第11章後半 妖精姫とデスホワイトの真実

 ユキヒョウによって、コムラサキ星系に進撃していたミルキーウェイギャラクシー軍の宇宙戦艦は、全て撃沈していた。

 コスモナイト22機、コスモアタッカー8機が、今の彼らの全戦力である。

 小型の戦艦相手にだったら、充分すぎるほどの数である。相手がユキヒョウでなければだが・・・。

 ミルキーウェイギャラクシー軍が衛星軌道上に展開し、ユキヒョウを待ち受けていた。

 コンバットオペレーションルームで、ジンが敵の意図の推察と戦力分析を語った後、アキトと彩香の2人に指示をだす。

「アキト、汝はライデンで出撃せよ。我はラセンで出る。彩香は、ユキヒョウの防御に専念せよ。ミルキーウェイギャラクシー軍の戦力を殲滅し、1分1秒でも早くヒメシロ星系に帰還する」

「承知しました。ジン様」

 常と変わらぬ口調のジンと彩香だが、内心は焦燥感で一杯に違いない。

 風姫を1分1秒でも早く、ヒメシロの医療機関に運びたいはずだ。命の優先度は自分達より上だと、語ったぐらいだ。

「ああ、承知したぜ」

 風姫を救うためにも、風姫のケガの責任を取らせるためにも、ヤツらは殲滅してやるぜ。

 翻ってミルキーウェイギャラクシー軍としては、ユキヒョウによるルリタテハ軍への通報を、何としても阻止しなくてはならない。

 恒星間通信設備が整っていない星系から、星系間通信する方法はない。つまり、連絡をとりたい星系に直接赴き、星系外縁にある星系内通信設備を使用するか、惑星近くで通常通信するしかない。

 この時点でミルキーウェイギャラクシー軍の執り得る選択肢は2つある。コムラサキ星系を拠点化するか、撤退するかだ。ただ、どちらを選択するにしても本国と連絡するために恒星間宇宙船は必要になる。

 彼らは、コムラサキ星系からルリタテハ王国籍の宇宙船を脱出させてはならない。出来れば、無傷で、出来なければ恒星間エンジンだけでも入手したいと考えているのだろう。

 加速力で優るコスモアタッカーが先行しユキヒョウを混乱させ、コスモナイトがユキヒョウを包み込むように展開する。コスモナイトがユキヒョウをつかず離れず攻撃して動きを制約する。コスモアタッカーは突撃隊として、固定されたユキヒョウを蹂躙する戦法のようだ。

 ジンとアキトがユキヒョウより出撃する。

『アキト。汝はコスモアタッカーの下方に潜り込み狙撃せよ。宇宙空間では加速度より多方面への機動力と攻撃力が重要だ。汝のライデンなら全機倒せる。良いか敵コスモアタッカーを全滅させるがよい。我はコスモナイトを全て潰そう』

「簡単に言ってくれるぜ。オレは、軍人じゃねーんだぜ!」

 だが、アキトはミルキーウェイギャラクシー軍に立ち向かう。風姫に重傷を負わせ、生命の危機へと陥れたヤツらを生かしてはおけない。

『ならば我の特権で、アキト、汝をルリタテハ軍少尉に今この時点で任命する。詳細は後でだ。以上!!』

 感情と理性の両方がミルキーウェイギャラクシー軍の殲滅を訴えている。兵器の使用許可を得られるならば、軍人だろうが、何だろうが構わない。

「軽すぎるだぜ、ルリタテハ軍。そもそもジンに、そんな権限あんのか?」

 軽口で自分の緊張を解すように、そして平静を保つようにする。熱くなりすぎれば、周囲が見えなくなり、危険と仲良しになってしまう。

『口を動かすな。ルーラーリングに神経を集中させるのだ』

 ジンの言葉に従い、今は風姫のいるユキヒョウを護るため、ルーラーリングと敵に集中する。

 アキトは誘導ミサイルの有効射程に入る直前に、敵コスモアタッカー隊の中央より下方へ幽谷レーザービームライフル”轟雷”を連射した。

 誘導ミサイルより射程の短い轟雷では、敵機に有効な損害を与えることはできないが、牽制にはなる。ジンとの訓練で学んだ敵を誘導する手法だ。

 敵の陣形が崩れたところに、すでに射程範囲内となった誘導ミサイルをありったけ叩き込む。「必要な時に出し惜しみして逐次投入すると、結局成果は得られないのだ」

 そうジンにクギを刺されていた。

 敵機もミサイルとレーザービームで迎撃するが、ミサイルの出し惜しみをしているのか、それともライデンの攻撃性能が優れているのか、互角のようだった。敵機とライデンの中間でミサイルが次々と爆発する。

