第4章

29 欲求

 五月一日、月曜日。

 本来なら平日だが、美山高校では翌日も含めて休日に設定されており、事実上ゴールデンウィークがもう一週間続く。


 天気にも恵まれ、気温も良好で、絶好のアウトドア日和だ。

 僕のおすすめは、自然公園に出かけて、ひなたぼっこしながらラノベを読むこと。ああ、今すぐにでも読みたい……はずなのに。

 読む気がまるで起きない。


 毛布に入ったまま手を伸ばす。置き時計を掴んでディスプレイを読むと――午前十時。

 規則正しいマンの僕なら卒倒するレベルだ。今すぐにでも起き上がって生活リズムのズレをこれ以上拡大すまいと努めるだろうに、体が動かない。


「相当疲れてるなこりゃ……」


 昨日はアドリブで詩織を殺し、遊園地を破壊して。

 一昨日は広志と横川先生を銃殺して。

 三日前は警官二人を殺して拳銃を奪って――


 僕としては目障りな虫を殺すのと何ら変わりないと思っているのだが、所詮メンタルも平凡。たぶん、いや大いに効いているようだ。

 加えて一昨日おとといは、テレポートによる大移動――夜空の飛行まで行っている。

 落ちたら物理的に死ぬし、誰かに見られても社会的に死ぬし、というプレッシャーを抱えながら、何回も何回もテレアームを伸ばし、左手を握り、体の向きを整えるために右手を固定し続けたのだ。

 今日は左手はもう動かしたくないし、テレアームを使うことさえだるい。

 せっかくの連休だが、どうせ抹殺ゲームも行き詰まっているし……ここは休んでおくべきか。

 置き時計を戻すことすら面倒で、枕元に放り投げて、僕は再び眠りに――


「ホントよね。そんなに楽しかったのかしら」

「……」

「瞬が二度寝なんて珍しいわよね。天変地異でも起きるのかしら」

「……」

「寝たふりやめないと布団に入るから」

「……おはよう彩音」


 彩音が両腕を組んだまま直立し、僕を見下ろしていた。

 しかし上下ともスウェットのままという休日モードのため、いまいち説得力に欠ける。


「そしておやすみ彩音」

「おやすみなさい」


 やけに聞き分けがいいなと思いながら、寝返りを打った瞬間、毛布をめくられ侵入されてしまった。


「……何の真似だ」

「気にしないでいいわよ。おやすみなさい」

「いやいや気になるだろ」


 麻衣みたいな距離の詰め方してんじゃねえよ。

 いたたまれず僕は体を起こした。


「嫌なの?」

「今はな。疲れてるんだ」


 深く考えずに答えたことだったが、これがまずかった。


「なんでそんなに疲れてるの? 泊まりがけの遊園地デートといっても取材でしょう?」


 建前はそのとおりだし、昨日に限ってはある意味真実だが、実態は百八十度違う。殺人旅行だなんて口が裂けても言えない。


「……取材だからこそ、だよ」

「写真を撮るだけなのに?」

「想像しながら、だけどな。ただ写真を撮っても資料にしかならない。取材中にこのキャラとこのキャラがここでこんな風に会話して、みたいな想像をするんだよ。後で机上で写真を見ながら考えるよりも圧倒的にはかどるるし、一度想像しておけば後から思い出せることも多いからな」

