第6章ー2 時空境界突破。交渉。そして冒険

 アキトが6時間の睡眠から目覚め、状況を理解するまで30分以上かかった。

 起き抜けで、30分もの間ボーっとしていた訳ではない。風呂に入ったりとノンビリ身だしなみを整えていた訳でもない。

 風姫から事情を訊きだすのに、30分もかかっただのだ。

 覚醒してすぐに、アキトはコンバットオペレーションルームへと疾走した。中に入ると風姫と史帆がドレスアップした姿で、優雅なティータイムを楽しんでいた。

 コンバットオペレーションルームのメインディスプレイには、白い装甲のラセンが美しい機動を描いている。

 だが、メインディスプレイに映っているのはラセンだけではなかった。

 両手に轟雷を持ったラセン・・・デスホワイトの相手は弁財天であった。弁才天の8本腕の手には弓、矢、刀、矛、斧、長杵、鉄輪、羂索が握られている。その2機の模擬戦闘の様子はメインディスプレイに、被弾などの戦闘データはサブディスプレイに映し出されていた。

 華やいでいる風姫たちの姿とメインディスプレイの戦闘映像、サブディスプレイの戦闘データ。その、どうにもシュールな絵面に、膝の力が抜けそうになる。

 オレはコンバットオペレーションルームに一瞥した。

 すると宝船の方は、船の限界に絶賛挑戦中のようだった。サブディスプレイに旧宝船では不可能な航跡が描かれている。著しく宝船の性能が向上しているのが分かる。

 しかし性能の向上以上に、操縦士の腕が尋常じゃない。

 弁才天は翔太でないと、まず操縦不可能な武装を装備している。それに機動の描き方に翔太のクセがでている上、反応速度が常軌を逸している。

 ならば、宝船の操縦士は1人だけに絞られるな。

「風姫、宝船のパイロットは誰なんだ?」

 オレは確認のため風姫に質問し、その答えを受けての再質問のシミュレーションまで、頭で実施済みだった。

「ようやく、お目覚めのようね。まずは挨拶じゃないかしら?」

 予想外の返答に、反応が一拍遅れる。

「・・・おはよう」

 確かにそうだが、そうなのだが・・・。

 それなら風姫から挨拶すればイイんじぇねーかな?

