第269話 【番外編】マリオン・ミア・シュリアン「不思議な少年」
マリオンはこれから始まる新人試験前のパーティーの会場後方で若干、居場所が無さそうに立っていた。
(ああ、なんか、緊張する……。他の受験者たちは従者を連れている人たちが多いのね。一人で来ている人はあんまりいない)
しかも、ついさっき、四天寺家と黄家の間に一触即発の事態を免れたばかりで、こんなことが起きるなんて、とマリオンは驚いてしまったものだった。
今、会場が落ち着きを取り戻しているのは、誰よりも早く間に入って仲裁をしようとした少年のおかげである。
(あの人……勇気があったなぁ。能力者の世界でも、有数の名家同士のいざこざなのに……)
マリオンはその時の少年の顔を思い出す。
(あんまり、頼りがいはなさそうだった……)
そう考えたところで、マリオンは思わずクスッと笑ってしまった。
(いけない! 失礼なことを考えてしまった……)
前方のステージに主催者らしき人たちが現れ、今回の新人試験の責任者である大峰日紗枝がマイクの前に立つ。
“皆さん、本日は遠いところからお越し頂き、ありがとうございます。……”
その明るい発声に会場の雰囲気も和み、マリオンも何となく胸を撫で下ろす。
パーティーが始まると、飲み物をもらう人や好きな料理をとりに行く人やそれぞれが自由に動き出した。
マリオンも周囲に遅れて料理をとりに行き、皆が集まるメイン料理のところは避け、少々のサラダとサーモンのマリネだけをお皿に乗せて元の場所に帰ってきた。
(ううう、やっぱり早く帰りたいな……知らない人ばかりだし、話し掛けられたらどうしていいか)
人見知りのマリオンは、パーティーがあまり得意ではない。それで若干、おどおどしながら視線だけ動かして周囲に気を配ってしまう。
というのも、誰にも話しかけられないようにと無意識に予防線を張ってしまうのだ。
すると……自分と同じテーブルに料理をたっぷりお皿に乗せて、それを口に頬張っている少年が目に入った。
その底なしの食欲は育ち盛りの少年らしく、遠慮している自分とは違い、清々しさすら感じさせた。
(ふふふ、すごい、食べっぷり……本当に美味しそうに食べるのね。うん? この人……あ! さっきの!?)
その口に料理を運んではジーンと噛みしめるような態度を繰り返す私服姿の少年……マリオンは先ほどの四天寺家と黄家のいざこざを仲裁した少年だと気づいた。
(みんなフォーマルな格好だから、一人だけ私服で目立ってる。恥ずかしくないのかな? 私なんて、話しかけられたらって思うだけでも……)
少年は料理がなくなると、まだ食べ足りないのか、また料理をとりに向かった。
だが、よく見てみると、その少年は明らかに目立たぬように会場の端の方を移動し、サッと料理をとると、人の視線を避けるように素早くこのテーブルに戻ってくる。
(あはは……やっぱり、恥ずかしいんだ。あ……そういえば、この人も一人で来ているのね)
ちょっとだけ、この少年に興味が湧くマリオン。
だが、人見知りのマリオンには話しかけるのは難しい。
でも、何故かマリオンは自然とこの少年に目がいってしまう。
しばらくすると前方のステージから今試験の概要の説明が始まった。
内容は既に会場にいる人達にとって確認済みのことを言っているみたいだったので、マリオンは気楽に聞いていると、横でフルフルと震えている少年がいることに気づく。
その少年は頭を抱え、聞いてないよ! と言わんがばかりの姿。
おそらく受験者の中でこんなに驚いているのはこの少年だけではなかろうかとマリオンは思った。
「……プッ」
マリオンは少年の素の反応に思わず吹き出してしまった。
少年は横で突然、噴き出したマリオンに気づいたようで、顔を赤らめている。
その姿を見てマリオンは慌てて頭を下げた。
「あ、ごめんなさい」
「あ、いえ! 全然! 気にしないで大丈夫です!」
むしろ、少年の方が、人見知りの自分より慌てている。
マリオンは自分でも不思議なくらい落ち着いた心持で、少年に話しかけた。
「試験の内容ですけど、私が聞いた程度のもので良ければ教えましょうか?」
「ほ、本当ですか!? 是非!」
必死な少年の姿が面白い。
「あ、私はマリオンと言います。マリオン・ミア・シュリアンです。あなたも新人試験の受験者ですよね?」
「はい! 堂杜祐人です。えーと……シュリアンさん?」
「マリオンでいいですよ」
「あ、じゃ、僕も祐人でいいです。マリオンさん」
「はい、祐人さん」
マリオンは今、不思議な気持ちだった。
何故なら、この少年と初めて言葉を交わすのに緊張しない。
今までこんなことは滅多になかったのに……。
(何故かしら? 不思議……)
その後、話し込む二人。
祐人は真剣にマリオンが言うことを覚えようとしていることが分かる。
また、祐人は話の中で自分が天然能力者だということや、機関のことをあまり知らなかったことなどを伝えてきた。
それは自分の情報をさりげなくマリオンに伝えて、自分は怪しくない人物であることと、マリオンが自分に気を使う必要はない、と言っているようだった。
ひょっとすると、女の子であるマリオンが一人で来ているので、余計な警戒心を抱かせず、ストレスを与えないようにしているのかもしれない。
口が上手いわけではない。
ただ、そういった配慮をしてくれているのを感じるのだ。
(あ……優しいんですね。……この人)
マリオンはそういった小さな配慮に気づいて、何故か嬉しくなる。
「ちょっといいかな?」
そこに剣聖のアルフレッドが現れ、マリオンは祐人に「また……」と言ってその場を離れた。
マリオンは今、無意識に笑顔になっている。
こんなに自然に人と話が出来たのはいつぶりだろう、と。
(また、話がしたいな……祐人さんと)
そう考えて、マリオンは心なしか軽い足取りで、早めに自分の部屋に戻って行くのだった。
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