第277話 三千院水重


 毅成は水重と対峙しながらも祐人がすぐに起き上がってきたことに内心、感心していた。


(ほう……もう動けるか)


 実際、ジュリアンの方が影響が大きかったとはいえ、魔人化しているジュリアンがまだ自由を取り戻してはいない。

 毅成の雷撃は直撃しなくても重大なダメージを与えることができる。もちろん、通常の雷とは違う。毅成によって緻密に操られた精霊たちが具現化した精霊術によるもので、毅成によってコントロールされている。


(手加減はしたが……この少年は一体。雷撃に対する耐性があるのか?)


 先程、ジュリアンとの戦いに介入したのは、あのままジュリアンとこの堂杜祐人という少年がぶつかり合えば、この少年もどのような深刻なダメージを負うか分からなかった、というところがあった。

 この少年を救うため、という気持ちはそこまで強くはなかった。

 この少年が朱音の依頼を受けて、ここで踏ん張ってくれていることを考えたまでであって、自分がここに出張った今、この少年が戦う必要もないということであった。

 だが……今、祐人は毅成の考えに興味はなかった。

 さらに言えば、まだジュリアンたちに集中し、毅成のことなど微塵にも意識していない。

 水重の方向を見つめながら自分の体の状態を確認しているだけである。

 それはなによりも水重に対する警戒心だ。

 突然現れ、しかも介入してきたこの規格外の精霊使いの参戦は予想外であり、先ほどの自分を巻き込んだ攻撃にも驚くが、今はそれを考えるよりも優先順位が高いと判断した。


 祐人の中で戦闘は終わっていない。

 ジュリアンをここで倒さねばと考えている。

 そしてそれを水重が守ったのだ。

 どのような理由で? とは考えるが、魔界と繋がり、こちらで何かを企む組織の幹部ジュリアンを守るということは祐人にとって悪でしかない。

 戦場が千変万化するのは常識である。戦いの中、味方が敵に、敵が味方に、などはよくあることを祐人は魔界で学んでいる。

 今、気にするべきはここにいる人間たちが敵か、味方か、ということだけだ。それだけが重要。戦場の最前線はそういうものだ。今の自分は一戦士にすぎない。全体の流れの把握は指揮官がやればいい。

 その上で、今現れた精霊使いは味方、水重を敵、と判断して相対しているのだ。


(思った以上に……体は軽いな。これなら問題なく……いや、これは)


 祐人は自分の予想外の体調の良さに驚いていると、シャツの襟の間から顔を出す数センチの大きさになっているオベとティタと目が合った。


「え? 君たちは……」


「オベとティタでございます。祐人さん、大丈夫ですか? 祐人さんの行動展開があまりに早くて支援が間に合いませんでした。これからは動く前に言ってくださいまし」


「祐人殿、私たちの加護を付加しましたぞ。肉体の耐久力、精神力、スタミナの回復力がグンと上がっているはずです。それと私たちの加護は対精霊術には非常に強いです。私たちは精霊たちとは仲が良いので」


(すごい……それでこんなに調子がいいのか……)


「二人とも、ありがとう。ここからは離れてて。危ないから」


 祐人は小声でお礼を言うとオベとティタは優雅なお辞儀を見せて消えた。

 それを確認すると祐人は眼光鋭く前を向き、倚白を構える。

 つまり臨戦態勢をとった。

 それを見てとったドベルクはジュリアンを抱えつつダーインスレイブを肩に抱える。

 すると毅成と水重は涼しげな表情のまま、右手を横に上げて互いを制止するような態度をとった。


 この両精霊使いの態度に祐人とドベルクは眉を僅かに上げる。

 同時にこの二人の精霊使いがお互いに向かって歩み始めた。

 腕を組んだままの毅成にまるでそよ風を受けているような表情の水重。

 何をしようというのか分からなかったが祐人は仙氣を高め、今にも襲いかからんという気迫を放った時、祐人の肩に武骨な手が乗った。


「待ちなさい、祐人君」


「あ……アルフレッドさん」


(私の顔と名前を知っているか……新人試験のときに顔を合わせているのであれば当然といえば当然だが)


