第286話 劣等能力者の受難


 四天寺家を襲撃した者たちは撤退し、残ったのは敷地内にあらゆる場所にできあがった戦いの跡だった。

 難を逃れた大祭の参加者たちやその従者たちは疲れ果てた様子でその場に腰を落とす者もいる。

 祐人はそれらを無言で見渡しながらジュリアンたちのことについて考えを巡らしていた。


(ジュリアンたちはスルトの剣と同じく能力者たちの存在を世界に発信して、機関に戦争を仕掛けるつもりだろう。今日はその前哨戦、もしくは威力偵察といったところなのか)


 そう考えたところで祐人は眉根を寄せる。


(本当に……それだけなのか?)


 祐人はジュリアンたちと戦い、それだけではない別の目的、もしくは手段に拘っているように感じたのだ。

 このご時世だ。もし、能力者の存在を明らかにするだけなら、やりようはいくらでもある。

 ネットを介したアピールも可能であるし、今回、四天寺に仕掛けたように突然、主要都市を襲うこともできる。

 主要国も機関も都市への襲撃は警戒しているだろうが、ジュリアンたちが好きなタイミングで好きな場所に仕掛けることができるのだ。とてもではないが未然に防ぐなど至難の業だろう。

 また、世界的な主要大都市で一旦、ことが起きれば誤魔化すことなどできないだろうことは今回の戦いで明らかだ。ミレマーのときのように独裁政権の閉鎖的で発展途上の国家とはわけが違う。


(魔界と接触しているのは、ほぼ間違いない。問題はその接触の経緯、接触方法、そして、どういった奴らと繋がっているのか、だね)


 やはりこの後、纏蔵と遼一には相談しなくてはならないと祐人は考える。

 できれば隠密裏に堂杜家だけで片付けたい問題だが、相手はそんな簡単ではなさそうだ。であれば機関の力や情報網を利用させてもらい、魔界の存在だけは知られないように動く必要がある。


(それも相当に難しい問題だよなぁ。せめて父さんがこっちに帰って来てくれれば色々とできそうな気がするんだけど……。爺ちゃんじゃなぁ、不安要素としかならないし)


 祐人は軽く息を吐き、現在、魔界に赴いている父、遼一とコンタクトをとることを決めた。堂杜家にとってそれだけ重要なことなのは間違いないのだ。

 祐人が再び周囲に目を移すと、今、四天寺家の人間たちが大祭を観覧していた被害者たちそれぞれに声をかけている。どうやら四天寺お抱えの医療チームが設営したテントに怪我人を優先して運んでいるようだ。

 あれだけのことがありながら、四天寺家のこの余力ある対応に祐人は驚きを隠せない。

 すると、明良からナファスの瘴気に当てられ、負傷していた人間たちの治療をお願いされていたマリオンが戻ってきた。


「すごいですね、四天寺って」


「そうだね、本当に。これが能力者家系で名家と言われる家の実力なのかな」


「四天寺にも意識不明の方が数人、重傷の方が多数いるみたいなんですが、上の方も下の方も揃って、この程度の損害で済んだ、と喜んでいました」


 苦笑いしながらマリオンがそう言うと祐人も苦笑いした。


「常在戦場……か、四天寺が強いわけだ」


 これら四天寺の反応や発言は一般人には分からない感覚かもしれない。

 これは能力者たちの世界が歴史的に殺伐としていたということがあるだろう。

 観覧席にいた能力者たちも仲間の死には心を痛め、怒りに打ち震えている。しかし、それは個々に委ねられた感情であり、他者にまで干渉することはしない。何故ならば自分の身を守らなければならないのはまず自分ということが能力者の間では常識なのだ。

 それは能力者である以上、常に危険と隣り合わせという現実がある証拠だろう。

 また、能力者同士の戦いでなくとも人外との戦いで命を落とす能力者は毎年いる。

 能力者であるということは、こういう一面も抱えているのだ。

 であるからこそ、機関まだまだ公機関にはなれない。

 一般社会が能力者のような存在を受け入れられないのと同時に能力者も一般人とかけ離れた常識を持っている。

 実は世界能力者機関はこれら能力者特有の価値観を打破しようとしているのだが、上手くいっていない。それは機関の中核を成す家の一つ、四天寺家でさえこの通りなのである。他の能力者家系も〝お察し〟といったところだ。

