フィニエル日誌・2
「私が最高神官としてこの地に戻った時、あなたたちはどのように言いましたか? そして、その通りでしたか?」
最高神官サリサ・メル様は、くすりと笑いながら居並ぶ仕え人たちの顔を見つめていた。
最高神官の部屋は、その身分に不適当なくらいに狭く質素であり、十三人もの長身な仕え人が揃うと、なんとも息苦しい。
しかし、その圧力よりも最高神官の笑顔のほうが勝り、仕え人たちは、皆、頭を下げた。
「いいえ、ですが……」
控えながらも一人が口を開く。
そこで納得してしまえば、一同揃って陳情にきた意味がない。しかし、最後まで言葉が出ない。
「はっきり言ってはいかがですか? 巫女姫は、まだ未熟で成長が足りないから、務めを果たせないと。それでは、私が来た時と同じ言い分ではありませんか?」
「お言葉ですが、サリサ様。御身と巫女姫とでは、素養が違いすぎます」
その言葉を聞いたとたん、最高神官の顔から笑顔が消え、やや銀色の目が冷たく光った。
「巫女姫はたしかにまだ大人ではありません。しかし、あの方にはそれを埋めて余りある素質があります。たとえあの方が未熟でも、力を見抜く私のほうは、充分に成熟し、あなたたちに勝ります」
有無を言わさぬ毅然とした態度。
普段は温和な最高神官であるが、このときばかりはさすがにマサ・メルの血を表した迫力で、すべての者を圧倒してしまう。
「その私の判断に間違いがあろうはずはありません」
最高神官の言葉が、ぴしゃりとあたりの空気を打った。
意義を唱える者はいない。
仕え人たちは胸に手を当て、最高神官に敬意を表すと、静々と出て行った。
部屋の中には最高神官とその仕え人――私だけが残こされた。
ぱたりと扉が閉まる。
しばしの沈黙……。
直立不動で立ったまま。
「サリサ・メル様」
かつて巫女姫だった私だ。今後のためにはっきりさせよう。
「嘘をおつきになりましたね」
「あ、ばれましたか?」
隣にいた最高神官はかすかに微笑んで、小さく舌を出してみせた。
――やはり……。
さすがの私も腰が砕ける。
最高神官の住居は、巫女姫の母屋よりも高いところにある。
サリサ様の部屋の窓からは、薬学を学ぶ巫女姫エリザ様の姿が時々見える。エリザ様のほうからは見えない。
神官の住居自体が巫女には禁断の場所であるから、その建物の小さな窓のひとつがサリサの部屋であることすら、彼女は知らないだろう。私が巫女であった時、そうであったように。
あのまだ未熟な少女は、昨日も今日もそして明日も、怒られ泣きそうになりながら、一生懸命巫女としての仕事を学び、励む毎日だ。最高神官に巫女として選ばれたという重責に押しつぶされそうになりながら。
「おかわいそうに……」
つい、口から言葉が漏れた。その言葉に、サリサ様は少しだけ不機嫌そうな顔をする。
私は無視して言葉を続けた。
「能力以上のものを求められることが、どんなに辛いことなのか、知らないあなた様ではありませんでしょうに」
その言葉に、サリサ様は窓から目を移し、私にきつい眼差しを送った。
「私をそんなに悪者にしないでください」
「悪者になどしておりません。本当のことを言っているだけです。あんなに健気にがんばっているのに、サリサ様は良心が痛まないのですか?」
サリサ様はふっと小さく息をつく。
仕え人とはいえ、私は巫女姫としてこの霊山に長くいた。サリサ様が小さな時から知っていて、彼もさすがに私には隠し事はできない。
「なぜ、私の良心が痛まなくてはならないのです? あの人以外、私には選ぶべき人がいなかった。それだけです」
なんという自分勝手な言い草なのだろう?
この方は、マサ・メル様によく似てはいらっしゃるが、心は全く子供である。
私はさすがにため息が出てしまった。
「お気の毒です。能力ではなく、最高神官のひとめぼれでご自分が選ばれたと知ったら、エリザ様は何と思うでしょう?」
「だから……内緒です」
困ったお人だ。
今日の日誌には、仕方がないからこう書き留めておく。
「最高神官は、その人柄をお示しになった」
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