャーハンティングユニットさ」

「トレジャーハンティングユニットだよ~」

「トレジャーハンティングユニットだぞ」

「ホントは宇宙劇団お宝屋だろ。オペレーションルームに舞台装置があんだからな」

「なるほど、アキトの言う通りだわ」

「まあ、いいや。そろそろトレジャーハンティングユニットらしいことしようぜ」

 時間は有限。

 命の危機が迫りつつある中、リスクの最小化して生存確率を向上させる措置をとる。

「うむ、そうだな。今日は俺と翔太、アキトの3人だけで行く。後のメンバーは留守番だ」

「私は行くわ」

 風姫の同行は許可できないと、ゴウ達お宝屋とオレで昨日の内に合意していた。そして、風姫の同行を拒否する理由は、新開グループの機密事項に抵触するため絶対に明かせない。要は同行させない理由をでっち上げるなり、自ら辞退するように誘導しなければならない。

 アキトは風姫に疑問を投げかける方法で、同行させない流れに話を持っていこうとする。

「史帆を置いてか?」

「数日は、メディカロイドですぐに治療できる場所にいた方が良いと思うな。あたしがメディカロイドの操作をするとして、介助要員として、もう1人は必要なの」

 アキトの意図を理解している千沙が、援護の意見を述べた。

「そうそう。惑星ヒメジャノメでの第一回女子会と洒落こんだらどうかな? たまにはスペースアンダーから華やかな服にでも着替えてさ」

「千沙と史帆とヘルの3人が留守番だと、なんとなく不安にならねぇーか?」

 風姫の顔に憂いの表情が浮かんだ。何がとはハッキリしてないが、やはり不安になったようだ。千沙さえいれば史帆と宝船の安全と言っていい。風姫がいても、ハッキリ言って女子会メンバーとしての役割しかない。

「風姫、史帆、千沙は留守番だ。これはトレジャーハンティングユニットお宝屋のリーダーとして俺が決定した」

 ゴウの台詞に1ヶ所だけ異議を唱えたかった。だが、折角まとまった結論をひっくり返す訳にもいかず、アキトは黙ることにした。

 いつものアキトなら、お宝屋のメンバーじゃないと声を大にして主張するとこだった。


「さて、結界を張るぞ」

「張るのはオレだけどな」

 警戒網から約100キロメートル、宝船から約350キロメートル離れた地点。そこの小高い岩山にアキト、ゴウ、翔太が立っていた。

「いやいや、僕とゴウ兄の協力なしではできないよね」

「協力といっても、荷物運びだけだろ」

「それは、十分に協力してるってことさ」

「そうだともっ! しかも、トレジャーハンター2名が護衛までしてるのだぞ」

 両腕を組み少しだけ背を逸らした尊大な態度と、偉そうな口振りでゴウは言い切った。

「なあ。結界はオレの為じゃなく、全員の為だよな? なんでオレが感謝しなきゃいけねぇー流れなんだ? 逆だぜ」

「結界を張る提案をしたのはアキトだぞ」

「そうそう。それにトレジャーハンターハンティングユニットお宝屋が協力するんだよ。それなのに感謝の気持ちを表すのに言葉だけで済むのは、普通じゃあり得ないね。それもこれもアキトと僕が永遠の友だからさ」

 議論にならない議論をするなんて、時間が勿体ないだけだな。今日中に結界を張って、明日からはトレジャーハンティングに専念したい。

 昨日ゴウが風姫と戦い勝った。暫くはゴウからの圧力に屈して、風姫はワガママを言えないはずだ。圧力が効いているうちに思う存分トレジャーハンティングを愉しみたいぜ

 その為に、対TheWOC用の結界を張り巡らせ、安全を確保するのが喫緊の課題なんだからな。

 昨日、ゴウと風姫が戻ってくる前に、警戒エリアの索敵システムのレーダー装置に反応があった。

 少なくとも大気圏突入艦船が2隻。

 ルリタテハ王国船籍だる識別コードを発していなかったことから、TheWOCの所属の艦船と断定できる。ここはルリタテハ王国領であり、船籍を明らかにするため、ルリタテハ王国の識別コードを発する義務がある。