 そうなれば、オレも挨拶を返したぜ。

「おはよ」

 志帆が小声で挨拶したあとに、風姫は教師が生徒に挨拶するかのような口調で挨拶する。

「はい、おはよう」

 そして風姫は、優しくも可憐な微笑みを浮かべた。

 気の所為か、風姫が輝いて見える。その輝きに当てられ、周囲の空間までもが光を放っているようだ。

 そう、風姫はオレ好みの美少女で、性格以外にケチのつけようがない。

 ドレスアップしているというのも関係しているかもしれない。心身ともに消耗していたから、笑顔で癒されているのかも・・・。

「何なんだ、あれは?」

 どうやら、オレは回復しきれていなかったようだ。特に頭脳に疲労が残っているのを理解した。

 オレの指差した方を、風姫と史帆が一瞥する。

「私の手作りだわ。志帆に教えて貰いながら設定してみたのよ。どうかしら?」

 ホント、性格にはケチがついてんぜ。

「そこを問題にはしてねーぜ。分かっててトボケてんだろっ」

「問題は何もないわ」

 ああ、風姫は今も平常運転だ・・・。

 史帆に抗議の視線を向け、問い質す。

「それとな。テメーも、なに当然のように手伝ってんだ」

「アキトの顔、面白かった」

 笑いを堪えきれず、史帆は吹きだし体をくの字に曲げた。

 アキトが史帆の笑い声を聞いたのは始めてだった。

 ようやく衝動が収まり、顔を上げた史帆の目尻には涙が浮かんでいた。

 そこまでオレの表情が可笑しかったってか? まったく冗談じゃないぜ。

「・・・やって良かった」

 アキトは憮然として言い返す。

「そこは顔じゃなく、表情というべきだぜ・・・。それにしてもよ。史帆も笑うんだな」

「あたりまえ」

「女の子に対して失礼すぎるわ、アキト。史帆は明るい子なのよ。少し人見知りなのと・・・アキトが、ちょーっと苦手なだけだわ。それに、結構お喋りなのよ」

「お喋りだってぇ? 史帆がぁ?」

「好きな事とか、女子の間で人気の、わ・だ・い、だわ」

「たとえば?」

「史帆。この設定を説明してくれないかしら?」

 風姫とアキトが同時に史帆の顔を見た。

 淡々とした口調だが、得意気な表情で史帆は話始める。

「部屋の照明システムに5ヶ所、光のスポットを設置した。ロイヤルリングと顔認識で、コンバットオペレーションルームの好きな時、好きな場所で、カゼヒメの意志で顔を照らし出せる。突然に光を強くしたりすると、気づかれる。だから人の目で認識できない速度で、ゆっくりと光度を調整する。この設定のポイントは、人を明るくするだけだと気づかれ易いから、周囲を少し暗くする。あと、淡い光になるよう天井、壁、床の光度をカゼヒメの動きに合わせて自動調整している」

 史帆から視線を風姫に戻し、気のない口調で返答する。

「そうか、なるほどな。これが女子の間で人気の話題なんだ」

「違うわよ。これは、史帆の好きな話題だわっ!」

「じゃあ、女子の間の人気の話題ってのは?」

「お宝屋のような舞台装置は無粋の極み。素材勝負なら負けないから、露骨に厚化粧するより薄化粧で完勝してみせるわって・・・」

「宝船のパイロットは彩香だわ」

 風姫は史帆の声を遮るように、早口でアキトの知りたい情報を突然提供してきた。

「ああ、だからか・・・」

 ホント、信じらんねー能力を持つヤツらだぜ。アンドロイドだからか? それとも生前の能力か?

 んん?? なんか奇妙な感じがするぜ。

「・・・そういや、なんでカゼヒメなんだ?」

「いえ・・・あの・・・お嬢様ではなく、風姫と呼ぶようにって言われたんだけど・・・。それは、あの、ちょっと・・・っていうか、王女に対して絶対にムリ。だから、カゼヒメなら・・・」

 ルリタテハ王位継承順位第八位は、お友達が欲しいようだ。

 あの性格の所為で友達がいないのか? 友達がいなかったから、あの性格になったのか? 一番大きい汚染源は、ジンだろうけどな。

「ああ、もういいぜ、史帆。背景は大体理解した」

 オレの事は苦手か・・・。まあ、そうだろうな。

「テメーはカゼヒメ、オレは風姫って呼べばいいんだろ。なあ、風姫?」

「それでいいわ」

 オレは2人のいるテーブルの席に腰かけ、ロイヤルリングでコーヒーを注文する。もちろんヒメシロで手に入れた、喫茶サラで焙煎された香り高い一品をだ

「それで・・・ああああ」

 ロイヤルリングから伝わる給仕ロボのメニューに喫茶サラのコーヒー豆が無くなっていた。

 テーブルのティーカップからは、芳醇な香りが漂ってきた。まさに喫茶サラのコーヒー豆の香りだった。

「テメーら、そのコーヒーは」

「本当にこのコーヒーは美味しいわ。そんな顔で、睨まないでくれないかしら?」

 オレは風姫の眼に、顔を近づける。

「分かったわ。コーヒーポットは空だから、私のをあげるわ」

 風姫は手を触れずに、コーヒーカップをテーブルの上を滑らせ、オレの席の前へと置いた。

 相変わらず風姫の重力制御は精密で凄いぜ。口には出さねぇーけどな。

「そろそろ、情報共有を始めるぜ」

 現状説明の間、半分以上が雑談だった。

 それでも、把握できたぜ。

「ああ、よぉーーく、現状は理解できたぜ。はあぁーあ。良くもまあ・・・次から次へと周りを巻き込んでくな」

 まったく、ため息しかでねぇーぜ。

「それで? オレらは何時から宝船を訪問できんだ?」

「5時間連続戦闘訓練が、あと1時間で終了するわ。2時間後ぐらいかしら」

 地獄の5時間連続戦闘訓練か・・・。

 翔太も災難だな。

「うん・・・、そんなら1時間後に訪問できんじゃねーのか?」

「私と史帆の着替えがあるのよ。スペースアンダーを身につける必要があるわ」

 彩香に手伝って貰わないと着替えられないなら、ドレス姿になんてなるなよなぁあーーー。

 まったく、今日一番の残念情報だぜ。

 オレは心の叫びを音声にするような失敗、何度も重ねたりしない。今はコーヒーの香りと味を、ゆっくり愉しみたい。喫茶サラの最後のコーヒーと共に吹き飛ばされるのは、是非とも遠慮したい。


