10 殺害計画
「木曜日か……」
「まだ新学期が始まって四日じゃない。シャキッとしなさい」
往来で肩パンを食らう僕。
「知ってるか
「でしょうね。読書してればわかるわ」
「いやわからないだろ……」
僕はにわかではあるもののラノベを書いており、商業作品のクオリティで小説を作ることがどれほど大変なことかは肌で感じている。正直言ってよほど要領が良いか、あるいは変態でなければ務まらない。
読んでいるだけでそこまでイメージできる彩音は前者だろうか。うっかり創作趣味に目覚めて僕のスッカスカのキャラを見抜かれなきゃいいけど、と考えて、
「読んだだけでわかるとは想像力が豊かだな。物書きに向いてるぞ? 彩音もラノベ書くか?」
「お断りよ。私、クリエイティブなことは嫌いなのよ。しんどいし、承認欲求もないしね」
そういえば杞憂だった。彩音はこんな奴だ。
「それでそのスペックか。宝の持ち腐れにも程があるよな」
「腐らせてはいないわ。十分役立ってるわよ」
「だろうね。授業と宿題だけで成績の学年順位一桁とかチートにも程がある。便利すぎるよなあ。半分くらい分けてくれ」
「私もあなたのモチベーションが欲しいわね。もっと日常が彩りそう」
僕とてそんなにやる気や熱意に溢れているわけではないが、ラノベ作家志望で通しているから否定するのもおかしい。適当に相づちを打っておく。
「……で、あの子とはどうなの?」
「
「殴るわよ」
「イッ!?」
殴った後で言わないでもらえますかね。全く同じ箇所を的確に肩パンしてくるのがまた辛いところだ。
「……別にどうもしない。指導はスパルタだけどな」
肩を撫でながら答える。
文芸に関する活動など何一つしていないし、麻衣はスパルタというよりはクレイジーなのだが、まあ振り回されているのは事実なわけで、うんざりオーラも自然に出てくれる。
「ふうん。イチャイチャとかしてないでしょうね」
「してません」
「怪しいわね」
「彼女は僕を趣味仲間としか見てない」
「その割にはべったりだったような?」
「人懐っこいんだよ。あと前も言ったようにラブコメ書いてる関係でかなり演技が入ってる。僕も実験台だよ」
「そう。役得で良かったじゃない」
「まあな」
三度目のパンチ。なんで?
「一人だけいい思いしちゃってからに。むかつくわ」
「幼なじみが部活頑張ってんだから応援するところだろ」
「そうね。励ましてあげる」
急に声が優しくなったかと思うと、なぜか彩音は僕の腕に抱きついてきた。
もう学校も近い。同じ制服を来た通行人からじろじろ見られている。
「いきなり何だ」
「励ましてあげてるのよ」
僕が訝しんでも彩音はスルーするどころか、「うふふ」とか言いながらさらに引き寄せてきた。
肘が柔らかな感触を捉える。というか押しつけられている。あきらかに確信犯だ。
……しかし意外と緊張しないものだな。
彩音の薄着姿は見慣れていても、感触を味わえた経験はほとんどないというのに。麻衣のせいだな。
その麻衣とも今は穏便な付き合いだが、この先どうなるかはわからない。早く抹殺ゲームを終わらせて、始末したいところなんだが。
「ねえ瞬」
気付くと、彩音が不思議そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「ううん。なんでもない」
直後、腕が解放される。
「言い淀むなんて珍しいな」
「別に。相変わらず反応が薄いからつまらないと思っただけ」
「何年一緒に過ごしてると思ってんだ。初夜でも冷静になれる自信があるぞ」
「セクハラ」
彩音のマジ睨みである。慣れている僕さえも思わず逸らしたくなるほどに鋭い。
美人はどんな表情でも美人なのかというと、そうではないんだってことがよくわかる。もちろん本人には言わない。
遠目に校門が見えた。
特に会話も無いまま通り抜ける。
沈黙していても何のストレスも感じないから、やはり彩音は違うんだなあと思う。まあ他に比較するような友達もいないわけだが。
昨日彩音が姫香に言っていたように、僕は彩音さえいれば十分なのかもしれない。
抹殺ゲームを終え、麻衣も消した後の平穏には彩音もいてほしい――
僕はそう思った。
教室に入ると、窓側最前列に人だかりが出来ていた。