 他国の船であっても、ルリタテハ王国に許可された識別コードを発していなければならない。そうでなければ、問答無用で撃沈されても文句を言えない。

 つまり、惑星ヒメジャノメで識別コードを発していない船は敵である。

「翔太。ここは寿老人にすんぜ。防御優先設定な」

「了解だよ、アキト」

 翔太は寿老人ロボに乗り込み、岩場の陰に隠す。隠しきれていない部分は、防御用の盾にもなる宝船の帆で護るように設置する。

 防御優先でも攻撃も必要である。大気圏内では宇宙空間と比べレーザービームの減衰が激しいので主武装はレールガンにした。宝船のマストに弾倉を装備し長距離レールガンとする。

「ゴウは索敵レーダーの設置を」

「ふっはっはっははーーー、任せろアキト」

 トウカイキジの格納庫からトライアングル”カミカゼ”が顕れゴウの許へと向かう。カミカゼの3枚のオリハルコンボード上に4台の小型機器が載っている。12台1セットのレーダー装置で、寿老人とレーダー警戒網にデータリンクするようになっている。

 アキトたちは森や渓谷、岩場など、七福神ロボを隠せそうな7ヶ所に同じように設置したのだ。最後は、七福神ロボの中央付近にワープエンジンから取り出したミスリルを設置し、アキトお手製の装置を取り付けたのだった。

 結界を張り終えたのは、日が沈んでから2時間経っていた。

「これで明日からトレジャーハンティングができるぜ」

「うむ。良くやったぞ、アキト」

 アキトは結界を張る作業で疲弊していた。その体にゴウとの会話による疲労を重ねたくなかったので、アキトは労いの言葉に対して無言を貫いたのだった。


 結界を張った翌日から2週間に亘って、ゴウと翔太は惑星ヒメジャノメの生態を調査している。レーダー警戒網内の山、谷、森、川、砂地、岩場、草原などでモニタリング端末を設置してはデータ収集に勤しんでいた。

 ゴウ達がトレジャーハンティングしているにもかかわらず、アキトは宝船から一歩も外に出ていなかった。

 そんな平穏な日々をアキト達は過ごしていた。


 ヘル以外のメンバーが、宝船のダイニングで夕食を囲んでいた時・・・。

「アキトはご飯? それともパン?」

 夕飯のメインは、ゴウが捌き燻製した猪肉だった。

「パンで」

 キッチンへと姿を消した千沙は、手ずから皿に3個載せたロールパンを持ってきて、アキトの前に置いた。

 燻製肉は2週間で熟成が進み、まろやかな辛みに落ち着いていた。それを野菜と共にパンに挟んで食べると凄く美味しいのだ。その他にダイニングテーブルには、様々な副菜とスープが並んでいる。

 限定人工知能搭載の調理機器”クックシス”が、個人の栄養バランスと味の嗜好を考慮してメニューを決定し料理する。宇宙旅行で健康を維持するにはクックシスに全てを任せるのが安全安心である。しかし、お宝屋はメインを自分たちで用意することに拘っている。