 ジンと彩香がユキヒョウに戻ってから1時間。

 アキトと風姫、史帆が見学のため宝船に赴く。

 ヘルはジン、彩香と共に宝船へと乗船したのだが、ユキヒョウには戻っていない。ヘルが一悶着起こしたのだ。

「ジン、契約は24時間だ」

 ゴウの宣言にヘルが反発する。

「知識欲がぁあ、好奇心がぁあ、そして研究者魂が満足するまではぁあああ、我輩が宝船から降りることはないと知れぇえええええええーーーーー」

 ヘルは『技術革新が』、『人類の未来が』、『馬鹿者が』とか、暴言を吐き続けている。

 ジンとゴウの間で、即座に話がまとまった。

「コイツが、それ以上滞在したら外に放り出すぞ」

「うむ、我の一存で許可しよう」

 そう、2人が相手にしなかったからだ。

 ジンは約束の24時間に達し、宇宙空間に放り出される前にヘルを回収するつもりでいる。流石に生身で放り出すような真似はしないだろう。しかし、スペースアンターとクールメットだけで放り出された場合、心身に影響がでるかもしれない。

 肉体はどうでも良い。

 ヘルの頭脳と研究成果が、オセロット王国には必要なのだ。

 サイエンティストとしてのヘルを欲しているが故、マッドな性格は我がコントロールしかない。何せヘルは、己が命を燃焼させてでも世界の真理を探求する求道者なのだ。余人ではコントロールが難しいであろうな。

 しかし、我であれば可能だ。

 ルリタテハ王家の繁栄、ひいてはルリタテハ王国の繁栄のために、ヘルの能力を活用する。

 その為、美味しい餌を用意すべきだな。

 無論、用意できるとも。

 交渉準備は調えてある。

「彩香、ユキヒョウの警戒システムは任せる」

「承知しました。ジン様」

「我は4時間ぐらい、通信ルームにこもるだろうな」

 通信ルームはスターライトルームの2階層下にあり、我だけの専用秘匿回線が引いてある。

 通信中にアキトがスターライトルームにいた時、ジンは巧く対処し誤魔化せたと考えていた。しかしアキトは、既に時空境界突破装置による星系間通信の仕組みを知っていたのだ。

 星系間通信装置のトップメーカー”空中人”は、新技術開発研究グループの持株会社”新技術開発研究統括株式会社”の100%子会社である。

 つまり新開一族が創業家として支配している会社なのだ。

 そしてアキトは、新技術開発研究統括株式会社の会長の曾孫。

 そう考えると、時空境界突破装置を知っていたとしても、おかしくない。事実知っていたのだ。

 我がスターライトルームに入る前に、アキトは時空境界の顕現を見ていた。そしてユキヒョウが、星系間通信可能であると理解していたのだ。

「交渉開始は約2時間後。交渉中と前後の1時間は、宝船に時空境界の顕現を観測されぬようにするのだ」

 アキトがセンプウの背中に装備した高出力高機能の移動式通信装置は、時空境界の突破にも耐え得る。

 ルリタテハ王国軍は、10隻程度の分艦隊に1隻の割合で、時空境界突破装置と移動式通信装置を配備している。しかし、300メートル級の恒星間宇宙船に配備するなど、正気の沙汰でない。

 なぜなら、時空境界を顕現させるとは、時空と時空を繋ぐことである。その為に、膨大な量のミスリル合金を使用して超重力を発生させるのだ。

 時空境界は超重力により顕現している。

 突破するには、ダークエナジーを蓄積できるヒヒイロカネ合金の装甲が最適とされている。ユキヒョウの斥力装甲ですら荷が重すぎる。

 そしてヒヒイロカネ合金は、オセロット王国の技術でも安定供給には程遠い状況にある。

 更に顕現を維持するには、緻密な重力制御と膨大な演算が必要となる。通常の戦略戦術コンピューターは、演算方式の関係で計算能力が圧倒的に不足する。時空境界顕現演算用コンピューター”電光知能”が必須なのである。

 これだけの装備を搭載する余裕は、通常の恒星間宇宙船にはない。宇宙戦艦か、1キロメートル級の大型恒星間宇宙船ぐらいなのである。

「欺瞞工作として、ダーク手打鉦で斥力場と重力場を交互に展開させます。電光知能の演算によると、5ヶ所以上展開すれば、宇宙戦艦の索敵システムですら騙せる。そう導き出されました」