 爆炎を目隠しとし、ライデンの下方向へと機体を仰向けに倒しながら移動する。

 アキトは爆炎から出てきたコスモアタッカーを次々と狙い撃ちした。

 流石にライデンへと旋回する敵はいなかった。

 宇宙戦闘機は旋回中の数秒が絶好の狙撃ポイントになる。そのことを軍の習熟訓練で身をもって知っているのだろう。コスモアタッカー全機が、そのままユキヒョウに向かいながら回避運動をしている。

 そのため、アキトの腕では1機撃墜するのが精一杯だった。

 アキトは同時発射できなかった誘導ミサイルを、ここで全部吐きだす。

 4発の誘導ミサイルがコスモアタッカー1機を狙い撃墜した。最初の放った多数の誘導ミサイルでも1機撃墜できていたようで、合計3機を撃破していた。

 しかし5機に突破された。そのコスモアタッカーがユキヒョウに仕掛ける。

 ジンとコスモナイトの戦場では、色とりどりのレーザービームの輝線とミサイルの爆炎が、漆黒の宙に飛ぶ敵機と味方機を余さず照らし出している。

 ジンの操るラセンは鬼神の如きだった。

 いや死神”デスホワイト”と言うべきだろう。

 轟雷の銃口から闇光する漆黒の瞬きが迸るごとに、敵コスモナイトが撃破されていく。

 ユキヒョウを包囲するべく四方に散開したコスモナイトのうち、左方向6機の集団に眼をつけ、ジンはラセンを疾走させる。その動きは螺旋を描き、敵に的を絞らせない。

 コスモナイトは射程距離外から一斉に威嚇射撃が放つ。しかし、ジンは機体に最小限の楕円運動を加えるだけで掠らせもしなかった。

 轟雷の銃口が6回瞬き、漆黒の幽谷レーザービームが6機のコスモナイトの機体の胸部中央を精確に命中した。その場所は操縦席であるため、装甲の厚い箇所なのだが、幽黒レーザービームは押し開くように貫いていったのだった。

 ジンの次の獲物は、下方向の5機のコスモナイトに移る。

 ミサイルとレーザービームを乱射する。今度のコスモナイトは誘導ミサイルも装備していたのだ。速度の異なる兵器は、何もせずとも時間差攻撃となり、回避しづらい。

 しかしジンのラセンはヒラヒラと舞うように、リズミカルに踊るように、危なげなく避けきった。

 その機動と白いラセンから、ジンがデスホワイトだと気付いたのだろう。何機かが恐慌をきたし、秩序だった攻撃が不可能になっていた。

 そして、その隙を見逃すほどジンはお人好しでなく、急所を外して戦闘力だけを奪うほど優しくない。ジンの攻撃は、容赦なくコスモナイトの胸部中央を貫いていった。

 残りのコスモナイトは反転してターゲットをユキヒョウから、ジンのラセンに変更した。11機で押し包めば撃破できると踏んだのだろう。

 戦術的には間違っていなかったが、ジン相手に乱戦は間違っている。

 ジンの機体を前後上下左右から誘導ミサイルとレーザーが狙う。しかし、発射した瞬間にはジンのラセンは、その場にいなく。またコスモナイトの数も減る。

 レーザービームと爆発光の織りなす鮮やかな光の乱舞に、ラセンの白い機体が輝く。その宙のレーザーショウも終わりが近づいていた。コスモナイトが全機撃墜されたからだった。

