第283話 鍵たち④
咄嗟に瑞穂は風精霊を手繰り寄せ、ジュリアンに向かいかまいたちを放つ。
それに合わせたように後方から毅成が炎の弾丸を速射する。
すると上空からダウンバーストのように降り注ぐ強風に防がれた。
「何が!?」
上空を見上げると水重が瑞穂の攻撃を撃ち落としたのだ。
さらには瑞穂たちに襲いかかる強風をマリオンが障壁で防ぐ。
「三千院水重! あんなところに!」
「私が行こう」
そう言ったアルフレッドが剣を握り動き出そうとすると、大地が揺れ、歪み、移動を妨げる。
「やめておいた方がいいよ! 今、僕に仕掛ければ術が暴発して全員死ぬだけだから。水重君はある意味、みんなを守ったんだよ?」
ジュリアンが絞り出すように言うその言葉が嘘ではないと分かる。それだけの圧迫感をその怪奇な術に感じるのだ。
(……やるしかない)
祐人の脳裏には魔界での凄惨な光景が広がっている。
祐人は見てきた。
魔界での大戦前、魔神に仕掛けられ、操られ、互いが互いを信じられない世界を作り上げられた。
魔神たちは人間、人族の不信、恐怖、諦め、歪みをその糧とし力を蓄える。
その時、まさに魔神、魔族たちにとって最も心地の良い環境になりつつあった。
そして弱き者も強き者も目標を失い、世界に希望を見出せなくなったところで、魔神たちは人族全体に大侵攻してきたのだ。
リーゼロッテを中心とした祐人たちがその狙いに気づき、必死に抗ってきたがついには人族すべてを巻き込んだ大戦は止められなかった。
だが……、
その絶望の中でも信義を重んじ、愛を拠り所にして、命を懸けて戦ってきた数々の親友、ライバルたちがいた。
リーゼロッテのしてきたことは無駄ではなかったのだ。
リーゼロッテの蒔いた希望の種は大戦時直前に花を開いた。
開戦直後、人族最大戦力として五つのグループがあり、そこに加えて祐人がいるリーゼロッテたちが各戦線に投入されることになった。
作戦はこうだ。
全戦線で五つの最大戦力を投入し、戦場に膠着状態を演出し、その間に祐人を魔神たちを束ねる王の元に届けるというものだった。
祐人にその時の映像が蘇る。
人族に余裕などない。魔界でも最強と謳われた戦力の命も安いものだ。
仲間を犠牲にしながらも自身は消耗を避け、歯を食いしばり、血の涙を流して辿り着いた先にいた魔神の王の姿。
(魔王……パーズス!)
祐人はその姿を忘れたことなどない。
そして今、そのパーズスの気配をジュリアンから僅かにだが感じ取った。
(こいつらの目的は……能力者が人類の上位種として君臨するためだけの戦いを起こす気なのは間違いない。だけど……)
祐人はパーズスの気配を感じると……それだけではないのでは、という考えがどうしても浮かんでくる。
(そんな生易しいものではないかもしれない。魔界との繋がりがあるのは間違いないんだ。まさか……こいつらの背後にいるというのは……)
祐人は白銀の鍔刀【倚白】、漆黒の長刀【倚黒(いこく)】を握った両腕を広げる。
倚白と倚黒の刀身が怪しく光った。
倚白は霊力を引き寄せ、倚黒は引き寄せるべき魔力を探す。
二刀は共に祐人の内側に秘められた霊力、魔力を待っていた。
(もし、そうなのだとすれば! なりふり構ってはいられない! この世界全体の問題だ! 封印解除もさらに必要なら……)
そう思ってはいるが祐人はこの時……友人知人の姿を思い浮かべている。
茉莉、瑞穂、マリオン、ニイナ、一悟、静香……そして、嬌子たち。
今の祐人にとって大事な……かけがえのない人たちだ。
(それでも! 僕は堂杜祐人だ。堂杜家嫡男だ。堂杜の役割を果たす! たとえそれで皆に忘れられたとしても!)