 ロイヤルリングで、ジンも電光知能の演算結果を確認した。

 電光知能の演算結果を、戦略戦術コンピューターへとデータリンクする。

「舞姫システムの操作は任せる。ダーク手打鉦を巧く操るのだ」

 戦略戦術コンピューターが手打鉦の振舞いを決め、すでに舞姫システムと連動していた。

 故に、彩香が操作する必要はないのだ。

 そう・・・何もなければ・・・。

 演算通りに、予想通りに物事が進めば良い。しかし、所詮は限定された条件、前提の下での演算である。何が起こるか分からない。

 ジンはトラブルが発生した際、彩香に臨機応変な対策を求めたのだ。


「汝が新開蒼空だな?」

 機能美と重厚さを備えたデスクとチェアーに93歳の老人”シンカイソウア”が座っている。映像ごしにみると蒼空は小さく見える。しかし、それは部屋もデスクもチェアーも大きいからで、蒼空は同年代より若々しく身長も高い。

 顔の随所にアキトの面影がある。

 それも当然で、蒼空はアキトの曾祖父にあたるのだ。

 ジンの確認に、蒼空は黙したまま語らない。映像には蒼空1人のみで、彼が口を開かないと、会話にならない。

 ジンは再度確認するため、尋ねる。

「汝が新開蒼空だな?」

 仕方なさそうな雰囲気を醸し出して、蒼空が徐に口を開く。

『まず、おのれが名乗るのべきはないか?』

 ジンの表情に、冷静な怒りが浮かぶ。

「一条家より通達がいったはずだが」

『そうだ。殊更、仕方なく、わざわざ、厭々ながらも時間をつくった』

 憤怒の表情へと変わったジンが、ゆっくりと名乗りをあげる。

「我は神隼人」

 映像が途切れた・・・というより、通信を切られた?

 ジンはロイヤルリングで通信ログを確認すると、確かに蒼空側から切断されていた。

 なんだと・・・。

 我が怒りを抑えてまで名乗ったにもかかわらず、通信を切断しただと・・・。

 ヤツの目的はなんだ?

 我を怒らせて何がしたい?

 王家からの要請ゆえ、無碍に断れなかった。我を怒らせて、会話が成立しなかったとする。

 いや、そうではない。

 ならばヤツから通信を切断するのは不合理だな。

 とにかく、王家と関わりたくない。

 それも違う。

 新開グループと王家は、商取引どころか技術交流まである。新技術開発研究統括株式会社の会長が、王家に縁のある者との接触を拒む理由はない。むしろ人脈を広げられ、今後の商取引に繋がると考えるはずだ。

 うむ、そうよな・・・。

 蒼空は新開グループのイメージカラーであるスカイブルー、パールホワイト、翡翠色を配色してある服装だった。それは作業服でなく、新開グループの正装であった。

 蒼空は交渉する気がある。ならば通信を切ったのは、ヤツの交渉術だと判断すべきだ。であれば、我の要求の対価を吊り上げるつもりなのだろうな。

 交渉は熱くなった方が自滅する。冷静で、相手の表層的な言葉に惑わされず、議論のための議論に誘導されないようにせねばな。我は目的を忘れず、要求を通せば良い。

 我が短気なのは、我が一番よく知っている。

 ならば、感情と表情の連動の割合を10分の1に設定し、時間を稼ぎながら要求すれば良い。連動をオフにすると、不自然に感じるだろうからな。

 ジンは15分ほど間をおいてから、蒼空に再コールした。相手は必ず待っているとの確信があるからだ。

 最初の通信時と寸分違わない姿勢と表情で、コールした瞬間に新開蒼空が映像に映った。

 ジンは落ち着いて自己紹介する。

「我は神隼人。オセロット王家に縁のある者にして、ルリタテハ王位継承順位第八位”一条風姫”の護衛である」

 蒼空が徐に口を開き、断言する。

「違う」

 決して蒼空のペースに嵌らぬよう、ジンは余裕を保つように注意を払いらがら尋ねる。

「うむ、何がだ?」

「おのれは、一条隼人。ルリタテハ王国の唯一神に祭り上げられ、ルリタテハ王国歴460年にコールドスリープ状態で発見された。今ではアンドロイドの体になり、自由気ままに・・・だが、ルリタテハ王国の利益の為に行動している」

 ・・・本気で驚いた。

 感情と表情の連動を10分の1にして正解であった。2分の1とかにしていたら、驚愕の表情を浮かべていただろう。

 新開蒼空の情報網・・・いや、新技術開発研究グループ、通称”新開グループ”の情報網が凄いのか?