 残るは5機のコスモアタッカーのみだ。

 コスモアタッカーは編隊を組んで何度もユキヒョウに攻撃を仕掛けていた。しかしユキヒョウの防御システム”舞姫”の手打鉦が攻撃を完全に防いでいた。

 ただ、アキトと彩香はコスモアタッカーを撃墜できないでいた。

『彩香。そろそろ良い頃合いだ!』

『承知しました。ジン様』

 ユキヒョウの下方向から上方向へと抜けていったコスモアタッカーが、大回りで旋回し、左上方向から再度を突っ込んでくる。

『アキト君、ユキヒョウの右側面に避難しなさい。それと全索表シスを確認しながら機動してないと危ないですよ』

 緊張感のない声だったが、もちろんアキトは彩香の指示に従った。

 そして、ユキヒョウを越えて右側面に現れるコスモアタッカーをライデンで迎撃する準備を調える。

 4機のコスモアタッカーは、彩香が展開をしていた見えない手打鉦に自ら突っ込み、潰れ爆発したのだった。

 最後のコスモアタッカー1機は、手打鉦に掠り中破していた。それを迎撃準備していたアキトが撃墜したのだった。

 戦闘開始から約2時間。この戦闘で、ユキヒョウの斥力装甲には破片すら届かなかった。斥力による防御機能が有効に働いたおかげだった。

 ルリタテハ王家の最新技術とデスホワイトが、短時間でミルキーウェイギャラクシー軍のコスモアタッカー8機、コスモナイト22機を全滅させた。

 これでミルキーウェイギャラクシー軍は、惑星コムラサキの衛星基地から撤退する方策がなくなった。彼らはルリタテハ正規軍の捕虜となるしかないだろう。


 ジンとアキトによるモーモーランドの殲滅戦から丸1日が経ち、既にコムラサキ星系を脱出していた。

 アキトはユキヒョウの展望室「スターライトルーム」で、リクライニングシートに座って星を眺めている。

 オレはまだ風姫の容体さえ教えてもらえていない。

 自分に差し出せるものがあれば、なんでも差し出そう。それで彼女が生きてくれるなら・・・。

 今までの人生の中で、これほど切実に願ったことはなかった。これほど殊勝な気持ちになったこともなかった。

 どうすればいい? もう一度ルリタテハ神にでも誓えばいいのか?

 憂鬱な気分が体を重くしアキトの活力を奪っていた。

 不意に体の重みがなくなる。いや、軽くなった。

 重力制御が狂った? 非常事態か?

 ここ1年のトレジャーハンター暮らしで身に着けた危機対処能力が、アキトの自然と気持ちを切り替えさせた。即座に立ち上がり、スターライトルームのドアに急ごうとした時、ドアが開く。