 ちなみに機関が天然能力者を保護、育成に力を入れているのはこういった価値観に毒されていない天然能力者の重要性が認識されたからである。


「祐人さん、嬌子さんたちは?」


「うん? ああ、みんなは先に帰ったよ。家で待ってるって」


「そうですか……お礼を言いたかったのですが」


「何故かみんな、妙に急いでたんだよね。でも、いくらでも会う機会はあるから大丈夫だよ、マリオンさん」


 今回、戦場を一変させ、四天寺に反撃の機会をもたらすという活躍をした人外たちは敵が撤退すると深追いはせず、というより興味を示さずに帰って行った。

 実は祐人からどんなご褒美をもらおうかと早く思案したいだけだったりする。


「そういえば瑞穂さんは?」


「あ、瑞穂さんたちは大祭の主催者の立場あるとかなんとかで、明良さんに促されて屋敷の方に戻っていきました」


「そうか……こんな状況だもんね」


「はい……」


 祐人とマリオンはしばらく広場の状況を見つめた。

すると広場の片隅で祖父纏蔵が秋華に説教されているのが祐人の目に入る。


「マリオンさん、ぼ、僕らも行こうか」


「え? はい、では、瑞穂さんのところに行きましょう」


「うん! 早く行こう。すぐにこの場から離れよう」


 妙に急かす祐人にマリオンは首を傾げるが、祐人とともに移動を始めるとすぐに祐人を呼び止める大きな声が聞こえてきた。


「おーい、祐人ぉぉ!」


「うん? あ、一悟!」


 一悟が必死の形相でこちらに走ってくる。何があったのかと祐人もマリオンも顔に緊張が走った。


「一大事だ! すぐに帰るぞ!」


「一悟、どうしたの!? 何があったの!?」


「ああ! お前が早く帰らないと俺が殺されるんだ! いや、殺されそうな勢いだった!」


 殺される……という言葉に祐人とマリオンが顔を強張らせ、互いに目を合わせる。一悟は膝に両手をつきながら大きく息を繰り返している。


「一悟、落ち着いて事情を話してくれ。誰に殺されるの?」


「馬鹿野郎、そんなの決まってるだろ! 白澤さんとニイナさんとそこにいるマリオンさんにだよ!」


「……は?」

「え?」


 祐人とマリオンは一悟の思わぬ発言に呆けたようになる。


「袴田さん、どうしたんですか? 私が袴田さんを殺すわけがないですし、茉莉さんもニイナさんもするわけ……」


「違うんだ! 俺が頼まれたこの仕事をしっかりこなさなければ、それぐらいの剣幕で怒られるってこと!」


「ちょっと、一悟。何を言ってるのか、さっぱり分からない……」


「ああぁぁ!! ヤバイ! もう来た! 白澤さんとニイナさんの言う通りだ! 祐人、早く行くぞ!」


 顔を青ざめさせて自分の腕を掴む一悟の視線の方向に祐人は振り返った。すると明良たちがにこやかな表情でこちらに向かってきているのが分かる。

 そんなに騒ぐようなことでもないどころか、意味が分からない。マリオンも同様だ。


「一悟、ちょ、ちょっと! 一体、何なんだよ!」


「だからぁぁ! 入家の大祭は終わらないの! しかもお前以外は全員、敗北か棄権済み。つまりこのままだとお前と四天寺さんの決勝戦を残すだけなんだよ! やる気満々なの、この家の人たちは!」


「……は? はーん!? 何それぇぇ!」


「これに気づいた白澤さんとニイナさんはすぐにお前のところに行って、お前を連れ出すように動いたんだ。でも……」


「でも? 茉莉ちゃんとニイナさんの二人はどうしたの!?」


「二人は……すでに捕まったよ」


「捕まった!?」


「ああ……俺にもよく分からんのだが、四天寺家のお姉さんたちが来て、二人に何かを耳打ちしたと思ったら、二人とも突然、膝から崩れ落ちてな。その後……血の涙を流すような表情で〝俺に任せた〟と言ったんだ! すげえ怖かった! マジもんで怖かった!」


 何を言っているのか、まったく理解できないが一悟が必死なのはだけは伝わってきた。



――――――――――――――――――


ご報告です。

「魔界帰りの劣等能力者3.二人の英雄」の発売日が決定しました!

今月末、2月29日(土)になります。

また、情報開示がありましたら、活動報告と交えてご報告していきます。


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