 今回メインはゴウが用意し、スープは千沙が料理した。

「じゃあ~、おにぎりは2個で良い?」

 このところ、アキトは殆どの時間を格納庫で作業している。千沙はアキトに夜食の提案をしたのだ。

「ああ」

「う~ん、具は何かリクエストあるの?」

「千沙のセンスに任せる」

「そうだなぁ~・・・サケとワカメの混ぜおにぎりにするね」

 千沙のセンスと好意に、アキトは素直に感謝を口にする。

「悪いな。頼むぜ」

 そんなアキトと千沙の様子を、ゴウと翔太、風姫は全く気にしていなかった。ただ史帆は衝撃を受けたようで、思わず風姫に囁く。

「夫婦みたい・・・」

 史帆の囁いた内容を風姫は理解できず質問を返す。

「えーっと、どういうとこがかしら?」

「千沙が甲斐甲斐しい」

「侍女の役目だわ」

「アキトの声が優しい」

「厳しい主の許では侍従や侍女も長続きしないし、過大なストレスは健康の敵だわ」

 風姫は王女であり、世間一般の夫婦を知らない。それはアキトも同様で、今の千沙との雰囲気が夫婦のように見えるのは想像の埒外であった。

「カゼヒメ」

 風姫の勘違いの核心を突く言葉を継いで、優しく声色で伝える。

「千沙はアキトに雇われてない」

 頭脳明晰な風姫は言葉の意味を理解したが、納得はいってないようであった。

 育った環境の所為もある。しかし、風姫の心が納得を拒否しているのだ。


 ヘルがメディカロイドの近くにいる時・・・。

「さあぁあああ、ラマクリシュナンよ。我輩に貴様の知識の全てを捧げるのっだぁああああ」

『ワシは、全ての質問に正直答えてる。これ以上ワシに何を求める。助手をしたくとも、体は未だ動かせぬ』

「チップディメモーリアの制限を解放するぐらいなら大丈夫だろう?」

『なっ、なんだと・・・。それは、人道的にもとる行為だ。ヘル、ワシらは科学者である前に人間である』

 チップディメモーリアは、TheWOCが開発した脳内に埋めこみ式の記憶チップのことである。記憶チップは膨大なデータ容量を誇り、実験の生データ等を保管し、いつでも検証できる。TheWOCの研究者は必ずチップディメモーリアを脳内に埋め込んでいる。

 埋め込んだ脳を介してしかデータは取り出せない仕様なので、セキュリティーは万全である。逆にいうと、大量のデータ読み出しや書き込みすると脳への負担が大きすぎ、最悪廃人となる。チップディメモーリアの制限を解放とは、無制限にデータへのアクセスを許可することなのだ。

「我輩を、宇宙の果てへと追放した人間の言葉とは思えんなぁあーーーー」

『あれはワシの意思ではない。TheWOCの企業論理の決定であって・・・』

「我輩が実行犯にかける情けなぞあると思うかぁあ? それは期待せぬことだなぁあああ。しかぁーし、考える時間ぐらいは与えてやろうか。ちょうど腹が空いたからなぁあ。我輩が食事を終えるまで考えていればよい」

 ヘルはコネクト経由でクックシスに、お薦め定食をオーダーした。

 お薦め定食のメニューは、今ある食材と食事履歴から栄養のバランスを考慮して決定される。しかも飽きが来ないようメニューも工夫されている。

 食事を単なる活動エナジーと考えているマッドサイエンティストのヘルにとって、クックシスは素晴らしい機械である。

『短すぎる』

「熟慮したからといって、結論は2つに1つだぞぉおー。解放するか、解放しないかだ」

 ヘルは、愉悦に塗れた実にマッドな表情で話を続ける。

「そうだぁあああーーー。飯はここで食べよう。さすれば我輩に問いたいことを訊けるだろう?」

 食事の配送配膳まで完備した宝船は、ヘルの研究室としてお誂え向きであった。

「我輩、なんて紳士な科学者かぁあああ」

 紳士な科学者は、脳に埋め込んでいる記憶装置から脅してデータを取り出したりはしない。ヘルの自分基準の紳士さとは、選択肢があるというだけで満たされる条件なのだ。

『断ったら?』

「宇宙へ追放」

『受諾したら?』

「我輩の終身助手にしてやろう。待遇としては・・・そうだなぁあああ、睡眠以外で1日1時間の休憩も保証する。無論、飯の時間は休憩時間に済ますのだぞぉおおおおーーー」

 人類の活動範囲が地球だけで、空も飛べなかった時代に存在した奴隷以下の待遇だ。しかもヘルは本気で、正直に語っている。質が悪すぎる。

 断ったら生存確率はゼロになる。

 生き残るには受諾するしかない。

 しかし受諾しても、データアクセスにより脳が破壊される可能性があり、脳が破壊されなくとも地獄の生活が保証されていた。

 ラマクリシュナンは脱走を決意したのだった。

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