第335話 堂杜祐人と襲撃者⑭


「数週間前に秋華が突然、祐人君を紹介したいと言ってきたのよ。さっき言った通りの話でね。それでもちろん馬鹿馬鹿しいと話は打ち切ったのだけどこの子は諦めなくてね」


 雨花の説明が始まると秋華はプンプンと頬杖をしている。


「そうしたら突然、秋華が友達を呼んだって言うのよ。まず友達のいない子だったから喜んでいたのに、名前を聞けば琴音さん、祐人君、ニイナさんとどこかで聞いた名前ばかり。全部、私たちが駄目と言った話に出てきた人たちじゃない。それでこの子ったら……と思っていたら」


 雨花が琴音やニイナに目を移す。


「琴音さんは良い子だし、本当に仲が良いのを見て驚きました。それに祐人君たちが来た際にニイナさんともお話をしたけどとても好感が持てたわ。こんないい子たちだから秋華とも仲良くしてくれているのね、って。別の意味で予想外で嬉しかったのです」


 雨花の話は母親としての意見であり、好ましいものであったのでニイナも含めて聞き入った。

 そして雨花が祐人に向けた。


「それでさっき祐人君とも顔を合わせてさらに驚きました。度肝を抜かれるというのはこういうことを言うのでしょうね。まずは秋華の言った通りの実力、というよりもそれを超えています。どうやら秋華ですら祐人君を測れてなかったようですね。秋華はとんでもない子を連れてきました。心技体は能力者も大切にするところです。その若さでよくぞそこまで練り上げました」


「い、いえ、言いすぎですよ、雨花さん」


「そんなことはありません。能力の高さで相手に敬意を示すのは黄家のしきたりです。ですので私たちはあなたを年下や子供として扱いません。一人前の……私たちと同格の者として扱います。色々と試すような真似までしまして申し訳ありませんね。祐人君はそういうレベルの能力者ではありませんでした」


 雨花が祐人に頭を下げた。


「そんなことないですよ! 普通に扱ってください、普通に!」


 この雨花の言動には孟家の人間たちが殊更驚いた表情になった。孟家は黄家の裏側で常に従ってきた家系である。

 その孟家にしてみれば黄家の現当主である雨花が頭を下げることはそれだけのことなのだ。

 一方でニイナは祐人の評価が高いのは嬉しいが逆にそわそわしてくる。嫌な予感がしてきたのだ。何故なら話は本題に入っていない。


(それにしても黄家は能力の高さで相手に敬意を示す、って全然、直系の二人に伝わってない気がしますけど)


 ニイナはまだ固まっている英雄と不機嫌そうな秋華に目を向けると乾いた笑いを溢す。


(ひょっとしたら秋華さんと英雄は突然変異? 残念な方向性の)


 それとニイナに引っかかったところがある。

色々と試す真似とは……まさか。

 ここまで相手がさらけ出してきたのだ。もう直接聞いてもいいだろう。


「雨花さん、今日、秋華さんたちが襲撃されたのは知っていますか?」



「もちろん、知っていますよ。うちの者が大変、失礼をしました。申し訳ないと思っています」


 平然と答える雨花を見て、ニイナはやはり……となる。

 祐人もこの件には目を険しくした。

 つまり祐人の実力を襲撃することで試そうとしたのは秋華で、それを事前に伝えらえていたにも関わらず止めなかったということだ。

 この場で秋華が黄家夫妻に祐人をアピールするためとはいえ、とんでもないことをしている。どんな理由があるとしても危険な真似をしたことに変わりはないのだ。

 だがこれは祐人を取り込ませないための良いカードになる。

 自分たちの勝手極まりない都合で祐人を襲うなど論外だ。


「やっていいことと悪いことがあると思います。私は堂杜さんの秘書として正式に抗議します」


「分かっています。この件に関してはこちらの落ち度ですので返す言葉もないです。捕まえた者たちは厳重に処罰しますし……英雄! 聞いているの⁉ これはあなたの不甲斐なさが招いたのよ」


 雨花が呆然自失の英雄を叱咤する。


「ハッ、何ですか、突然」


「何ですか、ではありません。今日、あなたを推す親派が堂杜君を襲ったのですよ」


「ええ⁉ 何ですかそれは!」


「まったく……そんなことも分かっていないのですか。自分の足元もまとめ上げられない様では黄家を担うなどできないと伝えているでしょう」


(え? え? どういうことです? 襲撃の犯人は秋華さんに雇われた人たちじゃ)


「連れてきなさい」


 雨花が後ろの従者に伝えるとすぐに三人の男たちが連れて来られた。

 全員がその男たちに視線を集中させる。


「あ、お前たち! 何で……」


「英雄様ぁ……」


 このボロボロの姿の三人には祐人も見覚えがある。デパートの駐車場で襲ってきた連中に間違いがない。

 途中から話が思わぬ方向に進み、SPIRITのイーサンもナタリーも驚いているようだ。


「この者たちが襲撃してきた者たちです。この者たちは英雄を次期当主に推す者たちですが……早まった真似をしましたね、まったく。祐人君は友人として来ているというのに……」


 ニイナは話の展開に驚いて秋華へ振り返る。

 すると秋華はこちらをあきらかに見ないようにしている。


(え? まさか……秋華さんの話は本当だったっていうの⁉ え? え? ちょっと待って、今、雨花さんは友人として来ていると言いました? 話が見えません! 私たちが護衛に来ているとはまだ思ってない? 何なんですか⁉)