 アルフレッドは祐人の反応に瞳の奥を光らせるが、この世界において最強クラスの精霊使いに顔を向ける。


「ここは毅成さんに預けようじゃないか」


「……毅成さん? じゃあ、あの人が四天寺の!?」


「ああ、あれが四天寺の当主、四天寺毅成、その人だ」


 自分を制止した人物の名を聞いて初めて敵であるジュリアンたちにそのすべてを集中していた祐人が驚く。

 考えれば、自分とジュリアンの命を取り合わんとした一撃に割って入ってきたのだ。

 本気の自分と魔人化しているジュリアンとの間にだ。


(これが……ランクSS)


 祐人の顔に今更ながら戦慄が走った。


「祐人!」


 そこに後方から瑞穂たちが現れ、祐人に駆け寄る。


「祐人さん、大丈夫なんですか!?」


 こちらに向かっている途中、毅成の雷撃で吹き飛ばされていたのを見ていたので、瑞穂とマリオンは祐人の身体を案じるように左右からのぞき込む。

 しかし、祐人がそれに答えず、ただ前方を睨んでいる。それを見てとると瑞穂とマリオンもすぐに臨戦態勢でそれに倣った。


「あいつは……三千院水重」


 前を向いた瑞穂は目を見開き、そして複雑な表情でつぶやいた。

 マリオンも戦闘中に自分に語り掛けてきた水重の姿を間近で見て、目に力がこもる。

 瑞穂とマリオンの登場にも何の感情の動きも示さず、水重は相も変わらず涼し気な表情で毅成だけを見つめている。

 毅成と水重が互いに近づきだすと、二人の間の空間がバチバチと光が弾けだした。


「あれは……!?」


 マリオンがその見たこともない情景に言葉を漏らすと、瑞穂は大きく目を広げた後に悔し気に歯を食いしばる。


「これは……精霊たちがどちらの精霊使いに従うべきか迷っているのよ」


「……え?」


 そう言う瑞穂も初めて見る光景だ。

 高位の精霊使い同士が相対した時に起こる現象だということを話だけで聞いたことがあるだけだ。だが、これが起こる時というのは互いの精霊使いの実力が拮抗しているという証拠でもある。

 つまり、三千院水重は自分の父親でありランクSSの四天寺毅成の住む領域に足を踏み込んでいることを意味している。

 そして……互いを敵として認識しているともいえる。

 さらにバチバチと周囲に小さな閃光を放つ二人は距離を詰める。


「三千院のこ倅が……この私に何の用だ。何を考えている?」


「はい……実は毅成様に聞きたいことがあってこの大祭に参加させてもらいました」


「私と話がしたいのであれば正式に四天寺を訪ればよかろう。この大祭は瑞穂の伴侶を探す神事。用向きを間違えているぞ、貴様は」


「いえ、私があなたに面会を申し込んでも断られましょう。四天寺重鎮の方々は私を過度に警戒されておられますので。ですが幅広く参加を募ったこの大祭であれば断れないと考えたのです」


