第12章前半 ユキヒョウ5人目の乗組員(2人目の被害者)
ユキヒョウのダイニングルームに全乗務員が集まりコーヒーブレイクを愉しんでいた。ユキヒョウの乗務員はジンと彩香を人として数えても4名で、コーヒーを飲むのはアキトと風姫だけだが・・・。
ただダイニングルームというには、無駄に豪奢で広い。応接室。いや、貴賓室とでもいうべきか。
「風姫。命の借りを3年間の奉公にまけてくれ」
「無理だわ」
「そこをなんとか・・・頼むぜ」
下げたくはないが、頭を床と平行にした。
「ダメだわ」
もう何度、これと同じやりとりをしただろうか?
ルリタテハ王国に宮仕えする気は、これっっっぽっちもない。オレには、まっっったくない。
オレはトレジャーハンティングしながら、色々な星系を旅してみたい。様々な惑星を冒険したい。まだ見ぬ世界へと。
もし異世界への扉があるなら、迷いなく飛び込む。
「あなたはトレジャーハンターでなく、ルリタテハ王家公認のエレメンツハンターだわ。そして、私はユキヒョウのオーナー。あなたは船長でどうかしら?」
エレメンツハンターとはダークマター鉱床を探す職業らしい。奴らの言葉を信じれば、だが・・・。
「わたくしは、船の支配者」
「我は神だ」
理解している。そう完全に解っている。しかし、訊かずにはいられない。
「気の所為か? オレが一番下っ端のような気がするぜ」
「気の所為じゃないわ」
長い金髪を右手で弄びながら風姫は口を開き、彩香は冷たい声音で話す。
「気の所為ではないですよ」
ジンはアキトの真正面に立ち、堂々と言い放つ。
「気の所為ではない」
知ってた。だが言葉の内容以上に、みなの言い方が気にくわない。
「ぐっ・・・。まあ、とりあえずだ。それは置いておくとするが・・・。それで、エレメンツハンターとトレジャーハンターって何が違うんだ?」
「ダークマター鉱床を探すのが仕事ですよ」
「だけどよ。ダークマターを探すなら、ダークマターハローを探索すればイイだけじゃねーか?」
ダークマターハローとは、ダークマターの濃い宙域だ。
通常物質で構成されている普通の星系に、殆どダークマターは存在しない。
「いくらユキヒョウでも、レーダーで探知できない物体は避けられないですよ。斥力装甲でも質量が大きくスピードの速い物体を弾くことは不可能です」
「性質の分からぬダークマターと衝突実験を命がけで実行したいのかな? まあ、我は既に人の身ではない故、構わぬが」
ジンの本当の名は、一条隼人。そしてアンドロイド。
「なあ、人と同じ大きさのロボット・・・サイボーグやアンドロイドって、製造禁止じゃなかったか?」
「サイボーグの定義は人をベースに機械化したものです。アンドロイドは人型で、人と同じぐらいの大きさのロボットに人工知能を搭載したものです」
「定義なんて、どうせもいいぜ。違法じゃねーのか?」
「人工知能を搭載した人と同じ大きさのロボットが製造禁止となっています」
「だから何だよ?」
風姫の瞳が碧く輝く。
「まだ分からないのかしら?」
視線が痛い。紫外線でも発生させてんのか?
妖精姫は、やはり魔族なんじゃねーのか?
「ジン様とわたくしは、元々人間です。ジン様は、一条隼人様にして現人神・・・現ロボ神だと・・・。人工知能を搭載しているのではなく、脳の情報をコピーしたのです」
「それじゃあ、本人はどっかにいるって事か・・・」
「いないわ。綺麗さっぱり何にも残ってないわね」
「・・・なんだと」
「我が肉体は、既に滅んだ」
何故に愉しそうなんだ? 普通、ここは悲壮感を漂わせるシーンだぜ。
「わたくしの肉体も同様ですよ」
オレの感覚が可笑しいのか? それとも理由があるのか?
