第267話 【番外編】袴田一悟とフェスティバル
吉林高校の1年D組の休み時間。
「あはは、袴田君って面白いね」
「そう? 普通だよ」
「そんなことないよ。袴田君、引き出し多いもん。また、映画のこととか面白いのがあったら紹介して」
「ああ、もちろん。好きなジャンルとかあったら言ってくれれば、俺の知ってる範囲だけど紹介するわ」
袴田一悟はそう言うと教室の後方にいたクラスメイトの女子の一団から離れた。
これ以上、話を引っ張るのは良くないと一悟は分かっている。
少し物足りないくらいが丁度いい。
それにあまり特定の女子軍団に入り込み過ぎると、他の女子軍団と仲良くしづらい状況が生まれることは、ままあることを知っているのだ。
すべての女子と親密になるという、非常に高い目標を掲げている一悟にとって、それぞれの女子との距離感の見定めは非常に重要である。
一悟はそろそろ自分の席に戻ろうかと考えると、自分の席の右前方に呆然自失の生気の感じられない少年が目に入った。
その少年は今朝のロングホームルームで『お助け係り(拒否権なし)』なる、珍妙な役割を背負った幸薄い男、堂杜祐人である。
「祐人、なに落ち込んでんだよ」
「……」
返事がない、ただのオブジェのようだ。
「こら、祐人!」
「あ……なに? 一悟。僕は今後の生活のことで頭が一杯なんだから、用事がないなら放っておいてくれよ。お助け係って言う、あんなわけの分からない役割のせいで、今後のバイトの予定がたてづらいんだよ。いつ、頼まれるかも分からないんだから」
祐人には珍しく投げやりな応答。
一悟はそんな祐人の発言を聞くと、腰に手をやり、嘆息した。
この時、水戸静香は自分の席から、この騒がしい二人をなんとなしに見ていた。
静香はホームルームでは祐人の不幸ぶりに笑ってしまったが、今はさすがにちょっと可哀相に感じていた。実際、祐人の背中は哀愁が漂っている。
そこに、祐人と一番、仲が良い一悟が祐人に話しかけたのを見て、さすがに祐人を慰めにいったのだろうと思い、自分も祐人のところに行こうかと考えた。
静香が二人の方に集中していると、一悟は祐人の言葉に大きく嘆息して、祐人に教え諭すような表情で声をかけるのが見える。
(あ、これから慰めるんだ、袴田君。私も慰めに……)
「祐人……お前の今後の生活とは、どこまでの範囲のことを言っているんだ?」
(……は?)
「うん? なにを言ってんの? 一悟は。生活は生活だよ、日々の生活。食費と生活必需品と……」
「狭い!」
「へ!? な、なに?」
「お前の言う、生活という意味の捉え方が狭いと言ってるんだ!」
「言っている意味が分からないんだけど!」
(な、何の話? 袴田君)
静香は取りあえず二人の様子を見守った。
「あのな、祐人。お前はただ、日々、ご飯が食べれば良いと思ってんのか?」
「そういうわけじゃないけど、それが前提条件でしょうが!」
ふうー、と一悟は息を吐き、嘆かわしい! と言わんがばかりの態度をとる。
「なに、その態度……イラッとするんだけど」
「お前、蟻とキリギリスの話を知っているか?」
「なんだよ、いきなり。そんなの知っているに決まってるでしょうが」
「ほう……じゃあ、問うが、お前……蟻とキリギリスどちらが偉いと思う?」
「はあ? 何を言うかと思えば……。そんなの考えるまでもなく蟻……」
「だから、お前は駄目なんだよ」
「え!?」
「そもそもだ、お前が間違えているのは蟻とキリギリスを人間と同格に語っていることだ。蟻の方が偉い? 馬鹿も休み休み言え」
静香が自分の席でこけた。
「ちょっと! 一悟が蟻とキリギリスのどちらが偉い? って、聞いてきたんでしょうが!」
「最後まで聞け。お前は何のために高校生になったんだ? ただ、明日の生活に怯えて、どうしようか、と日々、魂をすり減らしながら生きていくためか?」
(蟻とキリギリスは何だったのよ!?)
一悟は祐人の肩に両手を置く。
「違うだろう! お前はここに青春を謳歌しに来たんだよ」
「そ、そう思いたいけど……でも、生活が!」
「想像するんだ、祐人」
「な、何を?」
「ご飯は食べられるが……誰とも話さない日々。周りは彼氏、彼女とキャッキャウフフ。そして、お前はそれを横目に時給50円のバイトに追われる」
「え……」
祐人の顔が青ざめる。
静香が拳を握った。
(そんなブラックバイトあるわけないでしょうが! アホなの!?)
「そして……もうひとつは、ご飯には苦しむが、お前はクラスメイトの女子たちと仲良くなり……」
「な、仲良くなり? ゴク……(祐人が唾を飲む音)」
(騙されないで堂杜君! ご飯に苦しんでるよ! その時点でダメでしょ!)
机をバンバン叩く静香。
「夏休みにキャッキャウフフのフェスティバル……」
「フェスティバル!?」
(だから、騙されんな! ご飯喰えなくて、どんなフェスティバルよ!!)
「祐人……お前ならどちらを選ぶ? いやいい! もう俺には分かってる! 俺の親友であるお前が選ぶ……本物の虎が選ぶ行き先を!」
祐人はフルフル怒りに震えるように立ち上がる。
(もう分かった! 袴田君、あなたはアホですわ。さ、さすがにこれじゃ堂杜君も……呆れて)
「ああ、もちろんだよ、一悟。フッ、僕は猫じゃない……まさに虎だ! キャッキャウフフの大虎だよ!!」
(ドアホか!!)
盛大に椅子から転げ落ちた静香。
「そうか! やっと分かってくれたようだな! じゃあ、お前のすることは見えてきた!」
「ああ、僕はどうすればいい? 何でも言ってくれ! 我が軍師」
「『お助け係』の見事なまでの完遂。祐人に助けられたクラスの女子たちは、お前をどう思うかな……?」
「ハッ!」
(ハッ! じゃないよ!! アホ杜! バイトしなさい!)
祐人が腕を上げて肘を出すと、その腕に一悟が搦める。
「やってやるよ! 僕のフェスティバル!」
「おおさ! 夏のフェスティバルの企画は俺に任せて置け!」
頭がクラクラしてきた静香は、ゆらりと立ち上がり……気分が最高潮に達している、アホ2人に近づく。
それに気づいた少年たちは静香の方に顔を向けた・
「あ、水戸さん! 一悟がすごいんだよ! 今、僕たちは……」
「馬鹿! 祐人、これは俺たちだけの秘密だぞ!」
「あ、そうか!」
「黙りなさい!!」
「「ヒッ!!」」
小柄な静香が、何故か数メートルにも大きくなったように感じる一悟と祐人。
「こぉぉのぉぉ、アホどもがぁ!! あんたたちの脳みそがフェスティバルよ!!」
「「あ!! 何故、フェスティバルのことを!?」」
その後、一悟の積極的な働きで祐人の『お助け係』の忙しさは頂点に達するのだった。
因みに男子からの依頼が半分以上を占めていたりする。
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