第298話 エピローグ1


「あ、朱音様……?」


「言わないで、左馬之助。本当にあの子は……。祐人君を招き入れる千載一遇のチャンスかもしれないのに」


 朱音が頭を押さえながら息を漏らした。この朱音の姿は本当に珍しい。

 左右に控える神前、大峰の当主である左馬之助、早雲も初めて見る姿だった。

 朱音は四天寺家のリーダーであり精霊の巫女でもある。

 精霊の巫女とは精霊から叡智を受け取り、世界の成り立ちを伝える者でもあるのだ。そのためなのか、朱音はどのような出来事や事象を見ても驚くことはなく、むしろそれが当然かのように冷静だ。

 すべてを見通しているのか、と周囲は疑いもしたが朱音は何も語らないのでそれは分からない。ただ、その時代に精霊の巫女が現れるということには意味がある、と精霊使いたちの間では言い伝えられている。

 二百年以上空席だった精霊の巫女が現れたことは世界中の精霊使いにとって大事件であり、どの精霊使いの家系も朱音に注目している。毎年、世界中の精霊使いの家系から必ず表敬訪問を受けるのもそのためだ。

 朱音が再び試合会場に目を移す。


「まさか、あなたが秋子さんを狙っていたなんて盲点だったわ!」


「はいーー!? 秋子さんって、法月さんのこと? ちょっと待って! 一体、何の……」


「しかも! あなたが病院で治療と称してやったあれはこの時の布石だったのね! そんな邪な考えで乙女の体に触れて、胸ばかり見てたのね!」


「瑞穂さん! その術はおかしい! その術は会場がぁぁぁ! ぎゃー!」


 朱音はもう一度、ため息を吐くといつもの表情を取り戻した。

 瑞穂の放った術が観覧席にまで迫るのを四天寺家総出で防いでいる。


「左馬之助さん」


「はい」


「仕方ありません。とりあえず今回は祐人君を諦めます」


「なんと……婿殿を諦めるのですか」


 今の左馬之助は祐人を認めてしまっており、残念な顔を隠さなかった。戦闘では一族を救ってもらうこと多数、人間性にも問題はない。これほどの婿を探すことは難しいと考えている。何よりも自分自身が祐人を気に入ってしまっていた。


「そうではありません。起きてしまったことを最大限に活用しましょう、ということです。まずはこれです」


 朱音は試合場の上で祐人を追い回す涙目の愛娘を指さした。左馬之助は朱音の真意が分からずに首を傾げる。


「早雲さん」


「はい、朱音様」


「この二人の姿を世界中の能力者及び国家機関に情報として流しなさい。編集の仕方によってはいい物ができます。どうして祐人君はこの大祭にランクD程度の実力で参加してきたのか、瑞穂は敵の襲撃の際に祐人君の元に行ったのか、瑞穂と祐人君の出会いの馴れ初めも織り交ぜておくといいでしょう。二人の関係性の解釈は早雲の方で考えて構いません」


 一瞬、「は?」と呆気にとられた早雲だったが、しばらくすると合点がいったというように笑みをこぼす。


「ふふふ、なるほど。承知したしました。そうですね、では、この最後の本祭は瑞穂様と婿殿の壮大な〝痴話げんか〟として流してまいります」


「任せます。それと今回の件で名が売れた祐人君を調査しようという方々が現れるでしょう。その場合にもそれを使いなさい。瑞穂の婿探しがより難しくなるリスクもありますが、そもそも祐人君しか眼中にないのでもういいでしょう」


 今、瑞穂が放つ大技を祐人が皮一枚で躱す。祐人は防戦一方でもはや戦いにすらなっておらず逃げまわっている。何度も「降参です!」「参りました!」と必死に訴えているのだが、何故か受け入れてもらえない。

 どうやらMC兼レフリーは瑞穂の強い視線を受けて、見ぬふりをしているらしい。

 観客たちはというと顔を青ざめさせて、硬直している。

 ここにいる半数以上は、この堂杜なる少年の戦いぶりを見た。それは誰しもが驚愕し、勇気づけられ、そして、四天寺家にこの少年が迎えられることを真剣に恐れた。

 それほどのインパクトがあったのだ。

 だが、今見ているものは、


「逃すかぁぁぁ!」


「ギャー! 瑞穂さん、落ち着いてぇぇ! ブフォーー!」


 祐人が地面から突き出る岩を何とか交わしていた。今の瑞穂は隙が無く、祐人がまったく近寄ることができない。

 早雲は深刻な表情で顎を手で摩る。


「たしかに他家や他の国家組織が婿殿にアプローチかけてくるのは面倒です。分かりました。これらの映像も情報として一緒に流します。うまく編集すれば、婿殿の実力は大したことはない、と考えてくれるか、瑞穂様が強すぎる、のどちらかになるでしょう」