祐人の眼光に激しい炎が灯ったその時……、
広場全体を緩やかな靄(もや)が現れた。
その白くキラキラとした靄は広場全体を漂い包みだした。
「これは……?」
祐人の背中を見ていた瑞穂やマリオンがこの状況に気づく。同時に広場にいるすべての人間がこの現象に顔を上げた。
「何だ、この不愉快な空気は!」
ついに術を完成させ、今解き放たんとするジュリアンが露骨に不愉快な表情を見せた。
水重は上空で形の良い眉を寄せ、目を細める。
靄に続き、シャンシャンと心地の良い鈴の音が響いてくる。
その音色は四天寺家重鎮席の方角から響いてくることに気づき、瑞穂は振り返った。
「お母さん!?」
重鎮席は能楽のステージのように整えられ、笛や鈴、つつみを持った者たちが囲んでいる。そしてその中心には天女のような衣服を身につけた朱音が舞を舞う。
朱音の背後には神前左馬之助、大峰早雲が神妙な顔で控えており、朱音の舞は雅で煽情的でもあり、荘厳さも持ち合わせていた。
精霊の巫女の舞を目の当たりにした精霊使いたちは、己の中に湧き上がる力や勇気を感じとる。靄に触れると、精霊たちと自分たちの境が分からなくなるような共感を覚えてしまう。
それはまさにここにいる精霊使いすべてが数ランク上の精霊使いになったと考えてもよい。
さらに……皆、ハッとする。
「これは!? 祐人?」
「祐人さん?」
「祐人君!」
「婿殿!」
靄に触れると、戦いに身を置いた人間たちの強い気持ちが朧気ながらに共有されるようであった。
特に強い意志と覚悟を持った人間の気持ちが伝わってくる。具体的に何がというのは分からない。ただ、気持ちが伝わってくるのだ。
朱音が舞を舞いながら、笑みをこぼす。
「さあ、精霊の赴くままに……。何をすべきか分かった精霊使いたちはその想いのままに動きなさい。皆を守ろうとした者を我らが守るのです」
四天寺の精霊使いたちの表情が変わる。
「妖魔の残党は大峰透流、神前ルナの部隊で当たれ! それ以外は全員、婿殿のところへ行くぞ! あの敵の術を防げ!」
明良が号令し、見事な練度の高さを思わせる四天寺の精霊使いたちが動き出す。
「祐人! 待ちなさい!」
瑞穂が叱りつけるように祐人に怒鳴る。
続いてマリオンが祐人の右腕に飛びついた。
「祐人さん!」
ここで祐人が驚き、振り返る。
「駄目だ! そんなことを言っている場合じゃ……え? これは……?」
祐人は敵ジュリアンに集中するあまり広場を覆う現象に気づいていないようであった。
さらには目の前にいる瑞穂から今までに感じたことのない威厳を感じる。
自分を涙目で見上げてくるマリオンの目には、固い意志の籠った強さがあり、エメラルドグリーンに輝くラファエルの法衣がマリオンをさらなる高みに飛翔させたようだった。
「祐人さんはすぐに一人でやろうとします! 何度も言いましたが本当に悪い癖です!」
「祐人! 聞くわ。時間がないのでしょう? そのまま答えなさい」
瑞穂は前を向きながら言う。
「あれはそんなにヤバいのね」
祐人は考える間もなく瑞穂の質問に答える。
「うん、あれは……この広大な敷地ごと楽に吹っ飛ばせる。それと僕の考えているものと同じなら、喰らった人間は精神を病む」
「分かったわ。それで防げるの?」
「すべては無理だと思う。対消滅を狙うか、上空にでも放ってもらわないと。同じくらいの威力のある攻撃で消滅させても余波で犠牲は出る」
「……ク、質が悪いわね」
「……」
祐人は大きく息を吐くと瑞穂たちを見た。
「だから……僕がやるよ。ついでにあいつらも倒す」
「それは駄目よ」
「駄目です」
瑞穂とマリオンに即答されて祐人は目を広げる。
「な、何で……!? 今は……」
「あなたとの記憶を代償に、というのなら高すぎるからよ! 忘れる気はないけど!」
「そうです! まったく割に合いません! 私も忘れませんが」
「……!?」
まさかの回答に呆気にとられる祐人。
だが、すぐに口を開こうとすると、
「困ったもんじゃのう……祐人。お主一人だけ気を張り過ぎじゃ。もっと、こう気楽に考えんとのう」
「え!?」
「うん?」
「きゃ!」
突然、下から会話に入ってきたふざけたマスクを被る人物に驚いた。
そこには……自称二十歳。
てんちゃんがため息をして腕組をしていた。
「だからぁぁ! 何で私たちを守るあんたが、私たち一番、危ない最前線に連れていくのよぉぉ!」
「いや、この家はちょっと広くてのう。帰る方向がよく分からんので聞きに……」
「このバカ! おバカ! 明らかに私たち死ぬかもしんないじゃない! 黄家の直系が全滅したらどうすんのよ! もうお爺様って呼んであげない!」
「痛い! 痛! ちょっと待つのじゃ、待つのじゃ」
秋華が今日、数えきれないほどの突っ込みをしたのだった。
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