第4章ー3 新造”宝船”
ダークマターハロー”カシカモルフォ”から、ヒメジャノメ星系は遠かった。通常航路とワープ航路を1週間以上かけ、ようやくヒメジャノメ星系に1日の距離まで辿り着いた。
惑星シュテファンでヘルを拾うという余計なミッションの所為で、随分と遠回りした。それに費やさなくても良い、余計な時間をかけた。
ヒメジャノメ星系へとワープインする宙域まで、約20時間の通常航路を進む。その後は、ワープ航路を約10時間疾走する。
それでヒメジャノメ星系の第6、7惑星間の公転軌道上に、ワープアウトできるのだ。
今ユキヒョウは、通常航路を順調に航行している。
今は・・・。
「さあ、ヘンタイアキトがチューニングしたトライアングル実力を見せてくれるかしら?」
「オレの名前は、シンカイアキトだ。その件は、誤解もとけ、終わってたよな?」
「理由は分かったわ。しかし、あなたが私の部屋に忍び込み、下着を漁っていた事実に、変わりないわね。その事実だけでも万死に値するのに、私が部屋に戻った時、両手で下着を広げ熱心に見つめていたわ。だから、あなたは変態なのよ」
「下着を広げて熱心に見つめ、匂いまで嗅ぐな・・・」
「ちょっと待てやっ!」
アキトの言い訳なんて聞きたくないと、史帆は手で耳を塞ぐ。
「オレは、そこまでしてねぇーぜ」
「私が見てない時に、匂いまで嗅いでいたなんて・・・。酷いわ」
手を合わせ指を組み、風姫の体は少し震えていた。そして、彼女の白い肌は朱に染まり、碧い瞳が潤みはじめている。
「おいっ」
「凄い変態。・・・ヘンタイアキト。しっくりくるネーミング」
史帆はいつもの抑揚の少ない口調で、アキトを罵倒したのだ。
なんで、風姫の台詞は聞いてんだ。
いや、それより、なんかオカシイぜ。
「なあ、オレの話聞いてっか?」
アキトは睨みを効かせ、鋭い視線を史帆に突き刺す。
「・・・クズ」
史帆はアキトから視線を外すよう下を向き、言い放った。
しかし、彼女の声は震えていた。
あー、やっぱりかぁ・・・。
史帆の前に大きく一歩を踏み出し、剣呑な口調でアキトは彼女の名を呼びつける。
「史帆っ!」
ビクッと肩を震わせ、史帆は徐に顔をあげる。怯えの表情が色濃く現れ、彼女の目尻は涙でぬれていた。
ムリヤリ小芝居に引き込まれたんだな。
主演”一条風姫”
脚本・演出・演技指導”甲斐彩香”
友情出演”速水史帆”
・・・と、いっところだろうな。
視線をルリタテハの破壊魔に向ける。
「冗談が分かり難くくなってきたぜ、風姫」
「気づくか気づかないかのギリギリが、センスの良い悪戯だってジンが言ってたわ」
「それを信じて、実践する必要はないと思うけどな」
「そうかしら? 神様の言うことは、聞いた方がいいわ。いいかしら、ジンは一条家の始祖にしてルリタテハ王国の唯一神だわ。天罰が降るわよ」
オレも口先だけとはいえ、ルリタテハ神に祈った事があったけなぁー。
もう2度と祈ることはないがな。
「でっ、理由はなんだ?」
風姫に訊いても時間の無駄だと考え、史帆に尋ねた。
「ワープ航法中の自由時間に、アキトが風姫を構ってあげないからだって」
宇宙船はワープ航路内で、常に超高圧に晒される。その超高圧による圧壊を防ぐため、エナジーシールドが宇宙船全体を覆いつくす。そして恒星間宇宙船はワープアウトした後、速やかにエナジーシールドを切る。
ワープ航路では超高圧下のため、エナジーシールドが一定の形状を保てる。しかし通常の宇宙空間では、エナジーシールドが一定の形状を保てず発散してしまう。つまりワープ航路内と同じ状態を保とうとすると、常にエナジーシールドを生成し続ける必要がある。それはワープエンジンに、膨大な負荷を掛けることになる。
それ故ワープ中は、船に負荷のかかる一切を禁止されている。
ジンからは、シミュレーションでの訓練すら免除されている。そこでオレは、久しぶりに研究開発へと没頭していたのだ。
史帆の言葉は、まるで予想できなかったし、オレの頭に入ってこなかった。
「はっ?」
あまりの衝撃で、アキトは呆けると同時に身構えていた。
この先の展開が、まったく読めない。
流石は甲斐彩香の脚本だ。
「違うわ! 理由はないわ」
風姫の白い肌が、再び朱に染まった。
「彩香さんが、そう言ってた。だから・・・」
風姫の肌の色が朱から赤へと移行した。そして、さっきは侵食を許さなかった耳の先までもが、朱色に染まる。
「なっ、なっ、何を・・・・」
普段の透き通るような風姫の声が、今は裏返っている。
何処から何処までが演技なのか?
