第268話 【番外編】瑞穂のドレス選び


「ちょっとお母さん……何これ」


 四天寺瑞穂は今、胸元が大胆に開かれ、背中は大きく素肌を晒したピンクのドレスを身につけ、着替えた部屋から襖をあけて姿を現した。


「まあまあ! 綺麗よ、瑞穂」


 目を輝かせ、それは嬉しそうにする和服姿の瑞穂の実母、四天寺朱音は恥ずかしそうに震えている愛娘の周りを一周する。朱音は若干、吊り目の瑞穂に比べ、目じりの下がった大きな目を輝かせていた。


「そうじゃなくて! なんでこんなに大胆なドレスなのよ! こんなの恥ずかしくて着てられないわよ!」


「だって、明日は世界能力者機関の新人試験でしょう? これぐらいの方が注目されていいわ。うん、とっても似合ってるわね~」


「だからよ! 明日からのは試験がメインであって、たかが試験前の立食パーティーでこんな気合の入った格好していたら、目立ちすぎていられないわ!」


 瑞穂は朱音に迫るように、腰のあたりまでスリットの入ったドレスで地団太を踏んだ。


「うん? 何を怒っているの? そこで素敵な同期の男の子が来ているかもしれないじゃない。しっかり、アピールできる姿を見せなきゃ……もっと胸は開けた方がいいかしら?」


 そう朱音は言うと、四天寺の屋敷に招いている仕立て屋に目をやる。

 瑞穂は朱音のどこかズレた返答に顔を引き攣らせた。


「絶対、こんなの着ないから! さっきの青い方がまだマシだったわ! そ、それに……私は男に興味はないから!」


 瑞穂はそう言い放ち、顔を横に向けるが、一瞬、その表情に暗く、苦し気なものが宿る。


(男なんて……みんな同じ。どいつもこいつも……四天寺の名に引き寄せられてくるだけの連中……)


 朱音は瑞穂の横顔を見つめる。


「そう……残念ね。良く似合っていたのに」


「この青いのだって、ギリギリよ! なんでこんなにセクシーさを追求してるのよ、お母さんは!」


 瑞穂は先程、着させられた青いフォーマルドレスを指さす。


「だって、あなた、顔もスタイルも良いのに色気がないんだもの」


「な!」


「じゃあこれは? これには自信があるのよ」


 朱音が横に控える仕立て屋に、新たなドレスを受け取り、それを満面の笑顔で広げて瑞穂に見せた。その朱音が勧める半透明の生地に覆われたドレスに瑞穂の体が硬直する。


「ど、どこのジプシーよ! 娘を痴女にでもするつもり!?」


「えー、じゃあこっち。これのいいところはね、胸だけを隠して……」


「南国か! 私はグラビアアイドルじゃないわよ!」


 瑞穂はゼーゼー言いながら、もう突っ込む気力すら失われてきた。


「お母さん! 明日は世界能力者機関の試験なの。もういい! この青いので我慢する!」


「ええ~? この一番地味なのにするの~?」


 えらく残念そうに眉をハの字にする朱音。


「これでも十分、大胆な方よ!」


「素敵な男の子との出会いがあるかもしれないのに?」


 瑞穂はこの朱音の言葉に感情を爆発させた。

 キッと母親を睨む。


「お母さん……私は男に興味なんてないから! あんな連中と一緒にいる時間が無駄よ。だから、もう二度とお見合いもしないから。もし、それでも近寄ってくる奴には容赦もしないわ!」


 そう言うと瑞穂は隣の部屋に移動し、バシッと襖を閉めてしまった。

 その娘の姿を朱音は困ったように見つめ、頬に手を添える。


「あらあら……瑞穂は怒りっぽいのよね~。純粋なだけに……男性不信がこんなにも根深いものになってしまって」


 だが、朱音は瑞穂の心配をしつつも、ニコッと笑う。


「でもね……大丈夫よ、瑞穂……」


 朱音は部屋の窓の外に広がる四天寺家の見事な日本庭園のような中庭に目を移した。


「いつか……その傷ついた心を包み込む男性……男の子が現れるわ」


 そう言い、朱音は瑞穂が明日、身につけるだろう青いドレスを優しく撫でて目を閉じる。


「心配した精霊たちが言っているの。この新人試験に何か良い出会いがあるかも、って。それに……あなたは、こんなにも精霊に愛されているんだもの。その精霊たちの導きに従っていけばいいのよ?」


 朱音は目を開けると、今度は満面な笑みを浮かべた。


「ああー、早くその男の子に会いたいわ~。煮え切らなかったら、私も一肌脱ごうかしら?」


 かつて、200年以上空席だった精霊の巫女の座に15歳で就いた朱音は、世界各地に存在する精霊使いの家系からも尊敬を集める存在でもある。

 その朱音が、今、愛娘を想い、悪戯っぽい笑みをこぼすのだった。


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「魔界帰りの劣等能力者~忘却の魔神殺し~」のカバーイラストが公開されています。是非、ご覧ください。

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