第272話 四天寺総力戦乱戦⑧
「チイ! この‥‥‥」
ジュリアンは剣聖アルフレッドの斬撃を避けて距離をとる。マリノスの呼び出した魔物や魔族が次々と現れ、二人の周囲に隙間がないほど集まりだしている。
だが、アルフレッドはそれを意に介さずに自分の愛剣エクスカリバーを確認するように見つめた。
「ふむ、中々‥‥‥やるね。だが、そうでなくては困る。私も今の自分の立ち位置を知っておきたいのでね」
「……? 貴様、何を言っている?」
「何でもない、こちらの話だ。まあ、もうちょっと付き合ってくれ!」
アルフレッドの姿が消えた。いや、ジュリアンが知覚できないのだ。
魔人であるジュリアンでさえ、目の前にいたアルフレッドの姿を見失った。
(なに!? こいつさっきよりも!)
突如、ジュリアンの右側面から青白く光る聖剣が迫る。
「ぐう!」
ダンシングソードにジュリアンが霊妖力を込めて迎撃する。ジュリアンは歯を食いしばり、体にまで響く斬撃の衝撃に耐える。この激突の際の刃風で周囲にいたデーモンたちが吹き飛ばされた。
「……こんなものか。まだ、かつてのようにはいかぬか」
アルフレッドは僅かに顔を曇らせるが無表情に淡々と呟く。
(なんだ、こいつは!? どんどん強くなりやがる! まるで、この俺でリハビリでもしているかのように!)
そうなのだ。今、戦っている【剣聖】アルフレッドから、ジュリアンにとって底なし沼で抗うような、忌々しく不愉快な戦いを強いられている印象を受けてしまうのだ。
(いや、俺は……魔人だぞ! ありえねーだろ、魔人化した俺で何かを試すなど!)
ジュリアンの中に徐々に怒りと屈辱が湧きあがる。
(よし……やるぞ)
殺気に支配されたジュリアンの瞳が至近にあるアルフレッドの顔に向かった。
……その時だった。
この戦場の一角から凄まじい力が……爆ぜた。
「な!」
「これは!?」
ジュリアンとアルフレッドは互いに剣を合わせながら、突然、襲ってきた霊力と魔力の爆風に驚愕し、戦場に発生した空間にすら干渉する力に目を向ける。
二人の戦闘脳がここで停止してしまう。
なぜなら四天寺重鎮席前の広大な敷地を覆わんとする魔物たちの、なんと四分の一が吹き飛び、一瞬にして消滅したのだ
この出来事は明良率いる四天寺の精霊使いたちも言葉を失っていた。
「何が起きてるんですか!? まさか敵の新手が召喚されたのか!?」
「いや、違います! 魔物が……敵が消滅しました!」
「明良さん、瑞穂様のいる方向です!」
矢継ぎ早にチームから声が上がるが、一人、明良はまったく違う反応を示す。
「あれは……祐人君の契約人外? 間違いない、白さんや玄さんたちがいる。だ、だが……あの数は私も聞いていない。まさか……あれがすべて祐人君の」
祐人を知る明良でさえ現状の認識に手間取る。
だが、明良のこれは仕方のないことでもあっただろう。
もし、仮にあそこで凄まじい霊圧と魔力圧を発揮している人外たちすべてが祐人の契約人外とすれば、世界にあるいくつかの有数の契約人外を使役する家系を、たった一人で凌駕しているといっても過言ではないのだ。
そこに明良の元に瑞穂から通信風が届く。
すると——明良は笑いを堪えるように肩を揺らし……次第にそれは大きな笑い声になった。
(祐人君……君という少年は一体どこまで……)
その様子に周囲の四天寺家従者たちがそれぞれに呆気にとられると、明良が張りのある声で全員の疑問に答えた。
「安心しろ! あれは祐人君……婿殿の契約人外たちだ!」
「……は?」
「え!?」
「本当ですか!? このプレッシャーはとんでもない霊格の……」
「婿殿は契約者でもあるんですか!? あのレベルの人外なんて会ったことないですよ!」
「何体いるんですか!?」
当然ともいうべき同僚たちからの反応だったが、明良は笑顔で答える。
「本当だ! いいか、あれはすべて仲間だから、攻撃しないように! それと覚えておいたほういいぞ! 婿殿と共に戦うということはこういうことだ!」
この明良の言葉ほど心強いと思ったことはないと、複数の四天寺従者たちは奮い立ったのだった。
「ちょっと! 嬌子たちは遠慮しろよ!」
「そうだ、そうだ! 今回はアタシたちに譲るべきだ。アタシたちだって祐人っちの役に立ちたいのにその機会をもらえなかったんだぞ!」
「祐人っちていうな、様をつけなさい、様を」
「いや、普通は殿だろ! もしくは、若様! 若いから!」
「何を言うか! 我らのドンだぞ! 若くてもオヤジとかお頭とかだろ」
「いいや、王とか陛下がいいね!」
祐人と瑞穂は一気に見晴らしのよくなった周囲と三十人近くの男女が騒がしく言い合う状況に呆然としている。
(す、凄すぎる。いや、呼んでおいてなんだけど)
