フィニエル日誌

フィニエル日誌・1

【覚書】


 最高神官マサ・メル様の死は、ムテの世界を脅かした。

 まさに時代は不穏な空気につつまれている。ウーレンに王はなく、リューマの族長は暗殺された。ウーレンの保護下にあるムテの自治区は、リューマとも隣り合わせである。いつリューマの暴徒が押し寄せてきてもおかしくはない事態にあって、ムテを守るべき最高神官が失われたのである。

 多くの純血を保った種族が滅びさったように、ムテも滅びの時を迎えたのだ。誰しもがそう結論付けよう。なぜなら、最高神官マサ・メル様があとを託した者は、まだほんの少年なのだ。

 ムテの魔力は、自らの寿命を持って変えるものである。いくら血が濃いとしても、子どもであれば、その力を発揮する能力は熟してはいない。百三年の時を生きている少年であれど、成長していないならば意味はない。学び舎で五十年学ぼうと、一年間の修行の旅で経験を積んだとしても、子どもは子どもである。

 新しい最高神官を迎え入れても、絶望と死に瀕しているこの事態にはかわりがない。




 この覚書を日誌に書いたのは、今は消えてしまった仕え人の一人である。

 彼は、さぞ絶望の中で消えはてたことだろう。むしろ恐怖の時代を知ることなく消えることを、喜びとしたかもしれない。

 当時、彼を引き継ぎ、最高神官サリサ・メル様の仕え人となった私は、その厚手の日誌の次のページに、大きくしっかりとした字でこう書き足した。


 ――その絶望は裏切られることになろう――


 その後、日誌も私が引き継いでいる。

 日々は、私の言葉を裏付けするように平和に過ぎた……が。

 ここにきて私は、この一文を消すべきか否か、迷っている。

 サリサ・メル様のとある判断に、大きな疑問と不安を抱き、希望が見出せないからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る