第254話 四天寺襲撃⑩

「こ、これは……」


 四天寺家重鎮席の前にある広場の映像を見て神前孝明は言葉を失っていた。他の者も同様で映像を眺めていることしかできない。今、四天寺の防衛司令室に移行している本部には静寂に包まれている。




 この直前、指令室では孝明から数々の指示が飛ばされ、それを受けたオペレーターからは休みなく各四天寺のチーム及び四天寺家最高幹部たちがいる重鎮席に繋がれていた。

 このようになったのも各方面から来る報告に原因があった。

それは……5人の襲撃者たちに関する情報だ。


「孝明様! 功さんたちから敵の名の報告が来ました! これは……!? 敵の一人は【黒眼】のオサリバンだそうです!」


「オサリバン……あのオサリバンか! 能力者大戦時の!?」


「はい、そう言ってきています!」


 普段から冷静沈着の孝明から驚きの声が上がった。が、すぐに孝明は思案する。


(まさか、能力者大戦時のオサリバン……いや、瑞穂様もあのロキアルムがミレマーに現れたと言っていた。であれば……可能性はあるか。待てよ? それよりも……ということは)


 ここでハッとしたように孝明は顔を上げる。


「功には作戦通り足止めに終始するよう徹底させろ! 安易に仕掛けるなと風を送れ! 救援に神前カンナのチーム向かわせる。それと他の襲撃者の情報をとるんだ! まずいぞ、もし、あれがオサリバンなら他の奴らもS級の危険指定能力者の可能性がある! 参加者たちの屋敷方面に向かわせた剣聖の仲間たちが心配だ。そちらには大峰透流(おおみねとおる)のチームを向かわせろ。そちらでもまずは情報をとることに終始するように言え」


「承知しました!」


 指示を出しながら孝明は思考を巡らす。


(こいつらが大戦時の生き残りの連中だとしたら……ただの強敵ではない。ましてやその後の機関がギルド時代から追っていた連中だとしたら最悪だぞ! もし名が分かれば、すぐに過去のデータからこいつらの能力を……いや、備えている能力も以前のままとも限らん。こうなっては……ここに剣聖が来ていたというのは幸運であったとしか言いようがないな)


 偶然であったろうと思うが日紗枝が剣聖アルフレッド・アークライトをこの大祭に招いたことはどれだけ心強いかと考える。

 すると孝明は深刻な表情で重鎮席を映し出している映像に視線を移す。


(場合のよっては……ご出陣を願うことになるか。それは避けたかったが……うん? となると……)


 ここであることに孝明は気き、目を大きく広げた。

 まだ、仮定ではあるが、もしこの襲撃者たちの正体が分かり、孝明の想像する最悪の連中だとした場合、この連中の頭目と思われるジュリアンにいち早く仕掛け、そして撃退した人物がいる。


(堂杜祐人……いや、婿殿がこの相手を退けている! しかも、首謀者かもしれない者を!? あのジュリアンはという襲撃者はこの中でも実力が劣っていたとでも……?)


 ここで孝明はかぶりを振る。

 それは考えられないと自分を強く諫める孝明。

 何故なら自分は映像を通して見ていたではないか。

 あのジュリアンの高位の能力者と比肩できる恐るべき実力を。

 そしてそのジュリアンと真っ向から戦うあの少年の姿を、そしてそのジュリアンの胸元に回し蹴りを叩き込んだその雄姿を。


「おい! 四天寺家の全員に伝えろ!」


「はっ! 何をでしょうか?」


「我ら四天寺の婿殿がこの敵の首謀者と思われる奴に強烈な回し蹴りを喰らわして撃退したとな!」


「……は? は、はい! 分かりました!」


「これで士気の上がらない者はおらんからな!」


その後、襲撃者たちの名のすべてが分かる。


【スルトの剣】の創始者にして元首領ジュリアン。

【黒眼】のオサリバン

【地獄の息吹】ナファス

【鍛冶師】ドベルク

【万の契約者】マリノス


 これらの名は神前孝明を驚愕させ、事態の深刻さを完全に理解した。




 そして今、孝明の決断で次第に四天寺家をして重鎮たちを除いた総力戦に移行しようとする最中であった。

 ところが、この状況で指令室にいる全員を黙らせた者たちがいる。

 原因は……その者たちの想像を超えた実力。そして、もう一つは絶望と真逆の感情で、だ。

 この驚きと歓喜による沈黙を生んだのは二人の大祭参加者。

 今回の大祭に参加してきたこの二人は恐るべき5人の襲撃者のうち、首謀者ジュリアンを退け【地獄の息吹】ナファスを撃退し、さらにたった今、【黒眼のオサリバン】と【鍛冶師】ドベルクの二人に軽くはない手傷を負わせた。