 気の抜けない、緊張感溢れる交渉になりそうだ。

 良かろう。全力で相手をしよう。


「命の借りを命で返すのは当然だ。良いか? ルリタテハ王位継承順位第八位”一条風姫”の命なのだ。安くはないな」

「自作自演と断定する。契約書にリスクの記載を怠り、事前に危険と知っている星系に案内させる。命懸けでアキトを護るのは当然である」

 新開蒼空との交渉は、ルリタテハ王国の未来に重要な影響を与えるのだ。しかし、交渉にすら入れていない。

 アキトの身柄について結論がでない限り、他の案件は議題にあげないと蒼空が宣言したからだ。

 我は宝船で装甲として使用されている、ヒヒイロカネ合金の各種データが欲しい。

 また調査分析を実施するために実物を入手したい。幸い宝船の格納庫に、交換用のヒヒイロカネ合金製装甲が積載されている。

 購入でもサンプル供与でも構わない。この交渉で、宝船に積んであるヒヒイロカネ合金の提供を約束させる。

 そして最終的には、一条家と新開家でヒヒイロカネ合金の共同研究、開発、製造についての合意を得ておきたい。

 ヒヒイロカネ合金が大量生産可能になれば、宇宙は今以上に狭くなる。人/物/金/情報の流れを妨げていた距離を一気に短縮できるのだ。ワープ航路に縛られず、命懸けでワープ航路を開拓する必要がなくなる。

 たとえ脅してでも、我は交渉を成立させる。

「ほう、汝は一条隼人と知った上で逆らうというのだな。無論、ただで済むと考えていまが、一つ忠告しておく。我を敵にすると、様々な面で困難に直面することになる」

「筋や道理を通すのが、正しい大人の姿ではないか? それともルリタテハ唯一神だと子孫に祭り上げられて、増長したのか一条隼人。新技術開発研究グループは多額の税金を納め、社会貢献にも力を入れている。ルリタテハ王国の発展に寄与している。その新技術開発研究グループの会長に、ルリタテハ王国の法も護れない大人が意見するとは、おこがましいにも程がある」

「ならばルリタテハ王国の発展に、より寄与する方法を教えてやろう」

「話を逸らす必要はない。まず、アキトを自由にしてもらおうか。先の契約書は、ルリタテハ王国の法律に照らしあわせれば明らかに無効。証拠なら既に用意してある。それともルリタテハ王国の法適用対象とは人間であり、アンドロイドは関係ないとでもいうのか?」

 アキトに似ている切れ長の眼を細め、蒼空は黒い瞳を妖しく光らせた。

「アキトはルリタテハ王国王家守護職五位に、一条風姫によって任命されたのだ。いまさら撤回などできぬな。風姫とアキトの微妙な関係的も考慮すると、引き離すのは得策ではない」

 風姫とアキトの微妙な関係。

 それこそ、この議論に全く関係がないと分かっている。しかし、どんなに些細なことでも材料とし、攻略せねばならない。理屈だけでは不利というなら、蒼空の感情に訴えかけて、揺さ振りをかければ良い。

「あの年頃の経験や知見は、人生の財産となる。今の2人は、問題に対する解決策を共に考え、議論して、協力して、衝突して、打ち解けあって、人間として急速に成長している。そして風姫とアキトは、互いに持っていないものを求めあい、親密さを増しているのだ」

 かなり・・・というか盛大に誇張しているが、分かりはしないだろう。諜報戦に長けているとしても、ユキヒョウからの情報漏洩はあり得ないからだ。

 しかし蒼空は、風姫とアキトの関係を一顧だにしない。

「おのれは、王女のみを心配すれば良いのだ。アキトの心配は無用。そもそもの始まりと原因は、違法な契約締結にある。守護職を拝命するには、未成年の場合、保護者の承諾が必要だ。緊急避難措置として、一時的に守護職へと任命できる。しかし有効期間は、緊急避難が終了した段階で保護者の承諾がなければ解任されるとなっている。もちろん承諾はしていない」

 巨大企業グループを経営しているだけのことはあるな。法律面でも。良く事前調査が成されている。我が所業の弱点を遠慮なく突き塩まで塗ってくる。アンドロイドである我でも、感情があるのだから、だいぶ堪える。ただ生身とは異なり、ストレスで胃を悪くしたり、体に変調を来すことはないな。