「脳みそ、バックアップとか・・・してんだよな?」
そのまま心に浮かんだ疑問を口にしていた。
「そこまでしたら、流石に違法でないと強弁できんな。王族とはいえ、銀河条約に反する行為はやれんぞ」
「それって・・・やっぱ違法なんじゃねぇーのか」
「いいえ、グレーゾーンです」
「そも法律とは破るものではない」
ジンが重々しく告げた。
仮にも現人神となった人物の言葉だ。重く心に沁み入ってくる。
「・・・法の網は掻い潜るものだ。そんな事も知らんのか」
違った・・・。
そうだった。コイツもダメなんだ。
ここは、危険は愉しむものだと考えているダメなヤツらの集まりだったぜ。
風姫たちの為人を理解するため、コミュニケーションの時間を増やした。訓練という名のジンによる一方的な攻撃を受け、己の敗北数を3桁にまで増やす作業の合間にだが・・・。
その行動が悪かったのだろうか?
ヒメシロ星系のスペースステーションに昨日到着した。しかし、惑星ヒメシロには降りていない。オレと風姫と彩香は・・・。
「そうだ、アキト。専属エンジニアが明日着任するわ。そしたら、数日の内に出港するわよ」
「専属エンジニア?」
「ええ、そうよ」
アキトと風姫、彩香はユキヒョウのダイニングルームで、コーヒーブレイクしている。
やや楽しい一時ではある。しかし、惑星ヒメシロに降りて行動した方が遥かに楽しい。
風姫の体が本調子でないため、ユキヒョウの船内は人工重力を0.75Gに設定している。
そう、付き合わされている。風姫は、自分が降りれないのだから、アキトが降りるのを諦めろるべきだわ、と宣った。
数日内に風姫の体調が戻ることはないだろう。そうなれば、惑星ヒメシロには降りずに旅立つことになる。
オレは絶対に降りて遊びに行く。今度こそヒメシロランドで、数少ない旧友たちとの交流を暖める。オレはトレジャーハンターだが、少しだけでいい16歳らしい生活がしてみたいだけだ。
「必要なのか? メンテナンスは軍の施設ですんだろ?」
「私たちのロイヤルリングは、どのユキヒョウ搭載マシンでも適合率95パーセント以上あるわ。でも、あなたのロイヤルリングは調整すらしていない。ジンがなんでもできるといっても、その道のエンジニアには敵わないわ。ユキヒョウ含めて、全機体との適合率を95パーセントになってもらうわ。それに、これから忙しくなりそうだから、専属のエンジニアが欲しかったのよ」
専属エンジンアの採用理由は妥当だ。しかし全機体というのには、サムライとかの兵器が含まれている。
ということは・・・。
「荒事前提なんだな?」
「荒事上等だわ」
「トラブルは?」
「全力で受け入れるわ」
「お嬢様。普通、全力で回避するものですよ」
盛大に溜息を吐き、アキトは諦めを口にする。
「いろいろ言いたいことはあるが、了解だぜ。・・・それより、行先はヒメジャノメ星系でいいな」
「構わないわ」
「あのさぁ・・・いまさらだけど・・・」
「何かしら?」
「風姫って、お姫様なんだよな」
「ホント、今さらだわ」
「アキト君とは、朝までとことん話し合う必要があるようですね」
彩香の口調は冗談半分だったが、このままこの会話を続けると本当に朝まで話し合いを余儀なくされそうだった。
アキトは必死に考えた。この会話の流れで、不自然にならない話はなにか? と。
「・・・。あー、風姫に公式行事に参加とか、公務はねーのかなって」
「学生の内は免除されてるわ」
アキトは話題の変更に成功したが、彩香からの視線が痛い。だからといって、お上品にはなれないので、いつもの口調で風姫に突っ込んだ。
「学生じゃねーだろ」
「ルリタテハで大学進学が決まってるから、まだ学生扱いだわ。それに、この3年間で外の世界をジンと共に見てきなさいってお祖父様に言われたのよね」
それは既に、ルリタテハ王国の学力検査にパスしているということだ。義務教育を終えると職業専門学校に進むか、大学に進学するための試験対策をする。
パスするのに平均2年はかかるが、ほぼ行きたい大学に進める。そして進学資格は、合格後3年間有効である。
「ホントか?」
「ホントよ」
アキトは疑わしげに風姫の碧眼を見つめた。しかし、風姫はコーヒーカップを口許にもっていくと同時に、アキトの視線から逃れた。
しかたなくアキトは、風姫の隣に座っている彩香のグリーンの瞳を見据えた。
「学力検査にパスはしてますね」
微妙な言い回しだった。
風姫の許可を得ずに真実を語りはしないという彩香の意思表示だろう。
学力検査の件はホントなんだろう。
アキトは、もう一つの質問の答えを確認する。
「王家では代々、学生の内は公務を免除されてんのか?」
澄ました表情に軽い口調で告白する。
「私が初めてのようね。それに私とジンを、しばらくルリタテハから離したかったようだわ」
真相は、口にするのも憚られるものに違いない。
大学生になった7割が中途で退学させられ、卒業できない。ルリタテハ王国の大学は、それほどに厳しい。
しかし風姫がルリタテハで大学生活を送る以上、ジンと2人で”ルリタテハの踊る巨大爆薬庫”の二つ名に相応しい活躍をみせるだろう。
何せ2人は、2つの犯罪組織を壊滅状態に追い込み、闇宗教組織の施設を崩壊させた上に改宗までさせたという実績がある。
風姫は15歳にして既に伝説の人物なのだ。
そしてもう一人の? もう一台? の伝説の主がユキヒョウにいる。アキトはその伝説の主について質問をした。
「ジンがさぁ、今は現ロボ神だってのさ。あれ、ホントか?」
「アキト君、様をつけろとは言いませんが、さんは、つけるべきですよ」
柔らかな口調の苦言であるのに、彩香から圧力が湧き出ている。
「・・・了解」
アキトは肯定の返事をせざるを得なかった。
「それで?」
「本当ですよ。ルリタテハ王家、一条家の始祖にしてルリタテハの唯一神です。ルリタテハ王国軍では鬼人とも呼ばれていて、ジン様の正体を知っている軍人たちからは、死神様と呼ばれています」
「あーっと・・・死んでる神って意味か?」
分かっていて揶揄してみる。そして分かっていたように、彩香からお小言を頂戴することになった。
風姫はコネクトに音声通信が入る。話しぶりから相手はジンのようだった。
アキトは通話を終えた風姫に、これ幸いと話を持ちかける。
「なんだって?」
「明日着任するエンジニアが挨拶にきたわ」
その台詞の直後にダイニングルームの両開きの自動扉が左右に開いた。ジンよりもかなり低い身長で、帽子を目深にかぶった作業服姿が後ろに控えている。
その姿にアキトは見覚えがあった。
「アタシは・・・」
挨拶する間も与えず、アキトが口を挟む。
「ジン。ダメだ、コイツは」
「アキト君。ジンさんとお呼びすべきです」
「アタシの何がダメだと?」
アキトを睨む速水史帆の姿があった。
「コヤツは水龍カンパニーの若手の中で、腕利きだときいて連れてきたのだ」
「コイツがトライアングルに適当な設定をした所為で、オレは2度も死にそうだったんだぜ」
「適当? アタシはちゃんと適合率測定調整装置で確認した。今も覚えてる。適応率83パーセントあった。他人が運転することも考慮すると、適正な適合率といえる」
機体とルーラーリングの適合率の設定は、通常70パーセント以上とされている。これを下回ると機体の動作が不安定になる。83パーセントは複数人が運転する市販の機体では、かなり高い適合率だ。
「速水史帆よ」
「ハイ、何でしょうか? ジンさん」
「アキトはどんな機体でも80パーセント以上の適合率を叩きだせる。今後アキトの機体は、95パーセント以上を目安に設定するんだ」
オレの知ってる奴は、どんな機体でも適合率99パーセントを叩き出せるけどな。
「95パーセント! そっ、それだと機体はマルチドライバーモードシステム搭載でないと。それに、そんな機体は軍用機でないと?・・・」
「ユキヒョウ含め全ての機体に、マルチドライバーモードシステムを搭載している。それとな、全機体がオセロット王国の軍事機密と同レベルである」
「それより、ジン。紹介がまだだわ。それとアキト。あなたのロイヤルリングと機体を適合率95パーセントにする為の専属エンジニアよ。仲良くしてくれないかしら」
アキトと史帆の間に不穏な空気が流れたままだったが、そんな事お構いなしにジンは全員の紹介を終わらせた。
風姫が珍しく空気を読んだのか、それとも自分の興味からか、史帆に質問する。
「いきなり引き抜いて大丈夫だったのかしら?」
史帆に話す暇を与えず、ジンが口を挟む。
「無理はしていないな。すべてが皆の合意の上だ」
「ジンには訊いてないわ。ジンだと、闇宗教組織を壊滅させ、信者を改宗させても大したことはしていない、問題はないって、宣うでしょ。私は史帆さんから訊きたいわ」
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