 一人は朱音の連れてきた少年。

 この少年、堂杜祐人は四天寺家に連なる者たちにその実力をもって二度目となる大きな驚きを与えた。

 一人は奇怪なマスクを被る実力も行動も予測不能の参加者。

 誰も気にもとめていなかった変人……いや、“てんちゃん”なる人物。だが、今はこれほどに存在感を放つとは、という嬉しい誤算。

 するとこの指令室で誰よりも早く冷静さを取り戻した孝明がすぐさま指示を出す。


「チャンスだ、各チームに連絡! うちの婿殿の補佐に行かせろ! いいか、各チームによく言い聞かせておけ。お前たちの実力では婿殿の足手まといになる可能性があると。現場では婿殿の邪魔にならんように明良に指示を仰げ、とな。あと、あのマスクの方は……あー、現場で判断!」


「は、はい!」


 指令室に活気と共に孝明の指示に従った。

 ちなみに……まさか、この二人が同じ家のものだとは誰も知る由もない。




 観客席には逃げ遅れた大祭参加者及びその従者たちが多数いた。それぞれがこの危険な戦場と化したこの場から我先にと逃げようとしていたのだが、四天寺に襲撃を仕掛けてきた恐るべき能力を持つ者たちのせいで逃げる隙を失っていたのだ。


「お、おい……今のうちに逃げられるんじゃないか」

「ああ、なんか押し返してるな」

「しかし、あんな化け物たちだぞ。こんな大勢でちんたら逃げようと背を向けたら……」


 この最大の逃げ出すチャンスを前に気力を削がれている観客たちは判断に迷いが生じていた。それは外から見れば愚かであると思われるかもしれないが、彼らもそれほどの目にあっているのだ。

 四天寺のチームが到着する前に観覧席にいた何人かがすでに被害にあっている。彼らも能力者の端くれであり、咄嗟に防御行動をとったが成す術もなく、いとも簡単に殺された。

 また、その後もナファスが四天寺家のチームを相手にしながらも、彼らの逃げ道にも絶え間なく瘴気を放っており、また、幾度となくオサリバンから神剣による刃風が彼らを襲っていたため、彼らはこれらに必死に障壁等で抗い、自分の身を守るので精一杯であった。


 これはジュリアンがこの襲撃を立案した際に観客たちをすぐには逃すなという指示が出されていたためで、その真意は四天寺を潰したのちにそれを世間に広める広告塔が必要だ、ということだった。そのため、戦いの狼煙を上げる時の配置を分散させたのは二重の意味を持っていた。

 一つは四天寺を撹乱する意味ともう一つはあの四天寺が崩壊していく様を他者に恐怖と共に見せるためもあった。まさに四天寺との戦いを現場で観客になってもらう、と。

 それを当たり前のように作戦に組み込んだのは、襲撃を仕掛けてきたジュリアンを含めた5人の実力はそれぞれが凄まじい個の力によって成り立っているのだ。

 それぞれの存在が機関の定めるS級危険指定の能力者。もし彼らの居場所が知れ、このうちの一人を確実に討滅する作戦を立案したとすれば機関は少なくともランクSの能力者を含めた十人以上のチームを編成しただろう。

 それが……5人も同時に現れた。尋常な状況ではない。

 ところが、なのだ。

 今、それがジュリアンたちにとって戦力分散という事態になりつつある。本来はそのようになるはずはなかった……いや、あるはずがない。

 何故ならば襲ってきたのは……信じがたいことにそのすべてが100年前の能力者大戦で名を馳せ、その二つ名を聞いただけで敵対した能力者たちを恐れさせた猛者たちだ。

 それは四天寺の知恵袋、神前孝明も彼らの名が報告される度に顔色を変えたほどである。

 これだけの陣容で誰がこれを戦力分散になると考えるだろうか。

 これをもし……戦力分散という状況に追い込むとするのならば、この者たちと同等かそれ以上の能力者が この場に複数人いた、ということでしか考えられない。


「お? あれは祐人か。うーん? 何をしてるんじゃ? あれは」


 “てんちゃん”こと纏蔵はクレーターの反対側でバタバタと手を振っている孫を見つけると訝し気に首を傾げた。


「あ! 堂杜のお兄さんだよ、琴音ちゃん! あれ? なんか手を振ってるね」


「堂杜さん……皆逃げようとしているのに、ここで襲撃者を迎え撃っていたんですね」


 祐人は両手を大きく回すように動かしながら、声を出さずに口を動かしている。


『爺ちゃん! 何をやってんの!? 怪しがられるから早く帰ってよ!! 爺ちゃんは覗き魔としての嫌疑をかけられてるんだぞ!! というより、事実なんだから恥をかく前に帰って! うん? うーん?』


 必死に帰れと伝える祐人の目に纏蔵の後ろに付き添っているようにいる二人の少女が見えて極度に驚いてしまう。


(あれは……秋華さんと琴音さん!? 何で? どうして? 何で一緒にいるの!? まさか覗き魔としてすでに連行されて……いや、それはあり得ないな……あのジジイが捕まるわけがない。じゃあ……ああ、もう! 何でいつもいつも爺ちゃんの周りには訳の分からないことが起きるんだよ!)