「何をいってるのかしら? 史帆ったら、完全に誤解しているわよ」
「えっ? えーっと・・・」
「彩香は、こう言ったのではないかしら? 風姫は暇すぎると碌な事をしないから、アキトを使って暇つぶしましょう、と」
自分で碌な事しないって言っちゃったし、認めちゃったぜ、お姫様よぉ。
「そうも言ってた・・・。でも・・・」
風姫が史帆の台詞を遮るように、断言する。
「他に理由はないわ」
風姫は生まれた瞬間からお姫様だった。ありのままの自分でいられる環境ではなかった。外では常に演技をしていなければならない。そういう幼年期を過ごした。そんな風姫をオレは可哀想だと感じていた。
その話を彩香から聞かされた時は・・・。
ジンと出会った所為で、風姫は抑えつけていた自我を解放させ、ありのままの自分でいられるようになった。その結果”ルリタテハの破壊魔”と呼ばれ、ジンと風姫の2人が揃うと”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”と呼ばれている。
王族のクセに、国王から3年間の暇を押し付けられたヤツが可哀想なものかっ!
たとえ環境の所為で今の性格が培われたのだとしても、限度ってぇーモノがあるだろう。
「そろそろ、カミカゼのテストをするぜ」
アキトの発言の意図は、付き合いきれないから、勝手に作業を進めるということだった。
『ダメだな。汝は、これより5時間連続シミュレーション訓練を行うのだ』
突如、第2格納庫にジンの偉そうな声が響いた。
まるで計ったようなタイミングで・・・。
「なんでだ?」
『ワープ中は汝の好きにさせてた。通常航法に戻ったのだから、訓練を再開するのは当然だな』
いや、絶対にタイミングを計っていたな。
しかし、答えてくれないだろう推測よりも、アキトはジンの台詞の中で感じた疑問を口に出す。
「訓練は基本的に、実機を使って宇宙空間でするんじゃなかったのかよ」
『ヒメジャノメ星系への到着が遅れた分を取り戻すためだ』
遅れたのはダークマターハローに立ち寄った所為だし、それを仕組んだのはジンだった。
「なあ、それってさぁー」
『ダラダラしてる暇なぞない』
「いや、ちょっと待てよ。遅れたのは・・・」
そして遅れを増長させたのは、マッドサイエンティストのシュテファン・ヘルが、予定宙域まで進まず寄り道をしたからだ。
『訓練開始は10分後だ』
「おいっ!」
『以上!』
「ああっ、分かったよ。オレに拒否権はねぇーんだろ」
素早くカミカゼ水龍カスタムモデルを格納庫に固定して、アキトはサムライのシミュレーションルームへと疾走した。
風姫は憮然と史帆は唖然とし、第2格納庫の隅に取り残されたのだった。
5時間連続のシミュレーション訓練の後、アキトは3時間だけ仮眠した。ユキヒョウの船長として、航行に重要な時は必ずコンバットオペレーションルームにいる。今はワープイン宙域に約1時間の距離であり、ユキヒョウを慣性航行へと移行させた。
3Dホログラムでワープ航路図で、アキトはヒメジャノメ星系へ15光年であること確認した。いつの間にかダークマターハロー”カシカモルフォ”へのワープ航路を選択された時の反省からだった。
ワープ航路図から周辺航路図に変更し、先行させた無人偵察機の位置をチェックする。順調にワープポイントへと前進しているようだ。