「ふうん」


 彩音は仰向けのまま僕を見上げていた。

 これで格好が下着姿や裸だったらもう事後にしか見えない。

 正直彩音の相手もだるいし、カモフラージュの旅行について突っ込まれてボロが出たらなおのこと厄介なので、ここは強引に切り抜けるか……。


「彩音。朝風呂したのか?」

「してないけど。何?」

「いい匂いがする」

「変態」

「お前が悪い。幼なじみとはいえ年頃の男のベッドに軽々しく入ってくるなよ。興奮するだろ」


 言いながら、そこそこ起伏に富んだ彩音の体を眺め回す。


「……露骨ね」

「疲れてると言ったろ。我慢する余裕もない」

「そうじゃなくて。その演技のことよ」


 ばれてる……。

 てっとり早く孤立できる『気持ち悪いキャラで嫌われよう作戦』が、ここまで通じないとは。


「え、演技って何だよ」

「うろたえてるじゃない」

「突拍子もないことを言うから理解に苦しんでるだけだ」

「それじゃ体に訊いてみようかしら」


 彩音は嘆息すると、布団の中に潜って、っておいおい何をするつもり「うぉっ!?」ふにふにと揉まれた。

 間違えようがない。そこは、どう考えても――


「ほら、ってないじゃない」

「何してんだ。誘ってんのか」

「どうしてそうなるのよ。変態ね」

「変態はお前だろ……」

「そうね」


 くすくすと笑う彩音。普段はクールぶってるくせに、不意にこういう表情を見せるから悩ましい。もうちょっと一緒にいたいと思ってしまう。

 が、何度も自らに言い聞かせたように、目下のところ最優先事項はテレポートだ。残るターゲットである姫香と麻衣を始末し終えるまでは、余計な刺激や干渉は防ぐべき。

 集中するんだ僕。今やるべきなのは休息。


「朝ご飯は要らなそうね。おばさんに言っておくわ」

「……サンキュ」


 どうやら彩音が立ち去ってくれるようだ。

 余計なことを言って心変わりさせないよう、僕は黙って目を閉じたまま耳だけ澄ませる――あ、また眠ってしまいそう。やはり疲れてるなこりゃ。


「カメラ見させてもらうわね。かばんの中?」


 まだ帰ってくれないみたいだ。がさごそと探る音である。まあ見られて困るようなものは無いが。というより何も撮ってないし――あっ、ダメだ。


「あったわ」


 電子音がピッと鳴る。カメラが起動したのだ。


「あら。見当たらないわね」

「……」

「隠しフォルダかしら」


 そんな機能は無い。

 ……まずったな。嘘つきになってしまった。


 そもそもこういうシチュエーションを想定してなかった。

 テレポーター達を殺すために忙しくしてただけだからな。当然写真なんて撮っていないが、言い訳でデズミー旅行と言っている以上、後で写真を要求されてもおかしくはない。そんなこともわからなかったのかと自分を責めたくなる。


「瞬。どういうこと?」

「……」

「瞬? ……怪しいわね」

「……く、ふふ」


 土壇場で言い訳がひらめいてくれた。

 僕は彩音を冷やかすような口調を心がけて、


「ひっかかったな。写真は撮ってないんだよ」

「こっち向いて答えて」

「恥ずかしいから断る」

「……恥ずかしい?」

「写真を撮らなかった理由が、その、……ハズいんだよ」


 またもや麻衣の世話になるのは気が進まないが。


「僕が取材してきたのはデズミーという場所ではなく、経験だ」


 我ながらカッコいいこと言えたな、と思っていると、ぼすっと背中のあたりに何かが飛んできた。


「おい、人のカメラ投げてんじゃねえ」

「ワナビーのくせにすかしてんじゃないわよ。わかりやすく言いなさい」


 wannabeワナビー――気取りという意味だが、ラノベ用語としては『半端な実力しか持ってないくせに作家ぶっている痛い奴』といったところか。なんで彩音が知ってるんだよ。

 まあワナビーであること自体は否定しないが。


「……デートだよ」

「あの腹黒童顔と、よね?」

「仮にも僕の彼女だ。悪く言うと気分が悪い」

「……」

「なんだよ、黙り込んで」


 思わず体を起こして彩音の様子をうかがう。

 彩音は胡散臭いものを見るような目で僕を見ていた。


「別に。それで、デートが何?」

「遊園地で恋人らしい甘いひとときを過ごしたのはあれが初めてだ。デートシーンも、緊張や高揚といった心情も、今ならごりごり書ける。風景なんかに集中しなくて良かったよ」