 祐人は頭を抱えそうになるが、とにかく家に帰れと激しくゼスチャーを繰り返す。


「ほーほー、ふむふむ。なるほど!」


 ピンときた! と纏蔵は頷く。


「何? 変態仮面、堂杜のお兄さんが何て言っているのか分かるの?」


 纏蔵のリアクションを見て秋華が兄の黄英雄に肩を貸しつつ聞いてくる。


「当り前じゃ、儂は読唇術も完璧じゃぞ? それよりもその変態仮面はもうやめほしいのう」


「じゃあ、なんて言っているのよ。見ている限り、早く消えろ、もしくは早く帰れ、に見えるけど」


「ほっほっほー、秋華ちゃんもまだまだじゃのう。若い、若い。何を伝えようとしているのか、あの体全体の動きを見るのが大事じゃ、ほれ」


「あんた、さっき読唇術って言ってなかった? それで何で体全体なのよ……はあ」


 秋華は呆れつつも右手を両目の上に翳し、クレーターの先にいる祐人の必死の形相を見つめる。


「どう見ても……早く消えろ! にしかみえないけど……? なんて言っているのよ」


「仕方ないのう。あれはな、『おかげで助かったよ! 流石は僕の敬愛する爺ちゃん! わーい!』じゃ! 祐人も仕方のない奴じゃの」


 ふふん、と鼻を鳴らす纏蔵だったが、この言葉に背後にいる二人の少女が固まる。


「は? 爺ちゃん?」


「……祐人も仕方のない奴?」


「ハッ!? しまっ! 今のは間違いじゃ! あれは秋華ちゃんの言う通り、祐……あの小僧が早く実家の道場に帰れって言っておるのじゃ」


 全身から汗を噴き出し、あたふたする纏蔵。

 しかし、時すでに遅し。秋華の表情はすでに色々と考えを巡らせている表情だ。

 祐人は中々、こちらの意図通りに動かない纏蔵にイライラしている。


(何を話しているんだろう? しかも意外と親し気……?)


 逆にその横では琴音があまりの事実に頭が追いつかないのか、時が止まったように硬直している。どうやら「覗き魔」と「好きな人」が親族だった、ということが純真な琴音の脳内でうまく処理できなかったらしい。


「堂杜さん……私、私……嫁いだら、いつも覗かれてしまう危険性が……」


 とブツブツ言っている琴音を秋華は半目で見つめるが、今はそれよりも大事なことがあると考える。秋華にしてみればこのような貴重な情報を使わない手はない。琴音にはあとでしっかりフォローと説明をしてあげようとは思っているが。

 秋華は纏蔵に体を向けた。


「実家の……道場ねえ。フンフン……」


「……!」


 口を両手で押える纏蔵に策士の顔をした秋華がニヤリと笑いながら近寄る。

 三仙でもある纏蔵がオロオロし、近づいて来るこの少女に対して無意識に一歩引いた途端……秋華はニッコリと輝くような笑顔を見せた。


「変態仮……いえ、てんちゃん? これからはお爺様と呼んでもいいわよ?」


「ほへ!? お爺様? 儂を?」


「ええ……事によっては、この二人の美少女がいつも呼んであげるわ。お・じ・い・さ・ま、って。しかも両耳から!」


「なな、なんと!? そんな桃源郷のようなことが……」


「でもなぁ、私たち……てんちゃんの家とか連絡先とか知らないしなぁ。ついでに孫の祐人さんの家とかも知らないし……これは無理ね。残念だなぁ、あ、孫の祐人さんのはついでだけどぉ、家族ぐるみで付き合うのには必要よねぇ?」


「家族ぐるみ!? 儂と!?」


「そうよー? でも……連絡先と住所が」


「教えるぞい! すぐにでも!」


「孫のも?」


「もちろんじゃ!」


「私の言うこと、何でも聞く?」


「もちろんじゃ!」


「じゃあ、早くここから私たちを安全なところに連れて行って、住所と連絡先を教えてよね」


「おおおお! 分かったのじゃ!」


 鼻息が荒くなり、数百年ぶりに本気になった纏蔵が拳を天上に突き出す。


「わ。儂にもついに……ぐふふ……ぐふふふふ、しかも二人も……」


 仮面の上からも顔が緩み切ったことが分かる纏蔵の後ろで、秋華はお代官を接待する越後屋のような笑みを見せていたのだった。


 この祖父と孫の二人がS級危険指定能力者の襲撃者たちと同等かそれ以上の能力者の姿であった。



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