第271話 四天寺総力戦 乱戦⑦


「なーに? この品のない連中は。ははーん、こいつらを何とかしてほしいのね、祐人」


「うん……嬌子さん、ちょっと力を貸してほしくて。この魔物たちを何とかできないかな」


 祐人は嬌子のあつい抱擁から解放され、状況を説明した。


「お安い御用よ! じゃあ、私が祐人を守ってあげる!」


「待って待って! 嬌子さん! こいつらはミレマーのときの奴らより格上の魔物ばかりだから! 嬌子さんは信用してるけど……心配なんだ。こんな場所に呼んでおいて、何を言っているのかって思うかもしれないけど。……だから」


 これを聞いた嬌子は目を丸くし、その後、上気した顔で何とも色っぽい笑みをこぼす。

 この時、数匹のデーモンが嬌子の背後から襲いかかるが、笑顔の嬌子が後ろ髪を払うとデーモンたちが青い炎に包まれ塵と化した。

 デュラハンは嬌子が現れた時から体が固まったようにワナワナと震え、動かないでいる。

 嬌子は祐人の傷だらけの両頬を包むように手を添えて、額が当たりそうなほど顔を近づける。祐人は嬌子の顔を至近で見ることになり、ドキッとしてしまう。


「ふふふ……だから何? 私の祐人はどうしたいの? どう考えたの? 一から言ってみて」


「僕は……嬌子さんたちを戦わせるために友達になったわけじゃない。だから本心を言うとこんな場所に呼ぶのは嫌なんだ。でも……」


 嬌子は莞爾として笑い、祐人を見つめる。


「守りたい人たちがいる。それとどうしても調べたいことがあるんだ。それをするのに僕だけじゃ難しい。だから……みんなの力を貸してほしい!」


「……それで?」


「戦闘可能な仲間を全員呼んでほしい。戦力の適宜投入は駄目だ。それに少数で挑むより、みんなで一斉に叩けばそれだけこちらの……みんなのリスクが減る。矛盾しているのは分かってる。もちろん、危なくなったら迷わず撤退して欲し……むぐ」


「祐人……」


 話の途中で嬌子は人差し指をそっと祐人の唇に乗せた。


「分かったわ……でも祐人は分かってないわ。それと祐人は大事なことを言っていない」


「……? 大事なこと?」


「そう! ほら、アレよ、アレ! これで私たちが活躍したあとの!」


 嬌子の言葉に祐人はハッとしたような顔をする。


「もしかして‥‥‥ご褒美?」


 嬌子は大きく頷くと祐人のおでこに唇を寄せた。


「!?」


 祐人が驚き、おでこに手を当てると、嬌子は両手を広げて恍惚の表情をする。

すると、嬌子の姿があでやかでゆったりとした着物姿に変わり、その手には嬌子の体ほど大きな扇子を手にしていた。


「ああ! 伝わってくるわ。祐人が私たちのことを本当に大事にしてくれているのが! さあ、言って、祐人! 自分を助けろって! それでこう言うの。〝上手くいったらご褒美あげる!〟って。私たちは祐人の役に立てるのが一番、嬉しいんだから!」


