第270話 四天寺総力戦 乱戦⑥


「ぐぬうぁぁ!」


「祐人!」

「祐人さん!」

「おお! 婿殿がやった!」

「す、すごい! 動きが見えないです」


 祐人は、倚白でオサリバンの左腕を切り飛ばし、続けざまに右肩を貫くと、誰の目からもオサリバンとの戦いの趨勢が見えた……が、祐人は眉根を寄せる。


(こいつ……今、わざと攻撃を。それに……瑞穂さんの精霊術の傷がない? さっき、直撃だったはず)


 祐人は倚白を素早く抜き、後方へ跳んだ。

 オサリバンは苦痛に顔を歪め、憎しみを込めた顔で祐人を睨むと、失った左腕をそのままに祐人に襲いかかった。


「痛ぇぇぇじゃねぇかぁぁ!」


(速い! いや、速くなった……だけど!)


 狂声をあげ、明らかに今までよりも速度が増したオサリバンの踏み込みの突きだ。

 だが、祐人はハルパーの軌道読み、右脚を折り腰を沈めてオサリバンのハルパーを躱し、下方から鋭い視線をオサリバンに向ける。祐人は完全にオサリバンの動きを見切りだしていた。

 祐人からの凄まじい殺気に魔人オサリバンがゾクッと悪寒が走る


(こ、こいつ、このスピードに対応しただと!?)


「ハアー!! 仙氣刀斬!」


祐人は迷いなくオサリバンの首を狙い、倚白を右斜め下方から斬撃を放った。


「ヌウ!!」


 オサリバンは明らかに狼狽の表情を一瞬、覗かせ、なりふり構わずに体を仰け反らせてハルパーを引き寄せように首を防御する。しかし、間に合わずに倚白がオサリバンの右腕を斬り飛ばし、オサリバンの首を掠める。

 両腕を失い、オサリバンは緊急離脱を選び、後方に跳ぶ。


「逃さないわ! はあ、炎鎌!」


「なに!?」


 またしても瑞穂からの炎鎌が十字に飛来し、オサリバンに直撃した。が、その時、直撃した瑞穂の精霊術がオサリバンに届いていないのが祐人からはっきり見えた。それは1センチ未満の僅かな隙間が精霊術との間にできているのだ。

 しかし、炎鎌が着弾した衝撃は受けるようで、両腕がないのも影響したのかオサリバンの体勢が崩れる。


「糞どもがぁぁ!」


(こいつ、やはり精霊術が届いていない? だけど好機だ!)


 祐人の目が光り、必殺の一撃を加えるために踏み込む瞬間、オサリバンを守るように多数のデーモンが殺到してきた。


「祐人さん、ディバイン・スペース!」


 マリオンが祐人を援護し、殺到してきたデーモンが神聖属性法術に霧散する。

 祐人は援護が来ると分かっていたかのように、デーモンに構わずにオサリバンへ追撃を強行した。


「逃さない! これで殺(と)る!」


「ハッ! あぶない、祐人さん!」


 マリオンが祐人を狙い、高速で飛来する禍々しい槍に気づき、防御法術を展開しようと試みるが間に合わない。


「む!?」


 祐人は体を捻り、高速飛来してきた槍を弾く。


「どこからの攻撃だ!?」


 オサリバンは離脱し、再び殺到してきたデーモンや魔獣の背後に姿を消す。すると、その間から疾走する馬に乗った騎士が現した。


「ハーハッハー! 良いのを見つけた! あいつのを私の新しい頭としようか!」


「あれは、まさか新手……いや、人間じゃない! 契約人外か! しかも、この魔力量は尋常じゃない! 瑞穂さん、マリオンさん僕の後方から支援して!」


「もう! 次から次へと人の家で! 化け物ばかり!」


「祐人さん、あいつは……相当な人外です! 〝名持ち〟かもしれません!」


「分かってる!」


 祐人は着地すると仙氣を練り直し、新手の人外に備える。祐人は視線だけで戦場を素早く見渡し、出来る限りの状況を把握する。


(ジュリアンはアルフレッドさんが抑えている。明良さんたちも何とか凌いでいるね。う!? 向こうに、もう一体とんでもない人外がいる! この魔力圧は……ガストンにも引けを取らない!)


 祐人は状況が刻一刻と悪化していることを理解する。せめてでも、さっきオサリバンを完全に仕留められなかったのが痛い。


(敵の核はジュリアン、オサリバン、ドベルク……魔力系|契約者(コントラクター)、あとは契約者の呼んだ二体の人外が切り札かどうかが分かれば……)


 この時、祐人はひとつの予感を感じていた。

 それはこの混迷を極めた乱戦状態の戦場が、ある分岐点を迎えたという予感だ。

 魔界の戦場で長く身を置いていた祐人は、戦場において戦いの流れの転換のタイミングが数度あることを知っていた。その中でも戦場が最も大きい動きをみせたときの対応が自分たちの命運を左右する。

 つまり……ここからの戦いが正念場であり、最終段階に入る可能性があるのだ。


「瑞穂さん! 風を送って指令室に状況を聞いて! 敵の想定最大戦力を分析をしているはずだ! それ次第で……僕たちの行動も変わる!」


「分かったわ!」


「マリオンさん! ここからの戦いは手数がものを言う! マリオンさんの支援は戦いに大きな影響を与えるから、身の危険を感じたら最優先で回避すること! 回避できたらすぐに、もう一度参戦してきて!」