「ふん、一度も面会の申し出も出さずに、したり顔で語る。外に出ず世間の常識を学ばずに育ったようだな」


「世間の常識は世間のもの。私やあなたに当てはめるものでもないでしょう。私はそうなるだろうことを知っているだけで、礼を失したわけではありません」


 毅成と水重の周囲の閃光の数が増す。


「それで貴様は私に何が聞きたい?」


「私が聞きたいのは……ただ一つです」


 毅成の体に数十の小さな雷がまとわりつくように現れては消えると、水重の体を旋回するように白い霧のようなものがゆっくりと漂う。


「あなたは……四天を見たのですか?」


「……!?」


 毅成の体から発せられた一筋の雷が水重を襲うと水重の周囲の霧がそれを防ぐ。


「貴様……」


「その表情……ふふ、あるようですね」


 何の会話をしているのか、祐人には分からない。瑞穂でさえ分かっていないようだった。

 ここで水重が満面の笑みを見せた。

 瑞穂も初めて見る水重の笑みだった。かつて数度、水重と時間を共有したが、水重の澄ました表情以外で初めて見る表情。

 だが……笑みというには安心を覚えず、むしろ畏怖すら感じてしまう。笑みとは似て非なるものだ。


「では、そこはあなたが一人で辿り着いたものですか? それともやはり……巫女の存在があなたをそこに導いたのですか?」


 毅成と水重の歩みが止まる。

 毅成から凄まじい霊力が烈風となって周囲に吹き荒れた。

 同時に水重を覆う霧が分散して円盤状に変形し、いくつもの霧の円盤が毅成からの霊力の烈風から水重を守る。


「……」


 毅成が小指を動かしたかと思うと、水重の左右の地面から鋭角の大岩が突き出すように現れ挟み込む。

 水重の周囲にある数十の円盤は瞬時にそれを防ぎ、互いに力比べをしているように動きが止まった。


「貴様は何を知っている?」


「違います。私は知りたいだけです」


 水重は円盤に乗り、上空に移動すると今、水重のいたところの押さえられていた大岩がぶつかり合い砕ける。

 水重を追うように毅成が顔を上げた途端、水重の上方から炎で象られた数十の槍が雨のように襲いかかった。

 水重は自身を炎の槍を円盤で弾きながら、毅成を見下ろす。この間にドベルクたちをも円盤で守っていた。

 滅多に見ることはない高位精霊使い同士の近接戦闘の迫力に祐人たちは見入ってしまう。また、互いに交わす言葉は何を意味しているのか、分からない。

 だが、毅成の目に宿る迫力から、水重を危険視し始めていることだけは伝わってくる。


「精霊とは世界の息吹、この世界を作るは精霊、この力を操る精霊使いは一体何者なのか。私はそれを分かりかけている。あなたもそうではないのですか」


「そのようなものは知らぬな!」


 そう毅成が応じると炎槍の雨が降り止まない中、更に水重の周囲にかまいたちが発生し、四方八方から襲いかかる。水重はフッと笑うと、周囲に大気の断層を作り上げ、かまいたちを防ぐ。


「お、お父さん……」


 瑞穂は自分の父親のこのような荒々しい姿を見たことがない。

 戦闘で一緒に行動を共にしたことがないのもあったろうが、普段からは想像できないものであった。


「もう一度言うが、入家の大祭とは四天寺の神事。我が娘に相応しい相手がいるかを見るものだ。それに参加する気もない貴様はただの侵入者。ましてやそこの襲撃者を庇おうとは何を吹き込まれた」


「フッ、吹き込まれてなどおりません。それにしても、この期に及んで大祭ですか……はぐらかさないでほしいですね。この話の重要性に比べれば、あなたの娘の伴侶など、どうでもよいことです」


「むう……」


 水重のこの言い草に初めて毅成が片眉を上げた。

 毅成が右拳を作る……と同時に雷(いかずち)が、遥か頭上から水重に落ちてきた。


「……!」


 水重の笑みが消え、目に力が籠る。瞬時にすべての霧の円盤を自らの頭上に何重もの傘のように広げた。

 直後、天の怒りが具現化したかのような雷が水重を襲い、稲光で周辺がホワイトアウトする。

 この時、瑞穂は父親の前触れのない大技に驚いたが、幼い時から毅成と修行を重ねた経験のお陰でギリギリのタイミングで雷の余波から仲間を守る精霊障壁を展開できた。

 そして、いつもの調子で「ちょっと、お父さん、危ないじゃない!」と言いかけるが、口を噤む。


(え? え? なに?)