 ニイナは混乱してきた。

それは祐人も同様で、祐人はニイナの言う通り自分を試すために秋華か黄家夫妻が指示して襲わせたのだと思っているのだ。


「ちょ、ちょっと待ってください、雨花さん。彼らは明らかに僕を襲ってきました。秋華さんを襲ってはいなかったです!」


 この祐人の発言に雨花はキョトンとする。

 祐人の伝えたい内容が分からないようだった。


「え? ええ、そうですよ。この者たちは祐人君を襲ったのです」


「へ?」


「は?」


 祐人とニイナは雨花の返答に脳内が「?」で埋まる。


「はっはーん、分かってきたぜ。どうやらお前らは黄家という組織のあり方をまったく知らねーんだな」


 突然、ずっと我関せずにお酒をあおっていた王俊豪が口を挟んできた。

 若干、酔っぱらっているのか陽気になっているようにも見える。


「そ、組織?」


 祐人とニイナが俊豪に振り返る。


「まあ、知らねーのも仕方ねーか。黄家はな、次期当主を決めるのに何個か独特のルールがあるんだ。まず黄家は長男が無条件では当主を引き継がねぇ」


「は、はい、それは何となく秋華さんから聞いていました」


「直系が複数人いた場合、まあ、例えば今回に当てはめれば英雄と秋華だが、黄家に属する者たちは自分がこの人こそ次期当主に相応しいと思う者それぞれにつくんだわ。それで現当主が引退するとき、この勢力が強い方が跡継ぎになる」


 それも何となく分かる。それらしいことを秋華は言っていた。


(うん? 待てよ。秋華さんは最近、自分を推す勢力がいたと知ったと言っていたな……。俊豪さんが知っているような話、秋華さんが知らないわけがない)


「それともう一つ、黄家の当主は男しかならない」


「え⁉ で、でも……雨花さんは……」


「雨花さんのはあくまで代行ということだ。これもかなり例外だがな。現当主が体調、もしくはその他の理由で黄家を切り盛りしていくのが難しい時に稀に伴侶、つまり雨花さんがその勤めをすることがある。こういう事態になる時は……まあ、大威さんを前に失礼だが当主の交代時期が迫ってるともとれるんだわ。だから黄家家中の者たちは心中、穏やかではなかったはずだ」


「す、すみません、それで何で堂杜さんが襲われるんでしょう?」


「結婚相手って言ったんだろう? 秋華は。つまり男しか当主にならない黄家ではそこの坊主が次期当主候補になる可能性を考えたんだろう。黄家は自由な家風で従者の権利を尊重する。特にこの次期当主を誰に推すかは従者たちの決して侵されない絶対的な権利だ。たとえ現当主でも手は入れられない」


 まだ、よく分からない顔をしている祐人たちを見て俊豪は舌打ちするとまたお酒をあおる。


「だからぁ、そいつらは試したくなったんだよ。次期当主候補になるかもしれない、その坊主の実力を。それでその坊主が納得のいく〝力〟を持っていれば、従者たちはそれに基づいて推しを変える。当主に推す従者たちの数は常に変動する。いつ推す相手を変えてもいいんだ。最後の当主を決める直前までな」


 かなり独特なルールだ。黄家は次期当主を従者の数で争わせ、より支持を集めた者を次期当主に据えるということだ。

 黄家の歴史は長い。にもかかわらず考え方によれば非常に民主的な方法で次期当主を決めてきたということだ。

 もちろん、今回のような危ないことも多々あったろうが、うまく機能すれば名家としていつまでも存続させた理由にもなり得る。

 試すような真似をした、というのは家中の者がということであったか。


「私たちは秋華に祐人君をと決めていないし、ただの友人と言っているのに……この者たちは先走って勝手に行動したのよ。これは本当に申し訳なかったわ」


「で、でも、よそ者の人間を男とはいえ当主にするんですか? だってそうしたら固有伝承能力の【憑依される者】を扱えない人間が当主になることになりますよ」


「うん? 関係ないわ。【憑依される者】はどれだけ素晴らしい術でもあくまでも一つの術。当主が優秀でなくては家ごと消えてしまう運命よ。それに【憑依される者】は黄家の直系の血を引く限り必ず引き継がれる。つまり家さえ残れば術も残るの」


 雨花は何でもないことのように言ってのける。


「男が当主というのは黄家の伝統だから変えようはないし、変える必要もないことよ。それにそれでなければ外の優秀な男性がわざわざ黄家に来ないでしょう。家を盛り上げてくれるなら、家ごと持っていけということよ。まあ、それだけに黄家の女性は男性選びが大変なんだけどね」


 雨花の話を聞き、なんとも柔軟というか、逆に言えば確固とした考えがそこにあるように祐人は感じた。

 ここでニイナがハッとした。


(ということは……堂杜さんを呼ばなければそもそも襲われることもなかった? いや、むしろ呼んだから襲われたことに……ああ! 最近になって自分を推す派閥があることを知った……て、秋華さんが堂杜さんを自分の結婚相手にすると家中にそれとなく吹聴したんだ! 両親には友達を呼ぶと言い張って、裏ではそんな噂を流したんですね)


 ニイナがキッと秋華へ顔を向けると同時に秋華が顔をそむけた。


(こ、この子~、それが分かってて襲われるようにぃ! それも嘘とも言えない言い回しでここまでしてぇ。どおりで質問しなきゃ何も答えないわけだわ。とにかく堂杜さんが実力者と伝わればいいっていうことだったのね)


「本当に申し訳なかったわね、祐人君、ニイナさん。変な噂で巻き込まれてしまって。これも英雄が確固たる地盤を作っていればこんなことにはならなかったのに。大祭の一件でこの馬鹿息子が勝手をしたから家中の者も呆れた者が出てしまったのね」


 雨花の横で涙目になった英雄をニイナは初めて同情の目で見つめたのだった。


 ——その時だった。


 その二人が気を抜いた一瞬に、凄まじい轟音と共に夕食会場のドアが吹き飛んだ。



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