「おお、なんと! 早雲、頼んだぞ。これ以上、お嬢のライバルが増えたらたまらん」


「しかし、これではもう入家の大祭が四天寺の秘事とはなりませんね」


「構いません」


 早雲の苦笑いに朱音が即座に答えた。


「この四天寺家に迎えるに相応しい人物がいる。これだけで大抵のことは小事です。徹底的にやりなさい。いいですね、二人とも」


「承知仕りました」


「承知いたしました」


 左馬之助と早雲が同時に頭を垂れた。

 朱音は柔和な顔に戻り、横に座っているランクSS剣聖アルフレッド・アークライトに笑顔を見せた。


「それで……剣聖はどうされるので? 祐人君に用事があるのでしょう」


「はい、ですが今すぐにではありません。それに祐人君に声を掛ける際には四天寺家にも報告いたしますので、ご心配なさらず」


「あら、そんなことは心配しておりませんよ。それよりも剣聖」


「はい」


「むしろ、あなたの行く道に必ず祐人君を連れて行くのが良いと思います」


「……!」


「いいですか、剣聖。機が整ったと考えた時、一番最初にするべきことは祐人君に会うことだと思うのがいいでしょう。もちろん、四天寺も協力します」


「……良く覚えてきます」


「日紗枝さん、日本支部で信用のおける人間を剣聖のサポートにいつでも回せるようにしておくといいです。もちろん、内密に、です。剣聖がもし何か重要な情報を掴む時が来たときは、機関総出の対応を迫られる可能性もありますから」


「はい、朱音様。そのようにいたします」


「剣聖、無理をしてはいけませんよ。帰ってくると分かっていれば女は耐えられます。ですが、帰ってこないと気づけば、あなた自身の重しとして動くこともあるのです。これは覚えておいてください。ね、日紗枝さん」


「え!? 何を……」


 慌てる日紗枝を横目に朱音はクスっと笑うが、その目はここではないどこかを見ているようだった。


(剣聖を中心に何かが進んでいく気がします。まだ何かは分かりません。ですが、私たちが頼れる軸がこの一つだけでは分が悪いかもしれません。もう一つ、我々には軸が必要です。強力な軸がもう一つあれば未来を切り開く可能性が高くなるでしょう)


 そう考えたところで、朱音は祐人を眺めていた。




(こんなに手強いなんて!)


 祐人が意外なほどにスタミナを削られて驚いている。

 すると瑞穂のコーナーの下から茉莉の指示が瑞穂に飛ぶ。

 今、茉莉の身体には澱みなく霊力が循環していた。


「祐人ぉ! 逃げ回るなんて男らしくないわよ! 瑞穂さん、祐人はそれを躱したら左奥のコーナーに移動して呼吸と整えようとするわ! そこで範囲攻撃を!」


「分かったわ! 茉莉さん」


(え!? 読まれた! 何で分かったの!? 茉莉ちゃんが何故!?)


「茉莉さん、とてもきれいに霊力が発動しています。今これを続ければ、少しづつスキルも発現していくと思います。ただ、焦らないでくださいね。以前、倒れたみたいにならないとも限りませんから」


「落ち着いてくださいね、はい、飲み物です、茉莉さん」


「ありがとう、マリオンさん。ニイナさん。何となくですけど見えてきました、祐人の考えとや次の行動が。もっと頑張りますね」


「はい」


 女性同士は和やかに言葉を交わすが、祐人に視線を移した途端に瞳の光が消えた。


「ひぃぃぃ!! こんなのどうすればいいんだよ!」


「祐人! 無事に負けるんだ! いいな!」


 一悟が無責任な指示を送った。



 この大祭の後、案の定、堂杜祐人なる人物を調査し始める家や組織が激増した。

 だが、中々掴めない。

 流石は四天寺。そう簡単には情報をとらせないのだ。

 しかし、辛抱強く調査していた僅かな能力者の家系と組織が重要な情報を手に入れることに成功する。

 時間とお金と優秀な人材を使い、ようやくにして手に入れた情報はこうだった。


 愛し合う二人、四天寺瑞穂と堂杜祐人

 この危うい恋に走りそうな若い二人に困る四天寺家

 仕方なく四天寺家が祐人に実力を示せと大祭の開催を決定

 思わぬ敵の襲撃、完全に虚を突かれた四天寺家

 瑞穂様は咄嗟に愛する祐人を助けに行く

 襲撃で滅茶苦茶になった大祭

 他の残った参加者たちは負傷、もしくは参加辞退

 祐人は残り、最後の審査を受ける

 この時、四天寺家の重鎮たちは大きなため息と諦念して、瑞穂と祐人との仲を公認


 ……が、

 瑞穂は祐人が他の女性をいやらしい目で見たことを怒り、なんと大祭最後の本祭で大げんか。映像あり。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る