「そう。あの瞬が、デートねぇ……」


 てっきり無感情にスルーされるのかと思いきや、少しだけ逡巡の色が見えるというか、何やら複雑な表情をしている。

 何を考えているんだろう。この前は割と本気で迫られたりもしたが、もしかして僕のことが本当に好きだったりするのだろうか。

 いや、でもこれは、そういう感情というよりも、単純に僕を心配しているような――


「にしてもツーショットの写真くらい撮ると思うけど」

「それは全部麻衣の方だ。恥ずかしくて僕は撮れなかった」


 麻衣よ、後は任せた。もし彩音に写真を要求されても誤魔化ごまかしてくださいお願いします。


「風景も撮ってないの?」

「ああ。天下のデズミーだからな。ネットに画像が腐るほど転がってる」

「でも最近の写真は無いんじゃない?」

「リアルタイムのが欲しいならツブヤイターかインスタントグラムにあるさ」


 彩音が言っているのはゴーグル画像検索だろう。あれは確かに最新の画像には弱い。


「ふうん。――もう行くわ」

「おう。昼飯はオムライスが良いって言っといて」

「要望が通るかは保証しかねるからね」


 彩音が部屋を出て行った。

 階下へと降りる足音まで聞いて、「ふぅ……」思わずため息。

 どうやら上手く凌げたようだ。

 こんなやりとりで疲弊するようじゃ僕もまだまだ。といってもハイスペックな彩音に勝てるはずがないわけで、この方向に頑張ること自体が間違っていると言える。

 こんなことが起こらないよう、もっと慎重に行動しないとな。


 僕は頭を枕に投げ出す。

 ばふんと心地よい衝撃に包まれ、数分も経たないうちに二度寝に没入した。




      ◆  ◆  ◆




 長かった黄金週間が明けて、五月八日月曜日。

 朝の教室は類を見ない盛り上がりを見せていた。


「ニュース見たか?」

「ああ。行方不明に、火事に、転落事故だろ?」

「事故にしちゃ起きすぎだよな」

「この学校呪われてんじゃね?」

「何かに巻き込まれてるのかもな」

「何かって何だよ」


 窓際にたむろするリア充グループの、一際声量の大きい会話を何気なしに聞いていると、


「超能力とか?」


 僕は振り返りそうになった。

 何とか首を途中で止め、壁時計を見ることで誤魔化す。


「なんだっけ、早口言葉だったよな。笑えるよなあれ」

「あー、それ、俺まだかばんに入れてるぜ? ちょい待ち……えっと、このへんに…………すまん、ないわ」

「つかかばんの中きたなっ。整頓しろよ」

「ワイルドだろう?」


 あははと愉快な声が響く。


 ――全く笑えない。

 紙切れが美山高校の関係者全員に配布されたであろうことは知っていたが、とうに覚醒期限は過ぎて消滅したはずだ。てっきり記憶まで消してくれたのかと思いきや、そうではなかったか。

 ……まあいい。超常的な紙切れはもはや存在しない。僕らがへましない限り、テレポートの存在が明るみに出ることはない。


「……早口言葉が流行ってるの?」


 誰ともなくそう訊いたのは僕の定位置、廊下側最前列の机に座る麻衣だ。

 素知らぬふりをしているが、無論こいつもテレポーターなわけで。可愛い顔して嘘つくの上手いな、と思っていると「赤巻紙ですわね」そばで優雅に直立する姫香が口を開いた。


「赤巻紙青巻紙黄巻紙――これを三千回言えばいい。そんな風に書いてあったと記憶していますわ」


 あまりごく自然に言うものだからスルーしそうになったが、姫香もまたテレポーターである。お嬢様のくせに平然と嘘を言うんだな。いや、むしろ社交経験豊富そうだし、得意なのかも。