現在の技術では、前もってワープアウト宙域を偵察できない。しかしワープインの時は、通常宇宙空間を航行しているので、前もって偵察艦や偵察機を派遣できる。
軍の艦隊がワープインの宙域に赴く際、必ず偵察艦を派遣するのだ。
それが軍隊の常識らしい。オレは知らなかった。・・・というより、知らないままの人生を送る予定だったけど・・・。
常在戦場のジンは、今までも無人偵察機をワープインの宙域に派遣していて、オレも踏襲することにした。
いや、訂正すべきが一点あるな。常在戦場ではなく、ジンの周囲が常に戦場になるの間違いだったぜ。
先行している偵察機は順調にポイントへと近づき、周囲の様々な情報と映像を送ってくる。情報の中にはワープイン、ワープアウト可能なワープポイントのデータも含まれている。
偵察機で一番大きな光学レンズのカメラを最高倍率でワープポイントに向けた。索敵システムのレーダーでは捉えられない敵でも、人の開発する船が目に見えないことはあり得ない。
案の定というべきか、レーダーで捉えられなかった船が大型ディスプレイに映った。
その映像に、アキトは我が目を疑った。
いや疑いたかった。
帆船?
帆に書きなぐったような文字がある。
漢字一文字で”宝”っぽい気もするが、気の所為だろう。
何せ、七福神ロボがいない。
それに、木造船風の塗装もされていない。
そう、だから宝船ではない・・・と思う。
「お宝屋の宝船?」
史帆の呟きは、アキトの鼓膜の中へと音を抉り込まれるように感じられた。
「あの失礼極まりない3兄弟の船ですね。ジン様、先手必勝です」
彩香が冷徹な表情に、真剣な声でジンに物騒な提案をした。
「ちょっと待ったぁあぁあーー。何があったか知らねぇーけど。宝船は、民間のトレジャーハンティング船だぜ」
ユキヒョウの全乗員がコンバットオペレーションルームにいる。そして全員の眼は大型ディスプレイに釘付になっていた。
「民間船が武装しているのだ。我には理解できぬな」
テメーが言うかぁあ?
「ジン様。全く理解できそうにないゴウとやらに、天罰を下しても良いかと・・・。どうですか?」
「そうだな」
「そうだわ」
「そうです」
ジン、風姫が彩香の物騒な提案に次々と賛成し、彼女が最後を締めくくったのだ。
「素晴らしいぃいぃいいい。なんてぇ、なんてぇー斬新なフォルムの宇宙船なんだぁあああああ。我輩は、お宝屋のセンスに脱帽だぁあああああああ。ジンよ、天罰は人にのみ与えれば良いのだろう? ならばぁああああ。あの船は我輩のモノしたい。・・・そうではない。アレは我輩のモノなのだぁああああああああ」
惑星シュテファンでヘルを拾ってから、ユキヒョウ船内が5割増しで賑やかになっていた。・・・というか、ヘルがすっげぇーうるせぇー。
「おいおい。オレたちは宇宙海賊じゃねぇーんだぜ、ヘル」
「無益な戦闘は、しない方がいい」
淡々としながらも、史帆は誠実な口調だった。
「しかぁーし、ルリタテハの唯一神が天罰を下すのだぁあああああ。それは合法以外にあり得ないではないかぁああああああ」
「史帆とヘルには、冗談も通じねぇーのかよ?」
ジンと風姫が、悪戯っぽい笑顔をみせる。
「無論、冗談だがな」
「もちろん冗談だわ」
「・・・わたくしも冗談です」
彩香の反応が遅かった。
ゴウと何かあったか?
1時間後、お宝屋とアキトは再会を果したのだった。
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