ちなみに白とスーザン、サリーはそれは嬉しそうに祐人にビッタリと身体を寄せて抱きつき、傲光は横に控え、玄とウガロンはご機嫌にじゃれ合っている。
すると、嬌子がパンパンと手を叩きながら、仲間たちに声をかけた。
「はいはい! 分かったから、分かったから。呼び方は祐人が好きにしていいって言ってるから、ね、祐人」
「え、僕!? あ、うん! もちろん! みんなと僕に上下関係はないから……呼び方は好きに、ね」
「「「「「……」」」」」
祐人がそう言うと全員が黙り、一斉に祐人を見つめてくる。
祐人は一瞬、どういうことか分からずたじろぐが、その直後……、
「イエーイ! 好きに呼んで良いって!」
「マジか! キャッハー! 超嬉しい!」
「じゃあ、アタシは旦那様!」
「じゃあ、俺の嫁!」
「ハイネス!」
「マジェスティ!」
「いと高きお方」
「ご、ご主人様‥‥‥がいいです(ボソッ)」
大はしゃぎ。
「こらぁ、あんんたち、話が進まないでしょ! あと! 旦那様と嫁は却下ぁぁ! 私でも遠慮してるのに!」
嬌子が額に血管を浮き上がらせて声を張り上げると、白、スーザン、サリーが前に出てきた。
「ねえ、嬌子、ここはみんなに譲って前に出てもらって、私たちは守りに回ろうよ。みんな、今回、呼んでもらって張り切ってるし」
「そうですー、みんなの気持ちも分かりますー」
「……収拾つかない」
「ふう……分かったわ。じゃあ、みんな、祐人の言いつけを守るのよ? じゃあ、祐人、みんなに指示を」
嬌子はため息交じりに白たちの提案を承諾すると祐人に前を譲った。
まだ、驚きが醒めていないが、祐人は頷くと全員に向かって話しかける。
「みんな、突然、呼び出してごめん。時間がないから、担当直入に言うね。今、ここにいる敵を一掃するのを手伝ってほしいんだ。あそこにいる人たちを守るためと敵から情報を得るために!」
全員、反応がない。いや、顔は上気し、表情は恍惚として祐人を見つめている。だが、なにかそわそわしているのだ。
(……あ、そうか!)
「それと……うまくいったら、ご褒美をあげるから!」
「「「「「よっしゃー!!」」」」
大歓声が上がり、地響きとなって周囲に霊圧が解き放たれる。
「んじゃ、私から簡単に指示をだすわよ! すふぃちゃんと猿君、朱顛(しゅてん)君は攻撃が得意なのをまとめて突っ込んで。オベ、ティタ夫妻は祐人の支援。シルシルはあそこの精霊使いたちの陣地をエリアに設定して、侵入してきたら好きにしていいわ! ピンちゃんも三姉妹もシルシルを手伝ってね!」
「オッケー」
「承知!」
「かしこまりました」
それぞれがそれぞれに応答すると〝祐人の友人たち〟は一斉に散開した。
「あれ? 嬌子、私たちは?」
「まあ、私たちは状況に応じてでましょうか……。あいつらが暴走しないように見張りってことで……」
「なるほど、そうだね!」
「はいー、ちょっと心配ですー」
「……仕方ない」
いつもは自分たちが暴走気味であることを棚に上げた人外女性陣が頷き合う。
「さあ、祐人! あとは祐人の好きにしていいわ! 瑞穂も頑張って……って瑞穂? 何を惚けてるの?」
瑞穂が呆然自失でこの状況を見つめていることに嬌子たちは首を傾げる。
祐人もどうしたのか? と瑞穂を見てしまう。
この時、瑞穂は仲間を呼ぶことは聞いていたし、理解はしていた……と思っていた。
だが……
(ええ、そうよ。祐人のことで驚くのはやめたわよ。時間の無駄だし、嬌子さんたちは知ってたし。でも……でもね!)
瑞穂は突然、祐人をキッと睨む。
ビクッとする祐人。
「あんたはぁぁぁ!! 何人と契約してんのよぉぉ!! こんなの聞いてないわよぉ!」
「はわわわ!! ご、ごめん! 言う機会がなかったから!」
ものすごい剣幕の瑞穂に怯える祐人を見て、祐人の支援を言い渡された小柄で宙に浮くオベ、ティタ夫妻はどうしたものかと悩む。
二人は互いに身長五十センチほどで中世ヨーロッパの王族のような姿をし、背中から伸びた美しい蝶の羽をはためかせる。
「あなた……これは祐人さんを支援するのがいいのかしら?」
「いや、お前。これは犬も食わない類のものだろう。それに支援のしようがない。やめておこう」
「ふふふ、あなたが言うと説得力があるわね……」
「ヒッ!」
オベの羽根が萎み、祐人の背中に隠れた。
「まったく……」
「まったく!」
瑞穂とティタの声がシンクロした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書影カバーイラストに一部口絵も公開していますのでよろしければ見てくださいね。
発売日も近づいてきて、緊張してきました。
予約も始まっているようです。是非、皆様にはお手に取ってほしいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます