第308話 上海へ②

「あ、ただ瑞穂さんが気になることを言ってました」


「それは?」


「今、世界の裏側が不穏だ、と。先日の四天寺襲撃しかり、ミレマーしかり、闇夜之豹に巣食うカリオストロ伯爵等々、どうにも世界中の能力者サイドが騒がしい、と。まるで何か、良からぬ大きな動きがあるのではないか、と」


 それを説明するニイナの声はどこか怯えが混じっている。

 もし、こういった良からぬ大きな動きがあるのならば、ミレマーでその渦に巻き込まれたニイナはまさに被害者である。その経験がこの良からぬ動きなるものに恐怖を感じてしまうのは仕方のないことだろう。

 そしてこれらのことについては祐人もすでに考えていた。

 それぞれには繋がらないかのような事件、しかしその裏ではジュリアンたちが暗躍していた。

 いや、正確に言えば同じ組織の人間がそれぞれ好き勝手に動いていたというところだと考える。とはいえ、彼らは目的を同じにしていたはずだ。

 だが今になって、この連中が組織だって動いてきた可能性はある。

 四天寺家への襲撃はその狼煙だったと考えれば、あの無茶苦茶な戦いも理解はできる。


「瑞穂さんは僕に何を伝えようと……。他に何か言ってた?」


「実はこれだけです。マリオンさんの件は話し合いで決めるものですし、そんなに心配はいらないだろうけど、堂杜さんには伝えておいて欲しい、とのことでした」


(ますますよく分からないなぁ。何なんだろう?)


「変ですよね、瑞穂さん。マリオンさんに付いていくのもマリオンさんはずっと断っていたらしいんですが、どうしても随行すると言って強引についていくみたいですし。マリオンさんも根負けしたみたいです」


「うーん、よく分からないけど取りあえず分かった。頭に入れておくよ」


 祐人は答えるが、この時の瑞穂の瑞穂らしからぬ伝言に首を捻った。

 すると、ニイナが今の端に並べられている荷物に気づいた。


「堂杜さん、どこかに旅行でもされるんですか?」


「ああ、これは護衛だっけかな、依頼があって明日から仕事に行くことになって」


「大変ですね、どんなお仕事ですか、また危険なお仕事ですか?」


 ニイナは心配そうに祐人を見つめてしまう。


「ううん! 全然、大丈夫だよ! ほら、秋華さんって覚えてる? 実はその秋華さんから依頼をもらったんだよ。それで明日から上海に行くんだ」


「……秋華さん? ああ、たしか合コンと呼ばれる会合に偶然、隣に居合わせたというあり得ない嘘を平気でついた挙句にちゃっかりこちらに参加してきた女の子ですか?」


「え!? う、うん」


(ニイナさんがそんな認識だったとは!?)


「堂杜さん」


「はい」


「詳しく! その依頼の内容を教えてください」


「い、いや、依頼主のことは他人に伝えることはできな……」


「他人ではありません。一緒にご飯を食べたり、ボーリングしたり、カラオケに行った間柄を他人と呼ぶんですか? 堂杜さんは。それにいい機会です。堂杜さんが仕事や依頼の契約に関してどう考えているのか聞いておきます。もし騙されていたらどうするんですか」


「でも、もう前金分は支払われているし、航空チケットも来てるし、騙されることなんて」


「いいから話してください」


「はい」


 ——十分後


「ふむ、つまり堂杜さんは契約のサインを交わしてもいないのに口約束だけで上海にまで、相手の懐、まさにホームグラウンドに行くんですね?」


「いや、でもお金は振り込まれてたし、知らない仲でもないし」


「同じです。それに知らない仲だからこそ、後々のトラブルを避けるためにしっかりとした契約を交わすことが大事なんです。もし、現地で違うことを言われたり、逆にお金を請求されたらどうするんですか? あの子ならやりかねません」


「まさか、そんな」


「堂杜さん」


「はい、僕が甘かったです」


「もう、何で堂杜さんはこんなに隙だらけなんですかね。そもそも誰にも狙われていないのに護衛の依頼をしてくる、という時点で考えることはないんですか」


「変だな、とは思ったんだけど」


(こんなの依頼にかこつけて、暗に堂杜さんと一緒にいたいというアピールをしてるんです。とてもあざとい手口なんですよ、もう。お金に困りすぎて飛びついてしまったのは可哀想ですけど)


「分かりました」


「何が?」


「私が堂杜事務所のマネージャーをします」


「堂杜事務所!? な、なにそれ……」


「私が堂杜社長の秘書兼マネージャーとして顧客と条件を話し合いますので。出発は明日ですよね。アローカウネ」


「はい、すでに航空券を手配しました。外交特権を使いましたので、現地で上海市長との面会をお願いしましょう。面会が無理でもこちらから丁寧に挨拶いけば向こうは悪い気はしないでしょう」


「ええええ! ニイナさん、それは!」


「私も行きます。それとアローカウネも来ますが、今回はお忍び訪問という形をとりますので、SPが間に合いません。ですので、堂杜さんに依頼を出しますね、私の護衛です」


「いーー!?」


 祐人はもう話の展開についていけずに目を見開いている。


(何なの、これ! ニイナさんが秘書でマネージャーで依頼主で護衛をしなくちゃならなくて、秋華さんの護衛に行ってニイナさんが契約の交渉して……ああ、訳が分からないよ!)


「私のことも守ってくださいね、堂杜さん……じゃなくて、社長」


 こうしてニイナも祐人と共に上海に来たのだった。

 偶然かもしれないが、考えようによっては瑞穂の指示や行動がこの状況を作ったともいえる。

 この時、瑞穂が精霊使いとして辿り着く先の姿を垣間見せたことを祐人たちは分からなかった。


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ご報告です。

12月1日に魔界帰りの劣等能力者5巻が発売されます。三章に突入します。かなりの改稿、書き下ろしをしてます!

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