「何よそれ?」

「たしか始業式の日でしたわね。そんな指示の書かれた紙切れを拾ったのです。クラスメイトの皆様もそのようですし、手の込んだイタズラのようですわね」

「私は全く覚えがないんだけど」


 僕の左席に腰掛ける彩音がきっぱりと言い切った。落ちてる物に目をやるタイプじゃないもんな。


「わたしも無いかなぁ」


 と麻衣。虚空を眺める動作がごく自然で、とても嘘をついているようには見えない。

 僕はボロが出るのが怖くて迂闊に口を開けないでいるというのに。


「瞬くんはどうでしたの?」

「……たぶん覚えがない」

「たぶん?」

「そんな奇妙な紙切れを見たとしたら記憶に残ってる。残ってないということは、見ていないということだ」

「対偶、ですわね」


 別に論理学を意識したつもりはないのだが、姫香はぽんと手を叩いて一人納得していた。

 その様子をちらりと見た彩音が僕を睨んで、


「それくらい覚えておきなさいよ」

「お前らの頭と一緒にするな」

「心構えの問題を言っているのよ。ただでさえ鈍いんだから、意識的に働かせないとあっという間に老化するわよ」


 さすが幼なじみ。僕の期待するリアクションをくれる。

 ……いけるな。こじらせ、変わり者、不器用、要領モンスターへの羨望――要するにいつもどおりにキャラを演じておけば乗り切れる。

 何なら嫌われたっていい。どうせ姫香は殺すんだからな。といっても殺し方は見当も付いてないんだけど。


彩姉あやねえには言われたくないんじゃない?」


 彩姉というあだ名――彩音が年増感満載だからって麻衣が呼び始めたんだっけか。いいセンスだと思う。僕は怖くて一度も使ったことがない。


「どういう意味よ?」

「とぼけちゃって。顔がひくひくしてるよ? ひきがえる」

「ひ、ひきっ!?」


 この程度の言葉で怯むとは珍しいな。麻衣はテキトーに言葉を吐いてるだと思うが。

 ……ああ、そうか。彩音の奴、学校では完璧超人美少女で隙が無いから、悪口の耐性が無いのか。


「げこげこ、げこげこ、わたしのなまえはあやねえ。田んぼのお水がだいすきなの」


 麻衣が妙にリアリティのある鳴き声で彩音をおちょくる。せっかく彩音に負けない容姿をしているのに、なんていうか言動が自由で、でも童顔のせいで似合ってないところが、なんていうかツボにハマる。

