第285話 鍵たち⑥


 ジュリアンは頭上に掲げている怪しく波打つ黒い球体をさらに上空へ移した。


「じゃあね、バイバイ、四天寺家とそれに加担する人たち。まあ、想像以上に楽しかったよ。はああ!」


 今まさにジュリアンが今まさに術を放とうとしている。祐人たちに戦慄が走り、顔色を変えた。

 この時、背後でアルフレッドと毅成に水重がダウンバーストを放つ。

 今、一番厄介なこの二人をけん制して時間稼ぎをし、ジュリアンの攻撃を補助した。

 すると、この緊迫した状況で纏蔵が祐人たちに飄々とした様子で振り返る。


「のう……あれはどうするのじゃ? お主らで止めるのか?」


 すると祐人が前に出て倚白と倚黒を十字に構えた。


「爺ちゃん……! 僕がやる。みんなは早くここから離れて」


「はあ~、だからお前は気を張り過ぎじゃ。それにあの面倒そうな球体を敵がまた作ってきたらどうするのじゃ? 一々、封印を解除するつもりか、お前は」


「でも! 今はこれしか対抗手段が浮かばない……」


「いいから話を聞け、祐人。大体、お前はここぞと言う時の判断がどうにも甘いのじゃ。お前……この期に及んで皆を無傷で救おうとしておるじゃろ? まったく、お前は数々の戦場を経験してもそこだけは成長がないのう。そんなもん、手足がもげるわけでもなければ少しぐらい怪我してもいいじゃろ」


「……爺ちゃん」


「しかも、目に見える範囲でものを考えておる。目の前の者を救って自己満足か? 違うじゃろ、もっと全体的に把握するのじゃ。あ、儂が守っている後ろの娘たちは無傷で返すぞ。無事に帰すと約束してしまったからのう」


「爺ちゃん!」


「ああ、違うぞ! これは深い訳があってのう、お前ように甘い考えで言っているのではないのじゃ! まあ……仕方ない、お前にもまるっきり関係がないというわけではないからのう。実はな、この子たちは儂の妻になる可能性……つまりお前の義祖母になるかも……」


 この時、ジュリアンから放れた禍々しい球体は祐人たち目掛けて放たれた。

 それと同時にジュリアンたちは即座に離脱する。水重も眼下の祐人たちを見つめ、僅かに口元を緩めるとジュリアンたちの動きに合わせて移動する。


「ちょっとぉぉ!! 爺ちゃん! もう、それどころじゃないぃぃ!」


 祐人が顔を青ざめさせると、この様子を見させられていた瑞穂たちは唖然とする。


「ええい、うるさいわい! あの程度の攻撃で狼狽えるな、情けない。今、もっと重要な話をしておるじゃろうが。たく……堂杜ともあろう者が情けないぞい、未熟者が!」


 纏蔵がプンスカしながらそう言うと軽く地面を蹴る。すると、纏蔵はロケットのように飛び上がった。しかもそれはジュリアンの放った術の方向。


「……え?」


 瑞穂とマリオン、秋華と琴音が同時に纏蔵を目で追ってしまう。

 直後、纏蔵の右脚に太極図が浮かんだかと思うと……、


「ほい!」


 なんと自分の体を上回る大きさの暗黒の球体を……蹴り飛ばした。


「「「「!?」」」」


 禍々しい力を秘めた球体ははるか上空へ蹴り上げられ、やがて視界から消えてしまった。

 そして、纏蔵は難なく元の場所に着地する。


「だからな……オッフォン! もう一度言うが祐人、あの娘たちはお前のおばあちゃんにもなる可能性があるわけでな……。どうじゃ、お前はどちらが良い? 一応、孫の意見も聞いておこうと思ってな。だが儂としてはどちらかを悲しませたくないからのう、どちらも責任もって娶ろうかと……」


 纏蔵は何事も無かったように再び語りだすが、祐人たちはまったく耳に入らない。


「ええーーーー!?」


「これ、祐人! 話を聞かんか!」




 瑞穂たちが驚きで目を見開いたこの時、ジュリアンたちはマリノスと合流を果たした。

 マリノスはあらかじめ召喚していた巨大な怪鳥の首に跨っている。


「早く乗りなさい。もう敵の契約魔たちと四天寺がそこまで迫っています」


 普段から顔色の悪いマリノスだが、今はそれに加えて衰弱しているように見える。

 多数の契約人外を投入したことがマリノスの体に影響を及ぼしているようであった。

 ジュリアンたちと水重が怪鳥の背中に乗るとすぐに飛び上がった。その上昇スピードはとても生物とは思えないもので、あっという間に四天寺家の上空まで離脱する。

 この時、追撃に備えたオサリバンとドベルクは後ろを振り返り、愕然としていた。


「おいおいおい……あれを弾くかあのマスク。あれは俺たちの奥の手だぜ?」


 ドベルクが震えた声を上げる。


「ククク……すごいなぁ。一体、何者なんだろうね。世の中は本当に広いよ、あんな能力者が機関にも所属しないで存在しているんだから」


 ジュリアンが無邪気な笑みで感心する。


「笑ってる場合かよ、ジュリアン。あんなのが敵に回ったら……負けるとは思わねえが、こちらも相当な被害を覚悟しなくちゃなんねえぞ」


「まだ敵だと決まったわけじゃないよ。だって四天寺の大祭に参加してきただけでしょう? まあ今回はこちらから攻撃したからね。あちらにしてみれば自分の身ぐらい守りたいでしょう」


「そうかも知れねえが……お前は呑気だなぁ。あんなのが味方じゃねえってだけで普通は嫌なもんだぜ」


「だって、あのマスクの人が本気でやる気だったら僕らは逃げられなかったよ。今の僕たちじゃね」


「……チッ、何だよ、それは」


 水重は最後尾に立ち、腕を組みながら目を閉じている。


「まあ、今回は四天寺壊滅は失敗しちゃったね。あーあ、もっといい線行くかと思ったんだけどなぁ。大祭参加者の中に四天寺に雇われたのがあんなにいたとはねぇ。僕も四天寺を舐めてたよ。どうやら僕たちが誘い込まれたみたいだ。本当にムカつくよ、四天寺は」


「あん……? マジか! そうか……俺たちが誘い込まれたのか。通りで……」


 ドベルクがジュリアンの言葉で初めて罠だと気づいたというように顎をさする。


「あはは……でも、収穫も多かったよ、ドベルク。今後の戦いの鍵を握る人材にいっぱい会えたからね。いや、負け惜しみじゃなくて本当にそう思うんだ。ナファスには悪いけどやっぱり四天寺に仕掛けて良かった。何てったって……」


 ジュリアンの笑顔が消えた。





「……堂杜祐人に会えたんだからね」





 四天寺家敷地では祐人たちと嬌子たち、そして精霊使いたちが……ジュリアンたちが逃げた方向をそれぞれの表情で見上げていた。

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