中心に居座るのはベリーショートに黒縁メガネな女の子。中性的な顔立ちをしており美少年でも通りそうだ。
昨日ディスプレイ越しにした画像と一致する。
――星野めぐみだ。
僕は一時間目の準備を進めながら観察を始める。
「ねえねえ撮影はどうなったの?」
「王さんって本当に死んだの?」
群衆は男子で構成されていて、質問を浴びせている。めぐみは当惑しながらも律儀に答えている様子。
「やめなってー。めぐみは疲れてるんだよ?」
「ほらほら、あっち行った」
と、そこにいかにもリア充ですと言わんばかりの着崩し女子達がやってきて、男子らを追い払う。華やかな一角になった。匂いとか凄そう。
めぐみが笑顔で何かを言った。小声で聞こえなかったが、口元から察するに「ありがとう」か。
「いやらし」
「うるせ」
隣席幼なじみの軽口をあしらいつつも、僕はめぐみから目を離さなかった。
僕はめぐみをテレポーターだと疑っている。探りのメッセージを出すかどうかを判断するためにも、彼女の人となりや現在の精神状態を知っておきたいのだ。
もっともめぐみに疑われてしまっては元も子もないのだが、幸いなことにめぐみは思い詰めているようで、周囲を気にする余裕も無さそうだ。
家で休んでいればいいのに。真面目なんだろうか。
「今朝しでかしたことは忘れてないぞ。いやらしいのはお前だろ」
「なんでよ。幼なじみでしょ?」
「だから何なんだよそのキャラは。あんまりからかってると痛い目見るぞ」
めぐみを観察していると勘ぐられないよう、手をわきわきさせるジェスチャーも交えて彩音とのじゃれ合いに精を出す。
「あなたにやられるほどやわではないわ」
手首を捻られた。普通に痛いです。
実力差はわかってるからいちいち実力行使するのやめてくんない?
「それで、さっきから何を見ているの?」
「……別に何も」
しかも鋭いし。……いや僕が不器用なだけか。視線も彩音の奥にばかり向けてるしな。女優のめぐみであれば、こういうのも自然に行えるのだろうか。
彩音が顔を近づけてくる。小声で、
「星野さんがタイプ?」
「どうだろうな」
「知ってる? あなたが女子を見つめるのは珍しいのよ?」
「そうか? 彩音のことはよく見てるつもりだけど」
「知ってる。エッチな目で見てるわよね」
おい、なんでそこだけ小声じゃないんだ? 付近の何人かが僕を見たのを肌で感じる。居心地が悪い。
だがそれで怯む僕ではない。
「僕だけじゃないぞ。彩音はたぶん学校で一番美人だろうからな、男子はめちゃくちゃ見てるぞ。食い入るように」
彩音に対しては痛いキャラを演じることにしている。それが結果的に彩音からの追及を回避し、防止することに繋がるから。
彩音は僕よりも賢く、また付き合いも長いからな。最近の忙しさを疑われてテレポートの事がばれたら元も子もない。疑われた時点でアウトなのだ。
「照れくさいからって他の男子を巻き込むのはやめなさい」
「照れくさくはないな。お前は一応幼なじみだからな、配慮してやってるだけだ。ほら、見ようと思えばガン見もできるぞ?」
彩音の胸を凝視する僕。
……麻衣の方がでかいな。麻衣は制服越しでも膨らみを視認しやすい。
そんな僕を見て、彩音は何かを言おうとして、結局ため息をつくだけだった。
いつものように担任が入ってきて、ホームルームが始まる。
さっきの下りもあって、僕は露骨に彩音を鑑賞する――ふりをしながらめぐみを観察した。
めぐみが普段学校でどう過ごしているかは知らないが、気落ちしているのは明らかだろう。俯いたままだ。
ホームルームが終わると、
無論、勉強に身など入るはずもなく、僕はスマホで麻衣とチャットしていた。
美山高校は寛容な校風であり、他の人に迷惑をかけなければスマホをいじっていても怒られない。それで授業を聞き逃すのは自分の責任、というわけだ。まあ先生によっては許されない場合もあるのだが、今日の授業はどれも問題ない。
一時間目が終わった後は教室から逃げて、チャットに集中する。
麻衣の観察結果を共有し、見解をぶつける。
全ては直近の行動――めぐみがテレポーターであることを確定させ、どうやって始末するかを決めるために。
二時間目以降も同じように過ごす。ただしめぐみが周囲を気にし始めたので、観察は麻衣に任せた。