 とはいえ吹いてしまったら確実にとばっちりを食らってしまうので、ふと思い付いた疑問を言ってみた。


「ひきがえるって田んぼに住んでるんだっけ?」

「瞬もあとでしばくわね」

「なんで!?」


 何も言わないのが正解だったか。いや堪える自信もなかったし同じことか。「えうぅ……」麻衣が頭をぐりぐりやられている。痛そうだ。容赦なさすぎだろ。

 ……そんな中、浮かない顔をしているお嬢様が一人。


「ひめっち。なんか元気ないね」

「立て続けに物騒な事故が起きていますから。心配でなりません」


 クラスメイト全員に言い聞かせるような、その一言で、空気が一気に冷たさを取り戻す。

 他のグループにも波及して、教室全体が静まり返ったのがわかった。


「一体何が起こっているのでしょう?」


 特に意味はないのだろうが、姫香が僕を見てきたので、首だけ傾げておく。無論僕は答えを知っているし、次のターゲットはお前なんだけどな。

 彩音の意見も訊いてみたいと思い、見てみると、麻衣へのげんこつぐりぐりをとうに解除し、側頭部を優しく撫でていた。

 顔には出てないが、やみつきになっているのがわかる。麻衣の髪、触り心地抜群なんだよなあ。


「心配したってどうにもならないよー」


 その麻衣はことさら気の抜けた口調で言いながら彩音から離れ、僕の席に腰を下ろしてきた。

 仕方ないのでスペースをつくってやる。


「犯人逮捕は警察に任せて、わたしたちは青春を謳歌しましょー。おー」


 僕の腕が掴まれたかと思うと、天高く掲げられた。恥ずかしいからやめろ。


「今度みんなで遊びに行こうぜぃ」

「……麻衣ちゃんは冷たいですわね」

「なになにひめっち、善人気取りぃ?」

「とても遊ぶ気にはなれませんわ」

「そうかなぁ。身内や友達ならともかく、赤の他人じゃん。ただ学校が同じってだけで。あ、ひめっちってニュースの殺人事件とか見る度に心を痛めるタイプ?」

「麻衣ちゃん……」


 姫香が少しだけ顔をしかめる。怒りというよりは呆れた様子だ。

 そういえば二人は幼なじみなんだよな。昔から麻衣はこんな感じだったのかもしれない。

 にしても麻衣の奴、どういうつもりなんだろう。姫香を刺激しているようにも見えるが。


「二階堂さ……ううん、麻衣はもう少し空気を読んだ方がいいわね。というより先週もデズミーに行ったばかりじゃない。どっかの誰かさんと」


 彩音がさりげなく呼び方を変えつつ、話題を変えてきたが、よりによってその話か……。


「妬いてるの?」

「少しね」

「デズミー、ですか……」

「デズミーランドね。千葉県にある日本最大のテーマパークで――」

「いつのことですの?」

「……先月末よ。ちょうど事件が起きた日のあたりね」


 からかいをスルーされた腹いせか、彩音は訝しむような声音と目で僕を刺してきた。


「まるで僕が犯人であるかのような言い方をするな」

「あら、違うの?」

「……当たり前だろ」


 落ち着け。これはただイジられているだけだ。

 僕は嘆息しつつ、姫香の様子をうかが――


 ばっちりと目が合った。


 しかも何だ、その外面を忘れてきましたと言わんばかりの真顔は。

 ……いや、気のせいか。まばたきをした後には、いつもの笑みが浮かんでいた。


「羨ましいですわ。わたくしもいつか行きとうございます」

「姫香は忙しそうだもんね」

「じゃあひめっちを除いて三人で行こー」

「もう! 麻衣ちゃん!」

「あはは。ひめっちも怒っていいんだぞう? ほら、わたしの頭。ぐりぐりしちゃう?」


 ……気のせい、だよな?

 姫香が僕を疑うなど、あるはずがない。

 あるはずが……いや違う。


 わからないんだ。


 そもそも僕は知らない。

 姫香がテレポートとどう向き合い、付き合っているのかを。


 めぐみのように軽率に誰かを殺しはしまい。かといって横川先生みたいに性欲を満たす、あるいは広志みたいに娯楽や移動の手段とするのも柄じゃない。詩織みたいにおとなしくしているだけか? ――そうじゃない。


 わからないんだ。わかるはずがない。想像しても答えなんて出ない。

 こればっかりは実際に確かめるしかないのだ。

 今まで始末してきた奴らみたいに。


 だが姫香はお嬢様、それも天下の天神家だ。

 学校よりも広い敷地に住んでいるからテレアームなど届くはずもないし、護衛も潜ませているから、もし尾行でもしようものなら逆に勘付かれるだろう。というかこの前、後ろから見てただけで気付かれたし。

 ……普通に考えれば無理ゲーだ。


「だーりんどしたの? あ、わかった-、ひめっちと遊ぶのがイヤなんだね?」

「いや、そういうわけでは……」


 麻衣はこの絶望的な状況がわかっているのだろうか。

 こいつの明るさは嫌いではないが、ついイラッとしてしまう。第一お前の殺し方もまだ思い付いてないんだよ。


「瞬くんはそんなお方ではありません。わたくしを慕っていらっしゃいます」

「そういうわけでもないんだが……」

「麻衣ちゃんが羨ましいですわ」


 姫香は姫香でなぜか僕を気に入っているのが厄介だ。距離が近いとも言える。

 テレポーターの姫香なら、一蓮の事件がテレポーターの仕業だと考えるのも難しくない。もし犯人を探すような真似をしているとしたら、僕の迂闊な一言で墓穴を掘ってしまうリスクが極めて高い。


「へっへー、いいでしょ。だーりんはあげないよ」


 麻衣の言葉は姫香に向いているが、一瞬僕を向いてちろっと舌を出したのを見逃さなかったぞ。

 今のでよくわかった。僕をひやひやさせて楽しんでんだろ、この悪趣味め。


 はぁ……。頭痛が痛いと二重で表現したくなるくらいに悩ましい。

 残るテレポーターは二名――天神姫香と二階堂麻衣。

 こんなのどうしろって言うんだ?


 間もなくホームルームが始まり。


 一時間目、二時間目、昼と来て、放課後になって、家に帰って。

 その間、僕は考え続けた。




 どうやって姫香を殺すか。麻衣を殺すのか。


 もしかしたら殺さなくても済むんじゃないか。いや、楽観的すぎるか。姫香は妙に正義感が強いところがあるし、麻衣に至っては僕とて平然と殺すだろうし。悲観視すぎるか? 案外このまま平穏に暮らせるんじゃないか? 下手に動けば足下をすくわれる可能性だってある。僕は器用じゃない。相手は器用だ。分は明らかに悪い。勝負しない方に賭けるのが賢明じゃないのか。勝負しなくて、相手から先制攻撃された時は、それはその時だ。仮に姫香に捉えられたらどうなるかな。法で裁かれるかな。死刑? 麻衣の場合はどうだ? 気付かぬうちに暗殺されるか? それとも生きていることを後悔するくらい虐められるのか――


 思い浮かばない。ひらめかない。

 ただ一つだけわかったのは。


 ――死にたくないなあ。


 そんな、ごく当たり前の、根源的な欲求だけだった。

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