というのも……先ほどの雷の精霊術から使い手、つまり毅成の深い怒りが精霊を通して感じたったのだ。


(お父さんが怒っている? どうしたの?)


 視界が回復すると水重の霧の円盤がほぼすべて消し飛んだが何とか雷を霧散させることに成功していた。

 水重は毅成の攻撃を防ぎ切り、円盤の上で静かに立ち毅成たちを見下ろした。

 更に何かを言いかけようと口を開いたその時、水重はギクッとする。

 そこにいたはずの一人がいないのだ。

 突如、自分の真横に刀を振り上げた少年が現れた。


「む!?」


 その少年の目は怒りに染まり、殺気というものが目に見えるのならこういうものだろうというオーラを纏っている。

 水重の周囲に残った最後の霧の円盤が三重になって振り下ろされた刀の切っ先に集まり、主人を守ろうとした。

 だが……

 その刀は円盤を切り裂き、スピードも衰えないままに水重に迫る。

 咄嗟に水重は体を斜めに屈めた。


「……ッ」


 その切っ先は水重の頬を掠めて通りすぎ、直後、水重は後方に退いた。

 その水重を襲った少年が毅成の前に静かに着地する。


「ひ、祐人……?」


 瑞穂はたった今、横にいたはずの戦神の様な気迫を放つ祐人を呆然と眺める。


「どいつもこいつも……」


 立ち上がり振り返った祐人は毅成に体を向ける。


「瑞穂さんのお父さん、この大祭は失敗ですよ。この大祭に集まったのは瑞穂さんに相応しくない馬鹿ばかりです! もうこいつらには帰ってもらいましょう。僕もそれを手伝います」


「……え?」


(な、何? どうしたの? 祐人まで)


 瑞穂は一瞬、祐人の言葉の意味が入ってこなかったが、徐々に理解し体の芯が熱くなっていくのを感じる。


「は、はわわあ」


「瑞穂さん……落ち着いてください。別に祐人さんは瑞穂さんが好き、とか、一番可愛い、とか微塵も言ってませんから。それよりも祐人さんを援護しますよ」


 マリオンが唇を尖らして言うと何故かラファエルの法衣の輝きが増す。


「マリオン……!? わ、私は落ち着いているわよ、いつも冷静だわ」


 祐人は水重に鋭い視線を向ける。

 そもそも祐人が水重を敵認定したのはジュリアンたちを援護したからだ。祐人にとって決して認められるものではない。堂杜として水重も、ジュリアンたち共々、迷わず攻撃するつもりだった。

 だから水重に対して言うセリフはこうなってしまう。


「水重さん、あなたが何を考えていようが僕は興味ない。ただ、そのジュリアンたちを逃そうとするなら……決して許さない。容赦もしない」


 だが結局……祐人を怒りせしめたのは、瑞穂への暴言と受け取れる水重の言葉だ。

 瑞穂をまるで景品のように、取るに足らない物かのように扱う言葉。

 これが祐人には許せない。

 堂杜としての目的は見失わないが、激しい怒りが祐人を覆う。

 祐人からの殺気を受けて、水重は軽く目を広げるとすぐに莞爾とした表情にもどった。




 この時、四天寺の指令室では意識を失った茉莉を簡易ベッドに寝かせ、ニイナ、一悟、静香は戦場となっている敷地内を映すモニターに釘付けになっていた。

 すると……横になっていた茉莉がニッと笑った。


「そう……それでいいのよ、祐人。怒るのなら、友人を理由にしていいの。私たちも祐人のために怒るから……」


「うん?」


 茉莉の横に立っていた静香が茉莉に顔を向けて目を落とす。

 茉莉は先ほど見た時と変わりなく静かに寝息を立てている。静香は気のせいかと首を傾げると、モニターに再び顔を向けた。


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