 ジンは仁王立ちのまま、眼光鋭く蒼空を見据える。

「・・・譲歩の余地は、ないのだな?」

「ない。アキトを自由にしろ」

 ジンはコンピューターの頭脳とユキヒョウの戦略戦術コンピューターを総動員して、打開策を検討する。

 人質ではないが、アキトをダシにしてヒヒイロカネ合金の交渉を進める予定だった。しかしアキトを返さないと、ヒヒイロカネ合金の交渉をしないと主張するとは想定していなかった。

「一条隼人の頭脳と機転は、この程度なのか? 所詮、上の立場から要求することしかできず、対等での交渉は平均以下か・・・」

 少し下を向き呟くように話しているが、声量も変わらず、言葉もクリアに聞こえた。

 ジンは自分の過去を思い出す。

 そうであった。

 我も昔は、唯人であり、実業家であり、冒険家であった。

 ルリタテハ神と呼ばれ、そして余生だからと好き勝手に行動していた。どこか驕りがあったのだな・・・。

 頭では交渉と考えつつも、最終的には脅してでも言う通りさせるつもりであった。それでは命令や強制となってしまう。交渉とは、双方に利益をもたらすものでなければならぬ。一方の利益のみを追求すると交渉は決裂する。力づくで交渉をまとめたとしても関係は継続せず、どこかで破綻を迎える。

 我は人類史上初、太陽系の小惑星セレスへと向かう21人のメンバーになった。実業家である我がメンバーに加わる為、多方面との交渉を行った。小惑星探査に相応しくないとの世界中の非難に、我のスキルが必要だと証明してみせた。

 そう、これは交渉なのだ。

 そして新開蒼空は、交渉に応じる用意があることを明確に匂わせているではないか。

「アキトの自由を保証しよう。ユキヒョウに残るかどうか、それはアキトの意志に任せる」

「そのあたりが妥当である。ただし1つだけ要求する。一条隼人の名に懸け、アキトを全力で護れ。知っての通り、新開家は陰ながらアキトを支援し、護っている。しかし、おのれの許に残るというなら、トレジャーハンティングとは危険度が段違いだ。必ず護れ。これは契約だ」

 お宝屋のことを隠す気はないようだな。

 新造した宝船に、あんなにも新開グループの最新製品を使い。まだ発表したばかりの技術まで導入していたようだ。

「新開家は、アキトに5年間の自由を約束した。残りは3年半。少しでも有意義であればと考えている。しかし、おのれに巻き込まれ死亡などしたら本末転倒。王女の命より優先順位は上とするのだ」

 王女・・・風姫より、命の優先順位を上にしろだと・・・。

 ふざけてるのか?

「ルリタテハ王国の王女より、アキトの命の価値が上になる訳がなかろう。新開家は王国を敵に回すとでもいうか」

 厳しい口調で睨みつけジンは、本気で脅した。

「一条家の代表として新開家と事を構えるなら、宣戦布告せよ」

「ほう。宣戦布告の定義とは、戦争でも良いのか? それとも、合法的な潰し合いか?」

「どちらでも受けて立つ」

「随分と自信があるようだが、デスホワイトと戦場で恐れられた我に、果たして勝利できるかな?」

「ルリタテハ王国の王族が、一条家ではなくなったとしても、一条隼人の勝利となるか」

「どういう意味だ?」

「言葉通り受けとれ。一条家を王族の地位から引きずり落とす方法。それなら幾らでもある。おのれは、情報戦で遅れをとっているのが分からない程、愚鈍か?」

 情報戦で遅れを取っている? それが本当なら驚愕の事実であるが・・・俄かには信じられぬな。

「遅れを取っているだと・・・」

 蒼空との会話で驚かされるのは何度目か。

 感情と表情の連動の割合を10分の1に設定に本当に良い判断だった。

「アキトは新規技術開発グループの至宝となる予定なのだ。ルリタテハ王国としてはアキトの命の方が高い価値を有している。おのれが宣戦布告しないのなら、新開家が一条家に宣戦布告する。今すぐ選択せよ」

 驚愕がジンの表情に浮かんだ。

「汝は、本気なのか?」

 蒼空の声から圧力が、眼からは本気の意志が発せられている。

「今すぐだ。早く返答せよ」

 ブラフでも駆け引きでもなく、絶対に本気の本気のようだ・・・。

 ジンは新開グループと新開蒼空を見誤っていたことに、漸く気づいたのだった。

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