 そこには、ノースリーブのピンクのワンピースを身に着けた風姫が立っていた。

 腕と脚がある。しかも傷痕が見当たらない。あんなに大ケガをしていたのに・・・。

「アキト」

 声も風姫だった。それに元気そうだ。

 アキトは口を開け閉めしたが、音声にならなかった。音声にすべき言葉を選べなかった。

 数秒間のフリーズの後、ようやくアキトは言葉が口から出た。適切ではない言葉だったが・・・。

「死んで・・・ない。なんでだ?」

「当たり前だわ。なんで私が死ななければならないのかしら?」

「ジン。ヒメシロに急いでたじゃないか?」

「我は、風姫の命が危ないから急ぐとは一言も発してない。ミルキーウェイギャラクシー軍の残党が逃げ出さぬうちに、ルリタテハ軍を派遣したいから、急いでいるだけだ」

「そうですよ、アキト君。ユキヒョウには再生医療の最新設備もあります。それに風姫様の腕や脚、内臓などは常にストックしてあります」

 風姫たちと出会ってから何度目だろうか、アキトは二の句が継げない状態に陥っていた。それに追い打ちをかけるように風姫がアキトに宣言する。

「約束覚えているかしら? アキトは私の家来だわ」

「ざけんな。家来になる約束なんてしてねーぜ」

「命の貸しは、命で返してもらえないかしら?」

「死ぬ気なんてなかったんだろ」

「当たり前でしょ。でも、私がああしなかったら、アキトは死んでたわ」

「いいや、そんなことはない」

 そんなことはある、と思いながら反撃を試みたが・・・。

「それにルリタテハ神に誓ったわ。命を懸けるって。ねぇ、神(ジン)様」

「そうじゃな、汝は確かに我に誓った。命を懸けるとな。もし、違えるのなら、我が神罰をくださねばならんな」

「な、なに言ってんだよ、ジン」

 苦笑いしつつ、アキトはジンの肩を両手で叩いた。

「そのような無礼は許せんな。汝は今、伝説にして、神となった我と話しているのだ」

 風姫と彩香は笑っていた。

 楽しく気ではなく、ニヤニヤとだ。

 嫌な感じだった。自分一人が何も理解出来ていない雰囲気で、非常に居心地が悪い。

 風姫が優雅に右腕を伸ばすと、彩香は片膝をつき頭を垂れ、1メートル四方の金色の箱を差し出した。彼女は箱を受け取り、戸惑っているアキトに透き通った声で宣言した。

「新開空人をルリタテハ王国王家守護職五位に任命する。任命者ルリタテハ王位継承順位第八位、一条風姫。なお見届人は一条隼人とする」

 風姫から気品に満ち溢れた姿にアキトは声が出せずいた。

「これを」

 金色に輝く箱をアキトに授与すべく風姫は相対していた。普段の活力に満ちた可愛いらしい美少女の風姫も魅力的だが、今の彼女は近づきがたい美を体現している。

「さあ」

 そう風姫に促されても、意味がわからない。

 唖然としていると、ジンに膝裏に蹴りを入れられ、頭は掌底で押さえつけられた。そして頭を下げた状態で、両手で箱を受け取らされる。

 アキトの耳元で「謹んでお受けいたします、だ」とジンが囁く。

 音量は囁きだったが、有無を言わさぬ圧力でだった。

 仕方なく、アキトは言われるがままにジンの言葉を復唱する。

「謹んでお受けいたします」

「よし、これで貴君は正式にルリタテハ王国王家守護職五位となった。詳細は彩香に任せるが、今訊きたいことはあるか?」

「風姫って、お姫様ぁあぁ?」

 アキトは驚愕し、叫んでいた。

「アキト君、言葉遣いは徐々に覚えてもらいます。覚悟するように?」

「良いわ、彩香。アキトには今まで通りしてもらうから。船の中と外で言葉を使い分けるような器用さを求めても無駄だだわ」

 確かにそんな器用さはない。いつもなら即座に反発するが、今は思考が現実に追いつかない。納得が半分、驚愕が半分で、思考がまったく追いつかない。

 とりあえず疑問を口から出ていた。

「なん・・・で、こんな辺境に?」

「私たちはダークマターを求めて3年間の予定で、身分を隠して旅しているわ・・・。やはり0.2Gでも、まだ疲れるようね。後は任せるわ、彩香。それとアキト・・・。明日からは、また惑星ヒメシロで出会った風の妖精姫よ。それで良いわ」

 風の妖精姫とは言わせるのか・・・。

 優美な脚線をふわりと動かし、黄金色の髪が光輝くさまを残し、風姫は部屋を後にした。

 その風姫を見守るようにして、ジンも退出していった。

「その箱を開けてみなさい」

 残されたアキトに彩香が話しかけてきた。

「ルーラーリング?」

「そう、ルーラーリングよ。ただしルリタテハ王家特製のね。ルリタテハ王家では、ロイヤルリングと呼んでいます」

「ロイヤルリング?」

「オリハルコン合金ではなく、ほぼ100パーセントのオリハルコンを加工して作成したルーラーリングです。高性能ルーラーリングの適合範囲の5倍以上はあります。ロイヤルリングには電子制御装置はありません。つまりロイヤルリングは、ルーラーリング内のタイムロスがなくなります。ただし、オリハルコン通信コネクションを確立できる装置とだけになりますが。それと水龍カンパニー製品は全てオリハルコン通信可能です」

「風姫が風を操れてんのは・・・、もしかして」

「アキト君には無理ですよ」

「何でだ?」

「一般にいわれているオリハルコンとは、精神感応性”オリハルコン”と重力”ミスリル”が使われているという話をしたと思います」

「覚えてるぜ。オリハルコンは元々ダークマターを含んだ合金だって・・・。ダークマターにも沢山の種類があると分かってきていて、一般にオリハルコン合金といわれているはダークマター”オリハルコン”と”ミスリル”を含んでいるだろ」

「ロイヤルリングだけでは無理ですね。重力を操るにはミスリルが必要です。お嬢様のロイヤルリングは王族の中でも特別製で、ミスリルを含んでいます。しかし、それだけでは、風をおこせません。お嬢様はオリハルコンと高純度ミスリルを体に埋め込んでいます。両手両足にロイヤルリングを装着しただけでは、微風すらおこせてませんね」

「宙に浮くぐらいは出来るのか?」

「無理です」

「ジンだって宙に浮いてたぜ。じゃあ、オリハルコンとミスリルを埋め込んでるのか?」

「いいえ、わたくしとジン様はアンドロイドですので・・・」

 ここで、そんな告白をぶち込んでくるか・・・。

「良いですか・・・」

 そう枕詞から彩香はジンについて語り始めた。

 ジン様はルリタテハ唯一神にしてルリタテハ王族の始祖。本名”一条隼人”様です。現在ルリタテハ王国軍でジン様は、元帥にして戦略最高顧問、サムライ宇宙戦技特別顧問、その他たくさんの肩書がありますよ

 ルリタテハ王家の始祖たる一条隼人は死んだことになっていたので、以前は神隼人を名乗られていました。そして、自分の記憶を完全人型ロボットに移動させた後は、主にジンのみで名乗られています。

 ロボットになったことにより、反応速度が格段に上がりました。それにクールメットと全索表シスの情報をロボットの頭脳へと直接送信させ処理している、と。

 デスホワイトの異名はロボットになってからのものだったとのことだ。

「・・・理解出来ましたか?」

「突っ込みどころがありすぎるぜ・・・」

 アキトは自らの現状と、彼女らの状況を完全に飲み込めむまで、数時間の時を必要としたのだった。

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