「はい! 分かりました!」




 明良たちは隊を別けて神前孝明が元々、編成していたチームになり、迎撃をしている。

 また、孝明はここが正念場と捉え、最後まで温存していた大峰、神前チームもすべて投入してきた。

 その判断はタイミング的に絶妙で明良たちが配置につくと同時に増援チームが到着し、明良たちの鶴翼の陣は厚みを増した。


「よーし、あとは簡単だ! いいか! こちらに近寄らせるな! いくら数が多くとも魔物どもを顕現させているのは召喚士ではない! 契約者なら討てば討つほど数が減るはずだ!」


 明良が怒号をあげながら、各チームを指揮している。

 押し寄せてくる魔族や魔物たちは召喚士に召喚されたものではなく契約者によって呼び出された者たちだ。召喚士によって顕現した人外よりも、命令されたことに対し、自由度が高く、臨機応変に個々が己で意思決定してくる。

 そのため、うまくまとまれば手ごわいが、そうでなければ烏合の衆とも言え、現在のところは明良たちでしのいでいけた。

 また、ジュリアンには剣聖、【黒眼】のオサリバンには祐人が当たり、乱戦の中ではあるが均衡を保っていた。

 しかし、それは一時のことだと明良も理解している。

 敵にはドベルクもいる。ドベルクが再突入して来れば事態がどう動くか分からない。

 であれば、今のうちにできるだけ敵の数を減らしておきたい。

 すると、突然、明良たちの左右から5匹ずつのハーピーが上空から迫ってきた。それと同時に正面からはデーモン、ウェンディゴが突進してくる。


「明良さん! 敵がまとまってきます!」


「それぞれに一番近いチームが迎撃!」


(む、何だ!? 突然、魔物どもの動きが変わった? 明らかに組織だってきている!)


 敵の組織的な行動に手ごわさが増した。まだ、なんとか対応できているが、四天寺の精霊使いたちも敵の動きの変化に気づいた。


「明良さん! あそこに新たな敵……いや、あれは人外です! こ、この魔力圧は!?」


「あの騎士のような姿をした奴が他の契約人外の指揮をしているみたいです! いや、それだけじゃない、他の魔物たちの力を増加させている!」


 明良も凄まじい魔力圧を受けて顔色を変えた。今は前に出てくる気配はないが、前線に参戦してくれば、こちらも相応の戦力を割かなければならない。

 しかし、それは今の状況でそれは非常に厳しい。

 こちらもマリオンのおかげで対魔族への攻撃力、防御力が増しているが、魔物たちを指揮し始めた騎士の姿をした人外のせいで敵の力も増している。


(ここを守りつつ、敵の数が減ったところで攻勢に出たかったが……)


 そう明良が奥歯を噛み締めたときに、司令部の孝明から風が届く。

 内容は戦況の説明だ。


〝機関のデータ提供のやりとりで時間がかかってすまない。過去の資料によるとマリノスの契約人外で注意すべきは二体だ。一体はワイバーン、もう一体はデュラハンだ。両方とも前大戦で多くの能力者の犠牲をだした伝説級の人外だ。注意して当たれ。だが、これで敵のほぼすべての戦力が揃ったともいえる。ここが正念場だ、敵は打てる手は出し切ったということだ! ここからはこちらも手を打つ、徹底的にいくぞ〟


 これが同時に祐人にも伝えられる。それは今、祐人の最も欲しい情報だった。これによって、こちらの手札をきるタイミングを得たのだ。

 この時、馬に乗った人外……マリノスの契約人外デュラハンが祐人の前まで迫り急停止する。


「おい! あんたには恨みはないが、その首をくれねーかな。あんたの戦いぶりに俺はしびれたぜ。是非ともあんたの頭が欲しくなった。それに何よりも若いってのがいいな。俺も若い顔が欲しかったんだ」


 祐人はデュラハンの問いかけに応えず、フッと笑った。

 そして瑞穂、マリオンに向かい大声を張り上げた。


「瑞穂さん! 今から仲間を呼ぶ! このことを指令室と明良さんたちに伝えて! 仲間だから攻撃しないようにって! マリオンさんは明良さんたちの後方に移動して全体を援護! こちらも行くよ」


「え……仲間? 仲間って……まさか祐人」


「え!? それじゃ祐人さんは」


 瑞穂とマリオンが驚く。


「おいおい! 無視すんなよ」


 デュラハンがあからさまに無視をされ、黒塗りの長槍を祐人に突き出す。

 祐人は横に反回転してこれを躱してそのまま上体を起こした。


「瑞穂さん、急いで! マリオンさん、僕たちは大丈夫! これからの戦いは全体のバランスが重要になる! それには明良さんとマリオンさんが近くにいた方がいいんだ!」


 祐人の指示に瑞穂とマリオンは分かったと、それぞれに行動に移す。

 祐人は大きく後方に跳び、呟くように口を開いた。


「……嬌子さん、来てくれる?」


「はいはーい、祐人! やっと呼んでくれたのね、もう寂しかったわ~。って、うーん? なんだか周りがうるさいわねぇ」


「ムー! ムー!」


 現れた途端に嬌子は祐人に飛びつくように抱きつき、胸に祐人を埋めながら、気づいたように周囲を見渡した。


「こらー!? 何をやってるの、祐人! 真面目にやりなさい!」


 これを見ていた瑞穂が怒鳴ると、マリオンも頬を膨らませる。


「祐人さん! 戦い中です!」


 祐人は二人の声を聞き、慌てて嬌子から離れると嬌子に状況の説明を始めた。






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