三時間目には作戦の
そして昼休憩。
部室に集まった僕と麻衣はパソコンの前に座り、めぐみのツブヤイターアカウントに送るメッセージを表示する。
それを見て麻衣は、
「……危ないファンにしか見えないよだーりん」
「それでも乗ってくるはずだ。危ないファンは見せかけで、本当の目的はテレポーターとしてのアポだからな」
めぐみはテレポーターであり、どんな事情かは知らないが王介を殺した。それで思い詰めている――これが僕と麻衣の共通認識。
ただ麻衣には更に見解があって、
「星野めぐみはあえて学校に来た。それはテレポーターが他にもいるかもしれないとわかっていて、自分の不安を和らげてくれる何かが起きることを期待しているから、なんだよな?」
「うん。深層心理かもしれないけどねー。だーりんは冷静に保身を第一に考えるタイプだったけど、めぐみんは衝動的に誰かに頼ろうとするタイプみたい。でもテレポートの事を迂闊に喋らない程度の賢さはある」
「何なんだよその観察眼は。怖いぞ」
「ただの心理学だよだーりん。うちに本があるよ。今度読みに来る?」
麻衣は自分の可愛さを隠すメガネを外し、上目遣いで仕掛けてきた。
「はいはい誘惑には乗らないから」
「ちぇっ」
「それで、メールアドレスとやらはこれか」
それは捨てアドと呼ばれるサービスだった。
アクセスすると数十分だけ利用可能なメールアドレスが発行され、メールの送受信を行えるというもの。
類似のサービスは多数存在するが、麻衣曰く、今見ているこのサービスは特に匿名性が高く、アングラな世界では犯罪にも使われているとか。
このメールアドレスでめぐみとやりとりをすれば、もしめぐみを殺した後、第三者にメールを見られても特定されることはないというわけだ。本当にそうなのか疑わしいが、他に匿名を担保する手段が思い付かなかったため、麻衣を信じるしかない。
「……今思ったんだが、これ、数十分しか使えないんだよな? めぐみとのやりとりには足らないんじゃないか?」
「まだまだだねだーりん」
やれやれとジェスチャーを見せつけてくる麻衣。表情もまさに人を小馬鹿してやがる。
「このメアドにはわたしの自宅サーバーから定期的に受信処理を差し込んでるから大丈夫だよ。このサービスは送受信処理をしなくなってから数十分で使えなくなるってだけだから」
「なるほど。数十分毎に人間の手でいちいち更新かけなくてもいいってことか。しかし自宅サーバーて……」
「レディーの嗜みだよ?」
「絶対違う」
麻衣の知識に脱帽することは少なくない。
何なら抹殺ゲームも全面的に麻衣に任せたいくらいだが、それはそれは危ない。麻衣に依存しすぎては麻衣に食われてしまう。
そもそも麻衣は僕と過ごせば面白そうだから僕と居るわけだし、僕の恋人契約にも乗っかってきたのだ。
そして今は程々に協力してくれながらも、基本的には傍観の姿勢でいる。麻衣にとっては僕自身が抹殺ゲームをどう取り組むかが興味の対象なのである。過剰に協力を依頼することは、そんな彼女に水を差すこと――ひいては僕の首が締まることを意味する。
「で、あとはこいつを仕込むだけだな」
めぐみのアカウントにメッセージを送るとはいえ、堂々と投稿するわけではない。
このサービスを使うと、DMを送るタイミングを指定日時に設定できる。
今日は六時間目が体育だ。この時間帯で送るように設定すれば、めぐみは少なくとも同じクラスの僕らを疑わない。もっとも予約投稿という概念の存在を知っていたら意味はないが、試す価値はある。
麻衣が淡々とパソコンを操作する傍ら、僕は弁当を食べながらめぐみを始末するまでの流れを脳内に描く。
……やはり不確定要素が多すぎるな。
一応僕らが手を下さずに殺す方法はあるのだが、上手く誘導できるかどうかは僕次第、といったところか。
「セットできたよ」
「……お疲れさん。あとは放課後の買い出しと仕込みだな。早ければ明日にでもめぐみは死ぬ」
「だーりんとデート!」
デートじゃねえっつーの……。
まるで緊張感の無い麻衣に物理的に包まれながら、僕は残りのおかずを消化した。
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