 祐人は心を奪われたように嬌子の神々しい姿を見つめると、目に力を込めて大きく頷く。


「みんな聞いて! 戦える人は来て! 僕を助けてほしい! これが終わったらご褒美をあげる!」


 祐人が戦場全体に響かんばかりの大声で言い放った。

 突如、祐人の周囲の空間が歪む。

 いくつもの現世の特異点がこの場に集まり、それぞれの特異点からまばゆい光が漏れ出す。その数は三十近くに及び、光を浴びたデーモンや魔獣がそれだけで数体が消滅した。

 今まで全く動けなかったデュラハンが突如、馬首を翻し、その場から離れた。


「冗談じゃない‥‥‥冗談じゃないぞ! おい、ワイバーン! マリノスに伝えろ! やるなら全軍出せ! 勝つためじゃないぞ! マリノスを守るためだ!」


〝どうした? む!? 何だ、この力の集合は!? 〟


「お前クラスがうじゃうじゃ来るぞ! あんな狭い範囲であれだけの連中を呼び出しやがって。空間がひずんでやがる。俺はマリノスのもとに行く!」


 デュラハンはそう言い、魔物たちの間を疾走した。




「孝明さん、あれは!?」


 四天寺の司令部は異変に気づくと騒然となり、次の一手を打つ手が整ったばかりだったが、司令官である孝明自身が唖然としてしまっている。


「な、何が起きてるんだ?」


「孝明さん、瑞穂様から風が来ました! 報告します。〝これから祐人が仲間を呼ぶから攻撃しないように。協力して敵と当たるように〟とのことです」


「……は? 今、何て言った!? 婿殿の仲間‥‥‥仲間を呼ぶ!? まさか‥‥‥婿殿は契約者とでも……」


「はい、そう言ってます! あ、また瑞穂様から風が来ました!」


「なんと言っている!」


「はい! えー、〝祐人のことで驚くのは無駄だからやめなさい。時間の無駄だ〟とのことです」


「……」


 一瞬、司令部全体に静寂が包む。

 すると、司令部のドアが開き、倒れた茉莉を別室に寝かしつけた一悟たちが帰ってきた。ここに帰ってきたのは、孝明が安全のためにそう指示したこともあるが、一悟たちも祐人たちをこの場において避難することは嫌だったというところがある。


「あー、あれ嬌子さんじゃん」


「あ、本当だ! 白ちゃんたちも来てるねぇ。ていうか、なんか大勢いない?」


「なんか、雰囲気が以前と違いますね。服装が変わってます」


 司令部のモニターを見るとそれぞれが言うのを聞いて、孝明は三人に振り向いた。


「君たちはこの者たちを知っているのかね?」


「え? ええ、まあ。というか思い知らされたというか‥‥‥」


「そうだね‥‥‥」


「……はい、思い出したくないです」


 突然、テンションが極度に下がった三人の少年、少女の姿に孝明も首を傾げるが、ハッとしたように前を向く。

 瑞穂の言うように驚くのはあとだ。

 あれが……我々の仲間というのなら、これほどのチャンスは今をおいて他にない。


「応援組のダグラス・ガンズ殿とヴィクトル・バクラチオン殿に連絡を入れろ! 攻勢にでる、と。それと朱音様には‥‥‥」


「すでに準備が整い、今から〝舞う〟と仰っています」


「そうか、流石は朱音様‥‥‥こちらからどうこう言う必要はないな。朱音様にはこちらに構わずお好きなように、とお伝えしろ」


「はい!」


 四天寺の風術を得意とした面々で構成されている司令部は通信機器に頼らない独自の通信網を持っている。これは相手の意図も汲み取るため、誤解が少なく、情報の抜き取りの危険性も少ない。


「あ、ちょっと待ってください! 朱音様からです。 ‥‥‥‥は? なんと!」


「どうした? 朱音様はなんと言ってきた」


「そ、そのまま報告します! 朱音様から〝毅成様が起きて暇そうだから表に出すわね〟とのことです!」


「……!?」


 またしても司令部に静寂が支配する。

 一悟たちは司令部内の雰囲気がガラッと変わったことに意味が分からず、互いに顔を見合わせた。

 すると、孝明から堪えるような笑いが漏れた。同時に指令部にいるすべての四天寺に連なる者たちが笑顔になる。


「ふう‥‥‥分かった、とお伝えしろ。そして、全チームに伝達! 毅成様が出る、と! それと、もう一つ伝達。まあ、分かっているとは思うが‥‥‥」


 孝明はモニターに顔を向けて、緩んでいた表情を引き締めた。


「巻き込まれるなよ」


 そう言いうと孝明は再び、笑みをこぼした。


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